【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
シャングリアは憤慨しながら洞窟を進んでいた。
洞窟の中に逃げ込んでいった見張りに立っていた盗賊の男は、すぐに見失ってしまった。
だが、幸いにも洞窟はいまのところ横道のない一本道だ。どこに逃げたとしても、このまま歩いていけば、そいつの居場所に辿り着くはずだ。
そして、おそらく、そこには残りの盗賊の一味もいるはずだ。
そいつらと出逢えば、全員を一網打尽にして、捕えるか、殺すかする。
ただ、それだけの仕事だ。
さらに、幸いだったのは、この洞窟の壁が奇妙な光を照らしていることだった。手筈では、全員で洞窟を入るということになれば、燭台を持つのはロウの役割だったから、シャングリアはなにも持っていなかったのだ。
もしも、この洞窟の岩壁が光っていなければ、たちまちに闇で動けなくなっていたと思う。
それにしても……。
シャングリアは、この期に及んで、臆病風を吹かせて洞窟に入るのを躊躇ったロウに怒っていた。
やっぱり、所詮は冒険者だ。
あてになるものではない。
改めてそれを思い知った……。
腹が立っていた。
煮え返っている。
許せない……。
そう思った。
いや……。
違う……。
許せないのは、ロウではない。
あれは単なる冒険者だ。
冒険者などあてにはならないと最初から思っていたし、もともと、大伯父が持ってきたこの任務は、シャングリアひとりでやるつもりだった。
許せないのは、シャングリア自身だ……。
洞窟の入口で、ロウが襲撃をやめると決断したとき、シャングリアは失望した。
がっかりしたのだ。
一郎が襲撃の中止を決めたとき、シャングリアは落胆してしまった。
それが許せなかった。
いつの間にか、自分自身がロウをあてにしていたことを悟って、そのことにシャングリアは腹が煮え返っていた。
ロウ……。
とにかく、いままで会ったことのない男だということは認めざるを得ないだろう。
強くはない……。
おそらく、シャングリアがいままで接したことのある男の中では弱い方に入ると思う……。
でも、なぜか弱さを感じさせない。
空威張りをするとか、はったりを言うとかそういうものでもない。
そんなものなら、シャングリアはすぐにわかる。
シャングリアを前にして、わざと気取った態度を取ったり、虚勢を張ったりする男は大勢いる。あるいは、妙にへりくだったりしたりだ。
なぜか、シャングリアを前にすると、大抵の男はそうなるらしい。
だが、ロウは違った。
弱いくせに、いつも毅然としていて、堂々としている。
しかも、不思議な頼もしさを持っていて、しっかりとした考えを持って行動をしているように感じた。
シャングリアは自分が気が短く、いつも周りに当たり散らすような態度ばかり取っていることを知っている。
自分でも後悔はするのだが、そういう性格なのだ。
それで、大抵の男が呆れて逃げるか、苛立って怒鳴ったりするか、それとも、完全に無視を決め込んで相手にしなくなるということになるのだ。
だが、それもロウは違った。
シャングリアの感情的な言葉を風になびく柳のように受け流し、それでいて、いつの間にか、しっかりとロウの思うままに、シャングリアを動かしたりするのだ。
そんな男はいままでにいなかった。
いつの間にか、シャングリアは、そんなロウに頼もしさのようなものを感じ始めていた。
信頼……だろうか……。
そんなものは、シャングリアにとって初めての感情なのでよくわからない。
しかし、確かに、シャングリアは、ロウを信用のできる相手のように考えていた気がする。
それに、一昨日の夜──。
突然に馬車の外で、コゼとエリカを抱き始めたロウは、それまでのロウのどのロウとも違っていた。
とても、怖くて……。
