【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
533 招かざる投降者【ランスロット】
「皇帝家の一部を捕らえただと?」
国境沿いの丘陵で前衛隊と合流を果すために騎馬隊とともに前進をしてきたランスロットは、前衛隊から派遣されてきた案内役の将校から、その報告を受けて内心で舌打ちした。
なにしろ、ここで逃亡をした皇帝たちを捕らえるつもりはなかったのだ。
彼らには、このままカロリックとの国境を越えて逃亡を続けてもらわねば困るからだ。
それを追いかける行動を装ってランスロット率いるタリオ軍がカロリック領に雪崩れ込む手筈であり、それとともに、カロリック公国の少女大公のロクサーヌが皇帝を匿う動きをすることになっているのだ。
もちろん、タリオ側が欺騙する流言の話だ。
実際には、カロリック公国側が皇帝家を匿うどころか、そもそも、タリオ軍が皇帝を捕らえるために派兵をしたということさえも、彼女たちは知らないと思う。
しかし、タリオ軍の討伐から脱した皇帝家がカロリックの少女大公ロクサーヌを頼って国境を越え、ロクサーヌが宗主である皇帝家を庇うというのが、タリオ公国が作りあげるシナリオであり、これが皇帝家を追って、タリオ軍がカロリック領に雪崩れ込む大義名分になる予定なのだ。
そのために、皇帝直轄地を討伐した別動隊は、わざと彼らの一部を包囲から脱出させたはずなのだ。
それなのに、こんなところで連中を捕らえてしまってはまずい。
「皇帝家の一部と言ったな。皇帝そのものではないのだな?」
方向の騎士に訊ねたのは、今回の出動に際して、ランスロットが副官に抜擢したリオーズだ。
年齢はランスロットと同じ二十七歳。腕がたち、馬術に長け、なによりも機転が利くので、ランスロットは信頼して使っていた。貴族ではなく、もともと商人の息子だ。アーサーが大公にならなければ、どんなに優秀であっても、彼のような出身の者が高位将校になるなどありえなかっただろう。
しかし、いまでは実力さえあれば、いくらでも高い地位にあがるし、逆に無能だとどんなに爵位があっても、公国の中で地位は与えられない。
いや、そもそも、爵位などアーサーが作ろうとしている新しい国ではなんの意味もない。
現在のタリオ公国は、完全な実力主義だ。
よい時代になろうとしていると思う。
それよりも捕らえたという皇帝家の一部のことか……。
ランスロットは意識を集中した。
「枢機卿のハーデス公と名乗っています。とりあえず、この先の山小屋に監禁をしております」
報告の将校が応じた。
ランスロットにはなんとなく状況がわかってきた。
前衛隊についても、ランスロットが率いてきる主力についても、主立つ将校には今回の欺騙工作をひそかに徹底している。
だから、南に向かって逃避行を誘導している皇帝家の残党を捕らえてはならないことは認識していたはずだ。
だが、どうやら、この国境付近までやって来たことで、向こうから投降してきたようだ。
前衛隊も扱いに困っただろう。
だから、とりあえず、監禁だけをしたということと思う。
「ひとりか?」
ランスロットは訊ねた。
報告をしている将校も、ランスロットとリオーズも騎馬のままだ。将校の率いてきた案内の一隊とランスロットの護衛隊も、三騎を囲むように離れて囲んでいる。
ランスロットが直接に連れてきたのは、カロリック侵攻軍の一部のみであり、主力の先遣隊の一千騎程になる。
後続の主力そのものとは、約二日の距離があった。
また、さらに進んでいた前衛については、百騎ほどだ。報告の前衛隊の将校によれば、前衛隊が展開しているのは、この丘陵のふもと周辺であり、枢機卿を監禁しているという山小屋は、そこにあるらしい。
「はい……。枢機卿を名乗る老人だけでした」
「訊問はさせてないな?」
「監禁をしている以外のことはさせてません。見張りの兵にも接触は禁止しています」
「わかった。投降をしてきたのはいつだ?」
ランスロットは頷くとともに嘆息した。
わざわざ報告をするくらいなので、その投稿者の老人が皇帝の枢機卿のひとりに間違いはないのだろう。
いまの皇帝には三人の枢機卿がいて、三人とも皇帝家の公爵の地位を持っている。皇帝を含めて、老衰に手が届くような老人のはずであり、ハーデスという名には記憶がある。
もっとも、ランスロットは皇帝そのものにも、「三卿」と称されている三人の枢機卿にも会ったことはない。
逃避行の皇帝たちは、皇帝や三卿を含めて、総勢三十人ほどの集団のはずなのだが、そこからハーデスだけが離反してきたということと思う。
それはともかく、この将校も「枢機卿を名乗る老人」としか報告をしない。
ここで、その老人を皇帝家の者として認めては都合が悪いことはわかっているのだ。
「今朝です。夜明け直前です」
夜のうちに皇帝家の一隊から脱走してきたというところか?
