※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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686 老将の悔恨と念願

 いつの間にか、白髪が奇異ではない年齢になっていた。顔にもしっかりと老齢による年輪が刻まれている。

 

 辺境候として、この国の国境を守ることが任務であり、長くこの地で国を守ってきた。しかし、実は異国との戦の経験はほとんどない。

 その脅威がなかったのだ。

 

 辺境候領の西側には、かつてローム帝国と呼ばれていた国があるが、いまは三公国に分裂をしており、これまでの話にはなるが、ハロンドール王国に侵略をするほどの力はなかった。

 ローム帝国がハロンドール王国の宗主国であった時代の父祖は、ハロンドール王国が属国であることをやめたことで送られた報復の帝国軍から幾度となくこの地を守り抜き、王国の独立に命をかけたが、それもいまは昔だ。

 王都にある王軍に次ぐ軍事力を辺境候家とその周辺諸侯で保持している現状において、ハロンドール側からローム側に攻めることはできても、逆はなかった。

 それが実情だったのだ。

 

 また、西側の旧ローム帝国に対して、北にはエルニア王国と呼ばれる国がある。ハロンドール同様に、かつてはローム帝国の属国であった国だが、いまは完全な独立国だ。

 ただ、宗教的指導者が国王であり、ハロンドール王国とも、旧ローム帝国の三公国とも外交を断ち、事実上の鎖国状態だ。

 あの国が国の外のことに興味があるとは思えず、侵略行為を起こす可能性があるとも思えない。

 

 もっとも、数年前にタリオ公国の大公となったアーサーという男が世に出てきたときは、そのぬるま湯のような状況も長くないかもしれないとは思った。

 調べさせところ、アーサーという男はかなりの野心家であり、彼の野望はかつてのローム帝国の版図を復活することに留まらず、ハロンドール王国、エルニア、そして、エルフ女王国にまで拡がっているということがわかったのだ。

 まあ、絵空事だとは思ったが、あの若者は、タリオの成長を妨げていた旧ローム帝国時代からの因習を見事な政治的手腕と強引な軍事行動で排除して国を急成長させ、あっという間にハロンドール一国に匹敵するほどの富を国にもたらした。

 

 そして、今回のカロリック併合だ。

 まだ、表向きの手続きはされていないが、カロリック大公だったロクサーヌ少女公は国を捨てて逃亡中であり、カロリックの重鎮貴族たちは、すでにことごとく、侵略をしたタリオ公国に服従を誓った。

 事実上の併合だ。

 さらに、山脈を隔てているデセオ公国がタリオの支配に同意すれば、あのアーサーの野望の第一弾は完成する。

 そして、デセオは、タリオを受け入れるだろう。

 

 あのデセオ公国もまた、独特の気風を持つ国であり、住んでいる者たちそのものの性質が富や権力に関心がない。享楽と放埒を旨とする国風であり、デセオは、領土欲や権力的な野心とは無縁である。

 三公国の中で唯一、形式だけでなく、表向きにもローム帝国の支配を受け入れ続けていた。

 アーサーが最後の皇帝を放逐したいま、デセオの宗主国は消滅してしまったが、あのデセオ公国はこれまでいた皇帝の立場に、タリオ公国のアーサーがついても、なにも気にせずに、そのまま支配を受け入れるだろう。

 あれは、そういう国なのだ。

 

 だからこそ、クレオンは、あのタリオの若者の次の矛先がハロンドールであると確信をしていた。

 父祖のように国を守って戦うという名誉を手に入れる機会を与えられるものだと思っていた。

 国策として、意図的に国境守備を担う軍事力を辺境候以外の周辺諸侯にも分裂させている現状であるが、その諸侯を辺境候クレオンを中心としてまとめきることで、いざとなれば、国力としていつでも合一できる準備を整えているつもりだった。

 

 しかし、その実態は、いつの間にか、あのアーサーの間者を多数侵入させられ、虫食いのように辺境候軍をはじめとして、各諸侯の勢力が荒らされている状態だった。

 クレオン自身がそのタリオの間者に暗殺されかける寸前だった。

 屋敷に長く仕えている侍女たちがタリオが送り込んだ間者であり、暗殺者だったのだ。

 彼女たちは、もう五年も屋敷で仕えていた。

 つまりは、もう五年も前に、タリオのアーサーによって、家人の中に潜入させられていたということになるのだろうか。

 五年も前といえば、まだタリオが流通で急成長をする時期よりも前であり、アーサーのタリオ公国における大公としての地盤が盤石ではなかった頃だ。

 そんな前から……。

 

 また、そういう状況は、辺境候家だけでなく、諸侯軍の中も同様だった。

 調べさせたところ、今朝まではいたのに、現在、不可思議な失踪をしている者たちが少なくない数あるようだ。

 もしかして、今日の昼間、レオナルドがエルフ族女王に戦端を開いたことで、巻き添いになるのを避けるために、一斉に間者が抜けた?

