【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
一郎たちは、隠蔽物のなにもない草原のような場所から、とりあえず、演習場内の中で樹木が密生している場所に移動した。
移動しているあいだに、ブルイネンたちが突破した方向を何度か確認したが、無事に二回目の囲みを通り抜けたようだ。
捕らえられたり、倒れたりしている親衛隊員もいないようだし、ひとまずは安心した。あとはなんとか演習場の外に離脱してくれることを祈るしかない。
「とりあえず、認識阻害といえども、声を出すと解除されてしまうからな。ここなら声は響かないし、最悪、気配を悟られても姿は見えにくい。防音の魔道をかけてもらいたいところだけど、この演習場のどの地域に、さっきの“魔素火粒剤”とやらをばらまかれているかわからない。できるだけ近くに寄ってくれ」
一郎は声をかけた。
エリカとコゼがほとんど密着するように近づく。
「ところで、大きな怪我はないか、ふたりとも?」
一郎はエリカとコゼの身体を探った。
ふたりとも、小さな傷はいくつかあるが、大きなものはないようであり、ほっとした。
ただ、服は返り血で血だらけし、あちこちが斬られたり破れたりしている。具足で身を固めていた親衛隊に対して、一郎もエリカたちも平服だ。
一郎も二度の爆風で服はぼろぼろになっている。
「ユグドラの癒やし」がなければ、身体も同じようにぼろぼろだっただろう。
一郎は、収納術でエリカとコゼのための着替えを出す。自分の分もだ。
それにしても、一郎にしても、みんなにしても、お忍びの訪問だからと、礼装に近いものじゃなくて、冒険者スタイルの平服でよかった。
おかげで動きやすくて、なんとか離脱することもできたと思う。
「こ、これを着るんですか、ロウ様?」
渡されたものを見て、エリカが顔を赤くして声をあげた。
「しっ、大きな声を出さないのよ、エリカ。……ああ、なるほど、動きやすそうですね……。ちょっといやらしいですけど……」
コゼが鋭くエリカをたしなめてから、自分に渡された着替えを眺めて、くすりと笑った。
渡したのは、前の世界におけるレオタードのようなものであり、身につけると魔道がかかって、ぴったりと身体に薄布が密着するようになっているものだ。これもまた、ずっと以前に屋敷で遊んだときの使ったものだ。
収納術で空間の奥底にしまってあったのだが、いましている認識阻害の首輪もそうだが、思わぬところで役に立った。
これなら動きやすいだろう。
ただし、非常に生地が薄くて、女が身につけると、乳首や股間のかたちまでくっきりと現れるほどに密着する。それでいて、動きは阻害しないし、そこらの具足よりも防護性がある。
なにしろ、この服には、外部からの刺激遮断の機能があるのだ。
本来の使い方は、媚薬を塗ってこれを着せ、七転八倒させるためのものである。一度着ると自分では脱げない機能もついていて、媚薬などを塗って放置されると、刺激が遮断されているとわかっていても自慰の格好をせずにいられない。しかし、刺激はない。
まあ、そんな姿を愉しむためのものだ。
棒で突いても、鞭で叩いても、まったく内側の身体には刺激が伝わらないのだから、考えようによっては、具足としてはかなりの防護性があるといえるだろう。
「わかっている思うけど、素肌に直接に身につけてくれよ。そういう風になっているんだ。素肌以外のものがあると、反発して身体が入らない仕組みになっている」
刺激遮断服については一郎のアイデアだが、このレオタードみたいな服に魔道紋を刻ませたのは、スクルドだ。
