【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
モーリア男爵には、特に緊張した様子もなかった。
シモンがいた男爵領の街の旅館には、夕べ遅くに、王宮から発したロウの処刑命令が正式に届いたという知らせが辺境候の領地から来ていた。
辺境候のところに届いたということは、男爵のところににもそれは来ているはずだ。
だが、モーリア男爵には、王都のお尋ね者を匿っているという気負いのようなものは感じない。
ただの自然体だ。
もっとも、いまの王宮など、この二箇月ほどの王都での蛮行によって、その権威は地に落ちている。王宮がなにを言っていたところで、それを諾々と受け入れる諸侯は少ないだろう。
そもそも、ロウの捕縛命令は二度目であり、一度目は捕縛というよりは、身柄を確保せよという指示であり、おそらく、これから会うロウがナタル森林に入ったくらいの時期だろう。
そのときには、恋多き有能な冒険者として、ロウは王都では有名な人物のひとりだったかもしれないが、王国全体としては無名に近かった。
しかし、あれから二箇月……。
そのロウは、エルフ族の王宮にかけられた悪意ある陰謀を阻止した立役者として、エルフ族の女王ガドニエルから英雄認定を受け、しかも、その英雄式典において、女王ガドニエルと熱い口づけをした映像が女王の魔道で大陸中に公開されていて、いまや、知らぬ者が少ないくらいの有名人になっている。
つまりは、あの排他的で異種族を見下す傾向のあるエルフ族の最高地位にある女王が、人間族であり、しかも、爵位としては下級貴族でしかない、一介の冒険者を恋人として選んだということで、そのことに大勢の者が驚いたのだ。
そして、シモンに言わせれば、さらに意外なのは、エルフ族の王宮がその女王の恋を受け入れているようだということだ。
少なくとも、あの式典後、怒り狂った女王の部下たちから、ロウが殺されたり、投獄されたりしたということは耳にしない。
それどころか、このモーリア男爵によれば、ロウの帰還に際して、女王のガドニエル自身がお忍びで随行しているだけでなく、甲斐甲斐しくロウに奴婢のように仕えているという。
本当だろうか……。
まあ、いくらなんでも、なにかの嘘だとは確信しているが……。
シモンがいるのは、モーリア男爵邸の客間だ。
辺境候の使者として、しばらくのあいだモーリア領に滞在していたシモンの役割は、ロウ=ボルグ……、いまは、エルフ族の王家から、エルフ族にとっての由緒ある“サタルス”姓を贈られて、ロウ=ボルグ・サタルスとなった彼と会い、シモンの父親である辺境候のクレオン=マルエダの伝言を渡すことにある。
つまりは、ただの書簡の運搬者にすぎないが、シモンはこの会合に大きな興味を注いでいた。
ロウ=サタルスというのは、どういう男なのか?
ただの女たらしか……。
それとも、シモンの姉のアネルザ、王太女のイザベラ、さらに、エルフ女王のガドニエルという名だたる女たちが、次々にロウに与するなにかがあるのか……。
もしも、役に立つ男なのであれば、おそらく、これから訪れるであろう「乱世」の中でシモンが成りあがるために、部下のひとりにしたい。
少なくとも、ロウに集まっている部下の女たちを是非とも、シモンの配下に加えたい。
なにしろ、ロウに集まっている女は、ハロンドールやエルフ族の女施政者たちばかりでなく、話半分に聞いても一騎当千の強者たちだ。
欲しい……。
とにかく、欲しい……。
ロウという男を始末してでも、女たちはシモンの手元に欲しい。
考えているは、それだ。
「遅いわねえ……。わたしたちを待たせるとは、いささか礼を失しているのではないの。さっさと、呼んできなさいよ、男爵」
不満そうに言ったのは、シモンの隣に腰掛けているクリスチナだ。
ほかに五人の部下が護衛として同行しているが、彼らはシモンが腰掛けているソファの後ろに立っている。
クリスチナは、立場上は彼らと同様に、シモンを守る護衛のひとりではあるが、同時にシモンの婚約者でもあるので、モーリア男爵も席を準備してくれたのだ。
だが、伯爵令嬢ではあるものの、自分の力で立つ
それで苛立っているのであろう。
もともと、クリスチナは、ロウの噂を事前に聞いて、女の手柄を奪ってのし上がったろくでなしだと断じている。
だから、ロウのことを面白くなく感じているみたいだ。
ロウのことを寝取って、自分に恋をさせ、そのうえで派手に捨ててやると息巻いている。
男を手玉にとることにかけては、我が婚約者ながらクリスチナはなかなかのものだ。彼女に惑わない男はないだろう。
ロウがクリスチナにしてやられるのであれば、それはそれでいい。それだけの器量しかないということだ。
まあ、好きにさせるつもりではある……。
「恋の多い御仁でありますからなあ。大勢の女性がいて、なかなかに大変なようですな。まあ、約束の刻限にはまだあります」
「どういう意味よ──? まさか、わたしたちを待たせて、女とやっているってこと──?」
クリスチナがむっとした口調で言った。
だが、モーリア男爵はにこにこするだけで答えない。
もしかして、その通りなのか?
