※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 幕間 ハロンドール王都
523 女王の世界声明


「本日の午後一(ごごいち)だそうです」

 

 ミランダは、正面に座っているエルザとマアに言った。

 冒険者ギルドの奥の部屋であり、ミランダはエルザたちと向き合っている。

 第三神殿の地下に作られていた隠し拠点から、ランやマリー、さらに他の部下とともに冒険者ギルドに戻ってきたのは三日前だ。

 エルザたちがノールの離宮から王都に移動してきてからは、すでにそれなりの日数が経っている。

 園遊会事件をきっかけにしたサキとの絶交状態についても継続中だ。あの仲違いが発生してからは、まったく王宮内と連絡が取れない状態で膠着が続いている。

 

 ミランダは、仮にも監獄棟から脱獄した身であるので、あからさまにギルドで活動するわけにはいないが、ギルドとしての設備が整っていることもあり、迷った末にこっち戻ってきた。あっちでもスクルズの手配でそれなりの設備が整っていたものの、やはり本来のギルド事務所が色々と都合がいいのは確かだ。

 手続き上は、副ギルド長はサキということになっているから、ミランダがここにいるのはギルド法により違法行為なのだが、もちろん、それに不満を唱える者はここにはいない。

 サキがやって来て、文句を言うなら、むしろ好都合である。

 今度こそ白黒つけてやるところだ。

 

 もっとも、そのサキは、あれから本当に音沙汰がない。

 僅かな情報によれば、ルードルフ王や集めた貴婦人や令嬢たちとともに、後宮側に閉じこもっているようだ。

 政務をしている正宮側に姿を現すことは、王や女官長とともにこのところ皆無であり、サキについてはもちろん、王がどうしているかはわからない。

 数日置きに流出される貴婦人たちをルードルフ王が強姦する魔道映像などが、情報といえば情報だ。

 

 だが、その映像も、だんだんと奇妙な気配になりつつある。

 貴婦人たちの破廉恥映像が流されるのは変わらないのだが、最近は若い令嬢への嗜虐映像も流れるようになり、しかも、なぜか、ロウのことを仄めかしていると考えられる奇妙な言葉の朗読が、破廉恥映像に重ねられているのである。

 ミランダやラン、マリーなどには影響はないが、あの朗読を聴くと妙な気分になるとエルザなどは言っている。

 サキあたりが、またなにかを企んでいるのは間違いないが、やはり連絡が取れないので魂胆もわからない。

 不可思議だが、害がある感じではないし、いまは静観の状況だ。

 とにかく、情報が少なすぎる。

 

 そもそも、正宮殿にしても、主要大臣や官吏の過半数がいなくなり、まったく機能していない状況なのだ。

 情報そのものがほとんど集まらない。

 そして、なによりも、王宮から人の出入りが完全に遮断されている。

 明らかに異常事態である。

 

 唯一の新情報は、ミランダが派遣したゼノビアとシズの二人組が王宮にいるテレーズという女伯爵がやはり、偽者らしいという証拠を見つけて報告を送ってきたことだ。

 あのふたりは、闇奴隷商に連れていかれたらしい本物の伯爵家の母娘を追いかけている。

 連絡によれば、いまはカロリック公国にいるようだ。

 

 とにかく、なんとか王都の秩序が保たれているのは、タリオ公国から突如として出戻ってきた第二王女のエルザと、彼女と一緒にやってきて女豪商のマアの存在のおかげだろう。

 つまりは、このふたりがやって来て、瞬く間に王都内の行政機能を乗っ取って、一時はかなり混乱していた王都機能の秩序をあっという間に確保してしまったのだ。

 その手腕には、ミランダも唖然とするしかない。

 とにかく、一時は大変な状況だった。

 

 突如とした王都住民に対する臨時重税の乱発──。

 

 自由流通商人の追放に次いでの商業ギルドの解体宣言による食料不足による物価の高騰──。

 

 治政の乱れによる治安の悪化──。

 

 大貴族たちの粛清の嵐──。

 

 なによりも、王都でも人気だった女神殿長スクルズの「処刑死」──。

 

 そういうものが重なり、王都はまさに大暴動発生直前の状況にまで陥った。

 第三神殿の地下に隠れいてたミランダも、どう対処していいかわからず、呆然とするしかなかったくらいだ。

 なによりも、スクルズの偽遺体の磔刑のときの暴動は、もの凄かった。ベルズの機転でスクルズが昇天した奇跡を作りだし、なんとか落ち着かせはしたが……。

 

