※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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681 御曹司の後悔

 レオナルドは、大きな悔悟の中にいた。

 

 演習場の外に抜けた林を正面とした谷地の前である。

 そこに、ガドニエル女王を含むエルフ族たちが引きこもっているのだ。

 レオナルドは、配下の隊を使って、目の前の林の前を囲むように展開させているが、それ以上はどうにもできないでいる。

 なにしろ、林の中に逃げ込んだロウを含むエルフ族たちは、中から結界を張って林に閉じこもり、籠城のようなかたちで封鎖してしまったのだ。

 

 林の中にいるのは、四十名にも満たない少人数のエルフ族だ。

 しかし、林の中から魔道を遣って厚い結界で完全に遮断をして、レオナルドたちを寄せ付けなくしてしまったのである。

 結界もこちらから魔道で破らせようとしているが、辺境候軍にいる魔道士では刃が立たず、もはやどうにもならない状況だ。

 

 魔素火粒剤はまだ準備してあるが、あれは、発動しようとする魔道を封じることはできるが、すでに発動してしまった魔道を取り消す効果はない。

 しかも、結界の内側からは、風魔道も発動しており、林側からこっちの陣営側に吹く比較的強い風が継続している。

 この状態では、魔素火粒剤を撒いても、魔道が封印されるのはこちら側の陣であり、向こう側に魔素火粒剤を届かせることができない。

 

 残る正面は上しかないが、林の両側は深い峡谷になっていて、急峻で高い崖の壁になっている。

 すでに一隊を登らせているが、かなり険しい道なので、おそらく、半日以上はかかると思う。しかも、大きな人数は進めない。

 実際、いま山道をあがっているのは、十数名の少人数のみだ。

 

「まずは、女王陛下の負傷を治療させてもらいたい──。こちらから、治療師を送る──。それを受けれてもらいたい──」

 

 結界の壁を前にして、こちらからの呼び掛けが続いている。

 ガドニエル女王の治療を申し込んでいるのだ。

 しかし、ずっとやっているが、まるで反応はない。

 まさか、死んだということはないだろうが、あのとき、レオナルドの視界の目の前で、魔素火粒剤による爆発をまともに浴びて、ガドニエル女王が大けがをして倒れるのをはっきりと見た。

 どういう状況になっているのかわからず、レオナルドとしては、ただただ臍を噛む思いを続けるしかなかった。

 

 林に張り巡らされている結界は、まるで力場のカーテンのようなものであり、一切の侵入を阻むどころか、こちらか内側を覗くこともできない。

 だから、向こうの状況がわからないのだ。

 しかし、最後に突破された隊からの報告によれば、エルフ族たちがガドニエル女王とともにこの林に逃げ込んだのは間違いなく、追撃をかけたが、あっという間に、この狭い峡谷内に結界を刻まれて、逃げ込まれてしまったということだった。

 レオナルドが本隊とともに、ここに到着したときには、先に到着した隊が結界を前に展開をして、レオナルドの指示を待っているという状況だった。

 その後、いまのように呼び掛けをしているが、内側のエルフ族たちから反応が戻ってくることはない。

 

 それにしても、女王を瀕死かもしれない負傷をさせるなど、どうしてこんなことになってしまったのか……。

 

 レオナルドも馬鹿ではない。

 女王はただ身柄を拘束するだけのつもりであり、その身を直接傷つけるなど考えもしなかった。

 そんなことをすれば、クリスタル石の唯一の産地であるとともに、人類発祥の地を支配している大陸最古の王朝として、もっとも権威を持っているとされるエルフ女王国を敵に回すことになる。

 いや、タリオ公国と手を組んでいることから、最悪はそれでもいいと思ったが、あんなかたちで騒乱を起こす予定はまったくなかったのだ。

 これでは、この辺境候軍が、エルフ族王朝により、「人族の敵」認定をされかねない。

 あのローヌ皇帝家のように……。

 

