【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
59 城郭外の一軒家
ギルド本部の前の大通りで二度、本部の正面玄関で三度声をかけられた。
いずれも冒険者らしい顔だったが、一郎には面識がなかった。ただ、とても親しげな感じだった。
違和感を覚えながら、一郎はギルド本部のロビーに足を踏み入れた。
おかしな雰囲気は、そこでも続いていた。
ギルド本部のロビーは広く、冒険者たちの溜まり場のようになっているのだが、たまたまいた冒険者たちが、一斉に一郎たちに視線を向けた気がしたのだ。
ほとんどの表情は好意的なものだったが、いくらか敵意のようなものも感じた。
ただ、言えることは、まだ、一郎たちには親しく話のできる冒険者の知り合いなどいないということだ。
一郎は不思議に思った。
「気のせいかな? なんか急に人気者になったみたいだな」
一郎は横のエリカにささやいた。
「気のせいじゃありません、ロウ様。みんなこっちに視線を向けています。念のために、わたしから離れないでください。コゼ、後ろを頼むわ」
「わかっている」
エリカが小さくささやき、コゼがさっと一郎の後ろをカバーする位置に移動した。
「おいおい、大袈裟だろう」
一郎は苦笑した。
そのまま一郎は、ロビーを横切って、いくつかある受付のうち、空いている席の場所に座った。
ただ、エリカとコゼは座らない。
警護をするように一郎の後ろに立つ。
だが、ここはギルド本部の中だし、なにも、そこまで用心しなくてもと思ったが、黙っていた。
「やあ、マリー。ミランダを頼むよ。呼び出しを受けたんだ」
一郎は、受付係の人間族の女性の名を呼んだ。マリーというのは彼女の名だ。こうやって、なんでもないように受付係をしているが、実はレベル5の魔道遣いだ。
マリーは、にっこりと微笑むと席を立った。
すぐに、奥からミランダがマリーとともに現れた。
ミランダは、相変わらずの童女体型に不似合の革のスーツだ。
ただ、なんだか疲れているようだった。
心なしか顔が青白い。それに、げっそりとしている感じに見える。
まあ、ミランダは、このところ面倒な案件が続いて、忙しいような気配なのだ。ジーロップのクエストが終わったら、みんなでミランダのところに遊びにいくと約束をしたものの、それもまだ果たせないでいる。
「やあ、あんたたちね。座ってくれる。わざわざ、呼びだてして済まないわね。先日のジーロップのクエストの成功報酬を支払うわ。マリー、準備して」
さっきまでマリーが座っていた席に座ったミランダが、後ろに立っているマリーに声をかけた。
「ジーロップのクエストが成功扱いになったんですか?」
後ろからエリカが訊ねる。
あのクエストは、一郎がクエスト条件だった“シャングリアに手を出さない”を破ったことになっていて、失敗クエストとみなされていた。そのため、成功報酬ももらっていないし、特異点封印による王宮からの賞金についても没収となっていたのだ。
「そうよ、エリカ。成功クエスト扱いに変更よ。成功報酬の金貨五枚。それと、クエスト失敗とみなして没収扱いになっていた王宮からの特異点封印の賞金も返すわ。あわせて、十五枚。いつものように、手形でいいわね?」
マリーによって、盆に乗った金貨十五枚が並べられた。さらに、「手形」の手続きをするために、マリーは小さな水晶玉も取り出した。
手形というのは、「両替商ギルド」が拡げている便利な魔道制度であり、手持ちの財貨を預け、「手形」という魔道によって、支払いをしたり、預けていた財貨を取り出したりできるというものだ。手元に大量の財を置いたりすれば、それを盗まれたり、あるいは財を狙って命が狙われるということがあるが、それを回避できるのだ。
