【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「……ま……」
「……様……」
「……ロウ様……」
「……ご主人様……」
「ロウ……」
大きな声があちこちからかけられている。
はっとした。
一郎は自分が薄暗い場所で丸まって横になっていることを見つけた。
「ロウ様──」
「よかった、ご主人様──」
エリカとコゼの嬉しそうな声がした。
「ロ、ロウ─、とりあえず、無事なのだな──」
シャングリアの声もした。
「み、みんな──」
一郎は起きあがった。
「危ない──」
エリカの声が横から飛んでくると同時に、思い切り硬いものに頭をぶつけた。
「いたあっ」
一郎は声をあげてしまった。
ぶつけたのは鉄格子の天井だ。
一郎は、高さが異常に低い檻に入れられていたようだ。それに気がつかずに、思い切り身体を起こしてしまったために、天井に頭をぶつけてしまったようだ。
一郎は改めて、自分が入っている檻を観察した。
本当に狭い檻だ。
立つことはおろか、座ることもできない。
一郎の感覚では、大型犬がやっと入るくらいの高さを幅と奥行きしかない。
そんな狭い場所に一郎は閉じ込められていた。
この檻の中でできる姿勢は、横に待って丸まって寝ることか、四つん這いになることだけだろう。
しかも、完全な素裸だ。
ここは、全体が広くなっている洞窟の中の一室のようだ。部屋の四隅の壁には燭台があり、それで全体が照らされている。
一郎を裸で閉じ込めている小さな檻は、片側の壁に接する洞窟の床の一部に無造作に置かれていた。
とりあえず、周囲にはあのウーズとかいう粘性生物はいないようだ。
「ロウ様、大丈夫ですか?」
エリカだ。
エリカもまた、同じような檻で素裸で閉じ込められている。エリカの檻は一郎のすぐ隣にあった。やはり、エリカも一郎と同じように四つん這いだ。
反対側にはコゼの檻もある。
コゼは横になったままだったが、意識はしっかりとしている。
「シャングリアは?」
一郎は叫んだ。
さっき、シャングリアの声もしたと思った。
「わ、わたしは、ここだ……」
控えめなシャングリアの声がした。
顔をあげると、一郎たちの小さな檻が並んでいる側とは反対側の壁側にシャングリアはいた。
一郎たちのように異常に狭い檻ではない。
壁をくり抜いて鉄格子の壁を取り付けた牢屋のような場所にシャングリアはいた。
シャングリアは両手で裸身を隠して、心配そうな顔をこっちに向けていた。
「少なくとも、みんな死んではいないようだな……」
一郎は、とりあえず、ほっとした。
魔眼で三人のステータスを覗いたが、怪我もしていないようだ。ただ、エリカだけは、魔道を封じる魔道をかけられている気配だ。
とにかく、よかった……。
あのウーズとかいうスライムの化け物に顔を包まれたときには、死も覚悟した。
おそらく、あのウーズは、あのまま一郎たちを殺すことも可能だったと思う。しかし、それはしなかったようだ。
「す、すまない……。わたしのせいだ……。お前がとめたのに、わたしは無鉄砲にも洞窟に入って罠に嵌まったのだ……。言い訳もできん……。しかも、お前たちは、わたしを助けようとして追って来てくれたのだな──。それはオーヌから教えられた。なにもかも、わたしのせいだ……。本当に申し訳ない……」
シャングリアが柄にもなく意気消沈している。
「オーヌって?」
一郎は首を傾げた。
「わたしたちをウーズを使って捕えた男です。さっき一度来ました。どうやら、シャングリアの昔の知り合いのようです」
エリカが早口で言った。
「ああ」
一郎は思い出した。
ウーズの粘性体に全身を包まれる直前に、声だけの何者かが、オーヌと名乗り、シャングリアに恨みを抱いているというようなことを言っていたと思う。
「……つまりは、あいつは、わたしが昔こっぴどく振った魔道遣いのようなのだ……」
牢の中のシャングリアが語り始めた。