 それでも、王都住民の国王への怒りは頂点に達し、まさに火のついた火薬庫の状況だった。

 だが、これを救ったのが、イザベラやアネルザとも話をつけてやってきたエルザとマアであり、このふたりのおかげで、やっと王都は最小限の秩序を回復したというわけだ。

 

 まずは、マアだった。

 戻ってきた女豪商のマアは、エルザとも話し合った結果として、タリオ公国から大商会を戻させ、特別措置として食料を始めとする物資を大量に入れさせた。

 さすがはマアだった。

 食料を満載した荷馬車を連ねた行商集団の王都入りにより、あがりきっていた王都の物価は、一気に沈静化をした。

 

 そして、エルザだ。

 エルザはエルザで、王都住民を苦しめていた重税を事実上停止状態にしてしまったのだ。

 もっとも、その策は、まさに詐欺のようなやり方だった。

 王宮側から重税を取り消す触れが出たわけではない。

 しかし、王宮が機能をしていないことを逆手に取り、エルザが王太女イザベラの名を使い、別命があるまで、重税分の徴税を無期限に中断するように末端の収税官に通達を出したのだ。

 末端の収税官においても、今度の重税にはかなりの市民の不満があって、命の危険さえあるほどの収税行為だったので、王太女命の収税停止指示には、むしろ喜んでいる。

 王宮としては、集めていた税が入らなくなったわけだが、園遊会事件以降、いくら税を集めたところで、それを使用する王宮機能がなくなっていて、税を使うことはできないだろう。

 現に、税収が停止したというのに、いまだに沈黙を続けている。

 そもそも、王宮全体が謎の沈黙をしたままだ。

 閉じこもっている宮殿の外で、なにをしても一切が無関心という感じである。

 

 とにかく、王太女イザベラが、王命によりノールの離宮に強制的に移動させられたことは、すでにミランダたちの活動により、市民や全ての貴族の知るところになっている。

 また、一方で、今回の重税停止や食料の緊急輸入については、王都の混乱を憂うイザベラによる救済処置だということをたっぷりと宣伝している。

 王の人気が最悪の状況まで失墜するとともに、これにより、イザベラの帰還と王位の交代を求める声はどんどんと大きくなってきていた。

 

 それはともかく、ミランダがふたりに言及した“午後一”というのは、ナタル森林のエルフ族の女王であるガドニエルの名で、各種の魔道通信によって突然に伝えられてきた女王声明の発信というやつだ。

 なにを発表するのか知らないが、冒険者ギルドの特殊な通信によっても伝えられてきて、いにしえの広域魔道による全市民に、重大事項を発表をするということである。

 内容はミランダも知らない。

 

 ただ、これもまた、エルザの王太女布告の名を使った緊急指示により、この王都だけでなく、王国全体の王領や貴族領に、ガドニエル女王の世界声明を受け入れるように指示を送っている。

 ミランダには、すでに理解の外なのだが、ハロンドールをはじめとして各国に行きわたっているナタルの森産の魔法石を通じて、エルフ族女王の声を全世界のあらゆる土地に流すのだそうだ。

 そんな仰天することが可能だということも知らなかったが、魔道技術に詳しいベルズによれば、失われていると伝えられている古代魔道なら可能だろうとのことだ。

 その声明の日が今日であり、時期が午後一ということらしい。

 これもまた、ナタル森林のエルフ族女王の名で、ギルド通信でもたらされたのだ。

 

「ナタルの森の水晶宮から、全大陸の冒険者ギルドに共通クエストだったけ? 結局なんなんだい?」

 

 マアが首を捻っている。

 エルザとともに戻ってきたこの女豪商は、ロウの能力によって、本当は三十から四十歳程の女性の姿に、見た目が若返ったのだが、いまは混乱を防ぐために、老女に見えるカモフラージュリングの魔道具を装着している。

 

「それは、わからないらしいわ、おマア ただ、午後一になったら、全世界の各ギルドの設備や、エルフ女王の声明を受け入れた国々や地域には、女王の声と姿が宙に流されるそうよ。ナタル森林の女王が表に出るのは数百年ぶりにはなるらしいわね。なんなのかなあ?」

 

 エルザも言った。

 このふたりは、かなり気安い。

 ミランダは、同じタリオ公国で生活をしていたことで仲良くなったのかと思っていたが、話を聞く限りにおいては、大公妃と女豪商でもまったく個人的な繋がりもなく、ノールの離宮で知古になり、王都までの移動間で意気投合したようだ。

