※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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603 女魔族とクロノス(おんな)

「皆殺しにしろ──。全員かかれええ──」

 

 ジャスランは、操心術を魔力で放出しながら絶叫した。

 あの男に対する得体の知れない恐怖──。

 一瞬でも気を抜くと、鳥肌の立つような恐ろしさに圧倒されそうだった。ジャスランは、それを強引に払いのけるつもりで、全員に攻撃をさせた。

 

「制圧しろ──」

 

 しかし、その男がそう叫んだ瞬間、三十人ほどの軽武装したエルフ族の女兵が目の前に出現した。

 ジャスランは目を疑った。

 突然に現われた彼女たちが、一瞬にして大勢の人間族の傭兵たちを文字通り弾き飛ばしたのだ。

 この陣内には総勢二百人以上のモーリア男爵軍の兵がいるが、ここには少なくとも百人近くの傭兵が集まっていて、それらが一斉に、あの男に向かって攻撃をしたのだ。

 ところが、エルフ族の女兵が出現した直後に、瞬時にして半分以上が打ち倒された。

 残りの半分は、まだ打ち倒されていないだけで、狼狽えたように立ち竦んでいる。ジャスランの操心術の縛りにも関わらず、男に向かって前に出ないのだ。

 エルフ族の女兵のすさまじさに、呆気にとられた感じになっている。

 

「な、なにをしているのよ──。いかないかあ──。私の前にいけええ──」

 

 ジャスランは、咄嗟に傭兵たちの集団の後ろに隠れたが、傭兵たちが逃げ始めかねない様子を示しだしたことに焦って叫んだ。

 このままでは、あの男に捕らわれる。

 

 怖い──。

 とにかく、怖い──。

 あの男が怖くて仕方がないのだ。

 

 ジャスランが改めて操心術に魔道を込めたことで、やっと傭兵たちが動き出す。迫ってきていたエルフ族たちの前に次々に入り込み、ジャスランを守るように彼女たちを阻む動きをする。

 

「ブルイネン、モーリア男爵たちを確保してくれ──。部下もなるべく殺すな。しかし、手に余るようなら殺していい。お前たちの安全が最優先だ」

 

「承知しました──。ここはわたし以下、直属の十人でいい──。ドルアノア、小隊を連れて、男爵たちの天幕を制圧しろ──。エルミアはふたり連れて、エリカ殿とスクルド殿を保護しろ──。残りはドルアノア隊につけろ──」

 

 男、すなわち、ロウの姿は見えないが、喧噪の後ろから大きな声が響き、それに銀髪のエルフ女が応じて、部下たちに指示を発する言葉を怒鳴った。

 どの女兵も驚くほどの美貌だが、その女の美しさと精悍さは群を抜く感じがある。

 服装もひとり違うし、おそらくこの女隊を指揮する将校だろう。

 

「ドルアノア──、男爵だけは、必ず生け捕りにしてくれ。それと、一番手柄の褒美は俺だ。腰が抜けるまで、ふたりっきりで可愛がってやる。縄付きでな──」

 

 すると、男のお道化たような声が聞こえた。

 その瞬間、エルフ族の女たちが一斉に嬉しそうに歓声をあげた。

 

 なんだ?

 なんだ?

 

「ず、ずるいですわ──。わたしも、そっちに行きますわ」

 

「待ちなさいって、ガド──。ご主人様から離れないのよ──。あの女の魔道を封じろって言われたんでしょう──」

 

 完全に喧噪の中なので姿は見えないが、さっきロウと一緒にいたガドとコゼと呼ばれていた女たちの声みたいだ。

 とにかく、ジャスランは操っている傭兵たちと逆行するように、後ろに後ろにと逃げる。

 早くしないと、あの男がやって来る。

 怖いのだ。

 追いつかれるのが怖い。

 

 そのとき、目の前の地面を魔道の電撃がばらばらと弾いた。

 振り返ると、傭兵の男たちが五、六人と同時に宙を舞っている。

 そして、混乱が左右に分かれて、あの女隊長が目の前に迫っていた。

 女隊長と十人ほどの集団なのだが、その十倍にも、二十倍の圧力を感じる。傭兵たちが完全に逃げ腰だ。

 ジャスランとエルフ兵たちのあいだに、なにもなくなる。

 

「底意地の悪いことをしていた女のくせに、逃げ足だけは早いわねえ。観念しなさい──」

 

 銀髪の女隊長が目の前に来た。

 ジャスランは咄嗟に、最大火力の火焔魔道を至近距離で放った。

 相手を木っ端みじんに灰にするどころか、周囲を火炎の海に巻き込むほどの魔力を込めた。

 傭兵たちも即死することになるが知ったことか──。

 

 一瞬、女隊長の顔が引きつるのがわかった。

 だが、火焔が女隊長に届く寸前に、魔道壁が現われて火焔を阻む。

 そのまま、斜め上に跳ね返されて、火焔砲は誰にも当たることなく夜空に吹き飛んだ。

 

「た、助かったわ、ミウ」

 

 女隊長がほっとしたように言った。

 ミウ?