スクルズとして神殿に所属していたスクルドは、なにかというと、一郎たちの屋敷に移動術でやってきては入り浸っていて、よくこういう性具を作らせた。
考えてみれば、王都でも有名な美貌神官に、繰り返し、自分も試される性具を作らせていたのだから、あれもまた、羞恥責めのようなものだったかもしれない。
まあ、当人は、結構、愉しんで作っていたように見えたが……。
「な、なんでですか──。今日はぷれいじゃないから関係ないじゃないですか。は、恥ずかしいです」
エリカが服を脱ぎながら抗議する。
「諦めなさいよ。そういうものだって、いま、言われたでしょう。それに、裸みたいな服だけど、見つからない限り見られることはないわ。ご主人様以外には」
すると、コゼが呆れた口調で諭すように口を挟む。
コゼはすでに下着を脱ぎかけており、白くて丸いお尻がぷっくりと露わになった。
「それが恥ずかしいのよ──」
エリカはまだ不満そうだが、それでも素裸になって、渡したレオタードもどきの特殊服を身につけていく。
「それにしても、やっぱりこれも赤色なんですね。ご主人様は赤が好きですよねえ」
コゼも裸になっている。
一郎はエリカとコゼの身体を確かめながら、さっきの戦闘でついた小さな傷を淫魔術で治療していく。一郎は魔道遣いの施す「治療術」は遣えないが、支配している女に限り、身体をいじれる。当然に傷ついた肌の治療もできる。
治療するときに、まだ術を施したときに、魔素火粒剤が反応するんじゃないかと一瞬迷ったが、多分大丈夫だろうと踏んだ。
根拠はないが勘だ。
そして、そのとおり、ふたりの肌はいつものような傷のない美しい肌になる。魔素火粒剤の反応もなかった。
「あら、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
気がついたのだろう。二人が礼を言った。
ふたりの治療が終わったところで、一郎もぼろぼろだった服を取り去って同じものを収納術で出して身につける。
ただし、こっちは開発途中のものであり、性能が中途半端の失敗作だ。刺激遮断までは施しているが、身体の線が浮き出るような機能は未完成だ。色も赤ではなく、黒色である。
まあ、男の身体の線が出ても面白くもないので、これで十分だろう。
「そういえば、俺が赤が好きだと言ったか? そうなのか?」
コゼが言ったことを思い出しながら、一郎は言った。
この服の合わせ目は前側にある。しかし、ファスナーを閉じるように、指で合わせ目を下から上になぞると、合わせ目が消滅して全身に密着する。
果たして、そのようになった。
エリカとコゼも身につけ終わった。
ふたりとも、裸同然であり、恥ずかしそうに、手で前を隠している。
「違うのですか? だって、ご主人様は黒色ですけど、こっちは赤ですよね。ご主人様が赤色が好きだって話だから、ガドも親衛隊の具足の色を赤で揃えたんですよ」
コゼがちょっと驚いた感じで言った。
「えっ、ロウ様って、赤が好きな色じゃないんですか? だって、前にさせられたときの
エリカだ。顔を真っ赤にしている。
どうやら、拡めたのはエリカみたいだが、褌といえば赤色だろうし、レオタードもなんとなくイメージで赤と思っただけだ。縄の色も赤紐というのは、エリカたちのような白肌には映えるのだ。
だから、赤が多かったかもしれないが、それで赤色が好きだと思ったのだろう。
コゼの物言いに、一郎は逆に首を傾げた。
赤が嫌いな色というわけではないが、好きということもない。一郎が赤色が好きだということになっているのか?