 ふたりとも、国の政務に直接に関わっていないのがもったいないほどに行政に明るく、なによりも、そこらの大臣程度では舌を巻くほどの流通の知識がある。

 だから、あっという間に仲良くなったみたいだ。

 

「まあ、昼になればわかるでしょうね。ところで、モートレット、いつも言っているけど座ったら? 多少は気を抜いても、この冒険者ギルドには、突然の襲撃なんてないわよ」

 

 ミランダは、マアとエルザとともにやって来た無口な男装の麗人であるモートレットに声をかけた。

 最初に会ったときには、髪も耳を隠すほどしかなくて短く、化粧っ気もなくて、美貌の少年護衛としか思わなかった。

 だが、女であることを隠しているわけではなく、護衛として動きやすいから男の恰好をしているそうだ。

 ただ、怖ろしく無口で、それだけのことを話してもらうのに、かなりの時間がかかった。

 いまでも、打ち解けるという関係には程遠い。

 

「私もいつも言っている……。気遣いは不要です」

 

 モートレットがぶっきらぼうに言った。

 頑なな冷たく見える態度だが、本人的には真面目に護衛に徹しているだけで、これで他人を拒否しているわけではないようだ。

 まあ、変った性質の女というところだろう。

 いずれにしても、こんな女性をあいつなら、調教と称して手を出してみたいと思うのだろうか……?

 ミランダはここにはいない好色男のことを思い浮かべて、ちょっと溜息をついた。

 手を出すのだろうな……。

 ミランダは、小さく嘆息をした。

 

「いいから座りなさい、モートレット。あたしはここから一歩も動くつもりはないし、あなたも、あたしの護衛をするなら、一緒に座った状況でもできる護衛をしなさい。これでも商売をしているのよ。あからさまな護衛を連れていけないときもある。そんなときには、女の恰好で護衛をしてもらうときもあるわ。いまから慣れていく方がいいわね」

 

 マアが横から口を挟んだ。

 

「私が女の恰好を?」

 

 モートレットが目を白黒させた。

 しかし、とにかく、マアにさらに促されて、囲んでいるテーブルの端の席に腰をおろした。

 このモートレットがどういう素性なのかということは、ミランダは教えられていない。

 マアからは、タリオ公国の聖女マリアーヌからの預かり者だということのみを伝えられただけだ。

 よくわからないが、訳ありという感じである。

 

「だけど、世界共通クエストとはねえ……。それだけでもすごいわね。ナタル森林を牛耳っているエルフ女王は、なんといっても、世界に流通している魔法石を独占しているものね。さすがに魔法石を独占しているナタル森林の主ね」

 

 エルザが笑った。

 その世界クエスト……つまりは、各国に散らばる全冒険者ギルドへの共通依頼というわけだ。

 クエストとはいうが正確には、冒険者への依頼ではない。

 各地の冒険者ギルドがそれぞれの手段で、ギルドの設備を使用して、可能な限りの冒険者やギルド付近の住民に女王声明を聞かせろというギルドへの依頼だ。

 ただ、報酬が支払われる。

 世界のすべてのそれぞれの冒険者ギルドに対してだ。

 おそらく、合計は莫大なものになるだろう。

 だが、ナタルの森を抑えるエルフ女王には可能なのだ。

 なにしろ、現在の生活に必要なあらゆる機器に挿入されている魔法石は、なぜかナタル森林でしか製造元できない。

 その魔法石を各国に流通させることによる莫大な富をエルフ族の女王家は持っているのである。

 エルザはそれを言ったのだ。

 

「それだけ、重大ということだと思います、エルザ様」

 

 ミランダは応じた。

 

「そのようね。しかも、冒険者ギルドだけじゃないんでしょう?」

 

「はい。同じ内容を商業ギルド、魔道師ギルドなどにも発信しています。国によっては受け入れをしない国もあるので、各種ギルドを通じて依頼もしたみたいです。まあ、強い魔道を込めて、魔道通信を受信できる魔道具があれば、どこにおいても、それを同時に魔道映像を見ることができますから」

 

「ギルドねえ……。前時代的な産物で無用の産物だけど、世界を跨るギルドでは、大抵、魔道通信設備を持っているからね。あっ、冒険者ギルドは別よ。役にたっているわ」

 

 エルザが笑った。

 タリオ公国に嫁いだエルザだが、エルザの婚姻期間のあいだに、そのタリオ公国では商業ギルドが解散し、商業ギルドに与えられていた商業活動の独占権が廃止されて、誰でも自由に商業活動ができる自由流通制度に変化している。