「手形」の使える両替商ギルドは、このハロンドール王国だけでなく、大陸中の各国の主要都市にあるので、旅をするときも財貨を持ち歩かなくていい。
また、最近では、商家でも、「手形」の水晶玉が置いてあるところも多くなったので、「手形」の手続きだけで支払いができる。
もちろん、どこの冒険者ギルドでも「手形」で預けていたものを引き出すこともできる。
一郎は手を水晶玉にかざす。エリカとコゼも同じようにした。これで三人の誰もが、預けた財貨と同じ額をどこでも引き出すことができる。
マリーが魔道を遣ったのわかった。
これで、金貨十五枚が一郎たちの財として登録された。
なんだかんだで、一箇月そこらで金貨五十枚くらいの報酬をもらったはずだ。一郎の感覚では、金貨一枚が十万円くらいだから、五百万くらいの財を得たということだ。
すでに一財産だ。
「これで、クエスト連続成功記録の更新続行ね。本当に、あんたらみたいな優秀なパーティばかりだと助かるんだけどねえ……。実際には、失敗したり、依頼者ともめたりして、クエスト遂行先で面倒を起こしたりするパーティが多くて参るわ。このところ、それが続いてね……。その後始末で忙しくて……」
ミランダが愚痴めいた言葉を吐いた。
いつも闊達なミランダにしては、珍しいことだと思った。それで少し疲れた雰囲気があるのだろう。
「俺たちにできることがあれば、協力するよ、ミランダ」
一郎は言った。
すると、ミランダがにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。だけど、あんたらには、すでに一箇月で強制クエストを二回受けてもらっているしね。まあ、大丈夫よ」
ミランダは言った。
「ところで、ジーロップの案件が成功になったということは、もしかして、シャングリアの実家から成功報酬がギルドに支払われたんですね?」
エリカが口を出した。
シャングリアが実家の大伯父と呼ばれる男爵を説得するために王都を去ったのは半月ほど前だ。シャングリアが騎士団をやめて、冒険者になることに怒ったシャングリアの大伯父が、ジーロップのクエストの成功報酬の支払いを拒否したことについて、説得に向かっていたのだが、その大伯父がギルドに報酬を払ったということであれば、シャングリアは大伯父を納得させることができたということになる。
「その通りね。支払いがあったわ。シャングリアは、大伯父のモーリア男爵家の領地に戻ったんでしょう? それだけでなく、シャングリアを冒険者にするということについても、同意したようね。向こうの地方ギルドにそんな話があったそうよ。これで、あんたたちは有名人よ。あのお転婆シャングリアが望んで加わったパーティだものね」
ミランダが笑った。
「有名人?」
一郎は眉をひそめた。
「あらっ──? 気がつかないの? あんたらは、すでにここのギルドに加わっている冒険者で知らない者のいない有名な存在よ。女騎士シャングリアが加わったパーティとしてね」
ミランダがくすくすと笑った。
それでいきなり声をかけられることが多くなったり、多くの視線を感じるようになったのだと思った。
一郎は合点がいった。
「……ねえ、ロウさん。あのシャングリア様が、ロウさんを好きになって、それで冒険者になることにしたというのは本当ですか?」
そのとき、いきなりマリーが口を挟んできた。
「こ、こらっ、マリー。立ち入ったことを訊くんじゃない」
ミランダがマリーを叱るような口調でたしなめた。
だが、それでいて、ミランダは、一郎の返事を待つように、興味深げにこっちをちらりと見てもいる。
一郎は苦笑した。
「シャングリアも俺の女になりました。隠しても仕方のないことだから言います」