いまは、陽は中天から西に少し傾いている時分だ。
投降が起きて半日か……。
「わかった。ところで、その枢機卿を名乗る男はともかく、老人たちはどうしている?」
“老人”というのは、今回の作戦における皇帝の隠語である。
つまりは、ランスロットはここまで追い詰めてきた皇帝の一派そのものについて訊ねたのだ。
「国境越えの南に向かう動きをしています。ただ、今日については動きはありません」
皇帝直轄領への討伐隊の包囲を「脱出」して逃亡をしてきた彼らだが、実のところ、しっかりと彼らの動向は監視をさせている。
それだけでなく、彼らは気がついているはずもないが、意図的にカロリック公国との国境を越えるように誘導もされているのだ。
だが、動きがないということは、枢機卿のハーデスが脱走したことに動揺しているのかもしれない。
いずれにしても、ここで潜伏されても都合が悪い。
アーサーからは、場合によっては、全員をひそかに皆殺しにして、皇帝一派と入れ替えた工作員たちと皇帝一派を入れ替え、彼らを装って国境を越えさせろと指示を受けているし、そもそも、そっちの方が面倒がないのはわかっている。
だが、ランスロットは、そういう無辜の者を無惨に殺してしまうということには、大きな抵抗があった。
もちろん、冥王復活などという世迷いごとを企てた皇帝家の者が無実とはいえない。どんなに残酷に殺されても文句もいえないだろう。
しかし、それと、抵抗もできない相手を一方的に殺害してしまうということは違う。
ランスロットの戦士としての矜持の問題だ。
第一、逃避行を続けている皇帝家の一行には、侍女や女官などの女が十人程度混ざっている。
ひそかに殺して入れ替えるとなれば、彼女たちも処分しなければならない。
許してしまえば、タリオ軍の陰謀がばれてしまう可能性があるからだ。
だから、ランスロットは、入れ替えは最後の手段として、逃亡の皇帝家を見張らせながら、国境の向こうに追い立てるようなことをさせているというわけだ。
残酷な入れ替えなど最後の手段だ。
山狩りをするように追い立てれば、彼らも国境を越えて逃亡をしていくと思う。
あとは、堂々と捕らえて、本当に罪のある皇帝や重鎮だけを処刑すればいい。
「将軍、そのハーデス卿を名乗る者については、私が対応しましょうか?」
副官のリオーズが言った。
リオーズは、そのままハーデスという枢機卿のことは“なかったこと”にするのだと思う。
まあ、それは妥当な処分なのだが、リオーズに任せれば、そのまま殺してしまうに違いない。
ランスロットは首を横に振った。
「いや、折角の機会だ。一度、俺が面通しをしよう。“処置”はそれからだ」
そして、ランスロットは首を案内の将校に向け直す。
「俺が向かう。その山小屋まで案内しろ」
「わかりました。では、こちらに……」
案内の将校が馬首を反転させて丘陵のふもと方向に向かわせるとともに、手をさっと振る。案内の一隊がさっと動いて移動の態勢に変化する。
「リオーズ、五騎だけを抽出して俺につけろ。残りは現在地で待機。いつでも動けるように準備しておけ」
ランスロットはリオーズに指示をした。
「わかりました。軍はすぐにでも動ける態勢にしておきます……。ですが、差し出がましいことですが、あの老人たちについてはいっそのこと……。すでに交換用の者たちは準備できておりますし……」
リオーズが馬をさらに寄せて、ランスロットにささやいた。
言いたいことはわかっている。
