【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
ジャスランが天幕の外に出ていったのを確認すると、アルオウィンはすぐに立ちあがった。
「全く……。あいつの頭が馬鹿で助かってはいるけど……」
アルオウィンの首輪に繋がっている鎖が結ばれている木杭に向かう。
それにしても、「洗脳球」というらしいが、感情や心を支配するのではなく、身体だけを支配してしまう魔道具があるとは、アルオウィンも知らなかった。
しかし、その魔道具に、呆気なく支配されたことについては理にはかなっている。
魔道学の常識では、魔道に限らず、なんらかの能力が高い者には、支配系の魔道はかかりにくいということは知られていた。
支配魔道といえば、いわゆる「奴隷の首輪」がそうだが、相手の心を操って、言葉に拒否できなくするという「支配術」が刻まれている。
だが、それは魔道具にその支配術を刻んだ魔道遣いの能力に左右され、能力の高い魔道遣いが刻んだ魔道具ほど支配効果が強く、逆は弱い。
能力の低い魔道遣いの奴隷の首輪など、いかに装着される者が屈服の意思を示そうとも、支配効果が生まれにくいのだ。
また、弱い力で術を刻んだ奴隷の首輪は、首輪に術を刻んだ術者よりも上位魔道遣いが支配術を無効にする「上乗せ魔道」をかけることによって、簡単に解除できる。
従って、現実的な効果のある「奴隷の首輪」は、高位魔道遣いが術を刻まなければならないので高価になる。
つまりは、誰かの支配になっている者がほかの支配術にかけられるには、もともとの支配術をかけた者を圧倒的に上回る能力差が必要になるということだ。
そして、アルオウィンたちは、ロウの支配にあった。
ロウが怖ろしいほどの女に対する支配能力があることは明白だ。
支配術にかけられるなど、本来であれば忌避すべきことなのに、その気持ちさえ失わせてしまうほどだ。
そこまでの支配なのだ。
だから、問題ないと思っていたのに……。
ロウの支配については、その恩恵として、怖ろしいほどに女側の能力も向上するので、女にとっても実利も莫大ではあるし、そもそも、アルオウィンも、ロウの支配に陥りたくて、頼んで支配してもらったのであり、そのことには、いささかの後悔もない。
もともと、妹ともども死んでいたか、それとも、発狂して人として終わっていた立場なので、それを救ってくれたロウには、負って負いきれない、
ただ、そのロウによる高位能力の支配に陥っているのだから、ほかの誰かの支配に陥ってしまう可能性など、まったく考えていなかった。
しかし、まさか、“支配術は、術を刻んだ術師の能力を大きく上回らなければ、術を上書きできない”という魔道常識を覆す魔道具が存在するとは……。
肉体支配の魔道具……。
本当に恐ろしい……。
また、本当に恐ろしいのは、そこまでの魔道具を、あんな直情型の馬鹿女が持っていたということだ。
そして、アルオウィンをはじめとして、エリカ、シャングリアという女傑まで身体を支配されてしまった。
さっきの話によれば、あのスクルドというちょっと性格はおかしなところがあるが、魔道能力だけは、ずば抜けている彼女までも……。
いずれにしても、口八丁手八丁でジャスランに取り入り、彼女が暴走しないようにコントロールしているが、ああいう手合いで怖いのは、もともと理性ではなく感情でしか動かないというところだ。
理性が強い者なら、そもそも、サキとかいう妖魔将軍とやらが気に入っているロウを殺そうなどとは思わないだろう。
そんなことをすれば、ジャスラン自身が後で殺されるのは明白だ。
だが、彼女は、スクルドが憎いという理由だけで、ロウを殺そうと突っ走る。
さっきは、なんとか彼女を説得して宥め、そうしないようにそそのかしたが、あのジャスランという女魔族であれば、気分が変われば、すぐに前言も約束も撤回し、ロウの命を狙うと思う。
あいつの危険は、そこにある。
アルオウィンは嘆息した。
「まあ、いずれにしても、頭が足りないのは助かるけどね……」
アルオウィンは、すっかりと緩めている杭を埋め込んである土を両手で掘る。
ジャスランが扱う洗脳球という身体支配具は、ジャスランの言葉を本来の心から送られた「指令」として身体が動くという仕掛けのようだ。
だから、言葉の裏の意味など関係なく、身体側を制御するための「言葉」を一字一句正確に口にする必要があるようだ。
