【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
クレオンの息遣いは、明らかに切迫したものだった。そして、おかしな呻き声をずっと繰り返している。
ジェシーは、寝台に横たわるクレオンの汗を拭きながら、クレオンに言葉をかけた。
「伯父様、しっかりなさってください。ジェシーはここにおります」
だが、クレオンは、相変わらず聞き取りにくい言葉を口にするだけだ。
しかし、なんとなくだが、しきりに「やめよ、やめよ」と喋っているような気がした。
ほとんど言葉になっていないが、やっとジェシーはそれに気がついてきた。
また、表情は苦しそうで、必死にジェシーになにかを訴えったい感じにも思える。
「伯父様、なにをやめるというのですか?」
ジェシーはもう一度声をかけた。
すると、クレオンの眼が大きく開いた。
ただ、憔悴しきっている。
あの闊達で陽気な伯父が、ここまで弱っているのを目の当たりにすると、ジェシーは心が締めつけられた。
「ジェシー様、お館様にはお休みになっていただきましょう。お話はかえってご負担になります。それに、ジェシー様の方がお疲れのようです。一度横になられては?」
「そうですね。しばらく、わたくしたちがついております。お休みをなさってください」
ふたりの侍女だ。
ジェシーとともに、クレオンの看護にあたっている者であり、この演習場に諸候軍を集め出してすぐに病に陥ったクレオンを看護するために屋敷から呼んだ女たちらしい。
ジェシーは首を横に振った。
「いえ、伯父様についています。あなたたちこそ、交代で休みなさい」
ジェシーはきっぱりと言った。
それに、クレオンがなにかを喋ろうとしているのが気になる。ジェシーはクレオンの口元に耳を寄せるようにした。
「ジェシー様、お館様はお疲れです。お薬を飲んでいただきます。少しお離れを……」
だが、侍女がそれを邪魔するように身体を入れてきた。
少し無礼だと思ったが、ジェシーはとりあえず我慢した。クレオンの屋敷からやってきた侍女だし、彼女たちなりに、クレオンの容体が心配なのだろうと思うからだ。
しかし、ジェシーはクレオンの姪であり、クレオンの弟伯爵を父に持つ令嬢である。それを手で強引に阻むなど、かなりの不敬行為だ。
ジェシーは、内心でむっとした。
それに、やはりクレオンはなにかを言いたそうだ。
ジェシーはそれがすごく気になっているのだ。
「いいえ、おどきなさい。伯父様はなにかを訴えている感じです。あるいは辺境候軍の指図に関することかもしれません。あなたたちこそ、離れなさい」
ジェシーはきっぱりと言った。
クレオンがなにかを訴えようとしているのであれば、いま、辺境候軍の軍営を訪問をしているというエルフ女王たちに対する処置のことだろう。
あれは、やっぱり絶対におかしいのだ。
ジェシーは、もう一度、クレオンの口に顔を近づけようとした。
だが、またもや、侍女たちに阻まれた。
「では、お薬の後で……。先に飲んでいただきます。その後でも」
むっとしたジェシーに、侍女のひとりが焦るように言った。
ジェシーは嘆息した。
「わかったわ」
仕方なく、寝台から離れる。
部屋の壁にある椅子まで向かい、とりあえず腰をおろした。
座ると、自分の疲労が自覚できた。
確かに、疲れているのだろう。なにしろ、夕べ、急に容体が悪化したクレオンの看護のためにずっと起きていた。
女騎士でもあるし、若さもあり、一晩や二晩は寝なくても問題はないが、やはり、疲れていることには変わりない。
椅子に腰掛けながら、ジェシーは侍女たちがクレオンに、お抱え医師が処方した薬をぬるくした白湯に溶かすのをぼんやりと見た。
ジェシーは、この辺境候クレオンの弟の娘である。つまりは、クレオンの姪だ。
父親は、辺境候家の保有する飛び地の管理者であり、クレオンが辺境候とは別に持っている伯爵位を借りている一代領主だ。
ジェシーはそのひとり娘になる。
ジェシーの父が亡くなれば、爵位も領地も辺境候家に返納することになっていることもあり、女騎士としてひとり立ちをしている。
今回の辺境候クレオンの国王糾弾の決起に際しては、父親とともに兵を連れて参陣した。