とても、頼もしくて……。
とても、淫乱で……。
鬼畜で……。
どきどきした……。
おそらく、生まれて初めて、男として誰かを意識した……。
それに気がついたのだ。
だから、ロウが襲撃の中止を決断した瞬間、シャングリアは大いに失望した。
もともと、ロウたちがシャングリアと一緒に来なくても、盗賊退治はひとりでやるつもりだった。
ひとりでも十分であると信じているし、ロウたちなど協力しようが、すまいが関係ない──。
それなのに、ロウがシャングリアと一緒に戦ってくれないとわかったとき、シャングリアはがっかりした。
すぐにその理由がわかった。
ロウを男として惹かれ始めていたのだ。
それを悟ってしまったとき、シャングリアは自分自身の感情に腹が煮え返った。
シャングリアはかなり長い洞窟を進み続けた。
どのくらい歩いただろうか……。
シャングリアは、やっと先に人の気配を感じた。
改めて、剣の柄を力強く握る。
いた……。
五人……。
洞窟が大きく広がっている場所があり、そこに五人の盗賊らしき男たちがいた。
全員が武器を持っている。
そして、怯えるような表情でシャングリアの方を見つめていた。
「……お前らがこの山に半年ほど巣食っていた盗賊たちだな……? 大人しく投降すれば、王都でちゃんと裁きを受けさせてやる。だが、抵抗するなら皆殺しだ──。好きな方を選べ──」
シャングリアは五人に声が届く十分な距離まで近づくと言った。
盗賊たちは動かなかった。
シャングリアは違和感を覚えた。
彼らは抵抗しようとしていない……。
シャングリアは彼らから、まったく殺気や闘争心のようなものを感じなかったのだ。
感じるのは怯え……。
なにかをとても恐れている……。
しかし、シャングリアの言葉に屈服したということとも違う……。
なにか、とてつもないものに対する恐怖心……。
それを感じた。
「ふふふ……よく来たな、シャングリア──。俺のことを覚えているか……?」
そのとき、五人の背後から大きな笑い声がした。
誰かがやって来る……。
すると、五人の盗賊たちの顔が強張った。
この五人がとてつもなく恐怖を抱いているのはその笑い声の男……。
シャングリアには、それがわかった。
「誰──?」
シャングリアは大きな声をあげた。
「俺だよ、オーヌだよ……。久しぶりだな……」
五人の盗賊たちが左右に割れた。
そこに現れたのは、小太りの小柄な男だ。身体全体を覆う灰色のケープを身にまとっている。
「オーヌ……?」
シャングリアは訝しんだ。
眼の前にやってきた男には、確かにどこかで会ったことがある気がする。
だが、一方でこんな男には一度も会ったことがないとも断言できる。
おかしな気を発する男だ。
こんな男に以前に出会っていれば、忘れるわけがない。
「わからないか……? お前が手酷く振った男は大勢いるからな……。いちいち覚えていないか……。あるいは、俺が変わりすぎたのかな──。なにしろ、お前に復讐するために、俺は俺自身の身体に魔族の源を憑依させたのだからな……」
オーヌと名乗った小男が言った。
シャングリアが振った男……?
そして、シャングリアはやっと眼の前の男のことを思い出した。
そう言えば、半年ほど前、シャングリアに言い寄ってきたオーヌという魔道遣いを叩きのめしたことがある。
一度断ったのにしつこい男で、そいつは、シャングリアの周りをずっと付きまとい続けた。
それで、ついに堪忍袋の緒が切れたシャングリアは、騎士団の練兵場で徹底的に叩きのめし、最後には顔を踏んづけてやった。
すっかりと忘れていたが、この洞窟で待っていたのは、あのオーヌに間違いない。
だが、雰囲気が違う。
なにか、おどろおどろしいものをこのオーヌから感じる。
だから、すぐにわからなかったのだ。
それにしても、あのオーヌがなんでここに?
