【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
そのときだった。
廊下の燭台が大きく揺れた。
外からの光のない地下層だ。燭台の光がなければ真っ暗なため、廊下のあちこちには多くの燭台が置いてあるのだが、それが一斉に揺れたのだ 。
しかし、風なんて吹いていない。
いや、揺れただけでなく、全部が同時に消えてしまった。
一瞬にして、真っ暗になる。
さすがのシズも混乱したが、続いて、どさどさと人が倒れる大きな音が連続して起こったと思った。
すると、光が戻る。
そばに、燭台を持った見知らぬ若い娘が立っていた。その女が手に持っていた燭台に火をつけたのだ。
肌も露わに、乳房と腰回りだけを隠した煽情的な格好をしていて、一見してシズと同じ娼婦だとわかる。
しかし、顔はわからない。
もともと、娼婦同士の交流などなく、シズも顔を知る娼婦などひとりもいない。
廊下のほかの燭台は火が消えたままなので、夜闇の中でぼんやりと光が灯る感じだ。
まだ、暗すぎて周囲がよく見えない。
だが、足元に、ふたりの男衆とネット夫人たち三人が転がっているのを見つけた。泡を噴いて身体を震わせていた。よくよく見れば、全員が四肢の関節を外されてしまっている。しかも、顎まで外されて、わけのわからない呻き声をあげている。
シズは驚いた。
また、ほかの女たちは無事だ。ミリア、ローヌ、ルカリナがさっきと同じ場所に立っているのはわかった。ただルカリナについては、ローヌを庇うように、注意深く警戒をしている。
ただ、三人とも、なにかをされたような気配はない。
「まあ、ケイトね」
ミリアが嬉しそうに声をあげた。
ケイト?
ああ、ミリアと一緒に、この娼館に潜入したという娼婦だ。彼女がそうなのかと思った。
栗色の髪をした可愛らしい女だ。十七、八歳くらいだろう。
「はい、ミリア様……。安心しました。お元気ですね?」
「まあね。あんたも大丈夫だった?」
「まあ、なんとか……。色々と勉強になったというか……」
ケイトと呼ばれた娼婦は困ったような笑みを浮かべている。
やっぱりふたりは親しそうだが、どちらかといえば、幼いミリアの方が立場が上な感じだ。
すると、不意に闇の中に人の気配がしたと思った。
「なにやってんのよ──。こいつらは、あんたらを言葉で“命令”できるからね。だから、顎まで外してやったのよ。意味のある言葉で身体を制御させられる前に、布でもなんでも口に突っ込みなさいよ。そうでなければ、首でも絞めて、全員殺しなさい。どっちでもいいわよ」
声は暗闇の中から聞こえた。
シズは、そこに人がいると思わなかったので、びっくりした。
慌てて、身を守る体勢をとる。
すると、声がした方向から笑い声がした。
目を凝らすと、やっとそこにぼんやりと人影が見えてきた。
上から下まで、黒い装束に身を包んだ女だ。しかし、顔に仮面をつけている。
「ねえ、こいつらに、なにをしたの?」
シズは思わず言った。
五人を闇の中で倒したのは、この仮面の女に間違いない。ケイトなど、ほとんど武芸の心得えはないだろう。
一方で、よくよく見れば、とにかく、床に倒れている連中の様子は異常だ。
全員が恐怖そのものに囚われたように、顔を真っ青にしてがくがくと震えている。しかも、全員が失禁していた。
これは、関節を外されたことだけでない気がする。
「見たとおりよ。関節を外してやったのよ。無力化するために、心の中の恐怖を一度に増幅してやったけどね。まあ、関節は戻せても、毀れた心は戻せないかもね。お礼はいいわよ。修行の終ったミリアたちを連れ戻すついでだから」
仮面の女が言った。
「修行?」
「ついでにね。こういうことも、性奴隷としての教育の一環なのよ」
仮面の女が笑った。
なにを言ってるのだろう。ふたりは性奴隷?