リオーズは、このまま皇帝一派を追いたてるのではなく、全員を殺して入れ替えるべきだと、度々苦言をしてきていた。
その方が自由が効くし、無駄な時間と労力を使う必要がないからだ。
必要なのは、皇帝の一派が逃避行の先に、カロリック公国を使うという「事実」なのだ。
国境を越えたという事実さえできあがれば、次は諜報担当のガラハッドの手の者が、いくらでもカロリックの少女大公の陰謀をでっちあげる。
実際に国境を越えるのは、確かに、本物でも偽物でも同じなのだが……。
しかし、やはり、ランスロットには迷いがあった。
いまのところやっているのは、カロリックの手の者に装った工作員を逃避行の皇帝家に紛れ込ませ、カロリックへの国境越えを煽動させているだけだ。
「指示に従え」
「わかりました……。ですが、私も同行します」
リオーズが頷いて、ランスロットの指示を実行するために離れていく。
自分は甘いのかな……。
ランスロットは内心で自嘲した。
しかし、どうしても、ランスロットは陰謀めいた駆け引きのようなことが体質に合わない。
戦場での駆け引きなら、なんの躊躇もなく、相手を騙せるが……。
すぐに、リオーズとともに、指示を受けた五騎がやって来た。
「行くぞ」
ランスロットは馬腹を蹴った。
集団が移動を開始する。
いずれにせよ、枢機卿のひとりの突然の投降という事態はあったものの、いまのところ一連の行動については順調といっていいだろう。
ランスロットは、騎馬で進みながら頭の中でこれまでの動きについて整理をしていった。
まずは、皇帝家が冥王復活を企てようとした陰謀を暴露するとともに、カロリックが皇帝家を庇護するという動きの宣伝工作──。
これは順調だ。
タリオ側の諜報組織が、皇帝家の陰謀とカロリック公国の皇帝保護の動きをあらゆる手段で宣伝をしているし、それらしい動きを作りあげてしまう偽装工作も準備を続けている。
このまま進めば、気がつけば、カロリック公国のロクサーヌ大公を中心として、彼女たちが人類の敵である皇帝たちを匿ったというかたちができあがってしまうだろう。
もちろん、偽の情報であるが、もっともらしい「兆候」はどんどんとできあがっている。
また、一連の動きの中でもっとも最初に実行された皇帝直轄領への討伐行動──。
これも計画通りだった。
タリオ公国内の山岳地帯にある皇帝直轄領に、ランスロット軍の別動隊が攻め込んだのは三日前のことであり、あえて逃亡をさせた皇帝たちの一部は、別動隊が意図的に作った間隙を抜けて、うまくカロリック側に逃亡を続けている。
ランスロットたちは、形式上、それを追ってきたのであり、逃亡を続ける皇帝たちは、タリオ軍の追撃にもかかわらず、依然として逃避行の状況だ。
もっとも、実際は先に出していた前衛や送り込んでいる工作隊により、彼らの動きは完全に捕捉をさせている。
仕掛けていないのは、本物のあの連中をひそかに惨殺して、偽者と入れ替えるという工作くらいだが、このままうまく動いてくれれば、それはしなくて済む。
しかし、計算外だったのは、これから向かう三卿のひとりのハーデス卿の脱走と投降くらいだろう。
いずれにしても、ランスロットは、皇帝直轄領から計画通りに皇帝たちを逃亡させると、主力についてはそのまま皇帝直轄領だった地域に数日留め、足の速い騎馬隊だけで編成した先遣隊を作って、一気に国境までやって来ていた。
皇帝の一派がまだカロリック側に入っていないことはわかっているが、流言工作は進んでいて、彼らは、このままカロリック領内に逃げることになっている。
