【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
地下の廊下に光はない。
壁の燭台さえも一切が排除されている。
テータスは、燭台を持って地下牢の廊下を進んでいた。
同行するのは、三人の奴隷兵だ。
三人は、数種類の魔術封じの護符を張った衣類を身につけていて、さらに、二重三重にも「魅了術」にかからないように暗示をかけているのだそうだ。
基本的には、この三人の奴隷兵が捕らえているふたりのサキュバスの管理を実施している。
それ以外の者については、サキュバスに接触することは禁止されているらしい。
命じているのは、辺境候の嫡男のレオナルドだ。
この奴隷兵たちは、それぞれが屈強な身体をしている奴隷戦士なのだが、相手がサキュバスだということもあり、レオナルドは三人から性欲を失わせるために、去勢までしたという。
ここは、もともと重営倉として使われていたものらしく、それを改造したものだそうだ。
廊下のあちこちには、魔力の流れを封じる護符や魔道を無効化する魔石具などがところ狭しと張り巡らせているのもわかった。
移動術による出入りを阻止する紋様も廊下全体に刻まれている。
テータスも魔道遣いの端くれでもあったが、この地下牢においては、どんな高位魔道遣いも術を発揮できないのだろうなというのは想像できた。
おそらく、王宮の施設でさえ、これほどに厳重で魔道封じを施した場所はないに違いない。
さすがは、辺境候家だ。
サキュバスという魔族を監禁するために、完璧な牢獄を作りあげたというところか……。
営牢は左右に三部屋ずつあったが、人の気配がするのは奥のひと部屋だけだ。
「ここだな」
最奥の営牢の前に着いた。
重厚そうな鉄の扉には、鉄格子の填まった小さな覗き窓があり、燭台で光を差し込むと、素裸の少女がふたりいるのが見えた。
両腕を背中に折り曲げられており、鉄枷で後手に拘束されて床に横たわっている。
背中の鉄枷は、天井から吊られている鎖に繋がっているが、いまは鎖は緩められていて、ふたりとも石畳の床にうつ伏せで丸くなって横たわっている。
眠っているのか、ふたりとも動かない。
しかし、光を差し込まれたのがわかったのか、ふたりの身体が軽く身じろぎした。
だが、脱力している身体が起きあがることはなかった。
また、中から異臭を感じた。
人間族には無害であり、せいぜい大蒜の臭みを感じる程度だが、魔族にとっては、魔道を完全に封じて能力を失わせる毒草だ。しかも、この臭みをまったくの無臭に感じるのだそうだ。
この香もまた、レオナルドが指示をして牢内に設置しているものだ。
魔族殺しの毒草は、神話時代に近い古い技術のものであり、魔族の大部分を封印して異界に封じたあの「冥王戦争」の後、人間族に協力的だった魔族たちもまた、結局はこの世界から追放を受けてこの現世界から追放されてしまったが、そのときに魔族たちを罠に嵌めるために使われたのが、この魔族封じの毒草だという。
これを使って、高い能力を持つ魔族たちの個体も次々に無能力化され、鑑定術で真名を暴かれて、次々に人間族の隷属に落ちていった。
あまり世間に知られてはいない神話の話だ。
子供の頃に、親に監禁されていた地下の一角には、エルフ族や人間族が魔族をはじめとする異種族を追い出しながら、それぞれに国を作っていた時代のことが書かれている古文書が多数あった。
テータスはそれらを読むことで多くの知識を得たものだった。
また、ふたりの首に隷属の首輪が喰い込んでいるのも見えた。いまは、レオナルドを「主人」として奴隷の刻みが行われているはずだ。
これもまた、魔族殺しの毒草で無力化してから、隷属の誓いをこのふたりにさせたという。
「開けろ」
レオナルドは奴隷兵に指示した。
奴隷兵のひとりが腰に吊っている鍵を使って扉を開く。
テータスは中に入っていき、壁にある窪みに、手に持っていた燭台を置いた。
中に入って気がついたが、ふたりの顔が届く場所に、深皿に入れてある水と、米と汁が混ぜた食べ物らしきものが入った椀を載せている盆がある。
しかし、皿の水も、椀の食事も口にした形跡はない。
また、廊下には徹底的に刻まれていた魔道封じがこの部屋そのものにはない。
おそらく、このサキュバスたちの逃亡を防ぐために、魔道具の拘束具や拷問具を使ったりするので、この牢内までを魔道封じをすると困るからだと思う。
つまりは、この営倉は全体を魔道封じの結界があり、この内側のこの牢舎だけは、魔道具を使えるようにしているようだ。
見ると、やはりサキュバスを拘束している鉄枷は明らかに魔道具だ。
尋常な手段では外すことはできないし、刻んである紋様が見えるが、このふたりの筋肉を十分の一以下にもしていると思う。
「な、なに……? もう、二日経った? ご、拷問の時間……かい……?」
「も、もう歯を折るのは勘弁して……欲しいね……。こ、これでも、ぼ、ぼくたちは……女だからね……。顔は堪忍さ……」
顔をあげたふたりがテータスや奴隷兵に視線を向けて、へらへらと笑った。
拷問?