まあいいか。
「それで、心を毀すとは? ちょっと、変なんだけど?」
五人はなにか見えないものに怯え続けているように感じる。
「まあいいじゃない。それにしても、なにをしたかわからないなんてエルフ族のくせに、夜目が効かないの?
すると、仮面の女が揶揄するように言った。
シズは自分の顔が赤くなるのを感じた。
エルフ族の見た目をしているが、シズには本来のエルフ族に備わっているべきなんの力もない。
夜目は効かないし、身体の丈夫さや持久力だって、純血のエルフ族とは程遠い。魔道の力もない。見た目以外は、ただの人間族なのだ。
エルフ族だと言われるたびに、何度、見た目が人間族だったらよかったと思ったかしれない。
「ハーフ・エルフよ……。エルフ族の力はないわ」
シズは仮面の女に言った。
すると、その女が肩をすくめるのがわかった。
いまは、やっとその女を知覚することができてきた。闇の中に隠れていただけでなく、おそらく、ずっと気配を消していたのであろう。
だから、わからなかったのだ。
それにしても、あの一瞬で五人もの男女の関節を外してしまう技など、大した腕である。
「あっ、そうなの……。まあ、だけど隙だらけだったのは確かね……。ほら、ケイト、ミリア、こいつらの口を塞ぎなさい」
仮面の女がミリアたちに声をかける。ふたりがすぐに動きだした。
「わかりました。ほら、これ使って、ケイト」
ミリアがそばにあった荷から、掃除用だろうと思う布切れを何枚か出して、ケイトに渡したのがわかった。
倒れている者の口の布を詰めろという仮面の女の指示を実行しようというのだろう。
ふたりが動き出す。布をびりびりと破って、倒れている者たちの口の中に突っ込んでは、上から縄で縛って猿ぐつわをしていく。縄も持っていたみたいだ。
「わ、わたしも……」
ローヌも動き出そうとした。
しかし、ルカリナが腕を伸ばして、それを阻む。
「動く……だめです、ローヌ様。彼女が何者か……わからない」
ルカリナだ。
あまり上手には言葉が喋れないみたいだ。
用心深く、仮面の女を睨んでいる。
「あら、ご挨拶ねえ。助けてあげたのに。まあ、どっちでもいいけど。ここに潜入したのは、テレーズ母娘を助け出すのが目的だしね。そっちはもう助け出して、詰所に隠れさせているわ。あとはみんなで外に出るだけし」
仮面の女が笑いながら言った。
すでに、テレーズ=ラポルタ母娘を救出した?
もしかして、詰所というのは、コンシェルや男衆のいる部屋のことか?
あそこには、護衛のような者たちも含めて、二十人以上の男がいるはずだが……。
だが、はっとした。
そういえば、さっきここに男衆がやってきたとき、異常なほどに顔色が悪かった。もしかして、男衆の口にする飲み物かなにかに細工でもしたのだろうか。
「テレーズって?」
ルカリナは首を傾げている。
当然だが、誰のことだがわからないみたいだ。
「だけど、さっきの話によれば、もしかして、その布のお嬢さんは、ロクサーヌ大公なの? どうしてこんなところにいるのか知らないけど、もののついでだし、外に出るだけなら、一緒に連れていくわよ。その奴隷の首輪もなんとかしてあげるわよ」
仮面の女が言った。
首輪をなんとかできる──?