「いや、そうだな。赤が好きかな。お前たちが可愛くなるしね」
しかし、そういうことにしておくか。
ふたりの顔がさらに赤くなった。
着替えが終わったところで、三人で小さく固まってしゃがむ。
脱ぎ捨てた服は収納術でしまう。
やっぱり、収納術は大丈夫なのか……。
「それで、どうやってピカロとチャルタを見つけるんですか?」
エリカが訊ねた。
この演習場はかなりの広さだろう。一郎たちも不慣れどころか、まったく地理を把握していないし、そもそも、ここにいるのかどうかもわからない。
「そうねえ……。軍営内で捕らえられたという話だったから、そのままここにいる可能性もあるけど、あえて、どこかに護送されているかもしれないわねえ」
コゼも言った。
しかし、一郎は首を横に振った。
「いや、ふたりはここにいると思う。シモン殿の話によれば、もともと、クレオン殿は、俺がここに来れば、ピカロとチャルタを引き渡すことを考えていたんだ。それがどうして、急にこんなことになったのかはわからないけどね。とにかく、この軍営内にいると考えるべきだろう」
「そうですねえ……。では、歩き回って探すしかありませんね……。ご主人様は、近くまで接近すれば、ピカロとチャルタの位置を感じることができますか?」
コゼだ。
一郎は首を横に振るしかなかった。
「わからない。その場になれば、わかるかもしれないし、わからないかもしれない。勘が働く場合もあるし、働かない場合もある。わかることを願うしかない」
「なら、まずは中心側に進んでみましょう、ご主人様。クレオン辺境候か、レオナルドのいる本部に潜入できれば、ピカロやチャルタのことをうまく口にするかもしれません。あるいは、知っていそうなものを捕まえて拷問するとか……」
「まあ、その線で行こうか」
「エリカには、なにか考えはある?」
コゼがエリカに話を振った。
「こ、このまま人のいる場所に行くんなら、せめて腰を布で隠させてください。こ、こんなの恥ずかしすぎます」
エリカが縮こまってしゃがんだまま真っ赤な顔で言った。必死になって手で隠しているが、一郎が渡した布は肌に完全に密着して、まるで透明の赤い膜は貼りついているだけみたいに見える。
手のあいだからこぼれている乳首も臍のかたちもくっきりとなっている。
「人のいる場所っていっても、潜入するだけなのよ。余計なものを身につけて、身体から落としたりしたら、認識阻害が崩れるのよ。武器もご主人様の収容術でしまってもらうからね。我慢しなさい」
コゼがぴしゃりとエリカに言った。
エリカが恨めしそうにコゼを見る。
「あ、あんたまで……。恥ずかしくないの──? これ、ほとんど裸じゃないのよ──」
「恥ずかしいけど、ご主人様の言うとおりに、これはすごく合理的よ。動きやすいし、そのうえで打撃や斬撃を受けつけないなら、こんなに優れた潜入服はないわよ」
「うう……」
エリカが上目遣いに不満そうな顔をしたが、それ以上は文句は言わなかった。
一郎は吹き出してしまった。
「それにしても、魔道を放とうとすると爆発する粉末など、とんでもないがあるものだな」
そして、一郎は何気なく言った。
だが、考えてみれば、そういうものがあるから、この世界も魔道だけがすべてを凌駕するという状況になってないのだろう。
一郎がこの世界にやってきてからの知識によれば、ほとんどの個体が魔道遣いで産まれるエルフ族やドワフ族に対して、人間族は五人にひとりくらいしか魔道遣いは産まれないという。しかも、人間族の場合はほとんどが、魔道力は持っていても、魔道具が扱える程度のものであり、魔道遣いと称することができる者となるとさらに少ないみたいだ。
魔道として発動するくらいの魔道力になると、五十人にひとりくらいになるようだ。
考えてみれば、魔道があることが王位継承の条件とされるハロンドール王室でも、ルードルフの三人の娘のうち、魔道を帯びているのは、イザベラひとりのはずだ。
しかも、数の少ない人間族の魔道遣いは、人間族の国がローム帝国しかなかった時代からの慣例で、幼少から時代から神殿で囲って英才教育をする傾向が残っているので、俗世に残る人間族の魔道遣いは希少だという。
それだけの魔道遣いの数の違いがあれば、考えてみれば、人間族の国など、エルフ族やドワフ族に圧倒されてしかるべきだろう。
しかし、実際には、この大陸では、ハロンドール王国、ローム三公国、エルニア王国という人間族の国家が幅を利かせ、エルフ族は人族の発祥の地とはいえ、ある意味「僻地」といえるナタル森林に閉じ込められており、ドワフ族など、エルニア王国よりも北側の大草原地帯の一部に、いくつかの集落を持っているにすぎないという。
魔道の能力に乏しい人間族が、いまのように、この大陸の中心になる歴史の結果を残したのは、種族としての人口の多さと相まって、エルフ族たちの魔道を凌駕できる戦争の力があるのだと思った。
「これについては、わたしの失敗でもありますわ。どうか、お仕置きをしてください」
すると、不意に背中側から話しかけられた。
びっくりして振り返ると、そこにいたのはスクルドだ。
爆風に巻き込まれたときの焦げや汚れなどはあるが、身につけていた紺のローブとベールのままの服装だ。
それはともかく、どうしてここに?