 これにより、タリオ公国内の商業ギルドは巨大な権力を失って混乱も生じたみたいだが、個々の商家の商業活動においては、大陸外貿易で利をあげている西海岸諸国の商家の呼び込みなどに成功し、逆に莫大な利益を得ている。

 公国にしても、ギルドからの定期的な支払金は失ったものの、取引増大による税収が向上し、さらに、商業活動が活性化することによって国そのものが強くなり、この数年でタリオ公国は大きく力を伸ばしている。

 いまや、自由流通制度は、同じローム三公国内のカロリックやデセオなどにも拡がってくるくらいだ。

 

 エルザは、ここにいた頃から、市民社会にとってはギルド制度はない方がよく、同一職業間競争がなく、外部の参入を認めないギルド制度は、社会の成長を阻害すると主張していた。

 だから、エルザが向こうに行ってから、急に行われた大きな社会改革については、おそらくエルザの発想だと思っていたが、今回訊ねたところ、やっぱりエルザが絡んでいたようだ。

 

「アーサーに夢中なだけの世間知らずなお姫様なのかと思っていたけど、まさか、タリオ公国で拡散された自由流通が、あなたの頭から出たものなんてね。しかも、それを隠すために、アーサー大公に夢中なお姫様を演じてしたなんて、本当にあたしとしたことが騙されていたわ。こんなの面白い大公妃なら、誼よしみを繋いでおけばよかった。もったいないことをしたわね」

 

 マアが口を挟んだ。

 これも知らなかったが、エルザはタリオ公国では、大公のアーサーにぞっこんの素振りをしていたみたいだ。

 だからこそ、イザベラへの工作のために、ノールの離宮に送られたりしたみたいだ。

 アーサーがやろうとした陰謀は、マアからも教えられた。

 イザベラの腹に宿ったロウの子供を堕胎させようなど、アーサーのやり口に、同じ女として、ミランダも腹が煮え返ったものだ。

 とにかく、エルザについては、ハロンドールに戻るいいい口実ができたと、その企てに乗ったふりをしたみたいだが、危うく毒死させられそうになったみたいだ。

 いずれにしても、この一件で、あのアーサーについては、ミランダたちの全員の敵と決まった。

 ミランダとしても、許すつもりはない。

 

「もう大公妃じゃないわ。離縁されたしね。口頭だけだけど、もう戻るつもりはないし、どうしてもうまくいかないときには、どっかの神殿長みたいに、死んだふりでもしようかしら」

 

 エルザが笑った。

 もちろん、スクルズのことだ。

 あのロウのこととなると頭がおかしくなる神殿長のことは、すっかりとエルザには説明をした。

 直接の面識のないエルザは、それを聞いて、変った高位巫女だと笑っただけだったが……。

 一方で、マアについては、スクルズが死を装って、ロウを追いかけていったという話に、さすがに呆れていた。

 

「同じことを言うみたいだけど、全世界の魔道通信設備に通信を同時発信なんて、そんなこと可能なのねえ」

 

 マアが言った。

 ミランダは肩を竦めた。

 

「現に、このクエストそのものが全世界同時発信だよ。しかも、女王の魔道波が流れて、魔法石を使っている全世界の施設には、女王の声が流れまくるみたいだ。信じられないけど、それだけの力があるというほとんど伝説の女王だしね」

 

「エルフ族の女王ねえ……。これまで謎に包まれていたけど、本当に存在したんだね。しかも、世界声明の魔道とはねえ……」

 

 マアが感心したように言った。

 

「ふうん……。だけど、ミランダ、それよりも、ずっと言っているけど、その話し方って、どうにかならないの? アネルザ王妃様やおマアにはぞんざいな口をきくのに、出戻り王女には丁寧語なんて、逆に疎外されているようで寂しいわ」

 

 エルザが口を挟んだ。

 視線を向けると苦笑を顔に浮かべている。

 ミランダは頭を掻いた。

 

「どうにも昔の癖で……。わかったわ、エルザ様。これからはざっくばらんでいきましょう」

 

「“様”もいらないけど、まあ、そうしてちょうだい」

 

 そのとき、部屋に入ってくる扉が開いた。

 フードで顔を隠したベルズが現われた。

 

「帰ったぞ。ウルズは?」

 

「隣の部屋よ。ちょっと前まで遊んでいる物音がしていたけど、さっき覗いたら昼寝していたわ。いい子よ。もっとも、実際にはわたしよりも歳上なんだから、変な感じだけど」

 