 

 しかし、考える余裕はない。

 女隊長の剣が目の前だ。

 ジャスランは、全身を肉体強化すると、さっき手首を切断された左腕で、女隊長の剣を受けとめた。

 きんと金属音がして、剣がジャスランの腕でとまる。

 女隊長はぎょっとした表情になった。

 ジャスランは、その腹に足を叩き込んだ。

 

「ぐほおっ」

 

 蹴り飛ばした女隊長が無様に転がる。

 ジャスランは哄笑した。

 

「ざまあみな──。お前らごときに不覚をとるジャスラン様じゃないよ──」

 

 痛快な悦びに襲われて、ジャスランは高笑いした。

 その瞬間、背後に殺気を感じた。

 とっさに、振り返って左手で襲ってきたものから身を守る。

 衝撃を左手に感じて、ジャスランは地面に転がってしまった。

 気がつくと、離れた場所に左腕がある。

 肩の付け根から腕が吹き飛んでいた。

 

 ジャスランは魔道で止血をしながら振り向く。

 人間族の童女が顔色を失ったような表情をしながら、腕を前に出して震えていた。戦ったこともないような様子で震えている。

 もしかして、あの子供が魔道を打ったのか? しかも、自分の魔道でジャスランを傷つけたことに怯えている?

 そんな童女に腕を飛ばされただと──。

 かっとなった。

 ジャスランは、その童女に飛びかかった。

 

「ミウ、さがれえええ──」

 

 横から、小さなものが飛び込んできた。

 獣──?

 

 いや、獣人の娘だ。

 両手から長い爪を出して飛びかかってくる。

 ジャスランは魔道を放った。

 だが、なぜか素通りする。

 獣人娘の爪が顔に突き刺さろうとする。顔をまげて頭で受ける。

 髪がまとまって切り離れたが、肉体強化をしている肌が獣人娘の爪を頭で受けとめた。

 

「かったあいいいいっ」

 

 宙で体勢を取り直した獣人娘がジャスランの顔を膝蹴りした。

 ジャスランはまたもや弾き飛ばされた。

 

 すると、そこに斬撃──。

 さっきの女隊長だ──。

 残っている右腕で剣を受けて蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ」

 

 女隊長が転がる。

 そこに、さっきの獣人──。

 今度は、ジャスランが蹴り飛ばされて、樹木のあいだに転がされた。

 

「くそおおっ、どいつもこいつも、許さないよおお──。死んじまいなああ」

 

 全身に魔道をまとう。

 肉体強化をさらに強靭化するとともに、電撃を身体に覆わせたのだ。ジャスランに触れた者をすべて衝撃を与える防護魔道だ。

 

「おう、ここにいたか」

 

 すると、ロウの声がした。

 恐怖で身体が凍りつく。

 真名を呼ばれてから、ずっと襲われているこの男に対する得体の知れない恐怖だ。

 慌てて声の方向を見ると、樹木のあいだを縫うようにして、ガドとコゼという女たちと一緒に、ロウがすぐ近くまでやってきている。

 一方で、樹木を通して、陣営側に視線を向けると、すでに傭兵たちの大半は倒れていて、抵抗は終わっていた。

 呻いているのが大半なので、死んではいないみたいだが、身体が痺れているのが倒れたまま動かない。

 エルフ女兵たちは、倒れている傭兵たちの中を走り回り、ちょっとでも意識がありそうな者たちに、容赦なく魔道を至近距離で叩きつけて、絶息させている。

 

「身体強化に電撃の覆いか……。だが、ここは強化できるのか?」

 

 ロウとの距離はちょっとあったが、そのロウがすっと跪いていたジャスランに手を伸ばした。

 次の瞬間、その手に黒いものが出現して火を噴く──。

 

 短銃──?