一郎は唖然とした。
「あんた、どうしてここにいるのよ……。というよりは、どうやって来たのよ。ブルイネンたちと一緒に逃げたはずでしょう?」
コゼが言った。
「魔道で追ってきましたわ。移動術とは違いますが、瞬間的に目に見えている場所に移動できる“縮地”という魔道です。それで追いかけてきました」
ベール越しだがスクルドはいつものにこにことした満面の笑顔だ。しかし、一郎もエリカもコゼも、これがスクルドがなにかを誤魔化すときの笑顔だとわかっている。
もう長い付き合いになりかけているのだ。
「縮地って……。魔道に反応して、周囲を爆破に巻き込んだらどうするつもりなのよ──。しかも、ガドの治療は?」
エリカだ。
「ガドさんの治療はしましたわ。そもそも、治療術は、魔素火粒剤には引っかかりません。収納術もです……。それに、ちゃんと皆さんと同じように、認識阻害の首輪をしてきました。問題ありませんわ」
スクルドがしゃがみ込んで一郎たちの輪に割り入ってくる。
まあ、大抵の性具は、スクルドか、魔妖精のクグルスに作らせた。スクルドに作らせたものは、当然にスクルドも、収納術でしまっていたのだろう。
「あっ、それと、ブルイネンさんたちも、ガドさんも、もちろん、シャングリアさんも、演習場を離脱しました。軽傷者はおりますが、大きな負傷はありません。演習場近傍の森林に入って、ガドさんが結界を刻んで隠れています。追っ手はかかってますが、結界で阻まれて入ってこれません。もう大丈夫です。問題ありません」
さらに、スクルドが一郎に向かって言った。
「ガドも復活したのね?」
「はい、エリカさん」
スクルドがしっかりと頷く。
これについては、一郎もほっとした。
ならば、もうシャングリアもいるし、ブルイネンもいる。
あとは、侵入するために残った一郎たちを隠すために、結界の外にやってきている辺境候軍には、うまく対応してくれるだろう。
一郎たちとしては、レオナルドたちがそっちに気を取られている隙に、なんとか、ピカロとチャルタを見つけ出して身柄を確保するだけだ。
「だけど、不用意に魔道で追ってきたりして、魔素火粒剤とやらが反応したらどうするつもりだったのよ。この演習場には、あちこちに、あれが散布されているはずよ。たまたま、ここまで来るのに反応しなかったんだろうけど」
エリカが不満そうに言った。
だが、スクルドは首を横に振る。
「いえ、まさに、わたしが最初に謝罪したのが、そのことについてです。わたしは、ある程度の広域にわたって、探知魔道を扱うことができます。それを最初に使っていれば、魔素火粒剤の存在も、事前に警告できました。申し訳ありませんでした」
スクルドがベールを剥ぐって頭をさげた。
一応は神妙な表情になっている。
まあ、探知魔道のことはともかく、魔素火粒剤なんて罠があることは、一郎も予想外だった。
そもそも、レオナルドのステータスを読むことで、一郎は先に魔素火粒剤の存在はわかっていた。
だが、それがどんなものか知らなかったために、女たちに警告を出し損ねた。
一番の責任は、一郎自身にあると思っている。
それはともかく、探知魔道で魔素火粒剤を調べられるのか?
