【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
『409 円卓の会議』を『409 円卓の会議(その1)』と題名を変更しています。
*
うまくいっているものと、うまくいっていないものがある。
時流を待つというのが、アーサーは嫌いだった。
時代のうねりは、アーサーが自ら呼び起こすものであり、他人が作る“
アーサーは、タリオ公国の公都アナクレオンにいた。
確かに、時代の変化が、この大陸を包み込むのは感じていた。その半分はアーサーが起こしたものであるものの、ほかの半分はアーサーの予想の外にあるか、あるいは、手を離れてしまっているものだ。
アーサーは、それが気に入らない。
ともかく、今日は定例の円卓会議の日だ。ただ、ハロンドールの辺境侯工作関連で、急遽の情報も入っていた。
今日がたまたま、円卓会議の日で丁度よかった。
「円卓会議のメンバーもかなり様変わりしたな」
会議の場所に着くと、アーサーは、席のひとつに座りながら笑った。
円卓の会議には上座も下座もない。上下関係のない自由な討論の場──。それが円卓の会議だ。アーサー自身もいつも違う場所に腰掛けることにしていた。
表側としての政事の組織には、形式的な礼式や煩雑な手続きが必要だが、ここにおいては、全員が立場の差を無視して自由に語り、意見を交わすものとしている。円卓会議は、アーサーの個人的な参謀の集まりという立場でしかなく、政庁側の組織には属していない。
だが、実質的には、この円卓会議こそが、タリオの意思決定機関だ。ここで決められたものは、アーサーの意思そのものになり、表側の政庁や議会はそれを実現するための実行機関にすぎない。
「ランスロット殿は、しばらくしたら戻るでしょう。カロリックの制圧も大きなところは終わったようですから。タゴネットは流通のことで忙しいようです。あちこちを飛び回っていて、今回も報告だけを送ってきています」
応じたのは、以前からの円卓のメンバーのひとりであるガラハッドだ。
ほかにも、三人ほどの新しいメンバーがいるが、まだまだ円卓の数を連ねるには経験が足りない。いまも、すぐに口を開いたガラハッドとは異なり、明らかにアーサーを前にして緊張し、縮こまっているのがわかる。
前回もそうだったが、おそらく、今回の会議でも、こいつらはろくに喋ることなく、ここでの時間を過ごすのかもしれない。
アーサーは、ガラハッド以外の三人を眺めて、ひそかに嘆息した。
なにも喋らないのであれば、それはいないのと同じだ。
それをわかっていないのであれば、次の円卓にはこいつらの席は円卓にはない。
いずれにしても、アーサーがタリオ公国の大公となる前に作った最初の円卓会議からの要員のうち、いまここにいるのは、アーサーとガラハッドだけだ。
最初からのメンバーには、ほかに、アーサーの親友であり腹心のランスロット、さらに、タゴネット、マーリン、そして、ビビアンという者たちが席を連ねていた。
ここにいるガラハッドは、主に謀略を担任している。
長く目の上の瘤のようなものだったローム帝国の老人たちを暴走させて、瓦解に追い込んだのは、タゴネットの仕事だ。
ローム皇帝家は、随分と前から実質的な権限を失っていたが、タリオ、カロリック、デセオの三公国は形式的には、ローム皇帝家に主従を誓う属国であった。
だが、ローム皇帝家は、自分たちの欲望を得るためだめの目的で、冥王復活の陰謀という人族全体に対する裏切りを企てたことで、すでに討伐され、その残党も見つけ次第に処刑することになっている。
早晩、タリオ公国も、「タリオ王国」を名乗ることになると思うが、名目だけだったとはいえ、やっとあの老人たちの家臣の立場から脱却できたのだと思うと、実に清々とした気分だ。
元のメンバーのうち、マーリンは長くハロンドール工作をしていた魔道遣いだった。