それによれば、オーヌというのは、将来を期待されていた優秀な王軍魔道師のひとりであり、騎士団に所属したばかりのシャングリアにずっといい寄っていたようだ。
半年くらい前のことらしい。
しかし、シャングリアのこの気性だから、それこそ、手酷く振ったのだろう。
そして、それを恨みに抱いたオーヌは、王都から行方不明になり、あろうことか自分の身体に特異点を憑依させるという禁忌の魔道で魔族を召喚できる技を身に着け、そして、ウーズという粘性生物遣いになったということのようだ。
さらに、オーヌはシャングリアに恨みを返そうと考え、シャングリアがジーロップ山の盗賊団退治をすると耳にして、急遽、数日前に盗賊団を乗っ取って、待ち構えていたらしい。
里にやってきた片腕を失った男というのは、オーヌが盗賊団を乗っ取ろうとしたときに、自分の腕を切断してオーヌから逃亡した盗賊のひとりであり、残りの盗賊たちは、オーヌの支配を受け入れて奴隷になるか、あるいは粘性生物のウーズの餌になってしまったようだ。
一郎は驚いてしまった。
だが、それですべての辻褄は合う。
この数日間、里の家畜を襲っていた存在も、やはり、オーヌが操っているウーズの仕業だったのだろう。
それらのことをシャングリアから説明を受けるとともに、一郎が目を覚ます前に一度やってきたオーヌが語った話として、エリカが話してくれた。
そのとき、この洞窟の部屋に奥側から誰かがやって来る気配がした。
“オーヌ
瘴気体、男
年齢30歳
ジョブ
魔獣遣い(レベル1)
魔道遣い(レベル15)
生命力:90
攻撃力:120(必撃の剣)
魔道力:200
所有物
ウーズ(魔生物)”
瘴気体──?
一郎の魔眼で見えるステータスにはそうある。
シャングリアとエリカのいまの説明によれば、オーヌは、禁忌の魔道により、自分の身体に特異点を憑依させたらしい。
憑依させたものは、このあいだクエストの一環として、特異点封印に成功したときに破壊した“魔瘴石”のことだと思うが、それを身体に取り込むことで、もはや、人間でもなくなり、「瘴気体」という別の生き物になったということか……。
そう考えていると、すぐにそのステータスの本人が目の前にやってきた。ケープを全身にまとっていて、腰には一郎から取りあげた魔剣をさげている。
また、青白い顔で怯えている五人の盗賊たちを従えていた。
五人はそれぞれに武器を持っていたが、一郎はその五人の中のひとりが腰に鍵束を吊っているのを見た。
ステータスを観察する限り、怯えた表情の五人の中では一番の腕っぷしのようだ。あるいは、オーヌがここにやって来る前には、盗賊団の頭領だったのかもしれない。
いずれにしても、大したことはない。
エリカでもコゼでも、もちろん、シャングリアでも相手にはならないだろう。ただ、こうやって素裸で檻に閉じ込められている状況では、どうにもできないが……。
辛うじて勝機があり得るとすれば、オーヌという男は、おそらく、自分の身体に特異点を憑依させて魔獣遣いになったのは、まだほとんど日が浅いに違いないということだ。
オーヌの魔獣遣いとしてのレベルは、まだ“1”でしかない──。
つまりは、あのウーズという粘性生物の扱いそのものにも、あまり慣れていないはずだ。
付け入る隙があるとすれば、それだけか……。
とにかく、あのウーズに一郎たちをあのまま殺させなかったということは、オーヌには、一郎たちを生かしておいてもいいという考えもあるということだろう。
殺すつもりなら、あのまま殺してしまったはずだ。
「おっ、男もやっと目を覚ましたか? じゃあ、シャングリア、さっきの返事を聞かせてもらおうか──」
オーヌが言った。
「わ、わかっている──。だが、オーヌ、神にかけて誓え──。本当に、わたしが、お前を主人とする奴隷の首輪を受け入れれば、ロウたち三人を解放するのだな? その保障をしろ──」
シャングリアが叫んだ。
奴隷の首環──?
なんだ、それは……?
