【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「はいい?」
シズは驚いた。
そして、唖然とした。
もう仮面を被り直したが、目の前のターナーと名乗る女の顔は、シズたちのクエスト対象者だったテレーズ=ラポルタ女伯爵そのものであり、まったく同じだったのだ。
そういえば、身体つきも同じだ。
テレーズ=ラポルタ女伯爵といえば、ハロンドール国王のルードルフ王を
ミランダからは、そのテレーズ=ラポルタは偽者であり、本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵は罠に陥って行方不明であると説明され、いなくなった本物の女伯爵を捜索して、救出して連れ帰れというクエストを申し渡されていた。
ギルド指名クエストであり、シズたちに拒否権はなく、すぐに調査のための旅を開始したが、正直、半信半疑だった。
そもそも誰が信じられるだろうか。
王宮の女官長として入る予定だった女伯爵を娘の令嬢ごとさらい、それに入れ替わって王宮で国王を虜にし、贅を尽くして悪政を極めるなど絵空事だ。
そんなことが可能なら、ハロンドール王国の王宮の警備は隙だらけということであり、あまりにもお粗末すぎる。
だが、本当だった。
王国の南部地域に属するラポルタ領を調査すると、確かに、高貴な身分の女性たちが誘拐され、このカロリック公国に連れ去られた痕跡が存在していた。
そして、それを追跡して、カロリック公国の公都にある闇娼館に辿り着くと、本当にその娼館に女伯爵たちが存在したのである。
ところが、いまここに、本物のラポルタ女伯爵に瓜二つの女がいる。
さらに、ターナーが快活に説明するところによれば、目の前にいるターナーこそが、ハロンドールの王宮でルードルフ王をたらし込んで国政を大混乱に導いたテレーズ=ラポルタなのだという。
とてもじゃないが、シズには信じられることではなかった。
「だ、だって、どういうことなのさ? あんたが偽者の女伯爵をやっていたって……。だけど、王都のテレーズ=ラポルタはいなくなっていないわよ」
ゼノビアだ。
シズ同様に驚いている。
しかし、シズもそうだが、ゼノビアもまた、目の前の仮面女のターナーの言葉が嘘を言っているように思えなくなっているに違いない。
そもそも、こんな馬鹿げた嘘を吐く必要などない。
「それは知らないわね。あたしの悪名をサキが利用したがったんじゃないの。そういえば、そんなことを口走ってたしね」
ターナーが笑った。
仮面のために表情は見えないが、随分と愉しんでいるみたいに思った。
さっきから随分とよく笑うし、陽気だ。
だから、どうしても、王都中の憎悪を集めている希代の悪女のようには思えないのだ。
「サキ?」
ゼノビアが不審な表情になる。
「あら、サキを知らないの? 国王の寵姫よ。そして、ロウ殿の女のひとりね」
ターナーが笑った。
国王の寵姫がロウの女?
そんな馬鹿なとは思ったが、考えてみれば、王妃も王太女も、その侍女や護衛長などまでロウの女なのだ。
みんなハロンドールからナタル森林に向けてロウが出発するときには、見送りにきていた。
寵姫くらいロウの女でも不自然ではないか……。
「わかったわ……。とにかく、話を戻すわね……。あたしたちに路銀を融通してくれるし、国境越えの手段も整えてくれる。その代償は、ロウ殿にあんたを紹介する口利きをすること……。それでいいのね?」
ゼノビアが言った。
だが、シズは不安だ。
あのロウは、あれでなかなか自分の女たちを大切にしている。だからこそ、女たちもロウを慕っていた。
もしも、このターナーが王都を混沌に陥らせたテレーズ=ラポルタなら、ロウが許すとは思えないのだ。
それどころか、そのターナーに与したとなれば、シズたちもまたロウの憎悪の対象にならないだろうか……。
とにかく、シズはもうロウに敵対して、怖い思いをするのは嫌なのだ。
「ね、ねえ、ゼノビア……。無理よ……。ロウ様は許さないわ。彼女があの王都の悪女なら、きっとロウ様は怒る……。間違いないわ……。王都の貴族令嬢を集めて陵辱したり、あのスクルズを死に追いやったり……。ロウ様は自分の女に手を出した者を許さないの……」
シズは思わず両手で自分の身体を抱いた。
エリカに手を出しただけで、あんなにロウはシズたちに怒りを示したのだ。
あの女神殿長は、とてもロウと親しそうだった。
そして、ロウも可愛がっていた。
だから、その死に関与した偽のテレーズ=ラポルタ、すなわち、ターナーをロウは許さないに違いない。
こんな女に関われば、ロウの怒りがまたシズたちを襲ってくる。
怖い……。
「黙って、シズ──」
ゼノビアがシズを睨んだ。
シズはびくりと身体をすくめた。
多分、ゼノビアはとりあえず、仮面女のターナーを適当に言い含めてでも、ハロンドールに戻る路銀を手に入れたいのだろう。
だから、シズに黙れと言っているのだ。
でも、シズはロウを敵に回すようなことをするのが怖いのだ。
しかし、そのとき、ターナーが笑い声をあげた。
「スクルズって、あのおかしな女巫女のことでしょう? 死んでないわよ。そもそも、貴族令嬢を集めて、ロウ殿に贈る後宮を作ろうとしたのは、そのスクルズとサキよ。少なくとも、あたしは、ロウ殿の女には手を出したつもりはないわね……そりゃあ、あのサキはちょっとばかり揶揄ってやったけど……。だけど、許容範囲じゃない」
ターナーげけらけらと笑い続ける。
だが、スクルズが死んでいない?