シモンは呆気にとられた。
「ところで、お茶のおかわりはいかがですか? エルフ女王家からの土産をもらいましてなあ……。色々ありますから飲み比べられてください」
すると、男爵がにこやかに言って、侍女に合図をする。
目の前の茶が新しいものに入れ替えられて、湯気の立った茶が目の前に置かれた。それだけでなく、さっと部屋の外から家人がやってきて、菓子を入れ替えた。
透明の水のような固形物に包まれた菓子であり、固形物の中には花に似せたなにかが入っている。
さっきから準備される菓子は、それだけで、ひとつひとつが贅を尽くしたものとわかるが、こういうものを準備できるのも、モーリア男爵家の豊かさなのだろうか……。
出される茶も、いずれも美味であり、辺境暮らしのシモンには驚くほどにうまいと感じるものばかりだ。
いずれにしても、食えぬ男だ。
シモンはモーリア男爵について思った。
クリスチナのような若い女から、面と向かって悪し様に罵られれば、少しはむっとしていい。
しかも、モーリア家といえば武門の家──。
ましてや、ユンケル=モーリア自身も、先代の男爵から地位を預かる前は、地方軍の生粋の武人だったはずだ。
だが、商売に堪能で、ユンケルの代になるや、あっという間に領土を繁栄させて、並の伯爵領以上に、領土や人民を豊かにした。
なかなかのやり手なのだ。
それが、クリスチナの扱いに表れている。
「な、なにこれ? これが、お菓子なの? 揺れているわ。かたちも綺麗だし……」
運ばれてきた新しい菓子にクリスチナが驚いている。
およそ、普通の女のような反応をすることがないクリスチナだが、それでも、かわいいものや美しいものには、女の反応がでるようだ。
目を見張っている。
確かに、シモンも見たことのない菓子だと思った。
「“ぜりい”という菓子だそうです。ロウ閣下が我が屋の厨房係に、材料とともにレシピを渡されて、シモン殿たちに食べていただくように準備させたものです。一日のことだったので、うまくできるか心配だったのですが、なんとかできあがりました。試食もしましたが、かなりのものですよ。どうぞ」
モーリア男爵がにこやかに言った。
こういうところは、男爵というよりは商人のように感じる。
だが、ロウがレシピを渡して準備させた?
意外な話に、シモンは驚いた。
「冷えているわね。魔道で冷やしているのね……。へえ、なるほど美味だわ。さっきのお菓子もおいしかったけど、こっちもいいわねえ」
途端にクリスチナが上機嫌になった。
これには、シモンも苦笑するしかない。
「先ほどの菓子も、ロウ殿が簡単にできる菓子として、渡されたレシピから作ったものです。なにやら以前に菓子を作る場所で働いたことがあるとかで……」
「へえ、冒険者の前は菓子職人だったの? 本当ならすごいじゃない。そのまま、菓子職人をすれば、よかったのに」
「当家で売り出す許可をもらいましたので、街で売り出すつもりです。ほかにも“ぷりん”という菓子も教わりまして、そっちの方は、まだ作成には至っていないのですが、それも、そのぜりいと同様に柔らかな食べ物のようですぞ」
「面白そうね。それができるまで、ここにいようかしら」
すっかりと、苛立ちが消えたらしいクリスチナが笑いながら言った。
シモンは軽く肩をすくめて、自分もぜりいを食べてみた。
確かに珍しい食感だ。
甘過ぎもせず、男のシモンにも美味しいと感じる。また、いま気づいたが、菓子の中心にある花のように見えたのは、果物みたいだ。それを極小に切り、幾つかの果物を組み合わせて、花に似せているのだとわかった。
なかなかに手が込んでいる。
こんな風に果物を飾り付けるというやり方は、シモンもはじめて接する。
これを売り出せば、モーリアならずとも、財になりそうな予感がした。
本当に、これをロウが?