あのジャスランが、アルオウィンに刻まれている洗脳球に告げたのは、「首輪を外してはならない。首輪の鎖を外そうとしてはならない。杭を抜いてはならない」だ。
アルオゥインは、土を緩め終わると、鎖が繋がれたままの杭を土の中で叩き割った上半分を持ちあげた。
杭を途中で折っただけた。
首輪を外してはないし、首輪の鎖を外してもいない。杭を抜いてもいない。もしも、鎖の幅以上に離れるなという言葉を使われたら、アルオウィンにはどうにもできなかったが、彼女はそう言わなかった。
邪魔にならないように、折れた半分の杭に鎖を巻きつけて薄物の裾をたくしあげて縛る。
そして、横の台から水差しと果物をとって、天幕の奥に駆けていく。
ジャスランが、いつ戻るかなど不明だが、この三日を観察する限り、洗脳球を使うことで魔力を消費すると、ここに戻って来るという感じにしているみたいだ、
おそらく、最低二ノスは間隔が開くと思う。
まあ、外がどういう状況になっているかわからないから、なんともいえないが、一ノスであれば、まあ問題のない時間ではないだろうか。
四連繋いである天幕の最奥に着く。
そこには、ジャスランが作った地下に通じる入り口がある。
地面にある蓋を開く。
「くっ」
ものすごい熱気があがる。
「こんなところに閉じ込めたままなんて、すぐに死んでしまうに決まっているでしょう。あいつの常識はどうなっているのよ」
思わず悪態をついた。
イライジャについては、殺すつもりはなく、ただ弱らせるだけのつもりだったみたいだが、それで、この仕打ちだ。
ジャスランは、この熱気の穴にイライジャを閉じ込めて、ほとんど寝かさないで運動をさせ、それでほんの少しの水分しか与えてないのである。
おそらく、身体の丈夫さを、魔族である自分を基準に当てはめているのだろう。
つまりは加減がわからない馬鹿なのだ。
だからこそ、外のことが心配だ。
とりあえず、持っている水と果物を地下への蓋の横に置く。
階段を下に進み、蓋を下から閉じてから、階段を降りていった。
地面に差し込んである大きな車輪のようなものを横材を押して回しているイライジャがそこにいた。
「誰──?」
人の気配を感じたイライジャが、こっちに問いかけた。
イライジャの両眼は潰されている。
あの冷酷な女魔族が洗脳球の命令で、イライジャ自身の指で抉らせたのだ。
その残酷な光景を目の前で見させられたのを思い出し、ジャスランに対する憎悪が改めてふつふつと湧くのを感じた。
そのジャスランに媚びを売り、性愛に誘い、甘えて肌を擦り寄るという行為は、鳥肌が立つほどの気持ち悪さではある。
だが、アルオウィンは、任務のためならいくらでも身体くらい開く訓練も受けているし、そういうこともやってきた。
躊躇いなどないのだが、ロウに支配されるようになっての誤算といえば、ロウとの性愛の気持ちよすぎる記憶が邪魔して、ほかの相手だと、昔のように自由自在に自分を欲情させ、股間から愛液を流してみせるというのが結構難しくなったことだろう。
まあ、なんとかやってるが、ロウに愛される弊害といえば、それが弊害だ。
「わたしよ。馬鹿は外に出たわ。一ノスは休んで。上に」
短く言った。
イライジャはほっと安堵したように頷く。そして、首輪の根元近くの鎖に手を伸ばすと、すでに途中で断ち切ってあって、しっかり繋がっているように見せかけていた鎖のひとつを軽く曲げて外す。
イライジャについては、アルオウィンのように、拘束を解いてはならないという「命令」は与えられなかったみたいだ。
イライジャが言っていた。
おそらく、イライジャなどとるに足らないと思って、大して気にかけなかったのだろう。
だから、ジャスランが外に出た隙に、アルオウィンが隠し持っていた金属切断用の短い鉄斬り具をイライジャに手渡した。
そのときには、ジャスランがいつ戻るか、まだ計算できる感じではなかったので、水を与え、果物を食べさせ、そして、工具を渡すだけにとどめた。
工具を隠していた場所は、実はアルオウィンの尻の穴だ。
魔道のこもった道具ではなく、ただの細くて小さい工具だが、拘束されたときには、まず間違いなく、魔道を封じられるので、むしろ魔道具でない方が使いでがある。
また、ロウに施された術のうち、「見えない貞操帯」というのは、ロウとロウの女以外による局部やアナルへの侵入を防ぐというものだが、あれは実にいい。
ロウの支配は強いので、今回のように敵に捕らわれても、隠しているのをばれないで済む。