本当?
「死んでない?」
「ええ、そう」
ターナーがシズが思わず洩らした疑念に、笑って応じる。
「よくわからないけど、ロウ殿とあんたとの仲を取り持てばいいのね。わかった。任しておいて。これでも、ロウ殿とあたしたちは親しいのよ」
ゼノビアがどんと自分の胸を叩く。
「セックスもね。あらゆる女を虜にする性の技も味わいたいわあ」
ターナーが冗談めかして言った。
「わかった──。セックスだね。任しときな」
ゼノビアがにっこり微笑む。
シズは溜息をついてしまった。
絶対にゼノビアは、なにもするつもりはないと思う。
とにかく、王都に辿り着きさえすればいいぐらいにしか考えていないに違いない。
「まあいいや……。路銀は貸すし、必要なものを準備してあげる……。もちろん、証文も手形も切らないわ。だけど、このあたしを
すると、ターナーが笑うのやめて、ゼノビアを睨むような仕草をした。仮面のせいで表情はわからないが、大きな殺気が伝わってきた。
シズはびくりとなった。
「ま、任して」
ゼノビアもちょっと言葉を詰まらせた感じになったが、はっきりと頷く。
もういい……。
あとは野となれの気分だ。
「じゃあ、よろしく頼むわ……。言っておくけど、王都でやったことだって、あたしの本意じゃないのよ……。奴隷の刻みをされて、逆らえなくされて悪事をさせられたんだから……。あたしだって、やりたくて、あの女伯爵を誘拐させたり、ルードルフを操ったわけじゃないの……。ロウ殿には、そう言ってよね。絶対よ」
強気の態度だったターナーが殺気を消して、一転して弱音のような物言いをして嘆息した。
しかし、シズは、なんとなくだが、ターナーの口調に、ロウに対する執着や慕情のようなものが垣間見えてしまったのだ。
ロウとは会ったことはないと言っていたが、考えてみれば、このターナーはさっきから、ロウにずっとこだわっているような気がする。
そもそも、こうやって会話をしていたとき、シズたちがロウを知っていると口にすると、急にとても嬉しそうな態度になった。
どうして、このターナーはロウにこだわるのだろうと思った。
「随分とロウ殿にこだわるんだねえ」
ゼノビアが言った。
シズを同じような感想を持ったのだろう。
「まあ、詳しく調べたことで、取り除くことのできないはずの魔石を入れられて姿を変えさせられたあたしを、なんとかしてくれるかも知れないというのがわかったというのもあるけど、調べれば調べるほど、似ているのよねえ……」
ターナーがくすりと笑った。
仮面のためによくわからないが、ターナーがとても照れている感じに思えて、シズはちょっと驚いた。
いや、よく見れば、仮面や髪の外にある首や耳が真っ赤だ。
「あのう……。似ているって?」
シズは口を挟んだ。
「あたしがとても大切に想っている人の旦那さんさ……。あたしの旦那さんでもあるけどね。つまりは夫だね」
ターナーが笑った。
「あんた結婚しているのかい?」
ゼノビアが驚いたような口調で言った。
シズも、このターナーには、家庭というものが似合わないと思った。
「いや、してないね。前世の話さ」
「前世?」
ゼノビアが怪訝な顔になっている。
前世って、もしかして、このターナーは前世持ち?
滅多にはいないが、時折、前世の記憶を持って生まれてくる者というのは、一定数いる。
どうしてそうなるのかはわからないが、自分の生まれる前の人生の記憶を持ち、それがある日突然に、なにかの切っ掛けに頭に蘇ってしまうらしい。
まあ、だからなんだというわけでもないが、魔道で調べれば、真実を言っているかどうかは、比較的簡単に判明し、前世持ちの存在は一応は証明されているようだ。
このターナーが前世持ち?