だが、ハロンドール王国の乗っ取り工作の最中に、なにかの失敗をしたようであり、先日、その死を確認している。
ランスロットは、皇帝家を匿ったということになっているカロリック公国の討伐軍の指揮をさせており、今日の会議にはいない。
ただ、実質的なカロリック全土の征服は終了している。
いまは、まだタリオの支配をよしとしない領主の叛乱を逐次に抑えているという状況だ。
頻繁に報告も入っているが、ランスロットには珍しく、かなり過激で残酷な行動を繰り返しているみたいだ。
ただ、おかげで、アーサーが想定していたよりも、随分と早くカロリック制圧は終了しつつある。
惜しむらくは、結局のところ、意図的にカロリック側に逃亡をさせたローム皇帝のロムルス二世を取り逃がしたことであるが、まあ、あの老人ひとりが生き残ったところで、路傍に転がる老人の死骸がどこかにできるだけだ。
ランスロットについては、概ねの軍行動が落ち着いたところで、カロリック側にランスロットの交代要員を送って帰国させることになると思う。
親友の殊勲に対しては、大々的な祝賀会も準備してやろう。
あの真面目すぎる親友のひとり立ちの場ともいえる今回のカロリック侵攻について、どういう心境の変化で、ランスロットが冷酷で残虐な征服者をきどることにしたのか、飲みながら問いただしてみたい。
いまから楽しみである。
そして、タゴネット──。
流通担当であり、彼の頭から発想された「自由流通」をタリオ公国内に押し広げた立役者である。
タリオ公国が領域的には小国でありながら、国力としては大国ハロンドール王国に勝るとも劣らない立場にしてくれたのは、流通改革を大成功させたタゴネットの力である。
ただ、今回の騒乱の最中に、タリオ公国を発展させた自由流通系の商会のいくつかが、いきなり拠点をハロンドール側に移すということが発生し、現在はその処置に追われている。
タリオとしては、大きな痛手であるものの、国家としての縛りを局限し、商人たちの自己意思による自由な流通を保障するというのが、自由流通制度の名目なので、表立っては商会の移転を強制的に阻止することはできない。
だから、タゴネットはこれの解決のために、いまも煩瑣な労力を続けているというわけである。
しかし、状況は芳しくないようだ。
移設していったのは、マアという女がまとめていた“マア商会”と呼ばれる商会群であり、マアの息のかかっていたらしい幾つのかの商会を含んでいる。
だが、いまのハロンドールの混乱の状況で、商家として旨味がないであろう向こうに、どうして、わざわざ拠点を変えたのか、その理由がわからない。
自由流通については、タリオ公国側に拠点を持っておく方が確実に商売はうまくいくはずであり、いまだに商業ギルドの排他的な流通支配の残り香が残っているハロンドールでは、自由流通の商会の活動は、かなりの労力を要するはずなのだ。
いずれにしても、死んだマーリンの工作で大混乱していた、ハロンドール王都の物流は、大きな商会が次々に移ったことで、秩序を取り戻しつつある。
狂乱した王都の物価のために、いまにも暴動が起きる寸前だった向こうの王都も、以前の状況よりは、混沌も持ち直した感はある。
アーサーとしては、愉快なことでなない。
もっとも、あのルードルフ王は、相変わらずとち狂ったままであり、アーサーも先日会ったスクルズというおかしな美人神官を処刑したり、王都に滞在していた諸侯の妻や令嬢を王宮に連行して、監禁陵辱を続けたりと、まさに狂人の行動である。
しかも、王宮にいまでも閉じこもり、一切の外部との接触を断ったままという。
アーサーも、王国と公国間で結んでいる外交用の魔道通信で接触を試みようとしているが、一切の返事はない。
ハロンドール王宮の混乱は、アーサーの望むものではあるものの、それが自分が動かしているものではないというのが、些か、アーサーには不満ではある。