 エルフ族王朝に勝るとも劣らない古い王朝の残滓であるローヌ皇帝家は、盟王復活を目論んだ陰謀を企てたとして、先般、エルフ女王の名で、「人族の敵」宣言をされた。

 その結果、タリオ公国がそれを大義名分として討伐をして、たった数日で、人間族でもっとも古い王朝は滅亡してしまった。いまや、最後の皇帝は、まるで犯罪者のように大陸中に手配されており、その身柄には生死不問で高額賞金がかけられているという状況だ。

 タリオ公国と組んでいる辺境候軍については、そんなことにはならないと思うが、予期しない結果になったことで、レオナルドもやっと恐ろしさを感じてきた。

 

 あの調練場に魔素火粒剤がばらまいてあることは、最初に魔道を放った者が爆発に巻き込まれることですぐに発覚する。

 ガドニエルというエルフ族の女王が世界一の魔道遣いであることは認識していたが、魔素火粒剤が充満してある場所では魔道など遣えないと悟るだろう。

 そうなれば、当代一の魔道遣いである女王といえども、ただの無力な女にすぎない。

 そして、最初に自隊の中で爆発が起これば、エルフ族たちは大混乱をするはずであり、その混乱の中でガドニエル女王の身柄を確保し、残りのエルフ族は捕らえるか、殺すかする予定でもあった。

 ロウについては仲間の女ごと処分するつもりだったが、これも全員があの結界の内側に逃げ込まれてしまった。

 

 どうしたものか……。

 

 とにかく、ガドニエル女王の身柄を確保することだ。

 負傷については、魔道に長けているエルフ族のことなので、すでに治療術で回復していると思うが、それもガドニエル女王が死んではいないというのが前提だ。

 あの爆風とその後の混乱の中で、残念ながら、それは確認することができなかった。

 

 それにしても、レオナルドはこれまで調練については経験は数多くあるが、実際の戦場となると、これがはじめての経験だった。

 相手はわずか三十名ほどの一隊なので、(いくさ)とも呼べないかもしれないが、爆発が起きたとき、気が動転してしまったレオナルドが「女王を捕らえよ」と命令したことが、あんなに無秩序を呼び起こすとは思いもしなかった。

 エルフ族たちが頑強に抵抗し、あっという間にこっちに死傷者が出たことで、指揮にあった諸兵が興奮状態にも陥ってしまった。

 それからは、慌てたレオナルドが幾ら叫んでも、兵はとまらず、レオナルドはエルフ族たちが包囲を突破して逃亡するまで、部下たちの指揮を取り戻すことはできなかったのだ。

 そういえば、一度手放した兵は、簡単に把握できないと、父親のクレオンに教えられたことがあったが、そのときにはあまり深く考えてなかったが、目の前の味方の血を前にして、あんなにも無秩序状態になるとは……。

 

 いずれにしても、このままじゃまずい。

 ガドニエル女王の確保もできていないし、殺そうと考えていたロウについても、あの厳重な結界の中だ。

 このまま数日もすぎさせてしまえば、エルフ女王国がどういう反応をするか……。

 女王の遭難を各勢力に訴えて救援を呼びかけられてしまったりすれば、辺境候軍はちょっと困った状況になる。それくらいはわかる。

 だから、せめて女王を確保して、人質状態にできれば、エルフ族の本国も迂闊な動きはできないのだが……。

 この状況では……。

 

 レオナルドはどうにもならない結界を前にして、大きな後悔の中にいた。

 

 

 *

 

 

「はああっ?」

 

 報告を受けたとき、思わず声をあげてしまった。

 ハロンドールの辺境候軍が、今日騒動を起こすことはもちろん知っていた。

 タリオの諜報員として、円卓からの指示でそうけしかけたのだ。

 

 ロウ=ボルグを始末させること──。

 