そうなれば、彼らの役割は終わり、本当の作戦が開始となる。
すなわち、タリオ軍によるカロリック領への侵攻だ。
公都に留まっているアーサーによる、皇帝たちに引き起こした冥王の陰謀については各正面に喧伝されており、さらに一昨日は皇帝領で皇帝を捕らえたものの、彼らが逃亡したということも情報を流し終わった。
厳重に包囲して捕らえた皇帝が逃亡を図ったという情報も派手に流したので、皇帝の一派がいまだにそれだけの実力があるのだと戦々恐々する流れもできあがっているかもしれないが、真実はランスロットが手筈に従って、意図的に逃亡をさせたというのが事実である。
また、さらに、耳にしたところによれば、実際に皇帝家の陰謀の舞台となっていたナタル森林のエルフ族の女王家が、皇帝家の陰謀を後追いで世界通信という手段で発表をしたらしい。
その魔道通信そのものには、出動している軍内にいたランスロットは接していないが、かなり印象的な女王の言葉だったようだ。
まあ、そのときに、女王の口からは、あのハロンドールで出会った不思議な冒険者のロウ=ボルグこそ、英雄だと告げられたようだ。
自分の英雄工作をしていたアーサーからすれば、不愉快な発表だったかもしれないが、ともあれ、これにより皇帝家の悪心は、疑うことのできない世界共通の認識となった。
この状況で皇帝家を味方する存在など、当然ながら、皇帝家同様に人類の敵に違いない。
その皇帝家の「味方」だと宣伝されているカロリックからすれば、いまは大混乱の極みだろう。
それなのに、これといった対応をカロリック側がしていないのも、あの公国の末期症状だと思う。
多くの諜報員をカロリック大公宮にも送り込んでいるが、大貴族たちの対立の結果として擁立された少女大公のロクサーヌは、実権を持っていない傀儡にすぎないので、重要な情報はなにひとつ入らない図式になっているみたいだ。
だが、そのような態勢が、非常事態に対してうまく機能するわけもない。
ロクサーヌを傀儡にして、それを牛耳る確たる者がいるならまだいいが、あの国は貴族間対立が続いており、各勢力がお互いの足を引っ張り合っているような状況なのだ。
今回のことも、競争相手となる勢力を追い落とすための工作の材料として利用しようとしているのではないだろうか。
まあ、勝手にやり合えばいい。
連中が箱庭の中で争い合ううちに、本物の脅威があっという間に大公領を席巻して、公都を陥落させてしまうことになるはずだ。
右往左往としていうちに、ランスロットたちが幻の皇帝一派を追って、公都まで軍を入れることになる。
もはや、ランスロットの意識の大部分は、大義名分を作るための生贄となった皇帝家ではなく、カロリック公国軍に向いている。
どうやって、一気にカロリックの公都までタリオ軍を進めるかだ。
もっとも、それもほとんど問題は片付いている。
カロリックを見限って降伏をする進軍沿いの領域の貴族たちの調略も順調であり、国境の城砦さえ攻略をすれば、内域側の領主たちの幾人かが、すぐにタリオ軍に投降することになっている。
あとは勢いだ。
いまのカロリック公国に忠誠を尽くして、命を張る領主がそれほどにいるとも思えない。
おそらく、雪崩打つように、侵攻ルートの領主たちが降伏していくのではないかと予想している。
問題となるのは、これから始める国境の城砦攻略くらいのはずだと、ランスロットは認識している。
そのための策もランスロットは考えている。
ランスロットが率いている軍全体は八千というところだが、ランスロットは主力の先遣の騎馬隊だけど連れてきており、その数は一千だ。