一郎は眉をひそめた。
「神にだと──? 魔道十二戒を破り、魔族を封印している異界を解放する特異点を自らの肉体に憑依させた俺に、今更、神に誓うことに意味があるとは思えんがな……。まあいい──。俺が欲しいのはお前だけだ──。さあ、首輪をしろ──。そして、俺に謝罪するとともに、奴隷になると誓え──。そうすれば、この三人には用はない。俺が欲しいのはお前だけだ、シャングリア──。三人は解放してやる」
オーヌが身に着けているケープの内側から金属の首輪を出して、シャングリアの牢に差し込んだ。
一郎は目を見張った。
あれは“奴隷の首環”だ──。
一郎の呪術の支配力により、コゼの首から割れ落ちたものと同じものだ。人を奴隷状態にして、「主人」の命令に逆らえないようにする支配の魔道具だ。コゼもその首輪で長い年月苦しめられ続けた。
オーヌの目的は、シャングリアを自分の奴隷状態にすることのようだ。
しかし、奴隷の首環はただ嵌めるだけではだめなのだ。奴隷自身の意思で「奴隷になる」という言葉を発する必要がある。
それで、魔道による支配の縛りが、心に縛りつけられるのだ。
どうやら、一郎たちは、シャングリアがオーヌの支配を受け入れる「人質」にされているようだ。
だから、オーヌは、侵入者である一郎たちを殺さなかったのだろう。
「……さっき、ロウ様がまだ意識がないとき、あのオーヌがやってきて、わたしたちを助ける代わりに、シャングリアに自分の奴隷になれと言ったんです……」
横の檻にいるエリカが小声でささやいた。
やはり、一郎の想像の通りだ。
しかし、そんなことをさせるわけにはいかない。
「い、いかん──。やめろ、シャングリア──。そんなことをする必要はない──」
一郎はそれを聞いて絶叫した。
「ロ、ロウ──。これはすべて、わたしのせいなのだ──。自分の始末は自分でつける──」
「なにを言っているんだ、シャングリア──。限られた時間とはいえ、俺たちは仲間だ──。もっと、仲間に頼るんだ──。仲間を信じろ──」
「わ、わたしを仲間だと言ってくれるのか、ロウ……。嬉しいぞ……。嘘でもな……。ありがとう……」
「うるさい──。簡単に諦めるな、シャングリア──。この馬鹿女──」
一郎は声をあげた。
「わ、わたしを馬鹿女だと言ったか──。ゆ、許さんぞ、ロウ──」
シャングリアが顔を真っ赤にして言い返した。
一郎はほくそ笑んだ。
それでこそシャングリアだ──。
「うるさい奴だなあ──。おい、お前たち、ちょうどいい──。部屋の燭台の蝋燭をこいつら三人の檻の上に置いてやれ」
すると、オーヌが意地の悪い表情を浮かべて、背後の五人に言った。
命令を受けた盗賊たち五人が弾かれたように動いた。
余程に恐怖が染みついているのだろう。
岩壁にあった四個の蝋燭がこっちに運ばれてきた。
一郎たち、三人の檻の上に乗せられる。
四個あったので、エリカとコゼの檻の上には一個──。一郎の上には二個だ。
「あ、熱い──。あ、熱いって──」
すぐにぽたぽたと蝋が垂れ落ちてきた。
しかし、檻の中は身体を反転もできないような狭さだ。
逃げることのできない肌の上に、次々に灼熱の垂蝋が襲ってくる。
だが、同時に一郎は悟った。
やはり、この男は魔獣遣い……、とりわけ、粘性生物のウーズ遣いとしては、まだ素人だ。
一郎は確信した。
「熱い──」
「ひい──」
エリカとコゼも両側で悲鳴をあげている。
「や、やめよ、オーヌ──。わたしは首環を受け入れる──。お前の奴隷になる──。だから、やめるのだ──。ロウたちは、わたしのせいで巻き込まれたのだ──。お前が恨みに思っているのはわたしだけであろう──」
シャングイリアが大きな声をあげた。
そして、眼の前に放り投げられた「奴隷の首環」を掴んで自ら首に嵌める。
「そんなことをする必要はないと言っているだろう──。この馬鹿女──。早まるな──」
一郎は垂蝋の熱さに耐えながら絶叫した。
そして、右手首の紋様の痣を擦った。
一郎は右手の紋様を擦った。
檻の外にクグルスが出現した。