 それが今回の指示であり、すべてに優先せよとも言ってきていた。

 エルフ女王国の女王が、あのロウ=ボルグとお忍びで同行しているというのは、半ば公然の秘密として情報が入ってきていた。

 しかも、今回は女王国の最高行政府である水晶宮からの親書まで届いており、お忍びとしながらも、ほとんど公式の訪問に近かったのだ。

 これを襲撃させるなど、一歩間違えば、大陸を揺るがす大騒動になると思ったが、中央からの指示であるなら仕方がない。

 

 あの頭の軽いレオナルドがロウに危機感を抱くようには、以前から仕向けていた。

 レオナルドの部下として辺境候軍に潜り込んでいるタリオ公国の手の者が父親のクレオンがロウをレオナルドの地位にすげ替えようとしていると仄めかさせていたのだ。

 直情型のあの坊やは、それで頭に血がのぼり、さらに、毒を飲ませて弱らせ続けていた辺境候のクレオンを操り、ロウを殺せと伝えさせると、嬉々として、ロウの襲撃を実行した。

 ロウを守っているのは、エルフ族の女兵だというのもわかっていたので、ハロンドールの田舎組織が魔道戦に対抗できるように、タリオの最新の軍事技術である“魔素火粒剤”も大量に与えた。これも、タリオによる協力の証として、辺境候軍に少し前から供与していたものである。

 そこまではよかった。

 

 しかし、ロウと一緒にいた女王のガドニエルごと、レオナルドが襲撃をするとは思わなかった。

 当然に、まずは策を使ってロウとガドニエルを引き離し、それからロウたちを襲撃して、襲うか、殺すかすると思ったのだ。

 ロウがガドニエルの新しい愛人なので、ロウを殺せば、女王は泣き狂い、女王国として報復をするだろうが、報復の相手はハロンドールの辺境候軍とハロンドール王国になる。

 タリオとしては、ハロンドール王国が弱まるだけのことであり、なんの痛痒もない。

 

 そして、大公のアーサーは、どうやら、ロウ=ボルグに密やかな対抗意識を抱いているようであり、ロウを始末することで、アーサーの溜飲もさがるらしかった。

 国策として、アーサーがガドニエル女王と婚姻を結ぶことを狙っているのもわかっていたので、襲撃事件のあと、何食わぬ顔でタリオの手の者が女王に恩を売り、傷心の女王の心に食い込む策も考えていた。

 もっとも、これはかなり危うい策であるので、実行するかどうかは迷っていた。

 レオナルドによるエルフ族の一隊の襲撃の裏に、タリオ公国が絡んでいるなどということは、万が一にも知られるわけにはいかないからだ。

 

 ところが、ひとつ狂うとすべてが狂うというが、今回は狂いすぎだ。

 レオナルドは、女王とともにやってきたロウ=ボルグをエルフ族の一隊ごと襲撃し、最初に女王を大けがをさせたという。

 生死はわからないが、おそらく、命に別状はないということのようだ。それはもっと都合が悪かった。

 女王自身を傷つけるなど考えられないが、いっそのこと死んでいれば、いくらでも工作のやりようがある。

 だが、生きているとなれば、もう誤魔化しようもない。

 女王への襲撃事件は、完全に表に出た。

 

 あの国は極めて保守的であり、好んで軍を外に出すということはしない。

 しかし、女王が襲撃されたということであれば、どうだろうか?

 エルフ族は数が少ないので、軍をナタル森林の外に出すほどの力はないと思うが、女王の影響力は大きい。

 万が一、女王国の敵宣言をされてしまえば、かなり、外交的に危うい立場に追い込まれる。

 この辺境候軍のことなどどうでもいい。

 しかし、その裏にタリオがいることが発覚してしまったら……。

 

「だけど、どうしようもないねえ。ロウを殺し損ね、女王に大けがをさせ、結局、逃亡を許したのかい──。それで、あのお坊ちゃんはどうしようとしてるんだい?」

 

 報告をしてきた部下に怒鳴った。

 