後続の六千とは二日の距離があるが、ランスロットは自ら率いていた一千だけで、まずはカロリックの国境にある二城を落とすつもりだ。
もしも、カロリック側がタリオ軍側の不審な動きを懸念したとしても、この主力との距離が奇襲になるだろう。
つまりは、国境の城砦を守るカロリックの将軍も、もしかしたら、タリオ軍がカロリック公国との国境を越えるかもしれないと警戒したとしても、それは主力が到着する二日後以降だと判断すると思う。
しかし、ランスロットは、この一千だけで奇襲をして、カロリックの国境の二城砦を攻略するつもりだ。
「ランスロット将軍──」
ランスロットたちが前衛隊の野営地区に到着すると、すぐに隊長が報告をしてきた。
その内容は、案内役の将校から聞かされたこととほぼ同様であり、ランスロットはすぐに、ハーデス卿のいる山小屋に案内するように命じた。
すぐに、山小屋に到着する。
「しばらく入る。誰も入れるな……。リオーズ、お前もだ」
馬上をおりたランスロットは、同行をしてきた隊長とリオーズに向かって声をかけた。
リオーズはまだ、なにかを言いたそうだったが、結局は口を開かずに黙って頷いた。
山小屋を見張っている一隊は十数名というところだろう。
ランスロットと隊長に気がつくと、彼らが一斉に姿勢を正した。
「一応は、魔道具などのたぐいがないことは確認していますし、山小屋には魔道封じの魔石で囲ませています。しかし、得体の知れない皇帝家のこと……。将軍ひとりとは危険では……」
前衛の隊長がひとりで山小屋に入ると告げたランスロットに言った。
「無用だ」
しかし、ランスロットは首を横に振る。
場合によっては、山小屋にいるハーデス卿をその場で処置する必要がある。
もしもそれをしなければならないなら、そのような汚れ仕事をランスロットは、部下に強要したくはない。
騎士というのは、無抵抗の相手を殺害するのは矜持に反するものだ。
だから、余人には任せずに、ランスロットはひとりで会うことにした。
汚い仕事をするならは、ランスロットだけでいい……。
「では、お気を付けて……」
隊長が言った。
ランスロットは頷いた。
そして、山小屋に歩いていく。
「ご苦労様です──」
扉に立っている兵ふたりがランスロットに向かって直立不動の姿勢になり敬礼をした。
ランスロットは扉を開けるように命じた。
扉が開き、ランスロットは室内に入った。
小さな山小屋で、中には部屋はひとつしかない。
だが、後ろ手に扉を閉め、中を確認してランスロットは驚いた。
山小屋の中には粗末な木のテーブルと椅子がひとつずつあったのだが、唯一の椅子に小さな女の子が座っていたからだ。
一瞬、ハーデス卿がどこにいるかわからなかったが、ハーデス卿であろうと思う人物は、山小屋の隅に膝を抱えるようにして座っていたのだ。
ランスロットは目を見張った。
そもそも、誰だ、この童女は?
山小屋には、ハーデス卿しかいないと聞いていたのだが……。
「お初にお目にかかる、ランスロット将軍。わらわはメビウス……。そこなるハーデス卿の侍女である。よろしく頼む」
椅子に座ったままランスロットに身体を向けたメビウスと名乗る少女が微笑んだ。
年齢でいえば、十歳……、それくらいか?
人間族の少女?
だが、どうして?
「メビウス……? しかし、ここには、ハーデス卿しかいないと……」
困惑したが、もしかしたら、部下たちは、侍女を人数に数えなかったのだろうか……?
