【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ロウ様、大変です──」
エリカの悲鳴が突然に部屋に響き、一郎は振り返った。
「あっ、こっちも──」
だが、コゼも叫んだ。
一郎ははっとした。
女ふたりと男の医師が絶息している。すでに顔は土気色であり、全身を痙攣させてもがいている。そして、見ているあいだに、その震えも小さくなり、いまはまったく動かなくなった。
「死の呪文か──。スクルド──」
叫んだ。
敵に屈服したり、口にしてはならない言葉を吐いたりするなど、一定の条件を満たしたときに、全身に毒が回り、即死に至らせる魔道だ。
呪術といっていいだろう。
一郎が死の呪文を目の当たりにするのは、二度目だと思う。
最初はノルズであり、一郎は瀕死の彼女と性交することで、ノルズを死から救った。あと一回は、ユイナを受け取りに褐色エルフの里に赴いたときに、ピエールという魔族に身体を乗っ取られていた童女のメイを助けたときだ。
いずれも、パリス絡みだったが、その死の呪文をタリオの間者にも、施されているのか?
ふたりの侍女が辺境候家の侍女でありながら、実はタリオの諜者であることは、ステータスを読んだときにわかっていた。医師は違う。しかし、侍女たちに買収されて、辺境候を裏切ったのは、さっきの会話から明らかだ。
もしかして、屈服したことで呪術が発動したか? それとも、自殺? 医師はともかく、ふたりの侍女は間者として捕らえられれば、自殺するように訓練でも受けていたか? あるいは、それに連動して、医師にも呪術が発動するようになっていたとか……。
いずれにしても、三人とも、その死の呪文が発動している。
「だめです──。解呪の術を跳ね返されます」
スクルドが焦った表情で首を横に振る。
一郎は舌打ちした。
「ちっ、ここでか?」
三人全部は無理だ。男にも一郎の能力は効果はない。
だったら、ふたりの侍女のうちのひとり……。
女たちは、さっき素っ裸にして、エリカとコゼに紐で縛って床に転がしてもらっていた。
犯して精を注ぐのはわけもない。
一郎は、ふたりの侍女のうちのひとりに駆け寄った。ステータスで観察する限り、年齢は変わりないが、こっちの方が諜者のレベルも、戦士レベルももうひとりよりも高い。もうひとりにはない“毒遣い”というジョブもある。
諜者としては、こっちが長だろう。
タリオの間者であることは、白状させないとならない。
辺境候とその姪のジェシーとかいう娘の前で、堂々と性行為をするのは気が進まないが、ほかに手段はなさそうだ。
そして、三人のうち、残りのふたりは諦めるしかない。
「生き残ったら、これがタリオの陰謀であることの生き証人になってもらうぞ」
一郎は侍女のひとりに手をかけて仰向けに倒し、その脚の間に身体を跪かせた。
「ご主人様、危ない──」
だが、次の瞬間、コゼが叫ぶとともに、目の前でコゼの握る短剣が一閃した。
血が噴き出し、侍女の右手首が斬り飛ばされていた。
驚いて眼を見張ると、切断されて転がった手首には、しっかりと針が握られていた。
一郎は呆気にとられてしまった。
そして、瞬時に自分の迂闊さに気がついた。
最初にステータスを読んだとき、ふたりの侍女が魔道片をはじめとして、いくつかの暗器を隠しているのは見抜いていた。だから、エリカたちに、ふたりの侍女を素っ裸にするように指示したのだ。
しかし、その後でステータスを読み直して、ちゃんと武装解除されていることを確認するのを怠った。
一郎の失敗だ。
「ロウ様、大丈夫ですか──」
エリカが悲鳴をあげた。エリカはクレオンの寝台を挟んで反対側だ。エリカの横には、医師のコットンがいるが、すでに事切れている感じだ。
「あ、ああ……。コゼが助けてくれたからな」
一郎はエリカに、大丈夫というように両手を見せた。
「申し訳ありません、ご主人様……。目の前で縄抜けをされたのに、気がつきませんでした」
コゼが意気消沈している。
「い、いや、助かったよ……」
おそらく、持っていたのは毒針だろう。あのスクルドの魔道で暴れていたときに咄嗟に隠したのか? それとも、身体のどこかに隠していた?