「じゃじゃじゃじゃああん──。クグルスだよ。ご主人様、お呼び出しありがとう──。わおっ、三人で裸ん坊で檻の中でなにやってんの? 新しい遊び?」
クグルスが陽気な声をあげた。
「呑気なことを言ってんじゃない、クグルス──。俺たちは殺されそうになってんだ。助けてくれ──。そのケープの男か、それとも、あの腰に鍵束を吊っている男の身体を乗っ取れ──」
一郎は指示した。
魔妖精のクグルスの技のひとつは、能力レベルの低い相手の身体を乗っ取って、本人の意思とは無関係に身体を自由に動かすことだ。一番最初に一郎の前に出現したとき、エルフの里のユイナというエルフ少女の身体を乗っ取って大騒ぎを起こした。
それを一郎は思い出していた。
一瞬、クグルスはきょとんとした表情で、きょろきょろと周囲を見回していたが、すぐにある程度の状況を認識したようだ。
「あの身体に魔瘴石の塊りを宿している男がご主人様の敵だね──? 身体の中に特異点があるね。だけど、こいつは無理──。すでに人間でなくなっているもの──。ぼくは人間種か亜人種の身体しか乗っ取れないんだ。魔族は無理なんだ」
クグルスは、そう言って、五人いる男のうち、鍵束を腰にさげている男の胸に飛び込んだ。
そして、身体が消滅する。
「な、なんだ? いまのは魔物だろう──? 魔妖精だな? お前も魔族を召喚できるのか──?」
オーヌが目を丸くして叫んだ。
しかし、一郎はそのオーヌの背後にいる男の股間がズボンの下で勃起状態になったのを見た。
クグルスの支配が成功したようだ。
その男が剣を抜いて、オーヌに向かって振りあげる。
「なに?」
オーヌが気がついた。
さっと、身体を前に倒して、男の剣の一撃を避けた。
クグルスが操っている男がさらに倒れたオーヌを追う。
しかし、オーヌは転がりながら、必撃の剣を抜いている。
オーヌの握る必撃の剣が、男の剣を巧みにかわして、深々と腹を切り裂いた。
「あぐうっ」
男が口から血を噴き出して前のめりに崩れる。
だが、倒れながら、腰の鍵束を一郎たちに向かって放った。
洞窟の床を転がりながら、うまい具合にエリカの檻の前に鍵がやってきた。
素早くエリカが鍵を取り、自分の檻の鍵を開いて、檻の外に這い出ていく。
「コゼ、ロウ様を──」
エリカはひと声叫ぶと、鍵束をコゼの檻に向かって放り投げ、そのまま腹を斬られて倒れた男に飛びついた。その男の剣を奪おうとしているのだ。
一方で、その男の体内から飛び出したクグルスは、呆気にとられている残りの盗賊たちのひとりの身体に入り直した。
その男の股間も勃起して、さらに剣を抜いてオーヌに斬りかかる動きを示した。
また、エリカも倒れている男の剣を取ることに成功していた。
ふたりがかりで、オーヌに剣を向けている。
だが、オーヌは態勢を戻していて、さっとふたりから距離をとった。
すでに、オーヌが落ち着いた雰囲気でいるのを一郎は見た。
しかも、天井でなにかが動いているの。
「エリカ──。こっちに退がれ──。蝋燭を取れ──」
一郎は叫んだ。
素裸のエリカがさっと反応して、一郎たちのいる方向に跳躍した。
たったいままでエリカがいた場所に、天井からウーズの塊りが落ちてきた。
エリカは間一髪でウーズの粘性体に飲み込まれずに済んだが、クグルスの操っている盗賊を含めて残りの男たちの全員は、全身をウーズの粘性体に飲み込まれてしまった。
「ご主人様──」
やっと鍵束で檻から出たコゼが一郎の檻を開いてくれた。
戻ったエリカが檻の上に放置されていた蝋燭を手に取って前にかざした。
すると、迫っていたウーズがさっと退がっていく。
一郎を檻から引き出したコゼは、今度は鍵束をシャングリアの牢に投げた。
「コゼも蝋燭を手に取れ──。ウーズの弱点は火だ。こいつはさっきから火を怖がっているんだ──」
一郎は檻から出るとともに、檻の上においてある蝋燭を手に取った。
「火が弱点──? なんでそんなことを──?」
オーヌがびっくりしている。
すでに部屋の半分をウーズの粘性体が覆っていて、オーズはその中心でウーズをけしかける仕草をしている。