このロウの術については、肉体支配系に属するもののようであり、同じ肉体支配系のジャスランの洗脳球でも破れないでいるみたいだ。
いずれにしても、イライジャは、渡した小さな工具で首輪の根元の鎖を切断してのけた。
ジャスランにばれたときには、アルオウィンではなく、イライジャが尻の中に隠していたということにすると話し合っていたが、ジャスランはいまでも気がついてない。
イライジャの拘束具そのものは、魔道などかかってない普通のものだったみたいである。
「下側からついていくわ。行って……」
アルオウィンは、上に向かう階段の前から身体をずらして言った。
イライジャが階段をあがるのを手伝うことはない。
眼を潰されているイライジャに、ひとりで上にあがれるように、感覚を身体で覚えてもらうためだ。
「え、ええ……」
イライジャの足はかなりふらつき、身体もつらそうだ。
しかし、なんとか階段をひとりであがっている。
アルオウィンも下からついていく。
イライジャが車輪を回すのをやめると、首輪に電撃が流れるという仕掛けは、首輪から鎖を外せば、イライジャには伝わらないことはすでに確認している。
最初に心配したのは、車輪を回さないことで、首輪に電撃が流れっ放しになることであり、また、それでイライジャが上で休んでいることに気がつかれることだ。
しかし、それは、いまのところ杞憂だ。
もう何回もこうやって、イライジャは抜け出ているが、ジャスランが気にする様子は皆無だ。首輪にも電撃は流れない。あれは、車輪に接続されている鎖に首輪が繋がっていないと効果はないみたいだ。
イライジャが蓋を開けて外に出る。
アルオウィンは、ちゃんとできることを確認して、自分も外に出る。
今度は蓋は戻さない。
こうやって開けることで、少しでも地下の熱気を逃がせるからだ。
「水と食べ物は、入り口側の天幕側にあるわ。わかるわね?」
アルオウィンの言葉に、イライジャが頷く。
しっかりと、身体を入り口側の天幕、つまりは、ジャスランがアルオウィンと戯れるときに座るソファーのある天幕側に、イライジャはちゃんと身体を向けた。
そして、その場に座り込んだ。
「いいわ……。問題ないわね。渡したものは……?」
アルオウィンは水差しをイライジャの手に持たせた。
イライジャが両手で水差しを掴んでむさぼるように水を飲みだす。
アルオウィンは、その様子を見ながら、しばらく待つ。
「あ、ある……。下の地面に埋めてる。い、いつでも……」
渡したものというのは、鉄斬り具とは別に、イライジャになにかのときの武器として渡したものだ。
アルオウィンは満足して頷いた。
「……外の様子は……?」
イライジャに果物を手渡すと、イライジャが訊ねてきた。
「わからない……。ただ、スクルドが捕らわれたらしいわ。ジャスランの拷問を受けているみたいよ。あの感じだとスクルドを捕らえてから、まだ半日くらいかも……」
時間の感覚はわからないが、エリカとシャングリアをいたぶるとアルオウィンに告げて出ていったジャスランが、戻った時間から換算して、そう考えたのだ。
どんなに長く見積もっても、それ以上は経ってない。
「……なら、いまは夜?」
「それとも、夕方か」
エリカとシャングリアをいたぶる宴を準備したとジャスランが笑って外に出たときには、あいつは、いまの時間が昼過ぎだということを言っていた。
それを考えると、いまは夕方か、夜ということになる。
スクルドが捕らわれて半日というのは、ジャスランが外に出て、すぐにスクルドがやってきて、捕らわれたと考えての時間だ。
実際には、もっと短いかもしれない。
「スクルドはひとりで……?」
「そうみたいね」
「だったら、護衛だった彼女たちが水晶宮に戻って、その直後に、たったひとりで移動術を重ねて、こっちに来たということね……」
イライジャがそう言って、持たせていた果実を口にした。
飲むのに比べれば、食べ物を口にするのは、むしろ辛そうだ。
それだけ、身体が弱っているのだろう。
しかし、食べないともっと弱る。
イライジャもそれがわかっているので、果物を口にしているのだ。
また、護衛を戻した時間とスクルドがこっちに来た時間間隔を計算すると、イライジャの言うとおりだろう。
移動術は、ひとりかふたりで跳躍するのに費やされる時間と、集団で移動してくる時間とは全く違う。
もしも、スクルドがロウたちと一緒にやって来たとすれば、あのブルイネンの率いる護衛隊の全部も一緒だと仮定して、まだ数日はかかるはずだ。