シャングリアがオーヌを手酷く痛めつけてから、いつの間にか行方不明になったと噂で耳にした気がする……。
まあ、いまのいままで、気にもしていなかったが……。
そのとき、天井と壁の光がさっと移動した気がした。
「な、なに──?」
シャングリアは思わず悲鳴をあげた。
突然に両脚をなにかに掴まれたのだ。
「うわっ」
いつの間にか両足首から下が粘性の物質に浸かっていた。
それで足が動かなくなっている。
「な、なんだ、これ?」
シャングリアは足元の「もの」に向かって剣を刺した。
だが、次の瞬間、刃を刺した粘性の物質が、そのまま刃を伝って柄まであがってきた。あっという間に柄を持ったシャングリアの腕ごと、粘性のなにかが包んだ。
「きゃあああ──」
今度こそ、心の底からの悲鳴をあげた。
粘性のものに飲み込まれた剣全体と包んでいる腕の部分の衣類が一瞬にして、それに溶けていったのだ。
しかも、腕だけではない。
両脚からもどんどんと粘性のものがせりあがってくる。
それがシャングリアが身に着けているズボンや装具のすべてを溶かしながら、どんどんと胴体に向かってあがってくる。
「な、なに──。なによ──。こ、これはお前の仕業か──? やめて──。やめなさい──いやああああ──」
すでに腰から下が全部、粘性のものに包まれた。
身に着けていたものはすべて溶かされている。
いまや、なにも身に着けていない下半身を直接に粘性のものが覆っているのだ。
気持ち悪い……。
しかも、さらに上半身を伝いあがってくる。
「へええ、シャングリアのような男勝りの女も、そんな女のような悲鳴をあげるんだね……。俺の身体に特異点を憑依させてまで、お前に復讐しようとした甲斐があったよ……」
オーヌが笑った。
そのあいだにも、粘性のものは、ゆっくりとシャングリアの服を溶かしながらあがってくる。
このままでは、もうすぐ頭の先までその物質に包まれてしまう……。
「こ、これはなんだ──? なんだ、これは──?」
シャングリアは叫んだ。
もはや、なんの抵抗もできない。
粘性のものは、すでに首の下にまで来ている。
両手もすっかりと包まれた。
これは生き物だ──。
シャングリアは思った。
しかも、魔獣だ──。
こんな生物が存在するとすれば、それは魔獣でしかありえない──。
「それはウーズだよ、シャングリア──。スライム型の魔獣さ……。知性はほとんどないが、あらゆるものを飲み込んで溶かして成長し続ける。夕べは里に行かなかったから腹も減っているようさ。俺はお前に復讐をするために、俺自身の身体に特異点の源を憑依させて魔獣を召喚し、召喚したウーズ遣いになることに成功したのさ──。そして、ずっと、シャングリアに復讐する機会を探していたんだけど、シャングリアがここの盗賊退治をすると耳にしてね……。それで、先回りして、数日前にこの盗賊団を乗っ取って待っていたのさ……。それにしても、素敵な身体だね。ウーズの食事にしてしまうのは惜しすぎるよ」
オーヌの大笑いが聞こえた。
それが最後の知覚になった。
粘性のスライムがシャングリアの顔全体を包んで、全身が冷たいものに包まれた。
そして、シャングリアの意識は完全に消滅した。
*
シャングリアを追って洞窟に入った。
「シャングリア──。戻って来い──。すぐにだ──」
一郎は怒鳴った。
だが、すでにシャングリアの姿は見えなくなっていた。
ただ、見る限り、ずっと向こうまで分岐のない一本道のように思える。
急いで追いかければ、すぐに追いつけるだろう。
「ご主人様、岩が光ってます……」
しかし、少しだけ進んだところで、ふと、先頭を進んでいたコゼが立ち止まった。
まだ、洞窟に入ったばかりの位置だ。後ろには、洞窟の入口がはっきりと見えている。
「どうかしたの、コゼ?」
突然に立ち止まったコゼに、一郎の後ろのエリカが不審が声をあげた。
「なんで岩が光っているのだろうと思って……。これって、光苔ではないわよねえ……。よく見れば、ぬるぬるした感じをしているもの……。こんなの見たのは初めてだから……」
「ぬるぬる……?」
一郎はコゼのそばまで進んで、手に持っていた燭台を壁に近づけてみた。
エリカの魔道で火が消えないようになっている蝋燭を簡単な蝋燭立てに載せたものであり、たった一本の蝋燭でもかなりの光源を発している魔道の道具だ。
そして、一郎が蝋燭を壁に近づけると、いきなり、その壁が前後左右に激しく動いた。
岩壁に張りついていた粘性のものが一斉に散ったのだ。
「な、なに?」
「なんだ?」
コゼと一郎は同時に声をあげた、
「きゃああ──」
次の瞬間、コゼが悲鳴をあげた。
一郎はコゼを見た。
すると、コゼの腕が、手に持っている短剣ごと壁から伸びた粘性の物体に掴まれている。
しかも、一郎の見ている前で、粘性の物質に覆われている短剣が粉々に砕けて溶けた。そして、その粘性の物体は、コゼの片腕を捕えたまま、さらにゆっくりと胴体に向かって伸びている。
「ご、ご主人様、エリカ──。逃げて──。これは生きているわ──。苔でもなんでもない。壁全体に透明の不定形生物が張りついて、それが光っているのよ──」
コゼが絶叫した。
「ウーズよ──。魔界の粘性生物だわ──。ロウ様、離れて──」
エリカが後ろから叫んだ。
光線のようなものが飛ぶ──。
エリカが杖で魔道を発したのだ。
「あぐううっ」
コゼが苦しそうな悲鳴をあげた。
エリカの放った光線は、コゼの腕が包まれている粘性の部分に見事に当たったが苦しんだのはコゼだ。
ウーズとかいう粘性の物体にダメージを与えた感じはない。
「駄目──。魔道は効かない──」
エリカが悲鳴のような声をあげた。
「いいから、エリカ──。ご主人様を連れて外に逃げなさい──」
コゼが叫んだ。
そして、コゼは捕らわれている右手に向かって、反対の左手を振りあげた。コゼは左手にも短剣を持っている。
一郎は、コゼが自分の右手を切断するつもりだと悟った。
それしか逃げる方法はないのか──?