だが、すかさず蝋燭を掴んだエリカとコゼと一郎のかざす蝋燭の火に、ウーズが尻込みするかのように、こっちへの進行を止めている。
「な、なんで、向かっていかんのだ──? ひ、火が弱点だって──。そ、そんなことは知らんぞ──」
動かなくなったウーズに、オーヌが焦ったような声をあげた。
やはり、オーヌはウーズ遣いになったのが最近だったようであり、ウーズという粘性生物の弱点を知らなかったようだ。
しかし、一郎にはわかった。
最初にウーズに襲われて捕らわれたとき、一瞬だが一郎の魔眼には、なにかに対して青いもやを反応させた。あのときはわからなかったが、あれは一郎が手に持っていた燭台の炎に反応したのだ。
それなのに、一郎はそれを手放して、剣で粘性体を斬ろうとした。だから、襲われたのだ。
いまは、炎に対して青いもやが包んでいるのが明確にわかる。一郎の魔眼が、襲いかかろうとしている粘性生物のウーズの弱点をそうやって教えているのだ。
「ご主人様──」
クグルスも操っていた盗賊の中から逃げ出して、こっちに戻ってきた。
また、ほかの盗賊の身体はすでにウーズの粘性体に飲み込まれている。
オーヌは、クグルスに盗賊たちの身体が乗っ取られるのを察して、ウーズに殺させることを選んだのだろう。
「ぼくに任せて──」
クグルスが空中で叫ぶとともに、床に炎の壁がさっとあがった。
炎の壁は天井まで届いている。床と天井に拡がっていたウーズが一気に後退していく。
「ロウも魔族遣いだったのだな──。あとで説明してもらうぞ」
解錠に手間取っていたシャングリアも、やっと牢から飛び出してきた。
素っ裸の四人の男女と魔妖精が炎の壁を挟んで、ウーズを操るオーヌと対決する態勢になった。
「説明する気はないね──。見たものは忘れてくれ──」
一郎はシャングリアの白い裸身に一瞬だけ目をやって、しっかりと視界に刻みつけると、視線を前に戻してクグルスに指示を出す。
「この部屋の後ろにも炎の壁を作れ、クグルス──。炎と炎でウーズを挟むんだ──」
「わかった」
クグルスが飛翔して、天井すれすれまであがった。
この洞窟の部屋の先のオーヌの向こう側でも炎の壁ができあがる。
オーヌを中心に集まっているウーズの前後が大きな炎の壁に挟まれた。
「狭めろ──」
一郎は叫んだ。
「あいあいさあ──」
クグルスが陽気な声をあげるとともに、ふたつの炎の壁がぐっと狭まっていく。
それとともに、その中間にいるウーズが暴れ出した。まるで湯が沸騰するかのように粘性体を波打たせている。
「うわっ──。やめろ──。助けてくれ──。や、やめろお──」
炎の壁のあいだでは、ウーズが暴れ狂い、オーヌが悲鳴をあげいている。
炎に迫られてパニック状態になっているウーズを制御する能力をオーヌは失ったようだ。
「エリカ、その剣を貸してくれ──」
シャングリアがエリカが持っている剣を奪った。
「これでも喰らえ──」
シャングリアが剣を槍のようにして、炎の向こうのオーヌに投げた。
「ぐあああ──」
ものの見事に、シャングリアの投げた剣はオーヌの胸に吸い込まれる。
なにかが砕けるような大きな音がした。
真っ白い光と白い破片が周囲に迸る。
咄嗟に女たちの身体を庇おうと思ったが、破片は一郎たちの身体を傷つけるほどには勢いよく弾けなかった。
オーヌが自らの肉体に憑依させていたという特異点の根源である“魔瘴石”が弾けたのだ。
オーヌはウーズという粘性生物を召喚して操るために、自分の肉体に特異点を憑依させたはずだ。
それが、オーヌが死ぬことで特異点を維持する力を失い、魔瘴石が壊れてしまったのだろう。
「ご主人様、瘴気が消えていくよ」
クグルスがほっとしたように言った。
炎の壁の向こうのウーズはまだ狂ったように暴れているが、確かに心なしか勢いが弱まったようにも見えた。
「一応、クエスト終了か……」
一郎は地面に落ちている魔瘴石の破片を幾つか拾いながら言った。
これが証拠になって、特異点の封印の功績も追加になるはずだ。