 そう思ったのは、片目をぶん殴られたような痛みと、灼けた鉄杭を眼に突っ込まれた感触に襲われてからだ。

 ジャスランは仰向けにひっくり返った。

 

 なにをされたのかわからなかったが、すぐに眼を短銃で撃たれたのだ理解した。

 ジャスランの片目の視界が消えていたのだ。

 

「ご主人様、前に出ないで──」

 

 この声はコゼか……。

 焦ったような感じだ。

 ジャスランは、起きあがって跳躍して逃げた。

 

「顔に銃弾を撃ち込んでもだめか」

 

 ロウの呆れたような声……。

 とにかく、怖い……。

 逃げないと……。

 もはや、ジャスランが考えたのはそれだけだ。

 

「逃がさないよ」

 

 しかし、目の前に、またもや獣人が現われる。

 その後ろには、ミウとかいう人間族の童女の魔道遣いも……。

 

 前には、ロウとガドとコゼ──。ロウはコゼの後ろにいて、ほかのエルフ兵たちもジャスランを囲む態勢になろうとしている。

 

「ち、近づくな──。シャングリアの首を吹っ飛ばすわよ。あいつの首は私の魔道ひとつで飛ばせるんだからね──」

 

 思い出して怒鳴った。

 

「わ、わたしがなんだって……」

 

 そのとき、声がした。

 シャングリアだ。

 布のようなものに包まれて、大きな人間族の女に抱かれている。こっちを殺すような視線で見ている。

 

「おお、マーズとシャングリアか。シャングリアは無事か……? な、なんだ、それ?」

 

 ロウがシャングリアを認めて微笑みかけたが、肉体が不自然に小さいことに気がついたのだろう。

 表情から余裕がなくなり、険しい顔になっている。

 一方で、シャングリアの首に残っているはずの炸裂環はない。

 外されたのか……。

 ジャスランは舌打ちした。

 

「ロウ様、あたしたちが行ったときには、シャングリア様はすでに手と足が……」

 

 口を開いたのは、さっき獣人娘からミウと呼ばれていた魔道遣いの童女だ。炸裂環は、余程に強い魔道を一度にぶつけないと、下手に外そうとしても、すぐに作動するようにしてあるのだが、あれは、もしかして、この娘が?

 あのガドといい、このミウといい、ジャスランの魔道を簡単に無効化するとは、なに者たちなのだ──?

 

「ただで死ねるとは思うなよ、ジャスラン……。許さないぞ……」

 

「ひいっ」

 

 ロウがすごんだ声で言った。

 途端にジャスランの身体に恐怖が走る。

 もしかしたら、あのとき、真名を口にされた影響か?

 このロウの姿や声が怖ろしくてたまらない。

 ジャスランは、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。

 そして、気がつくと、完全に周囲を包囲されている。

 

「ガド──」

 

 ロウが叫んだ。

 

「わかっています」

 

 衝撃に包まれて、気がつくと身体の魔力が凍結されていた。

 魔道を封じられたか……。

 ジャスランはその場に跪いた。

 

「捕まえてくれ、ブルイネン」

 

 ロウが言った。

 エルフ族の女隊長が部下を連れて近づく。

 止血の魔道が解除されたため、撃たれた片目と切断されている片腕から大量の血が流れ出している。

 じりじりとエルフ女たちが寄ってくる。

 鎖のついた枷のようなものを持っているので、それで拘束するつもりだろう。

 だが、ジャスランは内心でほくそ笑んでいた。

 

 ジャズランの血は、血紋術の源だ。

 血紋を操るジャスランにとっては、自分の血は、もうひとつの魔道の力といってよく、魔術遣いが魔力で魔道を操るのとは別に、ジャスランは血紋でも魔道を発する。

 ジャスランは、気がつかれないように肩から垂れ流れる血で地面に血紋を描く。

 

「油断するんじゃないわよ──。こいつの血を見なさい──。地面に変な模様を描いているわよ──」

 

 そのとき、突然に何者かが叫んだ。

 顔をあげると、大女の後ろに隠れるようにしていた褐色エルフの娘だ。

 ブルイネンという女隊長がぎょっとした感じで身体を硬直させたが、そのときには、すでにブルイネンは、ジャスランが作った血紋の上に足を載せていた。

 魔力を吸いあげ、血紋の力でガドとかいうエルフ女に向かって、そのまま吸い取った魔力を最大出力で弾く。

 

「きゃああああ」

 

 エルフ女が吹っ飛ぶ。

 魔道封じが緩んだのを感じた。

 強引に魔力封じを跳ね飛ばす。

 

「ガド──」

 

「陛下──」

 

「ガド様──」

 

 ロウをはじめとして、エルフ女たちの何人かが叫んだ。

 魔力を吸い取られて、その場に崩れ落ちたブルイネンとやらに、さらに肩からの血を垂れ落とす。

 その血で血紋を刻み込む。

 

「ちっ、しまった」

 

 ロウが舌打ちしたのが聞こえた。

 そのときには、ジャスランは自分の腕からブルイネンの身体に自分の血を垂れ落として、完全に雁字搦めにしていた。

 

「あぐうっ」

 

 身体を極端に締めつけられて、ブルイネンが呻き声をあげる。

 しかし、ジャスランは容赦なく、血紋でブルイネンから魔力を吸い取り、さらに身体を締めつける。

 