「前世に結婚していた夫と似ているのさ。調べるほど調べるほどね。女たらしで、とってももてたんだけど、奥さんに一途でいい男だったねえ……。まあ、あたしはふたりの愛人だったんだけど」
「その愛人で、夫だった人に似ているってこと?」
「顔がね……。調べて得た性格も……。あたしが王宮に潜り込むときに与えられたのは、そのロウを陥れる工作をすることだった。だから、徹底的に調べまくったけど、調べれば調べるほどに、懐かしい感じに襲われてねえ……。人相書きを見たときは腰が抜けそうになったさ。あたしの記憶にある旦那さんにそっくりだったからねえ」
ターナーが声を出して笑った。
だが、すぐに、我に返ったように咳払いする。
「これはあたしとしたことが喋りすぎたね……。とにかく、あんたらのことは任せときな。路銀も融通するけど、人を紹介するよ。一度、公都に戻ることになるけど、セイレーンと名乗る女商人がいる。あんたらが、本当にロウに親しいなら、彼女を訪ねるといい。貸しがあるから、あたしの名前で会えると思うけど、そのときにロウ殿の名を出せば、力になってくれるはずだ」
「セイレーン?」
「性の
ターナーが意味ありげに言った。
マアは知っている。
彼女ともまだ面識はないが、大陸の流通を牛耳る女である。彼女もロウの女だという。しかも、マア側がぞっこんだとか……。もっとも、女豪商のマアといえば、はっきり言って“お婆ちゃん”だ。ロウも守備範囲の広いものだ。
そのマアの息のかかった商人?
ならば、確かに力になってくれるかも。
そして、その味方になってくれるはずだという女商人との接触の仕方について教えられ、次いで、本物のラポルタ母娘と、ロクサーヌ女大公の扱いについて話し合うということになった。
ターナーが魔道で声を送り、ミリアとケイトに四人を連れてくるように伝える。
しばらくして、六人が部屋に入ってくる。
すなわち、ローヌ、ルカリナ、ラポルタ女伯爵母娘、ミリアとケイトだ。
ミリアとケイトを除く四人が、ターナーに促されて、シズたちと同じように囲炉裏を囲むように腰をおろした。
六人とも農婦風だが、まともに服を着ている。
だが、ローヌの顔を見て驚いた。
闇娼館では酷い火傷の痕を布で隠していたローヌだったが、いまは布を被っておらず、しかも火傷などなく綺麗な顔だ。
「やっぱり、傷は偽物だったんだね? 娼婦をして客を取らされることがないようにかい?」
ターナーがローヌに視線を送る。
「ルカリナの能力で……。呪術がかかって治療術でも治せないように見せかけてもらっていて……。ごめんなさい、シズ様。だましていて……。ケイト様も……」
ローヌが頭をさげた。
「いえ、謝るようなことでも……」
「は、はい……」
シズに次いでケイトも困ったように応じる。
ふたりとも、闇娼館では、ローヌに世話女として面倒を見てもらっていた。だけど、そのローヌが本当は逃亡中で賞金付きで手配されているロクサーヌ大公だとは、いまでも信じがたい。
とても、低姿勢だし……。
それはともかく、ミリアもそうだが、このケイトも顔が赤いし、仕草もおどおどしている感じだ。
実は、この廃屋に到着するや、否や、ふたりとも調教と称されて、ターナーによって、スカートに包まれている股間にディルド付きの貞操帯を装着されてしまったのだ。
そのために、ふたりともとてもぎこちないし、顔が赤い。
いまでも、切なそうにもじもじと腰を動かしている。
だが、そのまま、掃除や料理をしろとターナーに命令されていた。
まあしかし、ふたりとも満更でもなさそうであり、そんな破廉恥なことをされても、ふたりにはターナーに理不尽なことをされているという切羽詰まった感じはない。
とても、仲がよさそうな様子だ。
「大したものだねえ、その獣人娘の能力も……。闇娼館の魔道遣いや、検査器具を出し抜くなんてねえ……。それで、どうしたいか、決心はついたかい?」
ターナーが言った。
すると、ローヌが頷いた。
「どうか、ハロンドール王国に亡命させてください。力を貸してください。お願いします──」
ローヌが頭をさげた。
ルカリナも一緒に頭をさげている。
「わかった……と言いたいところだけど、面倒見てもらっていいかい? さっきのセイレーンを頼ってみてくれないかい。彼女なら、きっと問題なく処置してくれるだろうさ」
ターナーがゼノビアに視線を送った。
「え? あたしらが?」
ゼノビアは驚いている。
「護衛クエストとして受けなよ。もっとも、こいつらは無一文だから、出世払いということになるんだろうけどね」
ターナーが笑った。
すると、ルカリナが口を開く。
「あっ、いえ……。路銀、ある。奴隷狩りに……捕まる前、隠した。シャロンの城郭にも……。公都にも……。穴を掘って……」
相変わらずに物言いがたどたどしいが、どうやら金は持っているみたいだ。やはり、あの娼館には、追っ手を誤魔化すために、自ら捕らわれたのだと思う。
「あ、あのう、わ、わたくしたちは、やはり、娼婦に……。もう戻れません。どうか、わたくしたちは捨て置いてください……」
すると、不意にラポルタ女伯爵が言った。
「まだ、そんなこと言ってんのかい──」
ターナーが激怒して、女伯爵の頬を引っ叩く。
「きゃあああ」
「ああ、お母様──」
ひっくり返った女伯爵に娘が泣き声とともに抱きついた。