一郎が言うと、マリーが「ひゃあ」と声をあげて破顔した。
ミランダは微笑みながらも呆れた表情をしている。
「ふう……。そうなれば、あたしがジーロップのクエストをあんたに任せたのは、やっぱり判断ミスだったんでしょうね。あんたは、希代の女たらしよ」
ミランダは喉の奥で笑った。
「じゃあ、俺たちはこれで」
一郎は席を立とうとした。
「あっ、ちょっと待って」
すると、ミランダが慌てたようにそれを留めた。
そして、なにかを探すように、手に持っていた紙束を探り出した。
「あっ、あった……かな? このメモだったかしら……? 多分、そうね……。ねえ、ロウ、あんた、あたしの紹介した斡旋屋に住居となる家を探してもらうように頼んだでしょう?」
ミランダが一枚の紙を渡しながら言った。
そこには、なにか文字が書いてあるが一郎には読めない。そのまま、エリカに手渡す。
「ええ、頼みましたね」
シャングリアが立ち去ってすぐに、一郎はミランダのところに行き、定住するための家を斡旋してくれる者を紹介して欲しいと頼んでいた。
それで教えてもらった斡旋屋に向かい、すぐに注文したのだ。
一郎たちは、アルファ・ランクにあがることで、冒険者ギルドのお墨付きがついたかたちになり、町役に申し出れば住居を借りることができる。
一箇月以上も宿屋暮らしだったのだから、家を得れば少し楽になる。
すると、ミランダが噴き出した。
「でも、大変な注文をしたんでしょう? あの斡旋屋が困っていたわよ。それで、あたしのところに話を戻してきたのよ。あたしの紹介だから、注文に応じたいけど、そんな物件はないってね。あんた、どんな家を注文したの?」
「そんな大したものじゃないよ。ただ、家に風呂を作りたいから、家の中に井戸があるか、上水を引き込んでいる場所がいいと言ったかな。まあ、そんなものだよ」
一郎は言った。
「ほかにも言っていましたよ、ロウ様。声が洩れるのが嫌だから、壁が隣に接しているところはいやだとか……」
エリカだ。
「垣根の高い庭付きがいいとも言いましたね。庭でいろいろとできるように……」
コゼも口出ししてきた。
「あとは馬車を置きたいから、ウマを飼育する厩があった方がいいとか……」
「天井はしっかりとしろとか……。ちょっとした地下もあるといいなあとか……」
エリカとコゼがさらに言った。
いろいろと希望を告げたのは、すべて、新しい住まいでやる「調教」のことを考えてのことだ。
風呂は入浴をしながら、女たちの身体を弄ぶことができるように……。
声が洩れるのが嫌だというのは、うちの女たちはみんな嬌声が大きいので、それに対する配慮だし、垣根付きの庭は、家の外でもプレイもできるようにだ。
また、馬車があれば、クエストのために移動しながらでも、軽易に女たちを抱けるし、しっかりした天井も地下も、プレイの幅を広げるためだ。
次々に注文をつける一郎に、確かにエリカとコゼは呆れ顔だったような気もするが……。
「呆れたわね。あなた貴族の屋敷にでも住むつもり、ロウ? とにかく、いま渡した物件で我慢しなさい。そこに書かれている物件で、あの斡旋屋が午後から待っているそうよ。とにかく、一度見てきなさい」
ミランダが言った。
そのとき、奥からミランダが呼ばれる声がした。
ミランダは一郎に挨拶をして、そのまま戻っていく。
「ミランダは、忙しそうだな」
一郎は残ったマリーに言った。
「そうですね。このところ、たて込んでいて……。でも、ロウさんたちの対応には、必ず出てきますから、やっぱり、ミランダのお気に入りなんですね」
マリーが受付に座り直しながら言った。
「俺たちがミランダのお気に入り?」