「すごいじゃない。美味しいわ。少し見直したわねえ」
何事にも自分の本能に正直なクリスチナも、感嘆したようだ。
しばらくすると、モーリア家の家人がやってきて、モーリア男爵に耳打ちをした。
男爵が顔をあげて、シモンに視線を向ける。
「お待たせしました。準備ができたようです」
そして、モーリア男爵が言った。
ロウがこっちの本宅に来たのだろう。
彼らが昨日から男爵邸の別宅に滞在しているというのは知っている。
「どこの国の菓子かしら。聞き出さないと……」
クリスチナが立ちあがりながら言った。
いつの間にか、ロウに対する悪い先入観は消え、彼女の興味は、ロウが教えたという珍しい菓子に移っているみたいだ。
シモンは吹き出しそうになった。
案内されたのは、中くらいの大きさの部屋である。
豪華な調度品などがある部屋であり、大きなテーブルがあり、向こう側に中背中肉の黒髪の男が座っていた。その隣には黄金の髪をしたエルフ女性だ。
そして、座っているふたりの後ろには、四人の女が立っている。
そのうちのひとりがシャングリア=モーリアであり、この男爵家の令嬢でもある。もっとも、ユンケル=モーリアとは血の繋がりは薄く、シャングリアは先代の男爵のひとり娘だったのだが、武人の家であるモーリア男爵家の爵位は男でなければならないという一族の総意によって、シャングリアは当主になれなかったのだ。そのときのシャングリアがまだ幼かったという事情もある。
しかし、成長したシャングリアは、王都に出ていき、女騎士となった。しかも、その武辺はそこらの男騎士を遙かにまさるという。
モーリア家としては、シャングリアを一族に留め置きたい気持ちがあるのではないかと思うが、彼女はロウにぞっこんであり、愛人のひとりに自分で頼み込んでなったのだという。
これもまた、王都では知らぬ者のいないほどの艶話らしい。
そのシャングリアのほかに、小柄な人間族の女と、座っているエルフ女性に勝るとも劣らない美貌のエルフ女がいる。
事前に集めた情報によれば、彼女たちがコゼとエリカのはずだ。
ロウと組んでいる女冒険者であり、彼女たちもまた、かなり有名である。
そして、もうひとり……。
あれ……?
まさか……?
いや……。
「シモン殿ですね……。ロウと申します」
そのとき、ロウが立ちあがり、柔和な笑みを浮かべた。
ロウの隣のエルフ女は立たない。
それはいいのだが、後ろに護衛然としているもうひとりの青い髪の人間族の女性は……。
「シ、シモン=マルエダだ……。ところで、そちらは、もしかして……」
挨拶もそこそこに、シモンはロウの後ろの青い髪の女性に見入ってしまった。
シモンも、回数は多くないが、父の辺境候の名代として、幾度も王都には赴いたことはある。
だから、有名だった王都神殿の三巫女の顔くらいは、よく覚えている。
シモンの記憶が確かなら、髪型と髪の色は違うが、そこにいるのは、王都の第三神殿長のスクルズではないだろうか……。
だが、王都でルードルフ王に処刑されたという話であり……。
まさか、ここにいるはずは……。
「スクルドのことですか? 俺が飼っている奴隷女ですよ。まあ、お気になさらずに」
ロウがにこにこと微笑んで言った。
「ご主人様の奴隷女です」
すると、そのスクルドが満面の笑みを浮かべて言った。