だから、すぐに出立したスクルドと、隊としてやってくるロウたちが要するに時間差を考慮し、ロウたちが到着するまでにかかる時間は、ガドニエルの持つ魔力と、水晶宮に蓄積してある魔石を総動員すると仮定して、おそらく二日程度以降か……。
あるいは、同行する勢力を半分に減らして、さらに一日半にまで短縮するというところか……。
「多分……。ロウ様たちがこっちに来るのは、スクルドが半日前に来たとして、いまから一日後、もしくは、その半日後」
「明日の夜、もしくは、明後日の朝ということね……。なんとか、それまでに……」
アルオウィンの言葉に、イライジャも頷く。
「ブルイネンやロウ様に情報を送りたいんだけどねえ……。その手段が……」
アルオウィンも嘆息する。
あの女魔族は、かなり隙が多いので、ちょっとおだて、甘えた素振りさえすれば、いくらでも秘密を喋る。
あまりにも、なんでも話すので、むしろ罠なのかと疑いたくなるほどだ。
それはともかく、アルオウィンは、あれを性愛を誘って、洗脳球のことや、彼女の事情などについても聞き出したが、この陣営そのものについてもちゃんと情報を確保した。
そして、かなりに周到に準備された待ち受けの罠があることを知った。
単細胞で感情的だが、こと戦いということになれば、用意周到さは違うみたいだ。
考えてみれば、アルオウィンたちを捕らえたときの罠の張り方についても、決して単純なものではなかった。
ジャスランは、この陣営の周りに、かなりのものを準備しているみたいだ。アルオウィンたちが、モーリア卿と調整するつもりでやってきたときは、その罠群の外側で会って、この陣内に誘導を受けて入ったのを思い出す。そういえば、かなり、複雑な動きで進んだ気もする。あれをただ進んだら、おそらく罠が発動していたのだろう。
旅人も通過する森林なので、ひとりふたりで通過する分には素通りできるようにしているみたいだが、隊として入って来ようものなら、たちまちに魔道具の障害が効果を発生して、準備してある罠がいたるところで機能する仕掛けになっているようだ。
おそらく、まともにくれば、いくらエルフ族の精鋭部隊といえども、かなりの損害を受けることは間違いないと思う。
多分、罠のことを知らないと通過できない。
スクルドは、たったひとりだったから、ここまで来れだだけだ。
大人数はむしろ危険……。
少数精鋭で潜入して、内側に入ってから戦わないと、かなり危険……。
それを伝えたい。
ただ、それでは、ここにいる二百人の人間族の傭兵と少人数で戦うことになるのだが……。
「あと一日か、二日か……」
イライジャも困ったように呟いた。
*
「だーかーらー、無理だって言ってんでしょう。頭、悪いわねえ──」
ユイナが怒鳴った。
すると、横のコゼが真っ赤になった。
「あんた、誰に向かって、物言ってんのよ──。その口を引き裂くわよ──」
「な、なによ……」
さすがに、ユイナがたじろぐそうな顔になる。
水晶宮に準備された一郎たちの部屋だ。
護衛隊の女兵が傷だらけで戻り、エリカたちが捕らわれてしまったという情報がもたらされて、半日がすぎている。
そのとき、スクルドが飛び出してしまい、仕方なく、即時の出発準備を指示した。
あれから数ノスではあるが、さすがはブルイネンの指揮する「クロノス護衛隊」だ。もうほとんど長期遠征の支度は整ったようだ。
あと一ノスもすれば、完全に出発の態勢が整うらしい。
しかし、いまはそれについて話し合いをしていたところで、ちょっと揉めていた。
部屋にいるのは、一郎のほか、コゼ、マーズ、ミウ、イット、ユイナというパーティメンバーと、さらにブルイネン、ガドニエルである。
また、ラザニエルと、ケイラ=ハイエルこと享子については、早まった出発に応じるために各所を奔走してくれている。
補給のこともあるのだ。
ただ、そっちは任せて問題なさそうだ。
とにかく、いまいるここにいる人数に、護衛隊を足した勢力で、エリカたちが捕らわれているハロンドール王国との国境沿いの森まで一気に跳躍して、さらにハロンドール王国内に帰還をする予定だ。
現在の王国の状況は、かなり浮動はしているものの、一郎が王国内で手配されているのは、変化ないみたいだ。
まあ、かなりの混乱状態なので、本当に捕らえる気があるかどうかわからないが、なんの備えもなく戻るつもりはない。
護衛隊とともに帰還するのは前提事項だ。
だが、それで、いま話し合いの真っ最中なのだ。
