【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「タ、タリオなど……。なんのことか……」
あっさりとタリオ公国の諜報であることを見破られてしまって、トリスタンは狼狽えてしまった。
もしかして、あのマーリンは、自分たちがタリオの者であることをこんな盗賊団にばらしていたのか?
すると、ドピィが笑うのをやめた。
だが、その口元には、まだ笑みが浮かんでいる。
「わかった、わかった。そういうことにしておいてやろう。じゃあ、さっきの輸送隊とやらのことを話せ。その話を持ってきたのだろう?」
ドピィが無頓着そうに言った。
しかし、すでに、トリスタンは背中にびっしょりと汗をかいてしまっている。
どうにも、思っていたより、この男は一筋縄ではいかないようだ。
いずれにしても、トリスタンの役割は、この国を擾乱させるための乱を起こさせることだ。
もともとは、マーリンがやろうとしていたことで、マーリンは王都を混乱させるところまではやったが、それからが続いてない。
しかし、これから起こるであろうタリオ公国のカロリック侵攻に際し、ハロンドール王国を関与させないように、そのあいだこの国を乱れさせる必要がある。
その役目は果たさなければならない。
うまい具合に、王都の混乱は地方貴族の不安を呼んでおり、タリオ公国が含まれる旧ローム領との国境を防護しているマルエダ辺境候が国王に反感を持つ地方貴族たちを集め、いまにも内乱が起きそうな状況にはなっているが、いまのところ、それ以上の動きがない。
むしろ、不安を覚えている貴族たちを意図的に集めることで、勝手に騒乱を起こさないように企てているのではないかと勘繰りたくなるほどだ。
考えてみれば、辺境候は国王派の重鎮であり、しかも慎重派といっていい。
王妃アネルザが王都で人質状態で監禁されていることを考えてみれば、あるいは暴発しそうな地方貴族を抑えているだけかもしれない……。
しかし、それは都合が悪い。
とにかく、この国に大きな乱を起こすこと……。
火種はいくつあってもいいのだ。
トリスタンは、持ってきた情報をドピィに語りだした。
王都から横流しされる大量の武器と軍資金の情報である。
それを奪えば、この
このドピィという賊徒がかなりの勢力を誇っているのはわかっている。
事実上の手下といっていい影響のある賊徒も十数個もあるはずだ。
マーリンがこの男と、この地方に目をつけたのは正しいとは思う。
あのキシダインが大きな財政的な勢力基盤と考えていたことの影響なのか、キシダインの失脚とともにたくさんの南部基盤の商家が潰れるということがあったのだ。
地方全体の流通が不安定になり、多くの者が職を失い、そのことで治安も乱れたりした。
各領主たちのほとんどについても同じであり、商売で多額の損失を出してしまい、農村にかけている税を一気に引きあげるということをしはじめた。
マーリンは、そこにつけ込んだのだ。
工作員を多数潜入させて、手酷く農民から重税以上の財を徴収させ、支払えない部落からは、若い妻子などを強引に奴隷として売り払わせるということをしたのである。
しかも、そこに大きな旨味があるように工作したということだ。
さらに、それを正そうとした善良な役人に罠をかけて、逆に捕縛させたりした。
それを各地でやると、あっという間に地方社会全体が腐っていった。
わずか半年ばかりのことだ。
ドピィの盗賊団が勢力を拡大したのも、そういう社会腐敗を背景にしたものだ。
すでに、この南部地方一帯の農民不満は決壊寸前だ。だから、これから、ドピィの起こすであろう乱は、大きな大動乱の火種になると思う。
しかも、すっかりと手配まで整っている。
あとは、警備の緩い王軍の倉庫に格納されるのを待ち、この連中が襲撃をするだけだ。
「わかった、もういい。つまらん──」
しかし、トリスタンの説明の途中でドピィに話を遮られてしまった。
トリスタンは憮然となった。
しかも、つまらんだと──?