貴族社会では、従者などを人数に入れないのはよくあることだが……。
「まあ、ちょっとした特技があってな……。わらわはとても目立たんのだ。だが、その能力も、わらわの記憶も封印から解けたばかりじゃ。どうやら、あれが死ぬまでは、わらわは、そこの人間の侍女としての暗示をかけられていたらしくてな……。つまりは、おそらく、あれは死んだのだろうて」
少女がにやりと笑った。
本能が彼女は危険だと警告した。
おそらく、魔道遣い……。
しかも、この隊の連中が、それを見抜けなかったということは、かなりの高位の遣い手……。
ランスロットは、咄嗟に剣を抜こうとした。
「復讐には興味はないが、生き残るためには、あの年寄りどもとは一緒にはおれん。なあ、わらわを逃がしてくれ。そうすれば、能力を貸してやろう……。なんなら、そなたを王にでも、皇帝にでもしてやろう……。ああ、答えはよいぞ。返事は求めておらん」
「な、なんだ、お前は……。くっ、かっ……」
しかし、剣が抜けない……。
それどころか、声も出なくなった。
ランスロットの背にどっと冷たいものが流れる。
すると、メビウスと名乗る少女が立ちあがった。
また、ハーデス卿と思う人物は、いまだに小屋の隅に踞ったまま、びくりとも動かない。そっちはそっちで異常だ。
「有名なランスロット将軍とわらわとの友愛の証として、珍棒でもお舐めしようぞ。わらわが、将軍に他意のない印じゃ。男はこういうのが好きなのであろう? 封印を解かれる前のわらわは、そこなる
メビウスがランスロットの前に跪き、びっくりしたことにランスロットのズボンの前を開いて性器を出し、いきなり口に咥える。
しかも、ぺろぺろと舐め始める。
ランスロットは驚愕した。
だが、抵抗できない。
身体は金縛りになったように動かないのだ。
少女の舌の刺激に、ランスロットの“男”はあっという間に勃起して、さらにあまりの気持ちよさに、背筋を貫くような快感が込みあがっていく。
「くおっ」
そして、あっという間に暴発した。
メビウスの小さな口にランスロットの精がぶちまけられる。
「なんじゃ、その木偶よりも早いな……。まさか童貞ということではあるまいな。だったら悪いことをしたか? まあよい。気持ちよかったであろう? わらわを受け入れてくれれば、わらわ自身でも、それとも別の女でも選り取り見取りじゃ。まあ、やはり、答えは訊かんがな」
メビウスがランスロットの精を飲み込みながら言った。
頭が白くなり、ランスロットはなにもわからなくなった。
*
山小屋から出てきたランスロットを見て、リオーズはちょっと驚いた。
ランスロットが剣を抜いたまま出てきて、しかも、その剣に血が滴っていたからだ。よく見れば、軍服に幾らかの返り血がついている。
もしかして、小屋の中で枢機卿を斬ってきたのか?
アーサー大公の腹心であり、右腕とも称されているこのランスロットだったが、欠点といえば、心が素直で綺麗すぎるところだろう。
軍人にしては駆け引きを嫌い、卑怯なことや狡いことをやりたがらない。
騎士としては素晴らしいが、人の上に立つ者としてはどうなのだろう。
かねがねそう思っていた。
今回のことだってそうだ。
リオーズたちの任務は、皇帝一派がカロリック公国に逃亡するように仕向け、さらにカロリック公国がそれを支援するという図式を作り、それを大義名分して、カロリックに攻めることである。
だが、純粋な軍人であるランスロットは、陰謀のようなことを喜ばず、討伐の包囲から脱出したとみせかけている皇帝一派を苦労してカロリック側に追い立てるということを続けている。
リオーズに言わせれば、ばかばかしいことだ。
すでに準備ができているのだがら、さっさと連中は山の中で皆殺しにして、偽者たちと入れ替えて、そのまま替え玉をカロリック領に侵入させればいいのだ。
そっちの方が早いし、自由自在に動かせる。
いくらでも謀略につなげられる。
しかし、やらない。
おそらく、そんなことは卑怯だとか、残酷だとか、皇帝一派に同行している女たちに手を掛けたくないとか考えているのだと思う。
ランスロットは、そういう軍人なのだ。
投降してきたという枢機卿のことだって、わざわざ会うことなどないのだ。
こういう工作をしている以上、投降を許すなどありえない。問答無用で消すしかないのだ。なかったことにする以外の結論などありえん。
殺さずに監禁をした前衛の隊長には叱責こそ与えるべきであり、そのハーデス卿とやらにも、ランスロットが自ら会う必要などないのだ。
だから、リオーズは自分が対処しようと言ったのである。
まあ、ランスロットの考えは、おそらく理解している。
多分、汚れ仕事をするなら、部下ではなく自分が……とか考えているのだと思う。
それが、心が綺麗すぎるというのだ。
しかし、随分と早く戻ったと思った。
山小屋に入ってからいくらも経っていない。
ランスロットには珍しく、あっさりと殺してきたのか?