「俺たちというか……“俺”ですけど……。ミランダは、ロウさんのことがちょっと気になっているんじゃないかという専らの噂でなんですよ……」
マリーが悪戯っぽく笑いながら、ひそひそ声で一郎に告げた。
*
メモに従ってやってきたのは、郊外の一軒家だった。
斡旋を頼んだのは、ハロルドの城郭内のつもりだったから、城壁よりもさらに外側で、しかも、居住区からもずっと離れた郊外の一軒家に辿り着いたときには、少し驚いてしまった。
だが、エリカによれば、渡されたメモに従えば、ここで間違いないということだった。
到着したのは、背の低い樹木の林に囲まれた石造りの建物だ。
一階建てだが、外から見ている限り、かなり広そうだ。少なくとも、門から先にもちょっとした前庭が拡がっている。
また、家の裏は川に面しているようだ。ここからではわからないが、庭もそれなりにあると思う。
「ここ、いいんじゃないか? 俺の注文にぴったりと思うぞ。周りに住居がないから、遠慮なく好きなように遊べる。しかも、家の後ろは川だ。きっと水には苦労しない」
一郎は嬉しくなって声をあげた。
ミランダは、一郎の注文した家などあり得ないと言っていたが、しっかりと、それなりのものを斡旋してくれていたのだ。
「でも、王都から少し離れていますね。それは不便ですよ、ロウ様」
エリカが口を挟んだ。
確かに、ここまで歩いてくるのに、一郎の時間感覚で“小一時間”かかっている。この世界の時間単位であれば、“一ノス”というところだ。
「でも、王都の城門が閉じることはないから、夜、閉じ込められるということはない。城郭に行くには、やっぱり馬車を買えばいい。それくらいの蓄えはあるだろう、エリカ?」
「まあ、それはそうなんですけど……。で、でも、これって、家というよりは、貴族の屋敷みたいな感じですよ。こんなすごい建物を冒険者に斡旋?」
「いいじゃないか、エリカ。中であの斡旋屋が待っているんだろう? とにかく、話を聞いてみよう……。コゼは、どうだ? いいと思わないか?」
「お、思います……。ここがあたしたちの家になるかもしれないと思っただけで、あたし、幸せです」
コゼが溜息のような息を吐きながら言った。
一郎たちは、そのまま門をくぐり、前庭を通りすぎた。
前庭はちゃんと手入れをされている。
玄関に着く。
エリカが呼び鈴を鳴らした。
だが、誰も出てこない。
「まだ、斡旋人は来ていないんでしょうか?」
エリカが一郎に視線を向けた。
「まあ、とにかく、入ってみるか」
一郎は扉に触れてみた。
鍵はかかっていない。
一郎たちは中に入ってみた。
入口の向こうは大きなホールになっている。
やはり、広い。
中央には数個のソファや卓、また調度品などが整然と置かれている。
やはり、人の気配はない。
ただ、家……というよりは屋敷だが、中は清潔であり、掃除も行き届いている感じだ。
「ロウ様、あれを?」
エリカがホールの中央付近の壁に飾られている一枚の大きな絵を指さした。
そこには夫婦か恋人を思わせるひと組の男女が描かれてる。それが大きな明かり窓に照らされている。
「……なんとなく、ロウ様に似ていませんか?」
エリカがくすりと笑った。
確かに、そんな感じだ。
髪の色は違うが、背格好も顔立ちも、一郎に似ている気もする。無論、ただの偶然だろうが……。
それに対して、女については若い美女であるが、一郎の知っている誰とも似ていなかった。年齢は三十……くらいだろうか。
だが、なんとなく構図が奇妙に感じた。
描かれているのは、男女が横向きに向かい合う姿なのだが、椅子に座っている男に対して、女が跪いている。そして、男がじっと女を見ているのに、女の視線は床に落ちていた。
「でも、変な絵ですね……」
コゼも言った。
そのとき、一郎は微かな違和感をその絵に感じた。