「待て、トピィ殿、この話は……」
「つまらんものはつまらん──。その理由はすぐにわかる」
ドピィの物言いと表情は、トリスタンの続きをはっきりと拒否する響きがあった。
トリスタンは、なにか圧倒されるものを感じて黙り込んだ。
一方で、侮っているつもりだった目の前の盗賊団の首領に、すでに圧倒され始めているのを感じていた。
マーリンの遺したものによれば、このドピィは、陰湿で冷たいが、隙の多い男というものだった。
実際、マーリンが潜入させた……いまは、トリスタンの手の者になっている男女が幾人も入っている。
しかし、そういう情報で感じていたものとは、目の前のドピィは全く違う。
トリスタンは、およそ、つけいる隙というものを感じない。
もしかして、情報が間違っている?
「それよりも、戦の話をしようか。お前らが望んでいるものは実現してやる。それは、俺が望むものでもあるからな」
「望むもの?」
「俺に戦を起こして欲しいのだろう? タリオの犬は、この国が荒れるのを望んでいるはずだ。そのために、お前らは俺に目をつけて、これまで手を伸ばしてきた。俺たちをお前たちのために踊る人形にしたくてな。俺はそれを知って受け入れてきた。だから、踊ってやろう」
「ま、待て、俺たちは……」
やはり、全部を知って……。
トリスタンはたじろいだ。
とにかく、ここを早く去った方がいい……。
考えたのは、それだ。
たかが盗賊団と思って甘く考えたかもしれない。
「落ち着け。なにも、とって喰いはせん。これまで仲良く付き合ってきたんだ。命の保証はしてやろう──。おい」
ドピィが声をかけた。
すると、引き戸になっている扉が開き、ドピィの部下たち数名が入ってきた。
しかし、彼らが連れてきたものに、トリスタンは声をあげてしまった。
賊徒たちに囲まれて入ってきたのは、この砦に一緒に来た魔道師だ。だが、フード付きのマントは剥ぎ取られて、さらに具足も取りあげられ、下着同然の薄物一枚だ。
魔道遣いの大きめの乳房のかたちが、乳房の上下に喰い込む縄で強調されている。
ここにトリスタンが入る直前には、すでに魔道封じの腕輪を装着されていたので、魔道も遣えないはずだ。
そして、実のところ、一緒に連れてきた魔道遣いは若い女だ。
奴隷紋でトリスタンに隷属させており、ドピィが気に入るような美貌のものを選んだ。
言い渡している任務は、ここに残置して、ドピィの愛人のひとりにでもなり、近くに侍る立場になることだ。
頭領の愛人になることに成功すれば、いくらでも手玉にとれるし、必要により首を搔くこともできる。
どうやって、この女魔道師を置いていくことを切り出そうと思ったが、その前に拘束されてしまっている。
だが、どういうことだ──?
また、女魔道師の縄尻をとっているのは、小太りの男だ。ほかの賊徒が鍛えられた身体をしているので、その男の身体のだらしなさがなんとなく目に付く。
だが、トリスタンの記憶に閃くものがあった。
マーリンに代わって、ハロンドールに潜入するにあたり、ほとんどの要人の顔と名前は頭に叩き込んでいる。
そのひとりと、その小太りの男の顔が結びついたのだ。
いや、それよりも、この状況だ。
「だ、旦那様──」
「スージー ──」
トリスタンは、女魔道師の名を読んだ。
スージーというのは、この女魔道師のことだ。
「奴隷紋が刻んであるようだな。この女は置いていってもらう。魔道遣いは戦には貴重だ。奴隷紋を刻まれているくらいだから、魔道が大したものではないのは予想がつくが、それでも、魔道には、いくらでも利用価値はある」
「置いていくとは……? ドピィ殿の愛人にするのか?」
トリスタンは訊ねた。
そうであるなら、かたちは変わったが、もともとの計画通りだ。
最初から、望んでいるところである。
「俺は女は抱かん。その女魔道遣いは、そこのルロイが躾ける。うちの副頭領のひとりだ」
ドピィが笑った。
ルロイ……。
最近まで金回りのよかった豪商であり、この国の王都で一年ほど前まで活躍していた男だ。
だが、キシダイン派の粛清の波の中で家財を失い、一族全員が離散して行方不明になっていたはずだ。
こんなところにいたのかと思ったが、こいつが副長?