しかも、コゼに縛られたのに、そのコゼに気がつかれずに、縄抜けまでするとは……。
おそらく、諜者としてはかなりの実力者だったのだろう。
コゼがいなければ、毒針に刺されていた……。
一郎はすっかりと肝が冷えてしまった。
そして、そのあいだに、目の前の女をはじめとして、残りのふたりも完全に死んだ。
念のためにステータスを読もうとしたが、なんの情報も得られなかった。
死人のステータスを魔眼では読むことはできない。
「い、いまのは──?」
寝台の上の辺境候のクレオンも唖然としている。
「いまとなっては証拠もないかもしれませんが、あなたの侍女たちは、タリオが送り込んだ間者でした。その医師も買収されていたのでしょう……。もう、気がついていると思いますが、あなたは、ずっと毒を盛られていたというわけです」
一郎は言った。
「タリオだと?」
クレオンの眉間に皺が寄る。
信じたのか、信じなかったのかはわからない。ただ、少なくとも自分たちが大きな陰謀に巻き込まれていたということくらいは悟っただろう。
「ご主人様、身体の汚れをとります……」
スクルドが近づいて、一郎の身体に手をかざした。
目の前でコゼが侍女の手首を切断していたので、返り血が身体に飛んでいたのだが、一瞬にして綺麗になる。洗浄魔道だ。そういえば、旅のあいだは、よくミウに施してもらっていた。
身体についた血の匂いも消える。
「もしも、そのとおりなのだとすれば、わしは天下の愚か者だな。これほどの近くに諜者を忍び込まされて気がつかぬとは……。夕べの失態も……」
クレオンが呻くように言った。
随分とがっくりとなっている。
一郎の眼には、クレオンが一瞬にして、大きく老け込んだようにも感じた。
「あ、あ、ああ」
すると、変な声がしたので、視線を向けた。
ジェシーだ。
さっきの騒動で驚いたのか、部屋から出ようとした態勢のまま扉の近くで座り込んでしまっていたようだが、いまは腰が抜けたみたいになっているみたいだ。
一郎はくすり笑ってしまった。
「騎士さんなのに、人の死を見るのは初めてか? 俺を殺そうとしから、俺の仲間が助けてくれたんだ。それとも、それに不満とか?」
一郎は声をかけた。
すると、ジェシーがはっとしたように、首を横に振る。
「ま、まさか不満なんて……。でも、どうして、わたしが騎士だと? わたしのこともご存じなのですか?」
ジェシーがしゃがみ込んだまま訊ねてきた。
確かに、いまのジェシーは普通の貴族令嬢風の服装だ。剣すら帯びてない。外観では騎士だとわかるはずはないか……。
しかし、一郎は単にステータスを読んだだけだ。
このジェシーは、寝台の辺境候の姪にして、伯爵家の令嬢とある。しかも、辺境候軍の女騎士だ。
そして、騎士レベルは“2”とあり、まったく高くない。
だから、騎士としては新米なのだろうと、高をくくっただけのことである。
「知らないが、なんとなく身のこなしでわかったよ。だけど、まだまだ、騎士としては精進が不足かな。それでも、努力しているのもよくわかる。君の普段の頑張りも、君の身体を見てわかるんだ」
一郎はうそぶいた。
身のこなしなんかで実力がわかるわけがない。エリカやコゼなどは、相手のなんでもない仕種ひとつで、隠れいている実力も見抜くみたいだが……。
彼女が騎士として努力しているかどうかなど知りようもないが、なんとなく真面目そうだし、そう言っただけである。
「あ、ありがとうございます……。頑張ります」
すると、なぜかジェシーが顔を赤らめた。
一郎はちょっと首を傾げてしまった。
「……そ、それと、さっきは引っ叩いて申し訳ありまでんでした」
そして、ジェシーがその場で小さく頭をさげた。
「さっきも謝ってもらったよ。それに、解毒のためとはいえ、君みたいな可愛い女性の唇を奪ったんだ。叩かれて当然だ」
一郎は笑った。
「か、可愛い?」
なぜか、ジェシーがさらに顔を赤くした。
「ロウ様、こうなってしまっては、この場はどうしようもありません。それよりも、ガドたちを……」
そのとき、エリカが口を挟んだ。
一郎は頷いた。
そうだった。
もともと、ピカロとチャルタの身柄を確保するための情報を得るために、ここに忍び込んだのだが、辺境候のクレオンに恩を売ることができ、それで処刑を中止してふたりを引き渡してくれる交渉ができるのであれば、それでいい。
「クレオン殿、さっきも言いましたが、直ちにガドニエル女王への攻撃の中止を……。いまなら、間に合います。女王には……いや、ガドには俺から取りなしてもいい……。俺が仲介すれば、彼女も、ナタル森林の水晶宮も、このことを不問にさせることもできると思います。だけど、ガドも、水晶宮の者たちも、俺には過ぎた女たちばかりでして……。俺やガドが命を狙われたなんて知ったら、怒り狂って、エルフの軍隊を報復で差し向けるかも……。クリスタル石なんで、瞬時に交易中止にするでしょうし……」
一郎は言った。
軍隊を向けたり、クリスタル石の交易中止などの報復まではしないかもしれないが、まあ、ここははったりだ。
これを回避するためなら、サキュバスふたりの開放など簡単に応じるだろう。もともと、引き渡しの意思もあったみたいだし。
とにかく、一郎がそれなりにエルフ王宮に影響力を持っていることを示すために、ガドニエルを“ガド”と呼ばせてもらう。