陽射しに雲でもかかったのか、窓からの明かりが少し小さくなったとき、絵に変化が起きたような気がしたのだ。
「コゼ、明かり取りの窓のカーテンを閉じてみろ。エリカは燭台に火をつけてくれ」
一郎は命じた。
コゼが窓に駆け寄って、紐を引いてカーテンを閉じていく。
カーテンを閉じるための紐は部屋の隅にあり、それを引くと絵画の正面の明かり取りだけではなく、ホール全体の窓にカーテンがかかっていく。
一方で薄暗くなった部屋を照らすために、エリカが魔道で燭台に炎を灯した。
燭台は壁に飾ってある絵の下側の棚の上にある。
「あっ」
「わおっ」
エリカとコゼがそれぞれに声をあげた。
一郎もびっくりしてしまった。
絵を照らす光が、陽の光から燭台に変わった瞬間に、絵の中身が変化したのだ。
構図は同じだ。
しかし、いままで着ていた女の服が消滅して、完全な全裸になった。しかも、女の首に鎖のついた首輪も出現した。
そして、その首輪に繋がった鎖は、椅子に座った男が手に持っている。
つまりは、飾られた絵画の中で、一郎に似た男が、目の前に跪いている若い女を裸にして跪かせ、その首に首輪をつけて鎖を持っているのだ。
「か、隠し絵……ですね……。で、でも、なんでこんな絵……」
そのとき、突然に入ってきた扉にがちゃりと鍵がかかる音がした。ほかにも、部屋のあちこちで鍵が閉じる音が続く。
「なに?」
エリカがさっと入口の扉に走った。
コゼは腰の短剣をさっと抜く。
そして、一郎のそばで警戒をする態勢になった。
「だ、だめです。鍵が開きません。なにか魔道のようなものがかけられています」
扉にとりついたエリカが声をあげた。
続いて、エリカは、外に面する窓に向かった。やはり、外に向かう場所はすべて封鎖されているようだ。
「どういうこと、これは? エリカ、あなたの魔道は?」
コゼも一郎を守るように短剣を構えながら声をあげた。
「無理よ。杖なしのわたしの魔道なんて、比べ物にならないくらいの、かなり強力な魔道だもの。わたしの力じゃあ無理よ」
エリカが叫んだ。
「……ピエール、お帰りなさい。随分と長くかかったわね。心配したわ。ところで、そのふたりは誰? とっても美人のおふたりね。もしかしたら、あなたの新しい女奴隷? だったら、わたしに躾けさせてくれない? きっと、立派に調教してみせるわ。そして、あなたへの贈り物にしたいの……。いいでしょう?」
次の瞬間、突然に声がした。
一郎は今度こそ驚愕してしまった。
そこにひとりの女がいたのだ。
しかも、絵の女だ。
その女がそこにいる。
そして、なによりも驚いたのは、一郎の魔眼で、目の前の女のステータスが読めないことだ。
ステータスのわからない相手など、一郎には初めての経験だ。
さらに、驚いたのはそれだけではない。
女の身体は薄っすらと透けている。
女の身体を通して、向こう側が透けて見えるのだ。
「ゴ、ゴーストです。ロウ様。それはゴーストです。気をつけて」
離れていたエリカが叫んだ。
ゴースト?
つまり、幽霊?
一郎はびっくりした。
「どうしたの、ピエール? わたしを忘れたような顔をしているわよ。まさか、妻を忘れたわけじゃないわよね?」
ピエール?
もしかしたら、さっきから、一郎のことをそう呼んでいるのか?
一郎は訝しんだ。
そのとき、さっと女のゴーストの身体が目の前に移動した。
「な、なによ」
コゼがさっと短剣を振った。
しかし、剣は虚しく宙を切っただけだ。
「まあ、生意気な女奴隷たちね─。じゃあ、さっそく調教を始めるわね、ピエール。もしも、わたしのやり方が生ぬるいようだったら言ってね」
ゴーストがくすくすと笑いながら言った。
どうも話が噛み合わない。
一体全体、なにを言っているのだろう?