「山小屋に油を巻いて、火をかけろ。燃やすのだ。室内は改めるな。すぐに火をかけろ」
ランスロットが剣を振って、血の滴を弾き飛ばしながら、前衛隊長に向かって言った。
「はっ」
隊長が指示を与えるために離れていく。
リオーズはランスロットに近寄った。
「処分したのですか? なにか喋りましたか?」
殺したことは間違いないと思うが、これほどに簡単にランスロットが相手を処分してきたのが不思議だったのだ。
なにかあったのだろうかと思ったのだ。
「処分? なんのことだ? 小屋には誰もいなかったぞ」
ランスロットが剣を鞘にしまいながらにやりと微笑んだ。
その表情があまりにも、ランスロットらしくない顔だったので、ちょっとリオーズは訝しんだ。
「そ、そうですか……」
「それよりも、リオーズ。陽が沈んだら、お前が捕捉させている老人たちを殲滅させろ。お前の案に従うことにする。そのまま入れ替えるのだ」
ランスロットが事も無げに言った。
リオーズは驚いた。
あんなに嫌がっていたのに……。
おそらく、小屋でなにかがあったのだと思う。この善良すぎる若将軍の矜持を変化させるようななにかが……。
だが、まあいいことだ。
やっと、リオーズの意見が通るのだ。
「すぐに……」
リオーズは頭をさげた。
そうとなれば、すぐに指示をする必要がある。
朝までに終わらせるとなれば、かなり忙しい。
しかし、立ち去ろうとするリオーズをランスロットが呼びとめた。
「承知しているとは思うが、老人たちについているのは男だけでない。侍女や女官の女たちが同行している。幾人かは年端もいかない娘もいるようだ。処置する者たちには、情けをかけるなと厳命しておけ。殺す前に犯すくらいは構わんが、情がうつって逃がしてしまうようなことがないようにとな」
ランスロットがからからと笑った。
今度こそびっくりした。
およそ、ランスロットにはあり得ない物言いだ。
女であろうと、子供であろうと皆殺しは当たり前だが、犯してもいいが殺せだと?
どうしたのだ?
「もちろん、逃がしはしません。老人狩りには、私が直接当たりますから」
「そうか……。なら、安心だな。明日の朝には、どんな味だったか教えてくれ。枯れた連中だが若い娘を集めて、無理矢理にそういうことに使っているらしい。娘たちは慈悲だ。一緒に殺してやれ」
「わ、わかりました……」
やはり、ハーデス卿とやらに、なにかを聞いたのだろうな。
だから、ランスロットの逆鱗に触れたのか?
それにしても、味を教えてくれ?
この潔癖そうな将軍から、初めて卑猥な冗談を聞いたかもしれない。
リオーズは首を傾げつつ、ランスロットのそばから離れていった。
*
【ランスロット=デラク】
諸王国時代のタリオ公国の将軍。中級貴族のデラク家の出身であるが、アーサー=ブリテンの改革路線に同調し、アーサーの腹心となって、大公就任を武断により支えた。
アーサー台頭に伴うタリオ公国内の内乱や、その後のカロリック侵攻、さらにエルニア戦役などで活躍する。
…………。
…………。
しかしながら、タリオ公国が、ハロンドール王国が対立する過程において……。
昵懇な関係であったと伝えられているランスロットとアーサーが対立に至った理由は現在でもよくわかっていないが、もっとも大きな要因がアーサーが冷遇した公妃エリザベートとの不義の恋であることは確かである。数多くの演劇で描かれるように、実際にエリザベートがアーサーのもとから離れて、ランスロットに身を寄せたのが歴史的な事実であるのは間違いない。
伝承されるところによれば、公妃エリザベートの不義を理由とした処刑執行において、ランスロットは……。
…………。
…………。
ボルティモア著『万世大辞典』より
(ここに再録した引用文は、すべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)