【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「はああ……。だけど、まさか、あのポンコツ女王の恋人というのが、一郎お兄ちゃんだなんてねえ……」
目の前のエルフ女性が大きく嘆息した。
一郎としては、八百年も生きたエルフ族の女長老に、“お兄ちゃん”だと呼ばれるのは複雑な気持ちだ。
しかし、招魂術というのは、異世界の死に瀕する魂を呼び寄せるという術らしい。
一郎だって、ラザニエルの魔道により、元の世界から、この異世界に召喚された。
だったら、死んだ異世界の人間の魂だけを「招魂」して、身体との中に取り入れるということも、あり得ない話ではないのだろう。
偶然にも出会った外来人が知人同士だというのは、できすぎているとは思うが……。
事実、目の前の女長老は、招魂術は、召喚術とともに古代には技術としては普通に存在していた高位魔道のひとつだと説明している。
ただし、古代魔道の多くは、現代では禁忌の魔道として、使用することは無論、研究することさえ禁じられている。それらの古代魔道を記した書物は、ナタル森林王国やローム帝国において、この千年以上前に焚書になっていて、一応は失われた魔道ということになっているそうだ。
だが、何事にも例外はあり、ラザニエルもそうだが、目の前のケイラ=ハイエルというエルフ王家の女性も、隠されていた禁忌の魔道の書物を見つけて、召喚術や招魂術を遣えるようになったのだそうだ。
そういえば、あのユイナも、育ての親である祖父の蔵書から偶然に禁忌の魔導書を見つけて、魔道術を極めたということだ。
おそらく、この世界でも、禁忌とはいっても、実態としては完全に隠されてはいないに違いない。
それはともかく、ケイラ=ハイエルというエルフ王族に連なる女性は、異世界から生命を失おうとしている魂を「招魂術」によって呼び寄せ、それらを数十年から百年ごと程度に自分に取り込むことで、若さを含めた生命力を保持してきた女性らしい。
これが、八百年以上も若さを保っているケイラ=ハイエルの秘密だったのだ。
つまりは、年齢とともに失われる「生命力」を異世界から呼び寄せた若くして死んでいく魂を取り込むことにより、自分の中の生命力を補充するのである。
これを数百年も繰り返してきたというわけだ。
だから、ケイラ=ハイエルには、田中享子を含めた多くの異世界の女性の魂が混ざっているのだそうだ。
その中でも、田中享子は、もっとも新しく追加された異世界の人格らしい。
「……とにかく、いま、目の前にいるエルフ女性の中にいるのは、ケイラ=ハイエルというガドの大叔母というのではなく、俺の知っている田中
一郎は訊ねた。
田中享子という名前をステータスの一部に持つ不思議なエルフ王族とふたりきりになるために選んだ「仮想空間」の中である。
真っ白い空間に、現実世界にあったソファだけがあるという不思議な場所だ。
一郎が想像で作りあげた場所であり、エルフ族の女王であるガドニエルを支配したときのレベルアップによってできるようになった新たな能力のひとつだ。
もともとは、王都にいる妖魔将軍のサキの固有スキルなのだが、なぜか、一郎もできるようになった。
仮想空間に連れ込んでいるあいだは、その女の意識や記憶も操作できるので、時々、女たちを連れ込んで“イメクラごっこ”をして遊んだりしている。
一郎がケイラとふたりきりになりたいと主張すると、コゼやラザニエルをはじめ全員が反対し、それに対する代案として提案したのが、この仮想空間だ。
ここはいわば、一郎の思考の中にある空間であり、一郎が絶対的強者だ。
万が一、ケイラ=ハイエルというエルフ女性が一郎に手を出そうとしても、一郎は簡単に対抗できるので、危険などない。
それならばということで、全員が了承した。
しかも、亜空間術と同様に、仮想空間の中では時間の経過も一郎の意のままに操作できるので、一郎とケイラが仮想空間に移動した直後の時間に戻ることもできる。
ただし、サキとは異なり、一郎の場合は、仮想空間に連れ込む相手を淫魔術で支配する必要がある。
それが、淫魔師としての一郎の能力の制限だ。
しかし、田中享子の名をステータスの中に持っているケイラというエルフ女性は、一郎の申し出に躊躇う様子もなく応じた。淫魔術に取り込む要件は、ほんの一部でもいいから、一郎の体液を身体に入れることだと説明すると、躊躇することなく、一郎との口づけを受けて、一郎の唾液を飲んだのだ。
そして、この空間にふたりきりでやってきたということだ。
「どっちということはないのよ。ケイラ=ハイエルというエルフ女性でもあるし、田中享子という招魂術によりこっちにやってきた、一郎お兄ちゃんの従妹という人格でもあるのよ」