ほかにいたビビアンという女──。
初期の円卓のメンバーではあったものの、タリオ公国をアーサーが手に入れるあいだにおいては役に立っていたから円卓のメンバーにしていたが、用済みになったので、ひとりの工作員に格下げをして要員からは外した。
アーサーは、基本的に女の能力というのを信頼しておらず、しかも、あのビビアンは、男であれば誰でも閨に誘うような淫女だ。
ずっと前から気に入らなかったのだ。
さらに、新たに円卓に加えた者にトリスタンという男がいるが、彼については、ハロンドールの南部騒乱の工作をさせていて、やはり、今日の会議には参加はしていないでいた。
「カロリックについては、皇帝もそうだが、名ばかりの女大公だったロクサーヌは、相変わらず行方不明のままか?」
アーサーは訊ねた。
「向こうにいるランスロット殿と連携をして捜索をさせていますが、いまのところ、有力な情報はありません」
ガラハッドが渋い表情になる。
人族全部を裏切った悪辣な皇帝を匿おうとした悪女として派手に処刑し、カロリック公国をタリオ公国が征服した大義名分を喧伝したかったのだが、あの小娘は公都がランスロットによって占領される直前に、どうやら身ひとつで姿をくらましたようなのだ。
現段階で、その潜伏場所は特定できていない。
仮にも大公であった者が、その責任も立場も捨てて、ひとりで逃げるというのは、アーサーには信じられないが、それが事実だ。
アーサーは肩をすくめた。
「タリオによるカロリック統治を気に入らない向こうの諸侯の誰かが、裏で匿っている可能性は?」
「それは否めません。ただ、ロクサーヌの悪評は、国を見捨てて逃亡した無責任さとともに、我が儘で、派手好きで、人を人とも思わぬ行為を大公時代に繰り返していたと宣伝しています。カロリックの民衆に、“悪女ロクサーヌ”のイメージを浸透させる工作が成功しつつあるので、いまさらロクサーヌが姿を表したところで、タリオへの反意の旗頭にはなり得ないと思います」
ガラハッドの言葉にアーサーは頷いた。
「わかった。ロクサーヌについては、もう賞金をかけたまま放置でいい。例の冒険者ギルドにもクエストをかけておけ。生死は問わず身柄を連行しろとな。ロクサーヌについては、もうそれだけでいい。それよりも、今後のカロリックの統治だな。タリオ公国に、このまま併合してしまうのは、やはり、悪手か?」
「まだまだ、あの国は落ち着かないでしょう。これからも混乱が続きます。ランスロット殿は、獣人隊を編成させて、その連中の人間族への恨みを利用して、タリオに逆らう者たちを容赦なく殺害させてます。ただ、ランスロット殿とも魔道通信で意見を交換していますが、いずれ、その獣人隊に対する憎悪もカロリック内で爆発すると思います。正式の併合については、そのときの混乱を鎮めた後でもいいかと」
「あの国を乱しに乱し、膿という膿を洗い流してから、改めて乗り込むタリオによって、秩序を敷くということか……」
アーサーは言った。
ランスロットがタリオ軍への反抗を抑えるために、もともと、奴隷的身分だった獣人族を引きあげて権力を与え、これまで獣人を虐げていた人間族を取り締まる尖兵として使っていると聞いたときには、アーサーは不信感を覚えたものだ。
はっきりとは言ったことはないが、実はアーサーは、獣人族が嫌いだ。
体毛が多く、尻尾を持った動物もどきなど、人族の一員とは到底思えない。連中は天空神クロノスから追放されたモスの末裔であり、生まれながらにして、人族の奴隷であるべき立場なのだ。
カロリックは、タリオ公国内に比して、かなりの差別的な施策を獣人族たちに敷いていたが、差別施策そのものについては、アーサーは不快感はない。タリオ公国内で同じ政策をとらなかったのは、進みすぎる獣人差別政策をとると、国内の不安定さを作ることにもなり、アーサーの大望の阻害になりかねないからだ。