「探知魔道で、魔素火粒剤の粉剤の有無を調べられるということか?」
「はい、ご主人様。この林の中に皆様がおられるのも、その探知魔道で追ってきました。ご主人様に支配されている波動を帯びている限り、認識阻害は無効ですから……。もちろん、この周辺に魔素火粒剤が散布されていないことも確かめてから術を結びました」
スクルドが再び満面の笑みに戻る。
おそらく、スクルドは勝手に追いかけてきたことについて、一郎に咎められると思っているのだろう。
スクルドは都合が悪くなれば、笑顔が強くなる。
一郎はちょっと苦笑したくなった。
まあ、それよりもだ……。
「いや、そうじゃなくて……。あの魔素火粒剤とやらは、魔道を使うと、それに反応して爆破するんだろう? 探知魔道も、魔道だろうに。それなのに、爆破はしたりしないのか?」
一郎は訊ねた。
「ああ、そういうことですか。魔素火粒剤というのは、実は魔道全部に反応するのではなく、正確には“魔道陣”に反応するのです。多くの魔道は、術者が魔道陣を空中などに刻み、そこに魔力と呼ばれる“魔素”を注ぐことで術が発生します。宙に浮かんだ魔道陣に魔素火粒剤が集中するとともに、急激な熱を発生させて爆発する仕組みになっているのです。わたしは軍事のことは専門ではありませんので、この程度の説明しかできませんが……」
「魔道陣? ああ、そういうことなの」
エリカが納得いった口調で頷いた。
一郎にはさっぱりとわからないが。
「探知魔道を使っても、魔素火粒剤は爆破しないの?」
コゼが口を挟んだ。
一郎もそれがよくわからなかった。
さっきの現象について、ガドニエルと一郎が術を遣おうとしたときに、散布されていた粉末が爆発したのだろうというのは、なんとなく想像がつく。
ガドニエルは、自分の身体を中心として周囲を結界に包もうとして、目の前で爆破を呼んでしまったし、一郎は足もとに粘性体を出そうとして、足もとが爆発した。
「探知魔道も魔道陣を作りますが、その場所は術者の頭の中であり、眼球であり、耳介になります。魔道陣を作っても、魔素火粒剤には接触はしないので、爆破することはありません。そういう意味では、収納術も同様です。収納術の魔道陣は、作り出す亜空間の出入り口になりますので、やはり、散布されている魔素火粒剤には触れないのです」
スクルドが説明した。
まだ、わかったとはいえないが、つまりは、空中に魔道陣を作って術を発揮するような魔道は使用不能になるが、そうでない魔道は問題ないということのようだ。
「どんな魔道は大丈夫なの?」
コゼがさらに訊ねた。
「ほとんどは使用不能になるようです。しかし、先ほど説明したように、身体強化系の魔道は魔道陣が肉体の外に出ないので反応を免れます。探知魔道はその部類です。収納魔道もですね。魔道剣などの武器は、周りに魔道陣を自動的に描くので魔素火粒剤が反応する場合があるようです。逆に具足などについては、魔道陣が具足内に留まるので問題ないそうですけど……。まあ、これについては、シャングリアさんの受け売りです」
「しかし、俺は魔道陣なんか刻まないぞ。だが、粘性体を放とうとしたら爆発したぞ」
思い出しながら言った。
一郎は、淫魔師であり、魔道遣いだ。
魔道陣などまったくわからない。
「いえ、ご主人様は、術をお遣いになるときに、魔道陣を作っておられますよ」
すると、スクルドがきょとんとした表情になった。
「そうですね。魔道陣が出現してます。ものすごく、素早く発生して、瞬時に術を刻むのでわかりにくいですけど」
エリカも言った。
「そうなのか?」
「そうですね……」
コゼまで言った。
そうかのか……。
これまで、淫魔師の一郎がどうやって、魔道のような現象を発生させているのか、考えたこともなかったけど、本当に魔道遣いと同じように術を発揮していたのか……。
淫魔師というのは、なんなのだろう?