ところが、クレオンが急に病に倒れたので、その看護のためにクレオンにつくことになって、ここにいるというわけである。
それはともかく、この演習場で病に陥ったとはいえ、身体に力が入らなくなって寝台についていただけだったクレオンが、ここまで病を悪化させたのは昨日のことだ。
昨日までは気持ちだけは元気であり、横になりながらも、この部屋に家人や部下を呼んでは必要な指図をずっと続けていた。
ところが、昨日の夕方に容体が突如として悪化し、一度錯乱状態に陥った。
そのときは、ジェシーは別室で休んでいたのだが、それを知らされて、慌ててここに飛びこんだ。
そして、それから、ここにずっといる。
伯父のクレオンが心配で、食事もとってないので、確かに疲れているかもしれない。
だが、ふと思った。
そういえば、あのときも、部屋の中に目の前の侍女たちがいて、入ってきたジェシーをなぜか阻もうとしたのだった。
強引に部屋に入ったが、クレオンの横には医師がすでに来ていて、興奮状態のクレオンになにかをささやきながら、飲み薬を口に注いでいる最中だった。
すると、クレオンは一瞬静かになり、そして、いきなり身体を起こして、レオナルドを呼べと叫び出したのだ。
ジェシーは、素人ながらも、クレオンの表情と態度を不自然に思った。
なにしろ、異常なほどに陽気になったクレオンが、とまることなく、べらべらと喋り続けたからだ。
クレオンは陽気ではあるが、あんなに喋る男ではない。それが息をするように、ずっと周りに喋り続けていた。
また、その内容にも驚いた。
その翌日、つまり、今日やってくるというエルフ族の女王の一隊を襲撃して、一緒に同行しているロウ=ボルグを殺せと話しているのだ。
ロウ=ボルグというのは、王都では冒険者にして、功績により国王ルードルフから一代限りの子爵位をもらった新興貴族であり、実はジェシーの従姉にあたるアネルザの愛人だ。
アネルザは従姉とはいえ、まだ二十歳にもなっていないジェシーとは、歳もかなり離れているので、ジェシーにとっては叔母という感じだ。
王妃アネルザの愛人というのは、大して驚くことではない。
王妃ではあるが恋多き女性であり、ロウの話が辺境まで王都の噂として届いたときには、あの気の強い従姉が新しい愛人を作ったのだなあというくらいの感想だった。
しかし、それからいろいろなことが起こった。
王都でその王妃アネルザが捕縛されて、貴人専用の囚人塔に監禁されたという話がやってきて、さらに、王都の混乱と国王ルードルフの蛮行が次々に情報としてもたらされた。
やがて、辺境候クレオンが国王打倒の決起を呼び掛け……。
そして、ロウ=ボルグだ。
王都の異変では話に上らなかったロウが、ついこの前、エルフ族の英雄として、大陸中に名前が轟く事態が起きたのだ。
エルフ女王国で謀略があり、それをロウが救ったという。
ロウ=ボルグはエルフ族の女王ガドニエルから英雄認定を受けて、しかも、その式典のときに、女王のロウが口づけをする映像が魔道通信で全大陸に流れたりした。
ジェシーは、他人事ながらも、あの気性の荒いアネルザの愛人のはずのロウがまったく別の女──エルフ族の女王と恋人になるというのは、アネルザが怒りまくるではないかと心配になったりした。
そんな話があったところで、少しずつ王都のことも情報がさらに入ってきたりして、王太女イザベラが王都を離れて離宮に移っていて、実は妊娠しているのだという話がやはり噂として伝わってきた。
しかも、その子種はロウ=ボルグだとか……。
なんという男だろうと思ったりしたが……。
そのロウがガドニエルとともに、辺境候軍の軍営を訪問するという話が持ちがったのは、わずか数日前のことだ。
そして、昨日の朝にはエルフ女王家から、クレオンのところに親書まで届き、そのときには、クレオンは上機嫌であり、ロウに会えるということに随分と愉しみにしている様子だった。
ジェシーからすれば、まるで女の敵のような節操なしの男に思えるのだが、クレオンは別の感想を持っているみたいだった。
半分は冗談混じりながらも、自分は病で軍の指揮ができないので、英雄でもあるロウに辺境候軍の指揮を任せてもいいなどと口にしたりしていた。
そのクレオンが急にやってくるロウを襲撃して殺せと、ジェシーの従兄のレオナルドを呼びつけて命令したのが、あの錯乱の直後なのだ。