「この男……いや、彼が副頭領?」
思わず訊ねた。
女好きで、さらに性格の醜悪さでは有名だった男だ。
だから、こいつが破産しそうになったとき、誰ひとりとして手を差し伸べる商人はいなかった。
夜逃げをして姿を消し、すでに死んだと思われていると思う。
「二箇月ほど前からな。もともとは商人らしい。なかなかに役に立つから、副頭領にとりたてた。五人ほどいる副頭領のひとりだ……。ルロイ殿、その女を仕上げてくれ。隷属紋を消滅させる者は後で行かせる。それまで、しっかりと調教しておいてくれ」
「任せてください、頭領……。ほれ、行くぜ」
ルロイが卑猥な表情を浮かべて、スージ―を引っ張って部屋を出ていく。
スージーがトリスタンに助けを求めるような顔を浮かべたが、トリスタンはなにも動かなかった。
それよりも、呆気にとられていたのだ。
「……さて、カーリス殿、ひとつだけ頼みがある。まあ、大したことじゃない。あんたらが送り込むタリオの犬には、どうにも自殺癖があってな。裏切らせて寝返らせようとすると、すぐに死んでしまうんだ。俺の手の者によれば、そういう呪術の暗示を刻まれているらしいことがわかった。それを解除する手段を口にしてもらおう」
ドピィが言った。
トリスタンは意識をドピィに戻した。
呪術というのは、「死の呪い」のことだろう。
タリオの使う間者の多くに刻まれている呪術であり、正体がばれたり、敵にとら捕らわれたと認識したら、勝手に心の臓がとまるように細工をしているのだ。
それで安心して諜報として、どこにでも潜入させることができる。
「あっ──」
そして、声をあげた。
気がつくと、十丁近くの銃がトリスタンを囲んでいたからだ。
トリスタンは恐怖に包まれた。
「それを女で確かめて、口にしたことが間違いなかったら、あんたは自由だ。俺に望んでいる叛乱も起こしてやろう。どうせ、俺の復讐のために、やろうと思っていたことだしな」
ドピィがにやりと微笑んだ。
トリスタンはすっかりと気を飲まれてしまった。
諦めて、死の呪文を解除する暗号を口にした。
これも、マーリンが遺したものであり、どういう仕掛けになっているのかは知らない。また、大勢いる死の呪文を施している間者の全部が同じ言葉なのかどうかもわからない。
ただ、少なくとも、あのスージ―については、口にした言葉を聞かせれば、死の呪文は発動しなくなる。
それだけは確認済みなのだ。
ドピィの指示で、部下がどこかに走っていった。
ただ、銃を向けられている状態からは解放されない。
トリスタンは、怯えながら待った。
しばらくすると、さっき出ていった部下が戻ってきて、ドピィに耳打ちをした。
ドピィが手をあげ、周りの男たちが銃をおろす。
「見送りをしよう、カーリス殿。また、いつでも遊びに来るといい」
ドピィが立ちあがった。
ほっとした。
トリスタンもその場に立つ。
ドピィの先導で、建物の外に出る。
やがて、広場に出た。
「あっ、これは──」
トリスタンは声をあげてしまった。
広場には、十数台の軍用車が運び込まれていたところだったのだ。
馬に乗った盗賊たちも大勢いる。
たったいままで戦ってきたような恰好だ。
軍用車は輸送隊のものだ。すでに扉が開かれて、たくさんの物資が軍用車から運び出されている。
物資は、無数の武器や、銀板などだ。
これは、トリスタンが情報を入れて襲撃をさせようとした王都から横流しさせて、この連中に奪わせようとしたものに違いなかった。
どうして、ここに──?
すると、ドピィがまたもや、声をあげて笑った。
「さっき、あんたが持ってきたとっておきの情報の話を途中でやめさせたのは、こういうことだ。すでに襲撃計画が実行されていてな。しかも、俺たちは軍の倉庫に仕舞われた後じゃなく、輸送中のものを襲ったんだ。特に大変じゃなかったらしいぞ」
ドピィが言った。
トリスタンは今度こそ、呆気にとられてしまった。