「うわっ」
「きゃああ」
コゼとエリカがそれぞれの場所で悲鳴をあげた。
不意にふたりの身体が浮きあがったのだ。
また、コゼは一郎のすぐ前にいたのだが、エリカのいる場所まで宙を移動していった。
そして、エリカもコゼも、空中で大の字のかたちで固定された。
しかし、ふたりの手足を縛っているようなものはなにもない。ふたりが浮いている高さは、足先がほんの少し浮くくらいだ。
「エリカ、コゼ」
一郎はとっさにクグルスを呼び出そうと思った。
手首の紋様を強く擦る。
この仕草がきっかけとなり、一郎とクグルスの淫魔力が結びつき、クグルスがやってくる異界との結界が開くはずだ。
しかし、なにも起きない。
一郎は呆然とした。
「……さあ、ピエール。さっそく始めるわね。最初は媚香を嗅がせるわ。たっぷりとね」
女ゴーストがくすくすと笑った。
いまや、ゴーストは一郎の眼の前だ。
見ていると、エリカとコゼが浮いている床からいきなり白い煙が噴き出してきた。
「なにっ?」
「ちょ、ちょっと、これって……?」
エリカとコゼの顔色が真っ赤になった。
すぐに一郎には、その煙の正体がわかった。
あれは媚薬の煙だ。
しかも、かなりの強力なものだ。
あんなものを嗅ぎ続けたら大変なことになる。
一郎はとっさにふたりのところに駆け寄ろうとした。
「ピエール。どこに行くの? あのふたりは、まずは、わたしに任せてったら」
女ゴーストが不本意そうな声をあげた。
構わずに、一郎はゴーストの横を通りすぎた。
「うわっ」
だが、急に身体が宙に浮いたと思った。
いや、実際に浮いている。
しかも、浮かんだまま強烈な力で背中側に移動させられている。
「ぐうっ」
背中を叩きつけられて、一郎は思わず呻き声をあげた。
一郎はロビーにあった長椅子のひとつに、すごい力で押しつけられてしまったのだ。
しかも、背中が椅子の背に張りついたように動かない。
そのとき、一郎の頭にひとつのステータスが飛び込んできた。
“シルキー
屋敷妖精、雌
支配者
マーリン(ゴースト)”
シルキー?
屋敷妖精?
だが、それらしい姿はない。
それにしても、マーリンとは?
もしかして、目の前の女ゴーストがそうなのか?
「お、俺はピエールなどではありません……。ロウという冒険者です……」
とにかく、一郎は女ゴーストに言った。
しかし、女ゴーストはまるで意に介した様子はない。
それよりも、なにかを探すように部屋をきょろきょろと見回している。
「シルキーね? ピエールになんてことするのよ? ピエールに酷いことをすると折檻よ。この屋敷の旦那様なのよ。姿を現しなさい、シルキー」
ゴーストが金切声で叫んだ。
だが、なにも出てこない。
一方で、強力な媚香を嗅がせ続けらているエリカとコゼのふたりの身悶えがかなり激しいものになってきている。
一郎の魔眼では、すでにふたりの「快感値」が二十以下になったのがわかる。エリカなどもう十だ。こんなに短い時間でそこまで快感をあげられてしまうというのは、あの煙がかなりの危険なものだという証拠だ。
一郎は焦った。
「マーリン、訊いてくれ。俺たちは……」
一郎はもう一度叫んだ。
だが、女ゴーストの雄叫びのような奇声で一郎の言葉は遮られた。
「そうよ、マーリンよ。おお、やっと思い出してくれたのね。そうよ、わたしは妻のマーリンよ」
そのとき、押しつけられている長椅子の横になにかの気配を感じた。
十歳くらいの可愛らしい少女だ。紺色のメイド服を身に着けている。
その少女が、突然に、空中から出現したのだ。
いや、少女ではない。
一郎はとっさに思った。
これは人間ではない。
おそらく、彼女こそ屋敷妖精のシルキーという存在だ。
一郎の勘がそれを確信させた。
「……どこの誰かわからない旦那様……。助かりたければ、話を合わせてください……。さもないと、あなたも連れの女の方々も死ぬだけです……。なぜ、マーリン様の名を知っているのかわかりませんが、マーリン様は強力な魔道遣いです。ゴーストになったいまでも、一瞬であなた方を殺せます……。たとえ、すっかりと狂っているとしても……」
屋敷妖精だと思われる少女姿のシルキーが、一郎だけに聞こえる声でささやいた。