【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「スクルド?」
思わずシモンは繰り返した。
これだけ似ている女を他人のそら似と言い切るわりには、名前が“スクルズ”ならず、“スクルド”と名乗るのは、さすがに馬鹿にしているのかと思った。
だが、どういうこと?
シモンは唖然とした。
王都においてルードルフ王がやった一連の蛮行で伝え聞いているもののうち、悪評の声がもっとも大きいものが、民衆の人気が高かった第三神殿のスクルズの処刑だ。
あの愚王は、好色の度合いがついに振り切れたのか、第三神殿の若き神殿長のスクルズを王宮に呼び出し、妾になるか、ここで処刑されるのがいいかと迫り、スクルズは王の目の前で毒杯を呷ってみせたという。
シモン自身は、それに接したわけではないが、王都ではその情景が「映録球」に記録されて、王都中に出回っているという。しかも、毒を飲んで自殺したスクルズの死骸を国王は、全裸で磔にして晒し、そのため、怒り狂った民衆が暴動を起こして、王宮を囲みそうになったとまで聞いていた。
また、さすがに、これは本当のこととは信じられないが、その磔になっていたスクルズは、暴動を起こそうとしていた民衆の目の前で天空神によって上天され、怒り狂っていた民衆の心を鎮めたそうである。
王都から伝えられる「聖女」スクルズの話は、西の辺境においても神の奇跡として、激情とともに王都からやってきた者たちによって広められている。
さらに、耳にしているところによれば、「聖女スクルズの昇天」は、さすがに王都では避けられているが、王都周辺の都市において、早くも演劇などがあちこちで上演されているようだ。
シモンは、それほどまでに民衆を驚かせたらしい「スクルドの昇天」について、是非とも調べてみたいとも考えていた。
いまは、その余裕がないが、いずれ落ち着いたらと……。
それほどに、不思議な話だった。
だが、そのスクルズが目の前に……?
まあ、スクルドとは名乗り、別人と称しているが……。
「ちっとも納得してないわよ、スクルド……。髪の色と髪型が変われば、あんただと気づかれないって言ったじゃないのよ。仮面被るか、なんとかリングをつけて、顔を認識できないようにした方がよかったんじゃないの」
「まあ、そう言わないでください、コゼさん。問題ありませんよ」
スクルドという奴隷女だと名乗ったスクルズが言った。
横で最初に、スクルズに不平のような言葉をささやいたのはコゼだ。
ロウについて、シモンは自らの能力の限りを尽くして調べさせたが、おそらくコゼは逃亡奴隷だ。
二年ほど前に、こことは違うナタル森林との出入り口である国境監視所のあるドロボークの城郭でマニエルという商人が惨殺されるという事件が起こっている。
そして、それに関する後日の捜査で発覚したのは、マニエルの裏家業を手伝っていたアサシン女が惨殺の夜からいなくなっているということだ。
マニエルがあがなった童女奴隷であり、マニエルはその少女に徹底的な暗殺術を仕込んで、自分に敵対する相手やその家族を暗殺させていたようなのである。
その悪徳商人マニエルの懐刀のような少女だ。
しかし、一方でその奴隷アサシンをマニエルは自分の部下たちに犯させるのを許し、その男たちから、女アサシンは「厠女」として数年にもわたり陵辱され続けていたのである。
王軍の調査そのものは、それ以上はなされていないが、誰がどう考えても、その女アサシンがなんらかの方法でマニエルからの隷属から解放され、マニエルが女奴隷から復讐をされたと考えるべきだろう。
そして、シモンは、ほかの様々な情報から、その逃亡した女アサシンこそが、コゼではないかと考えている。
だとすれば、あのマニエル殺害事件に、ロウは関与していたということにもなるが……。
いずれにしても、何十人もの男たちの全員がほぼ一撃で殺されるという凄まじい事件だ。
とんでもない腕のはずだ。
しかし、目の前のコゼには、そんなアサシンとしての陰のようなものは見えない。むしろ、陽気そうで無邪気そうな女だと思った。
いまも、スクルズにかけた口調は、詰ったというよりは、
「あんたの“問題ない”は聞き飽きたわよ。もう信用しないから……」
ぶっきらぼうに言ったのはエリカだ。
ロウとともに、
もっとも、コゼもシャングリアも、もちろん、スクルズも大した美女だ。
もちろん、ロウの横に座っている女も……。
女……。
いや、この魔力は……?
もしかして?