「囲みを脱走したエルフ族の隊を追撃して、自分の隊に囲ませてます。だが、エルフ族は峡谷のあいだに逃げ込んで、強固な結界を張って完全に籠城しているような状況らしいです。にらみ合いの最中で……」

 

「女王国への処置は?」

 

「まだ、これといって……。とにかく、女王の身柄を確保しようと躍起になっています」

 

「ロウは?」

 

「やはり無事のようです。もっとも重傷なのがガドニエル女王のようで、ほかのエルフ族も含めて、捕らえられたり殺されたりされたものはいません。むしろ、辺境候軍側にかなりの死傷が出てます」

 

「辺境候軍も数千はいただろうに……。たった、三十名ほどのエルフ族の隊に傷も負わせられないのかい? しかも、魔素火粒剤で魔道を封じていたのだろうに」

 

 思わず、悪態をついた。

 状況はよくない。

 ロウを殺せてさえいればよかった……。

 そうなれば、女王はナタル森林に戻るだろうし、悲しみに耽る女王にタリオの名で救助して恩を売って、ナタル森林の帰路に同行する。

 そういうシナリオもあり得た。

 

 ところが、レオナルドがいきなり女王を負傷させたことで話が変わってきた。女王もロウも生きていて、追い詰められている。

 その状況であれば、女王国は女王を救出するために軍を出すだろう。あるいは、なんらかの救助隊を派遣する。

 それとも、各勢力に援護を求めるかだ。

 女王国は、いまの社会に不可欠な魔石の唯一の産出国でもあり、影響は大きい。

 

 いずれにしても、この辺境候軍は、泥船だ。

 その泥船にタリオ公国は喰い込みすぎている。

 ほとんど同盟に近いくらいに、人や物を供与している。

 

「どうします、姉御?」

 

 部下が指示を仰いできた。

 一度大きく息を吐く。

 そして、部下を見た。

 

「レオナルドは切り捨てる。この辺境候軍に、タリオが協力していたという痕跡をすべて消滅させな。万が一ことを考えて、タリオの関与を知っている者もすべて始末するんだ。潜っている間者はそのままにするけど、あえて顔を割らせている者は引き上げを」

 

「わかりました」

 

 部下が頷いた。

 タリオの関与を知っている者を殺すとなれば、せっかくの秘密同盟関係を破棄することになるが仕方がない。

 優先すべきは、タリオの関与をなかったことにすることだ。

 どうせ、円卓もこの辺境候軍に大したことを期待していなかったろう。

 円卓からの指示を受けてから動くべきかもしれないが、あっちとこっちとでは温度差もあるし、時間的なこともある。

 最終的には、どういうかたちであれ、辺境候側軍は女王側と和解するしかないだろうが、その中でタリオの関与も知られると、女王国の恨みをタリオも負うことになる。

 いまのうちに、証拠を消滅させるべきだと判断した。

 

「とにかく、動くんだ。円卓にはあたしから報告する」

 

「承知しました。ところで、クレオンとレオナルドについては?」

 

 部下がさらに言った。

 タリオが関与しているということを最も知っているのはレオナルドだ。エルフ族と和解したあと、あの馬鹿がべらべらと余計なことを喋らないとも限らない。

 いや、喋るだろう。

 そういう能無しだ。

 操るには都合がよかったが、一緒になにかをするには、使えなさすぎる。

 

 そして、クレオン──。

 毒で弱らせて、今回はクレオンの意識を混濁させ、魔毒で操り、クレオンからの指示として、ロウの襲撃を指示させたが、意思に反して襲撃指示をさせたという記憶は残っているだろう。

 いずれにせよ、早晩死亡させて、レオナルドに辺境候の地位を継がせる予定であったが、こっちも証拠の隠滅といくか……。

 

「クレオンはすぐに始末。そして、毒を盛らせ続けていた辺境候家の主治医は殺しな。レオナルドについては、あたしが片付けるよ」

 

 そして、報告者にそう指示をした。

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