レオナルドは喜び勇んだ様子でこの部屋から出て行ったが、その後、クレオンの容体が再び悪化した。
まったく起きることも、喋ることもなくなり、昏睡が続いた。
それが一晩……。
いまは、やっとうわ言のような感じだが、なにかを喋る感じにはなった。
それがなにかということがジェシーは気になるのだが、侍女たちに邪魔されてしまった。
そのときだった。
扉が外からノックされて、医師がやってきたと告げられた。
ジェシーが返事をすると、いつものお抱え医師がやってきた。
個人的な面識はないのだが、ずっと辺境候家に仕えている医師らしく、ジェシーがクレオンの看護につくようになってからは、頻繁に会っている。
クレオンの病気は、魔道では癒やせないということで、投薬をずっと煎じてくれている。
名前はコットンである。歳はクレオンよりも少し若く五十歳くらいだ。
扉が閉められ、コットンが持っていた鞄を侍女が受けとる。
「コットン先生、伯父様が……」
ジェシーは立ちあがって、クレオンの容体を説明しようと思ったが、医師から手で阻まれた。
そして、医師はジェシーの顔を覗き込むようにする。
「わかっています。お館様がお楽になれる薬を準備します。しかし、ジェシー様も随分と顔色が悪い。飲み薬を準備しましょうか」
すると、コットン医師が言った。
ジェシーの返事を待たずに、侍女が部屋の隅の机に置いた鞄から飲み薬を取り出して持ってくる。
「い、いえ、わたしは特に……」
「いやお飲みください。ただの疲労回復薬です。魔道で回復するのはよくないですが、服薬ならむしろ身体が丈夫になります。とにかく、お飲みください。ポーションです」
「はあ……」
半ば、強引に押しつけられるように渡された小瓶を手に取った。
一瞬迷ったが、まあ、疲れているのは確かだ。
これからクレオンの看護も長丁場になる予感もあるし、一度疲労を回復しておくのも悪くない……。
ジェシーは小瓶の瓶をひと息で飲み干した。
その瞬間だった。
いきなり、身体の血が沸騰したみたいに熱くなった。
全身から汗が噴き出す。
慌てて立ちあがろうとしたが、ジェシーは腰が抜けたみたいになり、椅子から崩れ落ちてしまった。
「おやおや、特性の薬が効いたようですね。やっぱり、あなたは処女でしたか。よかった、よかった。処女にしか効果のない媚薬ですから」
コットン医師がジェシーを上から覗き込みながら、蛇のような視線でジェシーを見た。
その顔にはこれまでに接したことのない卑猥な色がある。
ジェシーは動転した。
「あっ、かっ……」
一服盛られたのだとわかったが、身体が動かない。舌も痺れている。
「これから遠くに行きますからねえ。その旅にあなたを連れて行こうと思うのですよ。私は最初にあなたを見たときから気になっていたんです。ひと目惚れです」
コットンがジェシーに手を伸ばす。
ひと目惚れ?
お前は何歳だと怒鳴りそうになったが、そのコットンの手がジェシーのスカートを掴んだことではっとした。
ジェシーは騎士服ではなく、看護のために普通の令嬢の服装をしていたが、コットンがジェシーが身につけていたスカートをまくりはじめる。
「やっ、め……」
しかし、やっぱり声が出ない。
手で阻もうとするが、完全に脱力してそれもできない。
ジェシーは焦るとともに、怒りで頭が沸騰した。
なんだ、こいつ──。
「コットンさん、そんな暇はないでしょう──。なんで痺れ薬なんて……。ジェシーはここで始末するんじゃなかったの? 看護疲れに見せかけて殺すんでしょう?」
侍女だ。
さっきとはまったく口調が違う。
ジェシーを殺す──?
どういうこと?
ジェシーは唖然とした。
「殺すなんてもったいない。ジェシーはもらいますよ。昔から気の強い女騎士を調教して育てるのが夢でしてね。お館様を殺すという大罪を犯すんです。これくらいの報酬がないとやってられない」
コットンが侍女を向いて笑った。
だが、手はとまっているが、コットンはジェシーのスカートを持ったままだ。
いまは、ジェシーのスカートは太腿の半分くらいまでまくり上げられている。
「いいから、先にこっちを始末しなさい──」
もうひとりの侍女が苛ついた口調で怒鳴った。