シズは、仮面の女に詰め寄る──。
「い、いまの本当──? 連れていって──。お願いよ。なんでもするわ。あと、連れがどこかに監禁されているの──。お願い──。いえ、お願いします──。助けてください──。お願いします──」
シズはその場に土下座した。
恥も外聞もない。
そんなことはどうでもよかった。
ここから助けくれるなら、なにをしてもいい。
シズは必死に頭を床に擦りつけた。
「あらあら、必死ねえ。だけど、助けてくれるなら、なんでもするなんて、簡単に言わない方がいいわよ。それで、どれだけあたしが苦労したか……」
仮面の女が呆れたように言った。
「終わりました──。それと、私からもお願いします、ターナー様。シズさんはさっき、わたしを助けようとしてくれました。わたしの代わりに蹴られもしたのです。一緒に連れていってあげてください」
すると、ミリアが言った。
ふと見ると、倒れている全員の口に猿ぐつわを付け終わっている。
一方で、仮面の女が盛大な溜息をついた。
「……ミリア、お前、迂闊にあたしの名を口にするなって、何度言えば覚えるのかしら? 戻ったら折檻よ。最初の調教からやりなおしだからね」
やはり、仮面の女は、ミリアが口にしてたターナーのようだ。
「ええ、そんなあ……。言いつけ通りに頑張りましたわ。気持ち悪かったけど、たくさんの男の性器も舐めました。ターナー様の命令に従って、こんな苦役に耐えましたのに」
ミリアががっかりした声を出した。
「あたしの性奴隷があたしの命令に従うのは当たり前でしょう。それに、男を覚えるのは、苦役じゃないわよ。修行だと諭したでしょう。いまのうちに、男のろくでなし度を覚えれば、うっかりと男にのぼせあがって失敗しなくて済むのよ。ケイトなんて、この十日で、股だけじゃなくて、口でも尻でも男を受け入れられるようになったそうよ。それに比べれば、お前はまだ口だけなんでしょう。とにかく、脱出したら折檻よ」
仮面の女が言った。
「えええ……でも……」
「でも、じゃないわよ」
ターナーがぴしゃりと言った。
しかし、シズとしては、それどころじゃない。
もしかしたら、これが千載一遇どころか、唯一の脱出の機会かもしれないのだ。
「ね、ねえ、お願いします。この奴隷の首輪をなんとかしてください。このとおりです」
シズは再びターナーという女に向かって土下座をした。
よくわからないが、このターナーは、この首輪をなんとかする手段があるようだ。
どうにかして、首輪だけでもなんとかしてくれたら……。
「ふうん……。なんとかして欲しいの、ええっと、シズだっけ? まあ、
ターナーが闇娼館の総支配者のブレイドのいる場所を教えてくれた。
やっぱり、この闇娼館は完全な地下にあり、ゼノビアとブレイドは、その地上に近い場所にいるみたいだ。シズは目を輝かせた。
「あ、ありがとう」
床に手を付いたまま言った。
これで、ゼノビアを助けられる。
「あんたらは? あたしはどうでもいいのよ。さっきも言ったけど、ここに潜入したのは、女伯爵母娘を助け出すためなの。あたし自身が隷属の呪術を掛けられていた時期とはいえ、ここに放り捨てたのはあたしだし、そのままじゃあ、目覚めも悪いしね」
ターナーが言った。
このターナーが女伯爵母娘をここに捨てた?
本当?
しかも、いまの言葉によれば、このターナーもまた、誰かの奴隷だった物言いだが……。
シズはびっくりした。
「連れていってください。ここはいい隠れ場所かと思っていましたが、ルカリナがつらい目に遭っているとは知りませんでした。ここを出ます」
すると、ローヌが決断したように、きっぱりと言った。
仮面をつけているターナーがローヌを見る。
「ふうん、やっぱり、みんなが捜している大公閣下なの? まさか、闇娼婦に紛れているなんてねえ……。もしかしたら、わざと奴隷狩りに捕らえられた?」
「わざとではありませんしたが、いい隠れ場所と考えたのは事実です。でも、逃げます。連れていってください。どうか、わたしたちの首輪を……」
やっぱり、行方不明になっているロクサーヌなのだと思った。
そりゃあ、探してもわからないはずだ。
こんな闇娼館の世話女に紛れているなど……。
「わかったわ。じゃあ、あんたら、あたしに奴隷の誓いをしなさい」
ターナーが言った。
「えっ?」
「え?」
シズとローヌから絶句の声が同時に漏れる。
目の前のターナーの奴隷になる?
どうして?