「それにしても……」
一郎はいまだに暴れている炎の壁の向こうのウーズを恨めしげに眺めた。
瘴気が消え、魔界との接触を失い、さらに操っていたオーヌもいなくなることで、ウーズは完全に制御を失った状態になっている。いまやオーヌの肉体もウーズの体内に飲み込まれていた。
つまりは、オーヌが持っていた一郎の剣もウーズに飲み込まれたということだ。
「今回の代償は高かったな──。あいつめ、俺の愛剣を持ったまま、ウーズに飲まれやがった……」
一郎の武器だった必撃の剣は、オーヌの肉体とともに、すでにウーズの粘性体の中だ。
瘴気が消滅した以上、ウーズはこの洞窟から出ることもないし、数日で存在を留めることも不可能になるのだとは思うが、飲んでしまった剣は戻って来ない。
一郎は溜息をついた。
そのとき、突然になにかが、どんと一郎にぶつかった。
シャングリアだ。
素っ裸のシャングリアがいきなり一郎に抱きついてきたのだ。
「ロ、ロウ──、お前、最高だ──」
シャングリアは叫ぶなり、一郎の唇に自分の口を思いきり重ねてきた。一郎はびっくりしたが、それだけシャングリアも感情が昂っていたのだろう。一郎は、シャングリアの口づけを受けながら、シャングリアの首にある首輪を外してやった。
「あ、ありがとう、ロウ……。お、お礼のしようもない。ほ、本当にお前は命の恩人だ……」
唇を離したシャングリアが真っ赤な顔で言った。
「それはいいがな……。そんな格好で抱きつかれると、収まるものも、収まらなくなるぞ」
一郎は笑った。
シャングリアのような美女に裸で抱きつかれて、下半身が勃起状態だ。
「ひっ──。ひゃああっ──」
シャングリアが悲鳴をあげて飛び退いた。
一郎は笑いながら、淫魔力を総動員して下半身の興奮を収める。勃てるのも鎮めるのも、実は自在にできる。それも淫魔師の力なのだ。
「……魔剣がなくなっても、ロウ様には、わたしが剣技を基礎からちゃんとお教えしますから……。また、一緒に稽古をしましょう」
エリカが、シャングリアの突発的な振る舞いなどなにもなかったかのように、にこにこしながら言った。
エリカは、以前から魔剣に頼りがちの一郎のことを快く思っておらず、きちんと武術の稽古に毎日励むべきだと主張していたのだ。
なんだかんだと逃げ回っていたが、魔剣が失われた以上、一郎としても、自分の身を自分で守るくらいの腕をつけないと、冒険者を続けることは難しい。
観念するしかないのかもしれない……。
「駄目だよ、エリカはご主人様に厳しすぎるからね──。ご主人様は、また嫌がってやめてしまうことになるだけさ。もっと、教えるのが上手な人を探すのがいいよ。優しく丁寧に教えられる人がね」
クグルスがからかうように言った。
確かに、一郎だってちゃんと剣を覚えようと努力したこともある。だが、生真面目なエリカの教授は本当に厳しいのだ。
一郎はたちまちに音をあげてしまって、それ以来、鍛錬をさぼっていた。
しかし、コゼの技もアサシンとして特化しすぎていて、他人に教えるのは向かないだろう。
やはり、エリカか……。
「な、なに言ってんのよ、クグルス──。武術に王道はないのよ──。毎日の地道な努力──。これしか上達の方法はないの──。なにも知らないくせに黙ってなさい──」
エリカが噛みつくようにクグルスに声をあげた。
そのとき、シャングリアが再び一郎の前にすっと出てきた。
一糸まとわぬ素っ裸のシャングリアは、やっと羞恥を思い出したかのように、両手で胸と股間を隠して赤い顔でもじもじしている。
「あ、あのう……。わたしでは……駄目か……?」
すると、シャングリアが言った。
「駄目かって……? なにが?」
一郎は首をかしげた。
「だ、だから、剣を教えるということだ。わたしは、こう見えても、王軍騎士団では女兵を相手に武術を教える仕事もしているのだ。最近では、実任務は干されることが多くて、そういうことしかやらせてもらえなくてな……。だ、だから、力も技術にも乏しい女に、ある程度のことを教えるのはいつもやっている。わたしなら、うまく教えられると思うぞ……。よ、よければ、お前にわたしは武術を教えたい……。せ、せめてものお礼に……。そ、そして、お詫びに……」