「うーん、そうなのか?」
「うまく言えないけど、こうやって一郎お兄ちゃんと話すときには、田中享子の人格が強くなり、そうでないときには、ケイラ=ハイエルという八百歳を超えるエルフ族の女長老の意識が強くなるわね。どっちも同じわたしよ」
ケイラ、あるいは、享子が首を捻りながら言った。
自分でもよく分かっていないという感じだ。
「二つの人格が都合よく表にでるということ?」
「人格が交代するというよりは、混ざっていると言っていいと思う。ケイラ=ハイエルには、二十人以上のこれまでに異世界から呼び寄せた魂や記憶が混ざっているのよ。この身体はケイラであって、田中享子でもあるわ。ほかの人格は完全に溶け込んでるけどね」
ケイラはくすくすと笑った。
その仕草や笑い方は、エルフ族の女長老としてのそれではない。一郎が知っている死んだ田中享子そのもののような気がする。
完全にはまだ十分に消化できた気はしないが、間違いなく、このエルフ族の大長老には、一郎が知っている「少女」の人格が宿っている。
そして、ケイラ=ハイエルという人格もまた、ちゃんと存在をしているのだ。
だから、八百年を生きているエルフ女長老の記憶も、受け継いでいるということみたいだ。
「溶け込むのか? 享ちゃんもいつかは?」
「あと五、六十年も経てば完全に……。本来の田中享子という魂に宿る生命力が尽きればかしら」
そういうものらしい。
「だけど、不思議だね。まさか、享ちゃんと再会できるなんてなあ……。しかも、齢八百歳以上のエルフ王族のひとりで、エルフ族世界を牛耳る女長老だなんて、不思議な気持ちだ」
一郎は感慨深く言った。
しかし、ケイラが噴き出す。
「それはわたしのセリフだわ。まさか、エルフ族の歴史で人間族で最初に英雄認定を受けて、しかも、ガドニエルだけじゃなく、戻ってきたラザニエル、親衛隊長のブルイネン、あの鉄女のアルオウィン、それだけじゃなく、水晶宮のエルフ族の女たちを次々に垂らし込んでいる淫魔男が、あの一郎お兄ちゃんだなんて」
ケイラは愉しそうに笑い続ける。
ただ、最初とは異なり、敵意のようなものは消滅しているし、屈託もなさそうだ。
まあ、敵意があるなら、支配されるとわかっていながら、一郎と口づけはしないだろう。
とにかく、目の前のエルフ族の女長老は、一郎が前世での“お兄ちゃん”だと認識した瞬間、一切の敵意も警戒心も消し去った。
いまは、信頼さえも寄せる感じだ。
但し、女長老のケイラ=ハイエルとしては、目の前のエルフ女性は、一郎は淫魔師という特別な存在であることを見抜いていた。
だからこそ、英雄式典の映像に接して、エルフ世界の危険を感じて、乗り込んできたということのようだ。
しかしながら、ガドニエルがよりにもよって、一郎と
いずれにしても、いまの女長老は、完全に一郎の知っている田中享子のような気がする。そして、完全に心を解放させている。
「だけど、あれから二十年……。享ちゃんもここにいたということなんだな……。そして、二年前に俺がこの世界に召喚された。多分、偶然ということではないんだろうね……」
「……かもしれないわ。召喚術も招魂術も、異世界との交流術だけど、次元を越えた魔道ということでは共通よ。一度繋がれば、その異世界は繋がりやすい異世界として接続が残る。もしかしたら、一郎お兄ちゃんが呼び寄せられたのは、二十年前にあたしが招魂されたのと関係もあるかもしれない。なにせ、お兄ちゃんとわたしは、血が繋がっているから、異界から触れやすい魂の血として繋がってしまった可能性もある……。だとしたら、あのときのわたしの選択がお兄ちゃんを巻き込んだのかも……」
ケイラはちょっと消沈した。
だが、一郎は首を横に振る。
「つまらない半生だったし、ここに呼ばれたことにはまったく後悔はない。おかげでいい人生を送っている。ラザにも感謝しているよ」
かつて存在をしていたアスカこと、ラザニエルと、一郎との確執については、さっき説明した。
さすがに、戻ってきたラザニエルが、あのアスカであったことは知らなかったらしく、ケイラはびっくりしていた。
ただ、不審感のようなものは生まれていない気がする。
一郎が「前世」における従兄であることを認識して、無条件に一郎を受け入れる気持ちになったのかもしれない。
いずれにしても、仮想空間の中であったことは、現実世界に戻るときに記憶操作をすることができる。
問題があれば決してしまえばいいので、いざとなれば、アスカのことを語ったことをなかったことにすればいい。
「……だけど、二十年か……。だけど、一郎お兄ちゃんは変わらないね。すぐにわかったわ。まさかとは思ったけど」