それで気がついたが、ふたりとも下の前歯にあたる部分が三本ほどなくなっていた。
また、腕にも脚にも浅黒い痣があり、ふたりとも両方のすねが本来はあり得ない場所で曲がっている。
強引にへし折られて、そのままにされている感じだ。
「拷問をしているのか?」
テータスは奴隷兵を振り返る。魔族とはいえ、少女の外見のふたりの惨い姿に思わず眉間にしわが寄るのがわかった。
「ご主人様の指示です。抵抗の意思も自殺の意思もなくなるように、徹底的に痛めつけろと……。手足の骨を砕いたのですが、二日もすれば治ってしまうんです。ですから、拷問を定期的に繰り返しています……」
奴隷兵のひとりが小さな声で言った。
さっき鉄扉の鍵を開けた男であり、三人のうちのリーダー的存在みたいだ。
テータスは鼻を鳴らした。
魔族は人間族に比して、異常なほどに回復力があるが、このふたりはかなり丈夫な性質みたいだ。
テータスはふたりに近寄り、裸体を観察する。
傷つけられているのは全身であり、ふたりとも手足の骨を砕かれているだけでなく、身体のあちこちに、殴られたり蹴られたりされたような痣があった。
そして、後手に拘束されている手については、十本とも爪が剥がされていて、血が固まったようになっている。
足の爪についてはまともそうだ。
「食事を喰えと命じたはずだぞ。今度来るまでに、椀の中身がなくなっていなければ、折檻すると伝えたはずだよな。足の爪は残っているぞ。手と同じように、木串を突き刺して剥いでやろうか」
すると、無言でいた奴隷兵のひとりがサキュバスに向かって言った。
その口調には明らかな敵意があった。
振り返ると、三人とも顔に残虐さがにじみ出ていた。
そういえば、去勢により性欲を失わされた男は、性格が残酷になり、凶暴さが顕著になると耳にしたことがあるが、あるいはその影響もあるのかもしれない。
しかし、奴隷の立場でありながら、テータスが横にいるのに、承諾もなく勝手にサキュバスたちに怒鳴るとは……。
テータスは小さく舌打ちした。
「少し黙れ……」
テータスは小さく言った。
「いえ、ご主人様に命じられているんです──。弱らせて殺さないようにとね──。しかし、こいつらは、一度も水も食事も口にしなくて……」
一度も──?
びっくりした。
テータス自身は、ロウ=ボルグの情報を得るために傭兵にやつしてここを離れていたが、耳にしている話によれば、このサキュバスたちが囚われてから、少なくとも十日は経っているはずだ。
そのあいだ、食事はともかく、水も飲んでない……?
あり得るのか?