いずれ大望が成就し、人族の獣人追放に問題がなくなった暁には、人族の中に獣人が入らないということは正式に表明するつもりだ。
だからこそ、獣人に権力を与えるというランスロットのやり方には驚いたものの、その理由を説明されて納得した。
ランスロットは、その獣人たちをカロリック把握の“生け贄”にするつもりなのだ。
大義名分を作ったとはいえ、他国に征服されたことで、カロリック公国内には、まだまだ、それに対する不平不満が残っている。
ランスロットは、その恨みつらみをタリオ側ではなく、獣人たちに向けさせるように仕向け、タリオによる支配に反抗する勢力を獣人たちに徹底的に討伐させた後、その獣人たちへの暴発をカロリック人に起こさせて、タリオによる支配を完成させる目論見ということだった。
うまいことを考えるものだと思った。
あの真面目なランスロットには、似つかわしくない悪辣なやり方だが、今回のことで、ランスロットもひと皮剥けたということかもしれない。
「いずれカロリックはもう一度暴発します。向こうの連中の獣人嫌いは、長く時間をかけて浸透しているものです。自分たちの上に獣人が存在するなど、許せることでないはすです。そのときに、獣人たちとカロリック人は、派手に共倒れすることになるでしょう。タリオに完全に併合するのは、その後が潮時だと思います」
「わかった。カロリック併合の方向性はそれでいい。それまでは傀儡を立てて、大公として名乗らせるか。タリオに完全併合するときには処分することになるがな」
「ランスロット殿と適当な人物を探しています。次の会議には報告できるかと」
「では、その傀儡が大公に就任するのを待って、ランスロットたちは一度引き下げるか。向こうに残る隊と要員の選定も進めておけ」
「御意に。表向きには新大公に暫定治政を譲りますが、治政顧問、軍事顧問というかたちで実質的には、タリオがカロリックの支配を継続することになります」
「わかった」
アーサーはもう一度頷いた。
そして、内心で今回の話題には出ていないデセオ公国について思った。
もうひとつの公国であるデセオは、地形的に山脈を越えた場所にあることもあり、タリオ、カロリックの二公国とは昔から、距離を置く関係にある。
享楽と退廃を国是とする不可思議な国であり、いまのデセオ大公は、イザヤという女大公である。
一説によると、デセオ公国の大公になるのは、血筋や政治的な能力よりも、性技の巧みさが必要なのだと言われるが本当だろうか?
デセオという土地では、なによりも政敵を性の勝負で圧倒することが慣習であり、性に巧みであることが、人を支配するカリスマに通じることになるのだという。
まったく馬鹿げた話だが、国営施設としての娼館もあり、行政府の中の外交職の中には、性接待の職務が正式にあるという。
大公をはじめとする主要貴族は、男女を問わず、青年期に娼館で性修行をする慣例もあるということであり、アーサーにとってはデセオの仕来たりには、まったく理解の外だ。
一連の情報は阿呆げた噂の範疇なのだが、政治的な繋がりも、流通関係も、デセオとは希薄なので、いま少し向こうの情報はわからない。
カロリック侵攻に際しても、アーサーの名でイザヤに親書を送ったが、デセオは強者に与し、タリオの行動を支持するという簡単な返書が戻っただけだ。
カロリック侵攻についても、皇帝追放についても、デセオ公国はただただ決まったことに従うということだった。
いまは、それで問題がないので、ひとまずそれで置いてはいる。
「さて……」
次いで、アーサーは新しい円卓会議のメンバーのうちのひとりに視線を向ける。
こいつには、ハロンドールのうち、辺境候正面の工作を担任させることにしていたのだ。
「ハロンドールの辺境候の叛乱軍の状況について報告しろ。なにか変化があったんだろう──?」