すると、ターナーがけらけらと笑った。
「なに迷ってんのよ。これでも、隷属魔道は知っているわ。そして、あんたらの首には奴隷の首輪がある。普通は無理だけど、あたしの力なら強引に上書きして、奴隷の主人を書き換えることができるわ。それくらいにあたしの能力が強いしね。助け出す代わりに、あたしに隷属しなさい。そうしたら、助けてあげるわ。あんたら、強そうだから欲しいわね。そういう点ではミリアもケイトも役に立たないしね」
ターナーが笑う。
「一瞬にして、五人を制圧するような女がまだ、強い部下を必要なのですか?」
シズは思わず言った。
「あたしは、そんなに強くないわよ。まあ、相手を無力化できたのは秘密があるのよ。一応の時間をかけてたし、十分に術を施す時間があったのよ。まあ、奴隷になれば教えてあげるわ」
仮面越しだが、ターナーが笑ったのがわかった。
なんとなくだが、随分と陽気で明るい性質みたいだと感じた。
いずれにしても、ここの娼館から救い出す代わりに、今度はこの仮面女の奴隷になれと……?
しかし、迷いはない。
シズは、自分の直感を信じることにした。
いや、信じたい。
ゼノビアを助けるためだ――。
「わ、わかった……。いえ、わかりました。隷属魔道を掛けてください」
シズの言葉に、ターナーが頷いた。
「あんたらは? 大公様はついでたけど、獣人が奴隷になってくれるのはいいわね」
ターナーがローヌたちを見る。
「必要、ない」
そのとき、ルカリナが自分の首の首輪に両手を持っていき、強引に引き千切るようにして、首輪を毀し外してしまった。
なんという馬鹿力だと思ったが、それよりも奴隷の首輪を奴隷自らが壊せるなんて、聞いたことはない。
シズは唖然とした。
「ええっ? 実は、隷属には掛かっていなかったってこと? どうやって、ここの連中を誤魔化せたの? 驚きねえ。あんた、魔道遣い?」
「固有能力で……。あ、あたし、普通の魔道、遣えない。で、でも、かかってない、魔道、かかってるように、見せかける、できる。大抵の、魔道遣い、見抜けない」
言葉がたどたどしくて、聞き取りにくかったが、つまりは、このルカリナには獣人族としての特殊能力で、実際には掛かっていない魔道をかかっているように見せかけることだけはできるようだ。
それで、隷属魔道を掛けられる前に、かかったように見せかけて誤魔化したということ?
そんなことができるのか?
シズは首を傾げた。
だが、ルカリナはローヌの首にある首輪にも手を伸ばして、力で壊してしまった。
もしも、隷属がかかっていたら、あんな風に壊し外すことはできない。
壊す前に首輪が締まって、奴隷になっているものを殺してしまうのだ。それができるということは、隷属魔道を刻むことには成功していなかったってことだ……。
「ほっ、これは驚いたわね」
ターナーが呆れたという声を出した。
そして、シズを見る。
「まさか、あんたも実は奴隷の首輪は効いてないという落ち?」
「いいえ、隷属を誓います。受け入れます。だから、どうか助けてください」
シズは言った。
心からそう思った。
ターナーが仮面をつけている顔を頷かせるのがわかった。
「お前から申し出たお前の支配を受け入れるわ。お前はあたしの奴隷よ──」
ターナーが満足そうに言った。
その瞬間だった。
ぱりんと音がして、なぜか首輪が弾き飛んでしまったのだ。
シズは驚いた。
「あんたも? なんで隷属が反発し合ったの? こんな通常レベルの隷属の首輪くらい、あたしの魔道で簡単に上書きできるはずなのに──。あのブレイドは、あたしの魔道を弾かせるような術者じゃいのよ──」
ターナーは叫んだ。
なにがどうなっているか知らない。
しかし、シズにとっては、奴隷の首輪が外れたという、その事実だけが重要だった。
「だったら、さっきのあれは、やっぱりなしよ──。でも、感謝するわ。命と縁があったら、恩を返すから──」
シズはその場を飛び出した。
向かうのは、ゼノビアのいる場所だ。
階段のある場所は見当はついている。
そこに駆けだす。
後ろからターナーたちの叫び声がしたが、シズは完全に無視した。