このふたりは、かなり衰弱しているが、拷問で受けた傷や痣はともかく、痩せ衰えている印象はない……。
「な、何度……言えば……わかるのかなあ……。ぼくたちの食事は淫気……なんだよ」
「食べ物も……水も……おれたちにはいらない……」
「犯してよ……。そ、それだけじゃあ……、に、逃げられやしないんだから……。お腹いっぱいになるだけで……。で、でも……このままじゃあ、本当に死ぬ……。人間族の口にする水も食べ物も、ぼくらには意味ないんだ……」
「そ、そうだね……。あ、あんたの……珍棒をしゃぶらせてくれたら……。そ、それでいいんだ……」
「ぼ、ぼくたちの……性技は……す、すごいよ……。そ、それに、こんな風に……女を……捕らえたら……大抵は……犯すんじゃないの」
「お、おれたちを犯しなよ……。ほら……」
サキュバスたちが力のない笑いをしながら、そのうちのひとりが横たわっていた身体を仰向けにして、股を大きく開いた。
驚いたのは、その股間が真っ赤に充血して、たっぷりの愛液で濡れていたことだ。
テータスは目を見張った。
同時に、知らず生唾を飲み込んでいた。
「うぎいいいっ」
しかし、次の瞬間、挑発的に股を開いたサキュバスが蹴り飛ばされて、壁に向かって吹っ飛んだ。
激怒した奴隷兵のひとりがテータスの横を突っ切って、サキュバスを蹴り飛ばしたのだ。
こいつらはまだ去勢されたばかりだ。
それなのに、あんな風に性的な挑発をされれば、激怒もするか……。
しかも、性器を去勢されたのに、それを舐めさせてくれなんて……。
サキュバスが男を誘うのは当然だが、いまみたいな挑発をしたりするから、余計に奴隷兵たちはサキュバスを痛めつけたのだろう。
「うわっ、チャルタ──」
蹴られなかった側のサキュバスが蹴られたサキュバスの名を呼んで悲鳴をあげた。
そういえば、“ぼく”という一人称を使うのが「ピカロ」で、“おれ”という一人称が「チャルタ」だと思い出した。
そのピカロにも、ほかのふたりの奴隷兵が暴力を向ける気配を示す。
「やめんかあ──」
テータスは怒鳴りあげた。
奴隷兵たちが我に返ったように静止する。
「お前たちは地下牢の外に行け。そこで見張りをしろ。誰も通すな。その許可はレオナルド様から得ている。ここは俺ひとりでいい」
テータスは声をあげた。
奴隷兵たちは戸惑った表情になる。
「し、しかし、ご主人様には、危険だから、絶対にひとりになるなとも……。こいつは危険です。魅了で男を操ります……。それで多くの領主様たちがこいつらに支配されて……」
だが、奴隷兵のひとりが遠慮がちに言った。
レオナルドからも、サキュバスの管理を譲り受けることになった後で、操りの危険について、警告を届けられてもいた。
「心配ない。俺には魅了は効かん。それに、隷属の準備も整っている」
テータスは奴隷兵のひとりに抱えさせていた木箱を置かせると、中から容器に入った言玉を手で取り出した。
この営牢内では言玉は使用できるが、営倉全体に刻まれている魔道封じの結界があるので、外から言玉を寄せられない。だから、事前に現出してから、荷に混ぜて持ってきたのだ。
言玉を弾く。
すると、営牢内にレオナルドの声で、隷属の支配を目の前のテータスに譲るとふたりに告げられる。
サキュバスたちの視線がはじめて、テータスに集中する。
「へえ……。あの大きなお坊ちゃまから、あんたに“ご主人様”が移ったの?」
「だ、だったら、よろしくね、仮面の旦那さん、へへ……」
ふたりがテータスを見定めるような視線を送りながらへらへらと笑った。
いま、テータスは自分の醜い顔を隠すために仮面をしていた。
だから、“仮面の旦那”なのだろう。
「テータスだ。俺に逆らうことを禁止する。命令には絶対服従。自殺、自傷、俺に危害を加える可能性のある一切のことを禁止する。俺に嘘をつくことを禁止する。それと……」