 エルザが笑った。

 この部屋は、ミランダの部下たちもやって来る業務室のようになっているけど、隣室は寝室を兼ねた生活をする場所になっている。

 王女も、女豪商も、筆頭巫女も、監獄塔から逃亡した脱走犯も、なにもない。

 全員が雑居して暮らしだ。

 寝るための寝台さえもない。

 適当な場所で毛布をかぶって休むだけだ。

 母親が庶子とはいっても、王宮育ちの王女なのだが、その辺りはエルザも気にしない。

 冒険者ギルド長時代には、こっそりと冒険者の真似事をして、お忍びで野外クエストに参加をして、野宿なども平気でしていたくらいだ。

 マアもまた、問題はないみたいだ。

 見た目だけでなく、身体さえも若返っていて、若い時代同様に無理も効くようになったのだそうだ。

 老女のマアをそんな風に変えてしまうなど、ロウこそ規格外の男だと改めて思った。

 

「ありがとう……。ちょっと見てくるわ」

 

 ベルズがそう言って、隣室を覗きに行った。

 そして、確認をしてから、すぐに戻ってきた。

 ベルズが、ミランダたちが向かい合っていた卓を囲む別の長椅子に腰を

ろす。

 

「水晶宮のガドニエル女王から全世界向けに発信された共通通信のことは聞いたか? いよいよ、午後だそうだな」

 

 ベルズが言った。

 

「ちょうど、その話をしていたところよ」

 

 ミランダが応じた。

 ベルズは頷いた。

 

「神殿にも通信があった。王都三大神殿は、大広間を開放して、そこで傍受した通信を一斉に公開することになった」

 

 家出のように第二神殿を出てきたベルズだったが、数日前に神殿長に接触し、突然の失踪を謝罪するとともに、しばらく神殿を離れて、スクルズの弔いのための活動をさせて欲しいと頼みに行ったようだ。

 神殿長はベルズが無事であることに安堵するとともに、思う存分にやりなさいと、涙を流して承知したそうだ。

 それもあって、ベルズはすでに神殿との接触を取り戻している。

 

「王宮からの発信は?」

 

 エリザが訊ねた。

 

「ない。それに限らず、この十日、ほぼ完全に王宮は沈黙状態だ。完全封鎖しているし、出入りの官吏もいない。まるで死んだ宮殿だ。もちろん後宮に関する情報もない」

 

 ベルズが言った。

 神官巫女であるが、貴族出身であるベルズは、その伝手を生かして、王都内の情報を取りまくっている。

 ただ、王宮内については、やはり情報を取ることが難しいようなのだ。

 それでも、王宮内に出入りしている貴族などをこっそりと回って、情報を集めもしているのだが、後宮については完全に連絡を閉ざしていて、わからないらしい。

 少し前までは、国王が後宮に隠れてしまったといっても、侍女も出入りしていたし、召使いも小間使いの女もいた。

 連絡役を兼ねた女護衛もいた。

 後宮に直接入る出入り業者も大量にいた。

 しかし、あの園遊会事件で大勢の貴婦人と令嬢が連れ込まれてから、内部で働く者の全員が逃亡してきたし、業者の出入りも停止しているらしい。

 それで、すっかりと情報が入らなくなったそうだ。

 

 最後の情報は、園遊会事件の翌日に開放された公爵家の童女たちや貴婦人の中でも比較的年配の女たちだったが、彼女たちからの情報によれば、連れ込まれた貴族子女たちは、後宮と後宮に隣接するアネルザの元奴隷宮に分かれ、全裸に剥かれて性的虐待を受けているそうだ。

 それを裏付けるように、数日置きに、ルードルフとテレーズという女官長が貴婦人を拷問しては強姦する映録球が流れてくる。

 スクルズの死の映像と同じように、王都の広場を始めとして、人の集まっている場所にいつの間にか設置されて、王の蛮行の証拠として投影されるのだ。

 それが唯一の情報ともいっていい。

 

 市民のあいだでは、「狂王」という言葉が、当たり前のように使われるようになっているし、すでに貴族たちの心もすっかりと国王から離反している。

 それでも暴動が王都で起きないのは、エルザのおかげであり、比較的王都内の物価と物流が安定しているからだと思う。

 

「ところで、西の状況は?」

 

 ベルズが言った。

 西というのは、アネルザの実家による辺境候がまとめている国王に対する叛乱軍の決起のことだ。

 アネルザは、辺境候を始めとして、各地の大物貴族に檄文を送り、退位要求をさせるつもりだったが、サキにその企みの主導権を横取りをされ、その動きをロウを旗頭とする叛乱軍の王都への進軍の企てに変えられてしまったのだ。