「享ちゃんは変わったな。すぐにわかったけどね。でも、俺もまさかとは思った。俺の中では、享ちゃんは死んだ人だし……」
一郎は言った。
「だけど、どうしてわかったの? 一郎お兄ちゃんはおじさんになったけど、面影は十分にあるわ。だけど、わたしは魂と記憶だけのことなのに」
「まあ、いろいろさ。勘がよくてね」
一郎はそれだけを言った。
魔眼のことは、ほとんど誰にも教えてない。ここでもお茶を濁した。
目の前にエルフ女性はちょっとだけきょとんとしたが、すぐにくすりと笑った。
「まあいいか。とにかく、再会したんだし」
ケイラ、あるいは、享子は微笑んだ。
二十年前……。
すなわち、田中享子という少女が病で死んだのは、一郎が世話になっていた伯父夫婦のところを出て、寮のある高校に暮らし始めた頃になる。
目の前のエルフ女長老の身体の魂の一部として宿っている田中享子は、その伯父夫婦の次女だった。
彼女が回復する見込めのない病に倒れたのは十歳のときであり、彼女が病院でなくなったのが十二歳だ……。
両親の死後に引き取られた伯父夫婦の世話になるのをやめて、ひとりで生きている手段を模索したのは、この享子が倒れたのが理由のひとつだ。
回復を願う高額の治療費を賄うことには伯父夫婦も苦労していて、一郎は両親の遺した財産を渡して、一郎自身は奨学金を受けて寮生活をすることを選んだのだ。
しかし、結局、治療のかいもなく、享子は十二歳で死んでしまった。
一郎の記憶に残っている享子は、病院の寝台でやせ細って苦しそうな少女姿である。
だが、その生命が身体から離れようとするとき、異世界のケイラ=ハイエルの招魂術により、享子はこの世界に呼ばれたのだそうだ。
そして、このまま天昇するか、それとも、ケイラ=ハイエルというエルフ女性の一部となって生きるかの選択を出されたのだという。
享子は、ケイラの一部に取り込むことを選び、彼女はケイラに生命力を差し出す代わりに、ケイラの肉体の中で生きる余生を得たのだそうだ。そして、それから二十年という歳月が過ぎたということだ。
「ねえ、わたしが死んでからどうなったの? お父さんとお母さんはまだ元気だった? お姉ちゃんは?」
「しばらくは伯父さんも伯母さんも悲しんでいた。もちろん、涼子さんも……。しばらくは三人ともほとんど家を出ない暮らしだった気がする。だけど、生きないといけないしね……。やがて立ち直った。伯父さんと伯母さんの最近の趣味は山登りだったよ。日本百名山を制覇するとかいって、休みになったら出掛けていた。涼子さんは結婚をして、北海道にいる。会ったことはないけど、子供も三人いるらしい」
涼子というのは享子の姉だ。
もっとも、伯父家族とは、一郎が高校で寮生活を始めるようになってから、ずっと疎遠で、実はそんなに詳しく彼らのことを知っているわけじゃない。
一郎も三十代
しかし、余分な話はいいだろう。噂的に耳にしただけとはいえ、喋ったことは事実のはずだし、嘘ではないはずだ。
彼らは普通に暮らしている……と思う。
一郎の言葉に、享子も安心したみたいだ。
「よかった……。それだけが心残りだったのよね……。みんなが元気で……」
ケイラの顔の享子が微笑んだ。
しかし、すぐに表情を変化させて、一郎の顔を凝視してきた。
「だけど、お姉ちゃんはてっきり、一郎お兄ちゃんと結婚するのかと思った。でも、いまの話だと、そうじゃなかったのね」
「涼子さんと結婚? まさか」
一郎はびっくりした。
当時、享子は一郎よりも四歳下の十二歳、姉の涼子は二歳下の十四歳だ。
当時、小学生の享子はもちろん、凉子だって恋愛対象として考えたことなどない。
一郎はそう言った。
しかし、目の前のエルフ女性が首を横に振る。
「一郎お兄ちゃんはそうかもね。でも、少なくともお姉ちゃんは一郎お兄ちゃんが好きだったと思うわ……」
ケイラである享子がくすくすと笑う。
一郎は面食らった。
「いやいやいや、そんな素振りなんてまったく……。そもそも、あのとき以来、ほとんど会ってないんだ。涼子さんからそんな話をされたなんてこともない。素振りもだ。断言する」
「だったら、わたしが死んでしまったからかも……。恋愛なんて気がなくなったのかなあ。だとしたら、やっぱり、わたしが死んで申しわけなかったか……」
彼女が大きく息を吐いた。
一郎は苦笑した。
「とにかく、いまの旦那さんと幸せに暮らしている。さっきも言ったけど、涼子さんには三人も子供がいるんだ」
「ふうん……。まあいいか……。だけど、だったら、わたしの初恋も、一郎お兄ちゃんだったと言ったら、驚く?」
「えっ?」
一郎はちょっとたじろいだ。
「ねえ、わたしとセックスしない、一郎お兄ちゃん?」
すると、いきなり彼女がそう言った。