テータスは、隷属が結ばれたときに必要な最初の基本的な厳守項目を列挙していく。
これがなければ、隷属したとはいえ、奴隷に危害を加えられることもあるし、勝手に死んでしまうこともある。
「奴隷の首輪」というのは、自動的に主人への攻撃を禁止するという性質のものではなく、あくまでも命令を実行させるための魔道具だ。
だから、最初に自殺防止や危害防止などの原則的なことを一々命じておく必要がある。
「あ、あのう……俺たちへの隷属も……」
奴隷兵がおずおずと言った。
彼らは、レオナルドにより、サキュバスたちが服従するように、命令を刻んでもらっていたのだろう。
しかし、それについても、隷属の主人がレオナルドからテータスに交代したことで、新たに刻み直す必要がある。
「まだいたのか。早く行け──。外で見張りだ。ここは俺だけでいい」
テータスはきっぱりと言った。
そして、奴隷兵のひとりから牢の鍵を受け取る。
三人が営牢の外に出て行く。
彼らの足音が聞こえなくなったところで、テータスが改めてふたりを見た。
「サキュバスというのは、もっと絶世の美女の姿をしているのかと思ったがな。お前らのような子供のサキュバスもいるんだな」
テータスはなんとなく笑った。
ふたりは乳房が大きいこと以外は、身体つきがほっそりとしていて少女体型なのだ。
“ぼく”と呼称するピカロは髪の毛が薄緑色、もうひとりは“おれ”と自分を呼び、髪は薄桃色だ。
しかし、それを除けば、ふたりの外観はよく似ていた。
「子供……? へへ……。こ、これでも……あ、あんたよりも年上だよ……」
「に、人間族の少女姿なのは、こっちの方が人間族の男には受けるからさ……。それとも……力さえ戻れば、あんた好みの女の姿になってやるよ……」
ふたりが言った。
「そうか?」
テータスはサキュバスたちの言葉を聞き流し、壁にある操作具を動かした。
ふたりの後手の鉄枷に繋がっている鎖が天井に向かって引きあがり、ふたりの身体が引きあげられていく。
テータスはふたりが完全に立ちあがったところで、鎖の引きあげを止めた。
奴隷兵たちが置いていった木箱から、膝枷を取り出す。膝に嵌める枷と枷のあいだが棒状になっていて、伸縮を変えることができる。
ふたりのサキュバスは、両手の倍ほどの距離で離れて立っていたが、テータスはふたりの抵抗を「命令」で封じて、膝枷を嵌めていく。
棒の長さはかなりの大股開きに調整した。
そのため、ふたりは爪先立ちのような感じになった。
だが、折られている脚で立たされるのは辛そうだ。ふたりとも苦痛を顔に浮かべている。
「な、なになに? ぼく、期待しちゃっていいのかなあ?」
「こういうのも、おれたち大丈夫だよ……。はあ、はあ……。い、いまのご主人様って、かなり嗜虐的なんだよねえ。まあ、それがいいんだけど……」
しかし、苦悶の表情をすぐに隠して、サキュバスたちが笑う。
テータスはそれを無視して、木箱からさらに準備していたものを取り出した。
薬液とそれを体内に注入する針だ。
「注射」という道具であり、本来は医療用の道具だ。
通常は薬は口、または尻から体内に投与するが、この注射という道具は針が先についた小さな容器に液薬を入れ、針を肌に突き刺して、直接に血に薬剤を混ぜるのだ。
薬液の効果は、口から投与する数十倍になるし、効き始めも注入した直後だ。
テータスは、準備していた強力な媚薬を「注射針」に繋がっている小さな容器に入れる。
それを持って、片側のサキュバスに近づく。
薄桃色の髪の少女の外観のサキュバス──“おれっ子”のチャルタか……。
「な、なに? なにを刺すのさ──? 毒?」
さすがに不安そうにチャルタが顔を引きつらせた。
ピカロも、さっきまでの余裕が消えて、顔に恐怖を浮かべてている。