シモンは動揺してきた。
男爵からは、ロウと一緒にいるのは、エルフ族女王のガドニエル本人だとは言われていた。ロウに惚れ込んだ女王が、片時もロウから離れたくなくて、お忍びでハロンドール王国への帰還についてきたのだと……。
あり得る話ではなく、なにかの目的のために、女王に扮するエルフ女を連れてきているのだと確信はしていたが……。
しかし、すさまじい魔力だ……。
シモンも、多少なりとも魔道は遣うので、面した魔力の高さや、魔道遣いとしての格はすぐにわかる。
これはすごい……。
上級魔道遣いというレベルではない……。
神レベル……。
シモンは、知らず身体が怯えで震えてしまっていた。
そして、おそらく本物だ……。
あれだけの魔道力……。
それを持つ偽者を連れてくる方が難しい。多分、本物のガドニエル女王……。
世界最高の魔道遣い……。
「あら、ガドさん、魔力が漏れてますわよ。お相手の方が怖がられてますわ」
自称スクルドの女がにこやかに言った。言葉の内容のわりには緊張感のない口調と態度だ。
「もちろん、わかってやっておりますわ。なにしろ、ご主人様の敵でおられるのですよね。もしも、不審なことをすれば、今度こそ、コゼさんよりも早く退治するのです。ガドもご主人様に褒められたいですし」
「馬鹿ねえ。殺気なんて出すのは二流よ。殺気を制御して、にこにこ喋りながらさくっと喉を切り裂くのが本物なのよ」
コゼが笑った。
もしかして、シモンたちを殺すことを話しているのか?
そして、コゼについては、わざと挑発するようなことを口にして、出方を探っている?
シモンは、無邪気そうな物言いに混ぜているコゼの危険にやっと気がついてぞっとした。
そして、気持ちも変わった。
ここに来る直前までは、どうにかしてシモンは、ロウを部下にするか、できればロウが集めた女部下たちをシモンが奪えないかと考えていた。
しかし、こうやって面と向かってみると、シモンの手に収められるような女たちではない気もしてきた。
もちろん、そういう傑物たちをうまく遣うのが、一流の人間の器というものだろうが、こうやって目の前で相対してみると、自分には手に余るという気持ちが強くなった。
そういう勘がきくのも、シモンの取り柄である。
ここは欲張らないことも必要かもしれない。
シモンはとっさに頭を切り替えた。
しかし、おそらく本物のアサシンだと思うコゼ……。
そして、やはり、本物だと思うガドニエル女王……。
大陸でも数名でしかいないソロで
もちろん、女騎士シャングリアも王都で名の知られた女傑である。
いずれにしても、これだけの女を従えているロウというのは何者だ?
根拠もなく侮っていた自分を心の中で叱咤し、シモンは謙虚に彼に接することに決めた。
すると、向かい合っているロウがくすくすと笑いだした。
「お前ら、お喋りだなあ。交渉にもなんにもならないじゃないか。いきなり殺気の話なんてするやつがあるものか。シモン殿が戸惑っているじゃないか」
ロウが言った。
すると、女たちがしゅんとなった感じで大人しくなった。
これにも驚いた。
だが、そのロウが不意に、鋭い視線をシモンに向けてきた。
「……女たちには勝手に動かないことを命じましょう。だから、そっちも迂闊に手を出さないことですね。魔道封じに、痺れ剤の針に、致死性の毒のついた短矢。暗器もたくさん揃っている。操り術のたぐいを封じる宝具は全員装着ですか……。そっちの左の護衛殿は火のついた短銃も隠してますね。うまく隠しているつもりでも、その膨らみと火薬の香りでどうしてもばれますよ。なによりも、コゼの言い草じゃないけど、殺気がみなぎりすぎている。もしかして、辺境候の使者ではなく、俺を捕らえるか、殺すつもりで来ましたか?」
ロウが微笑みを浮かべたまま言った。
シモンは驚いてしまった。
慌てて振り返る。
護衛たちが慌てている。シモンも護衛たちがどれだけの武器を隠しているのかまでは承知していなかったが、どうやら、この感じだと完全に言い当てられてしまったみたいだ。
改めて驚いた。
本当にロウは何者なのだ?
唖然とした。
女たちの誰かが、なにかの術で見破って教えて感じはなかったが……。
もしかして、ロウの周りの女はすごいが、ロウ自身は大したことはないという事前情報が誤っていた?