 サキは、どうやら、向こうの叛乱軍をピカロとチャルタというロウの眷属を使って支配させているらしく、アネルザが父親に対して、叛乱軍の必要はなく退位要求で十分だと翻意の手紙や通信魔道を送っているが反応はないようだ。

 

「大きな変化はないようね。出陣の準備を邪魔するために、辺境候側には兵糧になるような物資が集まらないように流通に細工をしているんだけど、辺境候の領地はもともと大農業地帯だし、自前の穀物だけで、出兵分の補給は賄えると思うわね。予定通りに、ロウというあんたらの大切な人が合流すれば、出動すると思うわ」

 

 エルザが言った。

 サキと大喧嘩した決裂以降、ずっと内乱の回避のための努力を続けてきた。

 それにしても、どうして、こんな大事になってしまったのだろう……。

 最初は、ロウにかけられた捕縛命令を取り消させるために始めたことだが、どういうわけか、あれよあれよと物事が転がり出し、王都では暴動寸前の状況だ。

 また、民意が完全に現王から離れたのはいいが、貴族離れまで起こして、王宮は機能停止状態にもなっている。

 いま外国が国境を侵犯してくれば、どうしようもない状況だ。

 

 流通に明るいエルザと、それを実行する力を持っている女豪商のマアが、たまたま戻ってくれ、タリオ公国からの商会誘致をしてくれなければ、王都では間違いなく食糧難の暴動が発生し、下手をすれば国が倒れたかもしれない。

 ロウを王にしたいサキは、戦を起こして、王軍が負ければ、ロウが新しい王になるのだというくらいの単純な頭しかないようだが、王軍がなくなれば、外国の介入を許す恐れがあるとか、そもそも、内乱があれば国が疲弊し、国が傾くのだという思考はない。

 その辺りをちゃんと話し合いたいのだが、先日の大喧嘩以来、サキは完全に連絡を閉ざしており、接触ができないでいる。

 

「じゃあ、やっぱり、ロウ殿をこっちが先に押さえて、サキ殿の暴走をとめてもらうしかないな。スクルズから連絡は? 一応はあれは、ロウ殿の身柄を押さえる役目で国境に向かったのだろう?」

 

 ベルズが言った。

 まあ、そう言いながらも、ベルズは諦め顔だ。

 あのスクルズが、サキ側なのか、それともこっち側なのか、いまとなっては不明なのだ。

 スクルズは最後まで、サキと連携をしていた風もあり、ロウの身柄をスクルズが確保したとしても、こっちに都合で動くとも限らない。

 ベルズもそれはわかっている。

 だが、情報は欲しい。

 ミランダも、ギルドを動かして、拾える情報は集めまくっている。

 

「あいつの情報はないわ。モーリア男爵のところの軍が国境沿いに展開をしているのは把握したけど、その中にスクルズがいるのかどうかまでは、さすがにわからないわね」

 

 ミランダは言った。

 だが、本当にスクルズがどう動くのか……。

 スクルズはサキの指示に従って、辺境候のところにロウを連れていくつもりなのか……。

 そうなれば、サキはすぐに辺境候を操り、王都への進軍を開始するだろう。

 スクルズは戦争を起こしたいのか……?

 

 ベルズもエルザも心配しているが、一度動き始めた軍隊は、簡単にはとめられない。

 王国内で殺し合いが始まれば、どういうかたちで終わろうとも遺恨を残すだろうし、そもそも最初の衝突は辺境候領土の東側の王軍直轄の砦で起きるだろう。

 ほとんど出兵後のすぐの時期になるはずだ。

 止める余裕などない。

 つまりは、ロウが辺境候軍に加わった瞬間に、すぐにでも戦争が開始されそうだということだ──。

 

 そのときだった。

 扉が外から叩かれて、マリーが入ってきた。

 ミランダが使っているギルドの部下だ。

 

「ミランダ、ナタル森林から発表される魔道通信の追加の詳細が来たわ」

 

 マリーだ。

 

「詳細?」

 

 ミランダはマリーに視線を向けて続きを促した。

 マリーが頷く。

 

「声明で発表しようとしているのは、ナタル森林、とりわけ、水晶宮及びイムドリス宮の魔道による侵略が行われていたという事実のようです。そして、それがひとりの英雄によって回避することができた……。その詳細が魔道通信で発信されるそうです……。また、発表をするのは、ガドニエル=ナタル女王自身だということです」

 

「やっぱり、即位以来、イムドリス宮と名付けた結界空間の館から一度も姿を見せることのなかった、あのエルフ族の謎の女王が本当に姿を見せるのね」

 