「毒ではない。ただの媚薬だ。発狂するほどに強力のな……。あの奴隷兵たちのような無粋な拷問は俺はしない……。それに、サキュバスを殴ったり、蹴ったりしても、大して拷問にはならん。お前らは人間族では想像もできないくらいに丈夫に作られている……。お前らを苦しませるのは、快感がありながら、それを発散させることができず、身体に溜められることだ。外からの淫気はいくらでも吸入できるが、自分自身の淫気は一度、外に出さないと吸入できない。快感があるのに、取り出せない。これこそが、お前らサキュバスを狂わせる最大の拷問だ」
テータスは淡々とした口調で言いながら、チャルタの二の腕に注射を刺して、薬液を注入する。
チャルタの顔に怪訝そうな感情が浮かぶのがわかった。
だが、即座に眼が見開かれた。
あっという間に全身が真っ赤になり、チャルタの全身から汗が落ち出す。
人間に使えば、瞬時に狂死するほどに濃密な媚薬だ。
「う、うああああ、な、なにいい──。なにこれ──。ひ、ひやああああ」
チャルタが暴れだした。
必死になった脚をばたつかせようとしている。
だが、膝枷が邪魔になり、内腿を擦り合わせることもできない。そのために、膝枷をさせたのだ。
「チャ、チャルタ、大丈夫──? お、お前、なにすんだよ──。ぼくたちサキュバスに媚薬責めって、そんなの効きやしないよ──。そ、それよりも、いいことしよう。ねえ、ぼくの眼を見て──。ねえ──」
横で立たされているピカロが声をあげた。
かまわずに、テータスはさらに薬液を注射に足すと、チャルタの二つの乳首、そして、膣の近くに注射を差して、薬液を体内に入れる。
「んひいいいい──」
チャルタが奇声をあげた。
ものすごい勢いで暴れ出す。
「チャルタああああ──」」
ピカロが絶叫した。
チャルタが尋常な状態でないことがわかったのだろう。
「仕上げはこれだ。外部からの刺激の一切を遮断する貞操帯……。さっきの媚薬と刺激遮断……。これまでに捕らえたサキュバスやインキュバスたちは、大抵はこれで正気を失った。完全に発狂するのに、二日もすれば十分だろう」
テータスは木箱から魔道のこもった貞操帯を取り出す。
小さな魔石が填まっていて、一切の刺激を遮断する。これを嵌められば、狂うような疼きが発散できずに、サキュバスの頭は毀れてしまって正気を完全に失う。
快楽に強いといわれるサキュバスだが、実は発散できない快感には異常に弱い。
あまり知られていないが、これこそがサキュバスの最大の弱点だ。
テータスは、暴れ回って鎖をじゃらじゃらと鳴らすチャルタの股間を貞操帯で封印した。
「さて、次はお前だ。ピカロだったな。まずは頭を破壊する。その後で都合のいい記憶を埋め込んで洗脳する……。まあ、それだけの作業だ」
テータスは再び注射に媚薬を入れる。
それを持って、今度はピカロに近づく。
「うわっ、ま、待って──。話し合いしようよ──。屈服する。そんなことしなくても、屈服するよ──。ぼ、ぼくたちになにをさせたいのさ──。せ、洗脳って、ぼくたちになにかをさせたいから洗脳するんだよねえ──? わざわざ、そんなことしなくても、奴隷の首輪があるんだから、命令でなんでもさせたらいいじゃないかあ──。そもそも、なんでサキュバスの扱いをそんなによく知っているのさああ──。か、仮面さん、あんた、何者──?」
ピカロが近づく注射から必死に身体を避けようとしながら言った。また、一方で必死にテータスと視線を合わせようとする。
サキュバスは交合もそうだが、視線を合わせることでも、魅了を相手にかける。
魔道は封じているはずだが、それでも一縷の望みに託して、テータスを相手に魅了をかけようとしているのだろう。
テータスは必死な様子のピカロに嘲笑を向けた。
「むかし、異界からさまよい入ってくる魔族狩りの仕事をしたことがあってな。お前らの生態には詳しいんだ。扱いにも捕獲要領にも熟達している。特にサキュバスや魔妖精というのは、人界に巣くうことが多いから、もう何十匹と捕獲しては、退治してきた。それとさっきから、俺を魅了しようとしているようだが、俺には魅了は効かん。ほかの操り術もな」