シャングリアが照れたように言った。
「シャングリアがか?」
なにを馬鹿なと言いかけたが、エリカの教え方に容赦がないことは一郎も閉口している。
女兵に教えるような優しいやり方なら、いくらなんでも、一郎も音をあげなくてすむかもしれない。
「そうだな、頼もうかな……」
一郎は言った。
「えっ、ええっ?」
エリカが不満そうな声をあげた。
「あ、ありがとう──。じゃ、じゃあ、王都に戻ったら一生懸命に教える。お前はわたしの命の恩人だ……。それに報いるように頑張るな……。よろしく頼む、ロウ……」
シャングリアが破顔した。
笑うとこんなに可愛い顔になるのかを驚くくらいの素晴らしい笑顔だ。
思わず見とれていると、その笑顔がちょっと困ったように歪んだ。
「だ、だけど、お前も少し隠してくれないか、ロウ……。め、目のやり場に困るのだ」
シャングリアが顔どころか、全身を真っ赤にして言った。
そういえば、一郎もまた前を隠すことなく裸で立っている。
それで、気の強いシャングリアもどこに眼をやっていいかわからないように、視線が泳いでいるのだ。
「隠すと言ってもなあ……。いまさら……。それに、俺たちの服は全部、あのウーズが溶かしてしまったしな……。とりあえず、馬車を置いてきた場所までいけば、売れ残りの女物の衣類がまだ積んであるが、そこまで辿り着くまでは、四人で素っ裸でいくしかないな」
一郎は笑った。
「そういえば、ご主人様、この裸ん坊の女は誰──? こいつも美人だね。それに、淫乱そうな身体しているよ──。新しい性奴隷?」
クグルスが一郎の前に飛んできて言った。
「せ、性奴隷──?」
シャングリアがクグルスの言葉に驚いている。
「クグルス、余計なことを言うな──」
一郎は怒鳴った。
しかし、クグルスはまったく気にすることなく、シャングリアの裸身をまるで点検するかのように周囲を飛び回っている。
「もしかして、生娘なのか、お前──? しかも、まだご主人様に女にしてもらっていないんだな? だったら手をつけてもらいな──。ご主人様はお優しいからね。そうしたら、きっと、お前をご主人様の性奴隷にして、仲間に迎えてくれるぞ」
クグルスがシャングリアの周りを飛びながら言い続ける。
シャングリアは困惑している。
「やめんか、クグルス──」
一郎はクグルスのお喋りをやめさせようと手を伸ばした。
だが、クグルスはさっと空中を移動して、一郎の手をかわした。
「いいじゃないか、ご主人様──。絶倫のご主人様には、エリカとコゼだけじゃ性奴隷は足りないよ──。ねえ、エリカ、コゼ──?」
クグルスが笑いながら言った。
「そ、そういうことじゃない──」
シャングリアの前でこれ以上、クグルスにべらべらと喋られると、一郎が魔妖精をしもべにしていて、しかも、淫魔師であるということが誤魔化しようがなくなる。
もう遅いかもしれないが……。
「なあ、お前、ご主人様の性奴隷はいいぞ──。本当に死ぬような快感を毎日くれるんだから──。それにこっちの都合もある。このエリカもコゼも性奴隷だけど、ご主人様はますます絶倫になるから、毎日、ご主人様の相手をふたりだけでするのは大変そうなんだ──。だから、お前もご主人様の性奴隷になれ──。よくわからないけど、どうやら、ご主人様にお前は助けてもらったみたいじゃないか……。お前は、いい身体だし、美人だし……。うん──合格だ──。だったら……」
クグルスがからかうような言葉をシャングリアに言い続ける。
「いいから、戻って来い──」
一郎はやっとのこと、宙を舞うクグルスを捕まえた。
「こいつ──」
一郎は折檻の意味を込めて、クグルスの身体を滅茶苦茶に擦ってやった。クグルスは淫魔師である一郎に触られるだけで死ぬような快感を受けてしまうのだ。
「ひぐううう──」
いつもよりも激しい愛撫を受けたクグルスが、絶息するような悲鳴をあげて、一郎の手の中でのたうち回り始めた。