確かに、シモンもそう思いかけてはいるが……。
シモンは嘆息した。
「気を悪くしないでくれ、ロウ殿。彼らは護衛だ。自分たちの任務を全うしようとしているだけで他意はない。彼らの仕事は俺を護ることにあるのでね」
「そうですか。では、そういうことで……。あなたたちが不用心なことをしなければ、俺の女たちも動かないでしょう。彼女たちもまた、俺を護ろうとしているだけなんです」
ロウが言った。
すると、ずっと見守っていたモーリア男爵が咳払いをした。
「とにかく、座りましょうか」
男爵が言った。
これまでずっとお互いに、最初の挨拶のために立ったままだったのだ。
シモンは示された席に座り、ロウもそれに倣う。
だが、驚いたことにモーリア男爵は立ったままだ。しかも、ロウの護衛のように、後ろに侍っているロウの女たちとともに、ロウを護るような位置についた。
「男爵、腰掛けください。話が進みませんよ」
ロウが苦笑している。
「まさか……。閣下に剣を授けながら同席など……。それに、このユンケルは、強さではエリカ殿たちには及びませんが、閣下に危害を加えられるのであれば、盾くらいにはなれましょう。どうかこのままで……」
「シモン殿は、もうなにもしませんよ。そうですね?」
ロウが苦笑したままシモンを見る。
シモンは頷く。
それにしても、いまモーリア男爵は、ロウに剣を捧げたと言ったか?
それとも、聞き間違い?
「もちろんだ。クリスチナ、護衛をさげさせろ」
とにかく、シモンは隣の婚約者に言った。
護衛を束ねているのは、このクリスチナなのだ。
クリスチナが目を険しくした。
「はあ、なに言ってんのよ、シモン殿──。あんたもわかってるんでしょう。こいつらは、かなりの手練れよ。わたしひとりじゃあ、あんたを守れないわ──」
クリスチナが怒鳴った。
だが、シモンは首を横に振った。
「クリスチナこそ、わからないのか? 護衛たちがいようがいまいが、ロウ殿は俺を殺そうと思えば殺せる。そうだろう?」
シモンはクリスチナを見て、さらに、ロウに視線を向けた。
「さあ、どうでしょう? ただ、俺になにかがあれば、容赦はしないでしょうね。俺には過ぎた女たちです……。それと護衛をさげる必要はありませんよ。俺については、一緒にいてくれる女たちから離れることはありませんし。お好きなようになさってください」
ロウが言った。
堂々としている。
これは絶対に自分は安全だという余裕だと思う。
確かに、それくらいの圧倒的な力の差がシモンの護衛と、ロウの後ろの女たちにはある。
クリスチナもお互いの力量の違いはわかったのだろう。
小さな舌打ちをした。
「いいわ。さがりなさい」
クリスチナが護衛たちをさがらせた。
シモンは頷いた。
護衛たちをさげさせたのは、ロウたちに対して、こちらに悪意はないということを示す必要があったのと同時に、まだ会ったばかりだが、シモンは目の前のロウという人間を不思議にも気に入りかけていたからだ。
最初に殺気をぶつけ合ったのが、シモンの護衛が先なのか、ロウの女たちが先なのかは知らない。
だが、その中でひとり泰然としているロウは、随分と図太い心をしているみたいに思えた。
それが単なる見栄なのかわからないが、シモンはこういう懐の大きそうな男が嫌いではない。
シモンは口を開いた。
「腹を割って話したい」
「わかりました」
ロウがにこやかに頷く。
その笑顔もいいな。
シモンは思わず、口元が綻ぶのを感じた。
「ロウ殿、最初に言っておく。我らは、あなたたちに手を出すつもりはない。ただ話をしたいとは思っている。これは、俺の父である辺境候のクレオン=マルエダの意思である」
「話……ですか?」
「そのとおりだ。ロウ=ボルグ殿……いや、ロウ=サタルス殿、辺境候に会いに来られたい。辺境候が……いや、父がそれを望んでいるのだ」
「辺境候が?」
ロウが少し驚いている。
シモンはにやりと笑った。
「いや、辺境候ではなく、父がだよ、ロウ殿……。そして、ロウ殿がそれを約束すれば、ロウ殿の女だと称しているピカロとチャルタのふたりの魔族の処刑は延期される。ロウ殿は着くまでは……」
「もしも、断ったら? なにしろ、俺の女たちは、俺が辺境候のところに赴くことに反対をしているでね。のこのこと辺境候の軍に俺が行けば、捕まりにいくようなものだと……」
「まあ、懸念はもっともだと思う。しかし、我らがすでに王家を見限っていることは耳に入っているのだろう? ハロンドール列州同盟……。俺たちは王家に叛乱を起こすことに決めた。だから、あなたに手を出すことはない。その理由もない」