テータスは身につけている上着とシャツを脱いだ。
営牢内が熱かったというにもあるが、これから屈服をさせようとしているサキュバスたちに、なにをやっても無駄だということを悟らせるためでもある。
ありとあらゆる希望を破壊していく。
人間であろうと、魔族であろうと、その先にあるのが心の死なのだ。
そして、それが本当の拷問であり、洗脳だ。
テータスの上半身が露わになる。
そこには魅了をはじめとするあらゆる術封じの紋様を肌に刻んでいるが、ピカロにも、それがわかったはずだ。
「な、なんだよ、それ──? そ、そんなにたくさんの術封じの呪術の紋様を刻んで……。あ、あんた、人間だよねえ。そんなことしたら、死んじゃうよ。そんなことしたら、寿命が短くなるんだよ。人間みたいな短命の生命体がそんなことしたら、どんどんと命が削られて……」
ピカロが焦ったような早口で言った。
「ほう……。お前こそ、サキュバスのくせに、この魔道防護の呪術の代償を知っているのか」
テータスは少しばかり感心した。
この肌に刻む紋様は、確かに呪術の一種であり、魅了術をはじめとしてどんな操り術の類いを防護する代わりに、本人の持っているいる生命力、つまり、寿命を代償として消耗させていく。
これもまた、あの監禁されていた幼少時代の古文書から見つけた技術であり、たかがサキュバスがそれを知っているとは思わなかった。
「すぐにやめなよ。短命な人間にはそれは合わないんだ。ぼ、ぼくに任せて──。すぐに消してあげる──。隷属魔道で命令しなよ。あっという間に消してあげるから。そのままにしてたら、本当に寿命が消えちゃうよ」
ピカロが声をあげた。
一方で、チャルタは横で狂ったように拘束された裸体を暴れ続させ続けている。
それはともかく、テータスは、ピカロが言った“人間”という物言いに、思わず吹き出してしまった。
「人間だと──? 俺を人間だと言った者はいないな。実の母親でさえ、俺には触らなかった。気味の悪い化け物だと言ってな……。命などどうでもいい。俺にとっては大して惜しむものじゃない」
テータスは笑いながら、顔から仮面を外す。
ただれたように変色した顔半分が露わになったはずだ。
この顔こそが呪われた顔だ。それに比べれば、寿命を削る身体の紋様など、呪術でもなんでもない。
ピカロの顔が驚愕に染まるのが見えた。
「どうだ? この顔は生まれつきだ。これでも、俺を人間だと言うのか? それとも、俺と口づけをするか? サキュバスなら顔が崩れている俺とでも、口づけくらいはできるだろう。俺を愛することができるなら、お前らを助けてやってもいいぞ」
テータスは顔をピカロに近寄らせながら爆笑した。
どんな女でも……横にいるチャルタのように、媚薬で狂わせたとしても、このテータスの顔を目の当たりにしたら、恐怖に顔を歪めた。
悲鳴をあげ、逃げようと暴れ回った。
テータスは、生まれてから一度も、誰かに抱きしめてもらったり、愛されたりされた経験などない。
ましてや、このテータスの顔に口づけなど……。
サキュバスといえども女には違いない。
この顔をしているテータスと本当に微笑みながら口づけができるなら、テータスは何を代償にしてやってもいいと思った。
「愛されたことがないなら、ぼくが愛してあげるよ──。だから、自分が化け物なんて、そんな寂しいこと言っちゃだめだよ──」
ちょっと驚いた感じだったピカロが急に動いて、目の前まで近寄らせていたテータスに顔を伸ばして口づけをした。
テータスは仰天してしまった。
しかも、首を伸ばしているピカロの顔の目は開かれていて、しっかりとテータスの醜い顔を目の前で視界に入れている。
さらに見ると、そのピカロの眼は満面の笑みをたたえているように見えて……。