「ブルイネン──」

 

「ブルイネン──」

 

 ロウとコゼだ。

 ほかの者も騒然としている。

 

「動くな。ちょっとでも動けば、こいつの命はないよ──」

 

 ジャスランは、蹴飛ばしてうつ伏せにしたブルイネンの首に片手をかける。

 首の骨を折るのは一瞬だ。

 周りを囲んでいるロウや女たちが身体を硬直したようにとまったのがわかった。

 

「しっかりしてよ……。大丈夫? ミウ、こっちに……」

 

 後ろの方では、さっきブルイネンの魔力を弾くことで魔力を浴びせたガドが褐色エルフ族の娘に助け起こされている。

 かなりふらふらしているが、身体に異常はないみたいだ。

 丈夫なエルフ族だと思った。

 

「あ、ありがとうございます、ユイナさん……。ミウさんも……」

 

 ガドが助け起こされ、ミウという童女魔道遣いも、駆け寄って回復術らしきものをかけている。

 

「ブルイネンを離せよ、ジャリヌヌス・パセリオント・ボーレスラン……」

 

 ロウが言った。

 途端に、心が締めつけられた感じになった。

 従わなければ……。

 まるで心臓を締めつけられるような切迫感がジャスランを襲う。

 思わず、ブルイネンの首を持つ手を緩めそうになった。

 

「いまよ、ミウ──。傷口を狙って──」

 

 叫んだのはユイナと呼ばれた褐色エルフだ。

 ガドとい女を介抱する素振りだったミウが、一転して魔道をジャスランに放った。

 

「くあっ」

 

 半身に魔道が襲い掛かり身体が凍りつく。

 氷魔道か──。

 こんなもの……。

 大したものじゃない。

 すぐに、振り払おうとしたがはっとした。

 傷口から流れている血を凍らされてとめられただけでなく、血紋まで凍らされて、血紋の中で血が動くのを停止されてしまっている。

 あの褐色エルフの娘は、どうして血紋術の弱点を知っているのだ──?

 

「くううっ」

 

 自由を取り戻したブルイネンがジャスランの足を払った。

 ジャスランは地面を転がりながら、亜空間からスクルドとエリカに刻んだままの洗脳球を出す。

 片手だが、しっかりと洗脳球を二個握る。そのまま森の奥に走る。

 ロウの女たちが追いかけてくるのがわかる。

 向かうのは、この森に作っている亜空間への入り口だ。隠れ処(かくれが)に転移するための“門”であり、新たに刻むには時間がかかるが、あらかじめ刻んでいる地点なら一瞬だ。

 幾つかあるのだが、ジャスランはまだ制圧されていないはずの場所に走った。

 

「念を込めさせてはだめよ──。あれはなにかの操り具よ──」

 

 褐色エルフの娘の声が背中から飛ぶ──。

 ジャスランは駆けながら舌打ちした。

 

「ガド──。イット──。ブルイネン──。誰でもいい──。あれを奪え──」

 

 ロウの声もする。

 だが、そのときには、ジャスランはスクルドの洗脳球に念を込め終わっていた。

 

「ロウを殺せ、スクルドおおお、エリカああああ──。私を守れええええ」

 

 魔道で森中に聞こえるほどに声を拡散させた。

 どこにいるのか知らないが、あいつらの意識があるかぎり、絶対に声は届くはずだ。

 

「いやああああ」

 

 その瞬間、突然にジャスランが逃げている後ろに、腕のないスクルドが現われた。

 移動術だろう。

 エルフ女たちや獣人娘が追いかけてきていたが、そこにスクルドの魔道波が炸裂したのがわかった。

 

「うあああ」

「きゃああああ」

「ひゃあああ」

 

 ブルイネンをはじめとするエルフ兵たちが弾き飛ばされる。

 しかし、致命傷ではないみたいだ。

 殺せと言ったのはロウだけなので、手加減したか──?

 ジャスランは駆けながら、全殺(ぜんごろ)しにしろと言えばよかったと思ったが、いまは言い直す余裕はない。

 そのまま、森の奥に走る。

 

 やっと距離が開いた。

 ジャスランはひと息をついた。

 亜空間の隠れ処に繋がる門のひとつが目の前だ。

 占拠されてしまった場所からの入り口は使えないから、この森の奥側に念のために作っておいてよかった。

 

「しゃああああ──」

 

 そのとき、猛然と獣人娘が単独で走ってくるのがわかった。

 あの獣人娘だけは、スクルドの魔道による阻止を突破したのかと思った。

 

 しかし、もう遅い。

 ジャスランは、ほくそ笑みながら亜空間の中に身を転移させた。

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