 エルザだ。

 改めて驚きを隠せないようであり、それだけエルフ族の謎の女王が表に出るというのは画期的なことなのだ。

 もっとも、ミランダのような一般人からすれば、王族などは自国の王族にしか触れることしかなく、他国の王族も大公たちも、謎の女王らしいガドニエル同様に、顔を見る機会などない。

 だから、エルザほどの感慨はない。

 ただ、純粋に発表される内容と、誰も姿を見たことはないが絶世の美女だというエルフ族の女王の姿には興味がある。

 

「声明は、ガドニエル=ナタルとラザニエル=ナタルのふたりの名で行われるとあります、エルザ様、マア様」

 

「ラザニエル? 耳にしたことがいないわね……」

 

 エルザが首を捻っている。

 

「女王の姉だとなっていますね……。ナタル森林の危機に際して、今回の英雄とともに、邪悪を滅ぼしたとか……」

 

 マリーが手元の小さな記録紙に目をやりながら答えた。

 

「邪悪を滅ぼした英雄か……。まあ、大変なことがあったんだろうな。エルフ族の長老が姿を現して、しかも、全世界に向けた魔道通信……。随分と気合の入ったことだ。しかし、そういえば、ロウ殿が向かっていたのも、ナタル森林であったな。巻き込まれてないといいが」

 

 ベルズが言った。

 

「まあ、水晶宮に対する侵略ということだから、大丈夫じゃないかねえ。ロウ殿が向かった褐色エルフの里というのは、ハロンドール側に近いところだったと思うし……」

 

 マアも口を挟んできた。

 ミランダもナタル森林の位置関係を思い浮かべながら頷く。

 ロウが今回ナタル森林に向かうことになったクエストは、同行をしていったイライジャという褐色エルフ女の依頼であり、召喚魔道を暴発させた罪によって人間族に奴隷として競売にかけられることになったユイナというエルフ娘を競り落とすというものだ。

 水晶宮のあるエランド・シティと呼ばれるエルフ族の都は、ハロンドールから見れば、ずっとナタルの森の奥側になり、その里とはかなり離れている。

 まるで別の場所だし、大丈夫だろう。

 それに、ロウには、エリカ、コゼ、シャングリアという一騎当千の女たちがしっかりついている。

 問題ないはずだ……。

 

「そうだな? だが、ロウ殿のことだ。すでにエルフ女王のガドニエルとやらを自分の女にしてしまっているかもしれんぞ」

 

 ベルズが軽口を言った。

 彼女の冗談は珍しい。

 ミランダも噴き出した。

 ロウだったら、いかにも、ありそうだと思ってしまったのだ。

 マアも笑っている。

 

「ロウさんは、大物喰いのところがありますからね……。ところで、魔道通信による声明は、(ひる)ちょうどだそうです。ここにも、投影するように後で処置しますね」

 

 マリーも笑いながら部屋を出ていった。

 

「王妃殿も、わたしもロウという人の女になれと、何度も冗談を言っていたけど、ロウという殿方はどんな人なのかしら。会うのが愉しみね」

 

 いや、あれは全く冗談ではないと思ったがミランダは口にしなかった。

 しかし、マリーが口にした大物食いという言葉は、言い得て妙だ。

 ミランダ自身もそのひとりだから手前味噌みたいで恥ずかしいが、確かに、ロウには一流の女が自然に集まる。

 そういうことであれば、目の前のエルザなども、なかなかの政策通であり、得難い女性だ。王族だし、大物だろう。

 この混乱した状態で、次々の施策を行い、王都の暴動を押さえている。

 彼女もまた女傑である。

 タリオ大公とエルザの婚姻は離縁になるのが確実のようであるし、それに、エルザみたいな女は、ロウを好きになる気がするのだ。

 あの男には、一流の女を惹きつけるなにかを持っている。

 でも、イザベラ、アンに次いで、エルザまでもロウの女になれば、ハロンドールの三王女がこぞってひとりの男に独占されることになるが、むしろ、アネルザはそれを望んでいると思う。

 そして、ちらりと石像のように動かないモートレットにも目をやる。

 エルザ以上に、おそらく、あのロウはこの男装の麗人に興味を持つ。

 絶対に手を出す……。

 そのとき、ミランダはそれを傍観すべきなのか、それとも、守ってやるべきなのか……。

 どう対応していいのか、自分でも自己の感情がわからず、ミランダは深く溜息をついた。

 モートレットは、ミランダの視線を感じたのか、ちょっと違和感を覚えたように小首を傾げた。

 