「よくわからないですね」
ロウは言った。
シモンは肩をすくめた。
「我らも愚かじゃない。ピカロとチャルタと名乗るふたりの魔族は、確かに辺境候をはじめとして主立つ重鎮を操っていた。それは大罪だ。しかし、調査の結果、ふたりを送り込んだのは、王家そのものだということもわかっている。捕らえているふたりを即刻処刑してもよかったが、ロウ殿の名を出したので、父が待ったをかけたのだ。父はロウ殿に前から会いたがっていたしね。もしかしたら、ふたりを捕らえていれば、ロウ殿がやってきてくれるかもしれないと考えたみたいだ」
「俺に会いたがっていたと? なぜです?」
「さあね。あの姉のアネルザを躾けたという男を一度見たかったんじゃないか」
シモンは笑った。
マルエダ家の長子である現王妃のアネルザは、弟のシモンが見ても、気が強いだけの愚物だった。王があれなので、比較問題として、王の代わりに政務を執るアネルザが多少は評価される面もあったが、シモンにしてみれば、好色のルードルフ王に当て付けて、王妃専用の奴隷宮を作るなど、馬鹿げた蛮行としか考えられなかった。
ただ、そのアネルザが突然に奴隷宮を解散させ、さらに政務の評判もよくなり、王妃を見直す声が高くなってきたのだ。
キシダイン事件の頃であり、父親の辺境候は表向きには無関心を決め込みながらも、かなりアネルザのことを気にしていたのを感じていた。
そして、その裏にいたのがこのロウだったのだ。王妃が一介の冒険者を愛人にしているという評判にシモンは鼻白んだが、そういえば、父親はむしろ当時、上機嫌だった気もする。
いまのいままで忘れていたが、もしかして、父の辺境候は、あのときから、姉のアネルザを変えたと考えられるロウに興味を抱いていた?
それはともかく、当のロウは困惑した表情をしたままだ。
「まあいい。とにかく、俺が命じられているのはここまでだ。来るのか、来ないのかの返事が欲しい。来ないのであれば、それでも構わない。俺が辺境候に魔道通信で、その返事を送る。ふたりの処刑は即刻実行されるだろう」
シモンは言った。
すると、ロウが嘆息した。
「なぜ、俺が関与してないと考えているのです? そのふたりは確かに俺の女のひとりです。ふたりも、そう口にしたはずですけど?」
「俺たちは愚かじゃないと言ったはずだ。ふたりが送られてきた時期に、すでにロウ殿たちは王都にはいなかった。そういう罠を仕掛けたのは王宮だ。それは間違いないのだ。さらに、ロウ殿たちは、その王宮から処刑命令を与えられた。だから、ロウ殿があれを仕組んだというのは辻褄が合わない。どういういきさつがあるのかわからないが、少なくとも、ロウ殿たちは今回のことの主犯とは考えられない。あなたたちを殺せば、王宮は喜ぶのだろう。そのための罠だとさえ思っている」
「もうひとつ、教えてください……。実はこれが不思議だったんですけど、どうやってふたりの操りを見破ったんですか? 性格はともかく、あれでなかなかに実力はあった者たちだと思っていたもので……。もしも、彼女たちを見破った方法を秘密にしたいなら、別にいいですが」
「いや、秘密は秘密だが、ロウ殿は話してもいい。父からはそう伝えられてるしね……。実は、当の王宮から情報のたれ込みがあったのだ。二人の魔族が入り込んでいるとね。首謀者はロウ=ボルグであり、二人の魔族とともに、ロウを処刑すべしという命令が来たのだ。魔族殺しという魔族を無力化する秘薬まで送りつけてきた」
「王宮から?」
ロウが声をあげた。
心の底から驚いてるようだ。
「えっ、どういうことだ?」
「サ……いえ、王宮がピカロたちを売ったということ?」
シャングリアとエリカだ。
ほかの女たちもわけがわからないという表情をしている。
「しかし、調査をしたら、辺境候たちは確かに操られていた。しかし、同時にに魔族を送り込んできたのは、その王宮だともわかった。それが、今度は一転して、魔族の情報を漏らして、ロウ殿を捕らえて殺せと命じてきたということだ。我らが馬鹿でないと言ったのはこのことだよ……。さて、こっちは随分と腹を割って話したぞ。返事が聞きたい。辺境候領に来てくれるのか。それとも、否か」
シモンは言った。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
すると、クリスチナが口を挟んだ。