アーサーは言った。
「は、はい」
そいつは明らかに緊張している仕草をした。
アーサーは、再び溜息をついた。
やはり、新しい要員たちには、どうしても積極性というものを感じない。この円卓会議は、どんなことでも徹底的に話し合い、タリオとしての方向性を決定する場なのにだ。
国、いや、この大陸を動かすのがこの円卓会議である。
アーサーの言葉をただ待つだけの態度では、円卓会議のメンバーは務まらない。
「エルフ族の女王ガドニエル陛下が辺境軍を訪問するという親書が正式に、向こうの水晶宮から辺境候軍に届いたということです。今朝方、緊急報告で辺境候軍に潜伏させている間者から魔道通信で、報告が届きました」
そいつが応じる。
改めてその情報に接し、アーサーは苦虫を噛みつぶしたような気分になる。
エルフ族の女王ガドニエルが世に出たというのは、アーサーにとっては朗報でもあった。
アーサーには、ガドニエルをアーサーの妻とする野心があったのだ。
カロリックを併合し、デセオもタリオには反抗しないという約束を得たいま、アーサーは、名実的にも新しいローム皇帝にもっとも近い存在である。
かつて、エルフ族の女王とローム皇帝が形式婚で夫婦としての誓いをしたという古い歴史もあり、アーサーはガドニエルをアーサーの正妻候補にしており、その候補になる立場を得たということだ。
第二候補は、ハロンドールの次期女王であるイザベラだ。
とにかく、ガドニエルは長く隠し宮に閉じこもり、ほとんど表に出てこなかったエルフ族の女王なので、形式婚であっても打診すらできないでいたのだが、表に出たとあれば、打診も可能になる。
ところが、驚くことに、世に出たといっても、あのロウ=ボルグの愛人として、世に出たというのだ。英雄式典がガドニエル女王がロウ=ボルグと口づけする光景が女王の魔道で世に拡散させられてもいた。
なぜ、あいつがとも思った。
なにしろ、ロウといえば、少し前にアーサーがイザベラとの婚姻工作の第一歩として、あのキシダインと離縁したハロンドールの王女アンに接触しようとした矢先に現れて、アーサーに恥をかかせた相手なのだ。
結局、それで一度は、イザベラを正妻にする工作は頓挫するかたちになっていたが、さらに、イザベラがロウの子を身ごもったとい不確定情報も入ってきて、アーサーは面目を失っている状況である。
とにかく、第二妃としてハロンドール王国から娶ったエルザを帰し、価値の下がったイザベラを、名目だけはアーサーの妻とする調整をさせようとしたが、そのエルザも向こうに行ったきり連絡もしてこない。
アーサーに惚れ抜いているエルザが、アーサーから離れようとするわけがないので、なにか理由があるのだろうが、やはり、アーサーとしては自分の思うとおりに物事が動かないというのは面白くない。
いずれにしても、あのときに、イザベラを正妻として迎えようとした工作を邪魔したのは、そのときにはほぼ無名だったロウだ。
それが、今回のガドニエルについても、邪魔者として現れた。
アーサーとしては愉快でないこと、このうえない。
「その報告そのものは俺も受けている。それで? 新しい情報は?」
アーサーは訊ねた。
「それが第一報で……」
「追加で求めた情報は? なにか指示したことは?」
「い、いまのところは……。ここで指示を受けたことを向こうに送ろうかと」
そいつが赤い顔になって俯く。
アーサーは
「女王は、例の英雄殿と一緒に辺境候軍を訪問するのだな?」
アーサーは事前に受けていた報告を思い出して確認した。
“英雄殿”と呼んだのは、もちろん、ロウ=ボルグのことだ。
アーサーが接した報告によれば、エルフ王国の親書は、副女王ラザニエルと、エルフ王族長老のケイラ=ハイエルの連名になっており、その中身は、女王ガドニエルと、恋人のロウ=ボルグが非公式に辺境候の軍営を訪問するので、よしなにしてくれという内容らしい。