うーん……。
いずれにしても、そうであっても、魔眼については問題ないのだろう。さっきのスクルドの言葉によれば、身体強化系であるはずだし、そもそも、あのとき、レオナルドのステータスを読んだときに、魔素火粒剤の爆破はなかった。
「亜空間術はどうなんだろう? みんなや俺が亜空間に入るときだ」
収納術は問題ないことは確認済みだが、一郎や女が亜空間に入る術はどうなのだろう。
「移動術のように、人の周りに魔道陣が発生してます。魔素火粒剤の中で術を刻めば、陣の中心の者が爆破すると思います」
スクルドがあっさりと言った。
一郎はぞっとした。
そうなったら、確実に死んでしまうだろう。同じ収納術もどきでも、身につけている衣類を剥ぎ取る術も控えた方がよさそうだ。
間違って爆破したりしたら怖い。
「よければ、広域探知の魔道もお教えしますわ。おそらく、ご主人様は、知られている高位魔道遣いに勝るとも劣らない術をお遣いになれるようになると思います」
スクルドが相変わらずの満面の笑みのままで言った。
「まあ、少なくとも広域探知魔道は頼むよ……。好色なことに結びつけてもらえれば、すぐに修得できる気がするよ」
「お任せください、ご主人様」
スクルドが嬉しそうに言った。
「まあいいわ。いずれにしても、あんたが来たおかげで、ピカロたちを探しやすくなったことは確かね。あんたを探知器代わりにすれば、闇雲にこの軍営内を歩き回るよりもいいかも」
コゼが言った。
「もちろんです。頑張ります」
スクルドが嬉しそうに言った。
「それにしても、とんでもないことするわねえ。しかも、エルフ族の女王を最初に爆発で負傷させるなんて──。本当に許せません」
そのとき、エリカが憤慨したように言った。
「いや、レオナルドとしては、まさか、いの一番のガドが魔道を放つとは思わなかったんだろうと思うぞ。あの魔素火粒剤は、術者のみにしかほとんど被害を及ぼさないから、親衛隊の中から最初の犠牲者が出るはずだったんだろう。それで混乱を起こして、俺たちを捕らえるとともに、女王の保護を理由に身柄を抑えてしまう目論見だったかもしれない。しかし、最初にガドが大けがをしたんで、混乱してしまったのだろう。まあ、想像だけどな。しかし、そうだとすれば、悪いが、ガドにも感謝だ。おかげで襲撃が大混乱して、俺たちが脱走に成功できたともいえる」
一郎はうそぶいた。
「でも、ガドも、いつも張り切りすぎて失敗しますよね……。終わったら、優しくしてあげてください」
さらにエリカが言った。
「へえ、なんか、まるで、一番奴隷みたいなことを言うじゃないのよ。ほかの女のことを気にするなんて」
「わたしは一番奴隷よ──」
コゼのからかいに、エリカが反応して声をあげた。
一郎はちょっと笑ってしまった。
「ところで、この魔素火粒剤というのは、本来はもっと隔離された室内のような場所でしか効果がないものだったみたいです。今回使われたような野外で、しかも、広域で散布するのは、新しい技術みたいです、短い時間ですが、シャングリアさんと意見を交換して、そのように言っていましたわ。この辺境候軍では、新しい軍事技術の開発に成功したみたいですね」
今度はスクルドが口を挟む。
「あるいは、ほかのどこかの国かもな……」
一郎は肩をすくめた。
そして、スクルドに視線を送る。
「とにかく、じゃあ、スクルドも同行だ。だが、その格好は駄目だな。とにかく、認識阻害はするが、幽霊になったわけじゃない。その長いローブになにかを引っ掛けて物音をさせてもらっては困る。その服は脱いでもらうぞ」
一郎はにやりと笑った。
「まあ、それでそんな色っぽい格好なのですね。わかりましたわ」
スクルドが立ちあがって服を脱ぎはじめる。
「だが、この特殊な装束は、残念ながら三人分しかない。スクルドは全裸で歩いてもらうからな」
「えっ、わ、わたしだけ裸ですか? ま、まあ……、あっちも全裸みたいな格好ですけど……。だ、だけど裸で……? で、でも……。しかし、ご命令なら……」
スクルドがローブやベールを取り去る途中で硬直して、顔を真っ赤にする。
一郎は笑い声をあげた。
「嘘だよ。この服は刺激遮断の魔道が施してあり、強固な魔道効果のある具足のようなものだ。着ていろ」
一郎は収納術でさらにレオタードもどきを取り出して、スクルドに手渡した。
いいネーミングを思いつかなくて、ゼッ○ル粒子とでもしようかと思いましたが、やめました。
つまりは、“魔素火粒剤”とは、火力ではなく、魔道陣に魔力を集めようとしたら爆発して術者を傷つける特殊粉末の設定です。