実際、ガドは一郎の指示にためらうこともないと思うし、ラザニエルはともかく、ケイラ=ハイエルの中に入っている享ちゃんも、一郎のためなら何でもしてくれる気がする。
駄目だと言っても、ちょっとばかり戻って、ラザニエルと享ちゃんの身体に言い聞かせればいい。
「頼む、ロウ殿。エルフ女王国と事を構えるなど、辺境候家の本意ではないのだ」
クレオンが真剣な顔でそう言い、寝台を降りようとした。
驚いたジェシーが慌てて立ちあがり、クレオンに駆け寄る。
「伯父様、起きあがっては──」
「いや、さっきのを見ただろう。家人も部下も、誰を信じていいのかわからん──。レオナルドにはわし自らが行く──。とにかく、早く女王陛下への攻撃を中止させねば……」
クレオンがジェシーの肩を借りて、寝台からおりようとした。
「ちょっと伯父様……」
ジェシーは戸惑っている。
だが、強引に起きあがろうとするクレオンに手は貸している。
「大丈夫ですか?」
一郎も声をかけた。
スクルドの魔道による治療があったとはいえ、たったいままで死の一歩手前まで衰弱していたのだ。
まあ、確かに、辺境候自ら向かってくれれば、間違いもないと思うが……。
「問題ない。必ず軍はとめる。その代わり、女王陛下への取りなしは頼みたい。この通りだ」
寝台に寝ていた態勢から、寝台に座る姿勢になっていたクレオンが一郎に向かって頭をさげた。
「お任せください。辺境候のことも、レオナルド殿のことも、いまなら悪いようにはしません」
一郎はきっぱりと言った。
すると、クレオンが心なしかほっとした表情になる。
「もちろん、レオナルドには責任をとらせる。わし自身についてもだ……。だが、いま、わしらが同時にいなくなっては、ここに集まっている軍が瓦解する。しばし……、しばしだけ時間が欲しい。それも取りなしを……」
「承知しました。お任せください」
一郎は、請け負った。
女王が攻撃をされて、怪我まで負わされて、それを不問にする交渉など、ガドはいいが、水晶宮は納得もしないだろうとは思う。
まあ、それは享ちゃんに任せよう。
大丈夫だろう。
「ありがたい……それと厚かましいが、レオナルドのところまで向かうのに護衛も頼みたい。護衛の騎士は連れていくが、さっきのことを考えると、紛れているかもしれない諜者が邪魔をする可能性もある」
「それも承知しました……。だが、俺たちを信じていいのですか? たったいま、ここにやってきた部外者ですよ」
一郎は言った。
すると、クレオンは白い歯を見せた。
「娘のアネルザから、そなたのことはよく聞いている。手紙でだがな……。娘は、そなたのことを“これぞ英雄”、まさに“英雄公”だと以前から伝えてきていた……。あれはできのいい娘ではないが、人を見る眼だけはある。だから、信用する……。それとわしが不甲斐ないせいで、アネルザやイザベラ王女、なによりも、孫のアンには、あのキシダインなどのことで苦労をかけたが、それを救ってくれたことも承知している。ずっと感謝していたのだ。だから、わしがロウ殿のことを信用するのは当然なのだ」
クレオンが言った。
「アネルザが俺のことを……? あっ、いや、王妃殿下が」
思わず呼び捨ててしまい、慌てて言い直す。
クレオンが大きな声で笑い声をあげた。闊達そうな笑い声であり、この豪快そうな笑いは、王都のいるアネルザを思い起こさせた。
親娘なのだなあと、改めて思った。
「アネルザで構わない。ロウ殿と娘のあいだのことも重々知っている。娘が世話になっている。わしの見る目のなさで、女としての幸せを与えられなかったが、ロウ殿に出会ってからは、それも変わったようだ。評判の悪かった王妃としての評価も激変してよくなった。これもまた、ロウ殿のおかげなのだろうな」
クレオンが笑いながら言った。
アネルザは、一郎が思うよりも随分と、一郎についてクレオンに知らせていたみたいだ。
「ロウ様、急ぎましょう」
エリカが声をかけた。
「そうだった」
クレオンが頷く。
そして、ジェシーに掴まるように立ちあがる。
すると、クレオンの反対側にスクルドがやってきて、身体を支える役割に加わった。
「弱まっている脚に力が入るように魔道をかけますか? ですが、強引に筋肉を使役するので、魔道が切れると、その後二、三日は筋肉痛がつらいかもしれません」
スクルドがクレオンに言った。
「やってください、魔道遣い殿……」
クレオンの言葉を受けて、スクルドが魔道をかけたのがわかった。
やっとクレオンが自力で立ちあがる。
しかし、スクルドの顔を改めて覗き込むようにして、首を傾げた。
「はて、どこかで……」
「他人のそら似です」
だが、スクルドがはっきりとクレオンの言葉を遮った。
「あんたねえ……。まだなにも言われてないのに、そら似はないでしょう。誰のそら似なのよ」
コゼが呆れたように言った。
「誰のそら似でもありませんわ。わたしはスクルド──。ご主人様にぞっこんの雌犬魔導師です。それはもう、間違いありません。それでまったく問題ありません」
「雌犬って、あんたねえ……。あんたにしても、ガドにしても、雌犬って、人前で口にするのはやめなさい」
エリカがぴしゃりと言った。
ふと見ると、クレオンも、ジェシーも呆気にとられていた。
一郎は苦笑した。