「ロウ殿、口は悪いが、移動術についてはユイナが喋った通りなのです。ひとりふたりで跳躍する場合と、集団で跳躍する場合については、まったく消費時間が異なります。もともと、単独で跳躍する仕組みになっているものを無理矢理に大人数で跳躍口を潜るのですから、時空の歪みも不安定になり、一度潜れば、それなりの時間を置かなければ再使用できなくなるのです。それに、大人数で通過するという行為そのものが、跳躍口を通過するのに時間を消費して、時間を経過した時空に繋がるのです。ひとりふたりでは一瞬でも、三十人以上となれば、駆け抜けても時間がかかるわけで……。従って、そのわずかな時空時間でも、現実時間には、それなりの超過を加えて繋がることになり……」
「ああ、わかった。わからないけどね……。でも、もういい。魔道講義はゆっくり聞くよ、ブルイネン。ただ、俺は急いで、スクルドを追いかける必要があると言っているだけだ。スクルドが出てからすでに半日経っている。同じ時間で進めば、時間のロスはいままでの時間だけで終わる」
一郎は言った。
魔眼保持者の天性の勘が、エリカやスクルドたちの危険を告げている。
可能な限り早く──。
それを追求したい。
二日近くをかけて進むなど、あいつらがどうなるかわかったものじゃない。
「では、とりあえず、少人数で行くのはどうでしょうか、ご主人様? ひとりふたりなら、スクルドさんと同じ時間で進めるはずですわ。ブルイネンに先発要員を選ばせて先行させましょう」
ガドニエルが口を挟んだ。
一郎は首を横に振った。
「だめだ。少人数だとするなら俺が行く。そもそも、それじゃあ、エリカたちと同じことになるだけだろう。なんの罠かわからないんだ。危険だ。だから、俺が行くよ」
「あんただって、同じでしょう。非力の人間族のくせに」
ユイナがせせら笑った。
すると、コゼがユイナを威嚇するように、ユイナに向かって一歩進む。
「うわっ」
ユイナがびっくりして後ずさった。
「ならば、わたしが単独では? 魔道には自信がありますわ」
ガドニエルが言った。
「承知できません、ガドニエル様。それと、女王陛下が単独などあり得ませんが、それはロウ殿も同じです。もう、ロウ殿は一介の冒険者ではありません。エルフ王家にとっては、女王陛下に匹敵する存在です。それを忘れにならないように」
ブルイネンがたしなめるように言った。
しかし、一郎は首を横に振った。
「俺にしかない能力がある。向こうでどんな仕掛けがあって、どんな罠でエリカたちが捕らわれたかわからないんだ。しかし、俺なら事前に察知できる可能性が高い」
自分ひとりで、なんでもできると自惚れるつもりもないし、ユイナの言うとおりに、一郎自身が非力なのもわかっている。
だが、一郎には魔眼がある。
危機には勘が働くし、なによりも相手のステータスを読みことで、相手に面と向かうだけでかなりの情報を読み取れる。
敵の情報がない以上、一郎の魔眼能力ほど、必要なものはない。
「なら、あたしでは……」
「いや、あたしが……」
ミウに次いで、マーズが口を挟む。
「それこそ、あたしを使ってください、ご主人様」
さらにイットも言った。
だが、一郎は首を横に振る。
「いや、俺が必要だ。情報不明であるからこそ、俺が行くべきだ。ひとりかふたり限定なら、俺がそのひとりになるのは絶対だ。スクルドが無事なら、そこに俺が到着するだけで問題ないし、スクルドが無事じゃないなら、俺の持っている情報把握の力がいる」
一郎は断言した。
「そもそも、あんたひとりじゃあ、移動術を遣えないわよ。最低限、移動術を遣う同行者が必要よ。ガドさんか、ブルイネンさんね」
ユイナがちょっと離れたままの位置から言った。
一郎は首をすくめた。すぐ横で、ブルイネンが「ガドさんって……」と小さな声で不満そうに文句を言ったが、ユイナに聞こえるほどの声ではなかった。
まあ、聞こえても、気にするユイナではないと思うが……。
「なら、ガドと腕を組んでデート気分でふたりきりで乗り込むか? ほかの者はゆっくりくればいい」
一郎は軽口を言った。
「ま、まあ、ふたりきりで?」
なにを考えているのか、ガドニエルがふたりきりという言葉だけに反応して、顔を赤らめた。
一郎は苦笑した。
「そんなこと許されません──」
ブルイネンが怒鳴った。
「そうですよ、ご主人様」
すると、コゼも声をあげた。
*
【作者より】解決策を思いついても、感想で書き込まれませんように……(笑)。