「それにしても、ロウ殿は、どうしてるのかねえ……。ロウ殿さえ戻ってきてくれれば、この騒動も何もかもうまくいくと思うんだけどねえ……」

 

 すると、マアも横でミランダと同じように溜息をついた。

 

 

 *

 

 

 その日、陽が中天にあがったとき、全世界あての魔道通信が一斉に大陸中に流れた。

 ほとんどの者は、初めて世に出たエルフ女王の神々しいまでの美しさに息を飲んだ。

 だが彼女が言葉を口にし始めると、その驚愕の内容に誰もが衝撃を受けた。

 ミランダも、ギルド内で隠れている部屋の中で、エルザ、ベルズたちとともに、その魔道映像に見入った。

 

 ローム皇帝家による冥王復活の陰謀──。

 

 禁忌の闇魔道による水晶宮及びイムドリスへの魔道侵略──。

 

 なによりも、皇帝家と魔族の結びつき──。

 

 それがガドニエルによって語られ、身体を杭によって貫かれて逆さに晒されている魔族の姿も映った。

 声明によれば、あと一歩でガドニエルも水晶宮も魔族の支配下に置かれるところであり、ほとんどすでに陥っていたという。英雄の救いがなければ、エルフ族の魔道のすべてが魔族の支配下に置かれ、全人類の大きな脅威になっていたはずだと、ガドニエルは何度も繰り返した。

 そして、この陰謀から、ガドニエル及び水晶宮、そして、全エルフ族を救ってくれた人間族の男こそ、真の英雄なのだと、ガドニエルは淡々と語り続けた。

 

「……では、その英雄の名を披露しよう──」

 

 魔道通信で映されるガドニエルの美貌が静かに語り続ける。

 

「……その英雄は、ロウ=ボルグ卿──。ハロンドールからやって来た子爵にして冒険者。彼こそ、全エルフ族を救い、冥王復活の陰謀を阻止し、己たちの小さな権力のために全人類を滅ぼそうとまでしたローム皇帝家の野望を打ち壊してくれた英雄である──。そして……」

 

「えっ」

 

「はあ?」

 

「んん?」

 

「ええええっ」

 

 ミランダは、ベルズ、エルザ、マアたちとともに、一斉の声をあげてしまった。

 

 ロウ?

 確かに、そう言った。

 ハロンドールからやってきた子爵にして冒険者のロウ=ボルグといえば、あのロウ以外にはあり得ない……。

 すると、この部屋から離れているギルドの広間からも、建物が揺れると思うような大勢の大声が起きたのが聞こえた。

 

 ロウ……。

 

 あんた、そこでなにしてんの?

 思わず、叫びそうになった。

 

 そのときだった。

 ロウの名を口にしたガドニエルが、急に、真顔を崩して、満面の笑みを浮かべたのだ。

 しかし、笑顔を浮かべたガドニエルは本当に美しかった。

 そのあまりにも美しいガドニエルの笑顔には、女のミランダさえも、ちょっと赤面するのを感じたほどだ。

 ましてや、男であれば、その魔道映像を見ていた者の誰もがガドニエルに恋をしたのではないだろうか……。

 それほどの表情と喜びの顔だ。

 そして、笑顔のガドニエルが言葉を続けるために口を開く。

 

「……そして、ロウ=ボルグ殿こそ、わたし、ガドニエルの未来のはん……」

 

 その瞬間、突如として魔道通信がぶちりと中断された。

 

 あれ?

 いま、なんと?

 

 “はん”という言葉の次の“りょ”と聞こえたような、聞こえなかったような……。

 やがて、少しの間があり、ガドニエルがいなくなり、ガドニエルの姉だというラザニエルと名乗るエルフ女性が現われた。

 確かに顔立ちは似ていて、姉妹というのは間違いないと思った。

 ガドニエルとはまた雰囲気は異なるが、やはり、彼女も美しい。

 

 そのラザニエルもまた、皇帝家が冥王復活の陰謀を企て、それによりナタル森林全土が危機に陥ったが、ロウの英雄的な行為により、救われたのだと語った。

 感極まっているのか、なぜか、途中で言葉に詰まったり、眼を閉じてなにかに耐えるような仕草をすることもある。

 しかし。その姿が恐ろしいほどに、色っぽく感じさせたりする。

 とにかく、あれが伝説的なエルフ女王姉妹か……。

 

 それにしても、さっきのガドニエル女王のあれ……なに?

 もしかして、ロウの伴侶と言おうとした?

 まさかねえ……。

 

 ミランダは首を傾げた。

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