一郎は昨日耳にした腕を失って逃亡してきた盗賊のひとりの話を思い出した。もしかして、その男はこうやってウーズに腕を掴まれ、逃亡するために自ら腕を斬って逃げてきたのだろうか……。
「待て──。早まるな、コゼ──」
一郎は燭台を床に置いて剣を抜いた。
とりあえず、壁全体のウーズ本体とコゼの腕を包んでいる部分を切り離そうと思ったのだ。
「駄目です、ご主人様──。逃げてください──。エリカもよ──。あたしのことは放っておいて──」
コゼが絶叫した。
構わずに一郎は必撃の剣を振りあげた。
そのとき、一郎は眼の端に青いもやが見えた気がした。なにに対して青いもやが見えたのかわからなかった。とにかく、一郎は剣を粘性体に叩き込んだ。
手応えはない。
それどころか、ウーズの粘性体が剣を包み込んで捕まえてしまい、そこから一郎の右手首までも捕まえられてしまった。
「ロウ様──」
エリカが叫んで、こっちに飛び込んでいる気配がした。
だが、エリカの声が急に遮られた。
振り返ると、エリカは天井から降ってきたウーズに全身をすっぽりと包まれてしまっている。
「エ、エリカ──」
一郎は驚いて叫んだ。
「あ、ああ……。も、もう、だ、だめえ──」
コゼの苦しそうな声がした。
コゼはすでに右腕だけでなく、抵抗をしていた左手もウーズという粘性生物に捕らわれている。
そして、身体全体もあっという間にウーズに覆われていく。
「これは魔剣のようだな……。いい剣のようだ。溶かしてしまうには惜しいか……。ちょうどいい……。もらっておくか……。ところで、お前たちはシャングリアの連れか……?」
そのとき、不意にどこからか声がした。
しかし、一郎の魔眼では、その声の持ち主のステータスが読めない。
おそらく、この声の持ち主はここにはいないのだと悟った。
もしかしたら、もっと奥にいて、魔道による遠隔操作で声だけをここに飛ばしているのかもしれない。
そして、多分、このウーズとかいうスライムのような粘性生物を自在に操っているのも、この声の男だ……。
「そうだ――。お、お前こそ、誰だ──?」
一郎は叫んだ。
すでにエリカとコゼは、ウーズに全身を飲み込まれている。ふと見ると、装具も服も武器もすべて、ウーズの中で溶かされてしまっている。
ウーズの透明の粘性の中でふたりの裸身が浮かんでいる。
それは、一郎も同じだ。
いま一郎の身体は、首から下のすべてをウーズに包まれていたが、身に着けているものは全部溶けてしまっていた。
粘性の物質に捕らわれている一郎もまた、完全な素っ裸になってしまっていた。
「口のきき方に気をつけることだな。このまま、ウーズにお前たちを食べさせることもできるのだ──。そのときは、骨と皮しか残らないぞ……。まあいい──。俺はオーヌだ──。シャングリアに恨みを持つ者で、ここでシャングリアを待ち受けていたのだ──。ところで、お前たちはなんだ?」
オーヌと名乗った男の声が言った。
「お、俺はロウ──。シャ、シャングリアの仲間だ──」
一郎は叫んだ。
「仲間──? あのシャングリアの仲間だと? あの性格の悪い女を受け入れることのできる者がこの世に存在するとはな……? だが、それなら、都合がいい……。あいつを俺のものにする道具になってもらうか……」
オーヌの声が響いた。
そして、一郎の顔全体もウーズの中に包まれてしまった。