女王の恋人か……。
アーサーが一端を仕掛させたといってもいい皇帝家によるエルフ女王家への工作に際して、そのロウ=ボルグがエルフ族の窮地を救ったということでロウは英雄認定を受けた。
アーサーとしては、まんまとあのロウに、漁夫の利を持って行かれた気持ちであり、やはり面白くない。
「もういい──。いずれにしても、女王とロウの辺境候軍への訪問は明日だ。病に陥らせているクレオンを動かせ──。あれは、ロウに協力的態度だったはずだが、魔道で操ってロウの処断を指示させろ。嫡男の馬鹿息子は、すでにタリオに引き込んでいるし、そもそも、ロウに反感を抱いていると間者からの報告もあった。クレオンさえ動かせば、あそこはタリオに落ちたも同然だ」
タリオを含む三公国との国境を守る立場にあるハロンドール王国の辺境候のクレオンのところには、ずっと以前からかなりの間者を潜入させていた。
王都でルードルフの兇行が始まったことで、あの律儀者で通っていた辺境候が叛旗を掲げたのは、こっちの工作ではなく、むしろ驚いたが、それ以降のことについては、その間者たちが大いに活躍していた。
間者たちを通じて、クレオンの息子のレオナルドを引き込み、ハロンドールからの分離独立をささやくとともに、辺境候の寄り子的な周辺領主たちも納得させて、いまのところ、あのハロンドールから辺境候を中心とする西側領域は、新しい国として独立する気配だ。
また、あのレオナルドという嫡男がなぜか、ロウに反感を持っているというのは、レオナルドにくっつけているジーンとという女間者からの連絡だ。
アーサーが直接動かしている諜報組織の一員であり、心の優しい娼婦にやつして、うまくレオナルドにとりいった。
笑えることに、あの嫡男は、ジーンという女間者と関係を持ってからは、他の女は抱かないそうだ。
まったく、呆れた阿呆だ。
とにかく、結果的に独立が失敗したとしても、ハロンドールが内乱で弱体することは、アーサーの思うところである。
あのレオナルドのお坊ちゃんには、せいぜい、派手に踊って欲しいところである。
ところが、肝心の辺境候のクレオンが、叛旗を揚げたものの、実は周辺領主たちを抑えることに専念して、なかなか行動を起こさない。
あまつさえ、英雄認定を受けたロウ=ボルグを叛乱軍の旗頭にしようとしているという情報も入り、アーサーは工作員に命じて、クレオンに毒を盛って、病に仕立てあげた。
これにより、辺境候のところに集まっている諸侯軍の総指揮権は、嫡男レオナルドに移っている状況だ。
クレオンについては、少しずつ弱らせて、怪しまれないように殺してしまうつもりだったが、今回のガドニエルとロウの訪問という報告に接し、アーサーは方針を変更することに決めた。
なんとなくだが、ロウ=ボルグという男は、これからもアーサーの大望の邪魔になり続ける気がするのだ。
いま、多少の無理をしてでも、排除しておくことが、なによりも得策のように思えてきた。
アーサーの勘にしかすぎないが、いまのうちに、ロウを殺しておかなければ、もしかしたら、数年後には、ロウがアーサーの前に、もっと大きな立場で立ちはだかるような気がする。
「クレオン辺境候を?」
指示を受ける男がアーサーの言葉に面食らった顔をする。
「ロウを辺境候に殺させろ。エルフ族の隊ごと皆殺しにするんだ。ただし、ガドニエルだけは手をつけるな。魔道を封じさせすれば、あの女王も大したことはできるまい。虐殺劇の悪名は辺境候に被せればいい」
これが失敗しても、エルフ王家と対立するのは、ハロンドールの辺境侯たちであり、タリオではない。逆に、ロウが死んだ後でうまく立ち回れば、エルフ王家とタリオの関係を深められる可能性もある。
アーサーとしては、単純すぎる策だが、単純だからこそ、予想の外かもしれない。
アーサーはにやりと微笑むと、さらに指示を出すために言葉を継いだ。