 まだ、昼間に対して、夕方のことなので、いなくなった者たちが本当にいなくなったのかどうかさえもわからない。

 ただ、現段階で、タリオの勢力が辺境候軍の軍営に紛れ込んでいたという確かな証拠は、人の消滅とともに消えている。

 いまは調査中だ。

 

 さらに、嫡男のレオナルドそのものがタリオの軍門に陥っていた。

 エルフ女王の護衛隊に攻撃をした責任者として、とりあえず、レオナルドについては、地下牢に監禁させたが、そこに送り込んだあと、すぐにクレオンはレオナルドに会いに行った。すると、レオナルドは、タリオの諜者を通じてアーサーと秘密の協定を結んでいて、そもそも、エルフ女王への攻撃やロウを捕獲しようとする企てが、そのタリオの諜者にそそのかされたことで実行したということを白状した。

 

 クレオンは愕然とした。

 タリオのアーサーというのは、敵対すべき相手であり、与する相手ではない。

 それがわからないとは……。

 

 しかも、よくよく聞けば、タリオ公国との密約などというものは、諜者を通じた口約束であり、書面一枚、魔道誓約一個も存在しない。タリオの諜者であるという証拠すらない。

 レオナルドによれば、相手がそう名乗ったから、信じただけというのだ。

 クレオンは、レオナルドがタリオと協同していたということ以上に、その愚かさにがっかりした。

 今回のことがどういう結果になろうとも、レオナルドは辺境候の後継者にすることはできない。

 クレオンは、これから始まるエルフ女王家との会合の結果いかんに関わらず、レオナルドを見捨てることを決めていた。

 

 それにしても……。

 

 自分は老いたのだろうか……。

 今回の体たらくの過去を顧みて、そう思った。

 国のために戦う……。そして、死ぬというのがクレオンの夢だった……。

 命をハロンドールのために削り、それでやっと父祖と並んで、同じ土に埋まって眠ることができる。

 その機会を得たい。

 ずっと、そう思っていた。

 

 しかし、あのとき……。

 もしも、偶然にロウがクレオンを暗殺しようとした侍女たちを阻止してくれなかったら……。

 とてもじゃないが、恥ずかしくて、天界で待っている父祖たちの宴に侍ることなどできなかった。

 考えると、ぞっとする。

 

 辺境候として、この地でなにもせずに、ただただ存在すること──。

 それがこの国からクレオンが求められ続けたことだった。

 

 クレオンが父の急死によって、若く辺境候の地位についたとき、このハロンドール王国は、兇暴王エンゲルの時代だった。

 エンゲル王は、現在のルードルフ王の祖父にあたり、このハロンドールの地は、エンゲル王によって強引に推し進められる中央集権施策の中で、粛正に次ぐ粛正──、そして、それに抵抗する諸侯によって起こされる内乱と、その討伐がひたすら繰り返されるという、とにかく、国が荒れた時代であった。

 自分に少しでも反感を持つ諸侯をどんどん切り捨てては、理由をつけて粛正したエンゲル王が、唯一手をつけなかったのが、この辺境候家だった。

 それは、代々のマルエダ家がずっと王家の忠実な楯であり続けていたということとともに、クレオンが一早く、エンゲル王への絶対の忠誠を誓ったからだろう。無論、国境を守る立場にある辺境域の勢力ということもある。

 とにかく、エンゲル王の激しすぎる治政に、反乱を起こす諸侯は少なくなかった。

 クレオンは、エンゲル王の求めのまま、鎮圧の軍を出して、王軍とともに内乱の諸侯を鎮圧していった。

 

 そういう態度が評価されたのだろう。

 各諸侯が力を削られる中、辺境候家のマルエダ家だけは、エンゲル王は手をつけなかった。

 せいぜい、囲っていた国境守備軍の勢力の半分を辺境候家の諸侯の指揮下に入れるようにして、力の分散を図らせただけだ。

 ただ、マルエダ家のように広大な領土を持つわけでもない各諸侯においては、維持経費が膨大な常備軍を保持するだけの財源がなく、諸侯側に移った常備軍の維持費のかなりを辺境候家がそのまま負担することにもなった。

 エンゲル王としては、それでマルエダ家の力を削いだつもりだったかもしれないが、むしろこの辺境の地におけるマルエダ家の地位はあがった。

 なにしろ、国境に騒乱があるときには、諸候軍の指揮権を与えられており、軍の維持のための財政的な基盤で、周辺諸侯の懐をマルエダ家が握るのである。

 ハロンドールの西方域における事実上の小国王の誕生だ。

 家臣が力を持つことを嫌うエンゲル王としては、失政だったと思う。

 

 だが、もしもエンゲル王があのまま長生きをすれば、危なかったかもしれない。

 出過ぎた釘は、罪はなくても、罪を作って討伐するのがエンゲル王だ。国境を守らせるという役割があったとしても、エンゲル王はいずれ、クレオンに手をつけたかもしれない。

 しかし、エンゲル王は早世した。

 魔道でも回復の見込みのない突然の死病に倒れたのだ。

 

 自分の死により、王家の力が弱まるのをエンゲル王は恐れた。

 なにしろ、その時点で、多すぎて国政の邪魔でしかなかった王族をエンゲルは憎み、自分の係累以外の王族のことごとくを誅殺するか追放してしまっていたのだ。

 王族など、自分と自分に極めて近い親族程度で十分と考えたようだ。

 だが、あまりにもやりすぎて、王家の力を削ぎすぎてしまったということだ。

 エンゲル王は自分さえ生きていれば、余分な王家の一族など不要と思っただろうが、エンゲル自身の早すぎる寿命は、彼の計算をすっかりと狂わせてしまったのだ。

 

 そのため、エンゲル王は、まだ独身だった孫のルードルフとクレオン家が縁づくことを求めてきた。

 ルードルフは、エンゲル王の嫡男にして、王太子のロタールの唯一の息子であり、次々代の王と決まっていた。

 王家にとって、次の王に決まっているロタール王子については問題はなかった。しかし、当時十五歳だったルードルフは、この時点ですでに王としての資質を問われていたほどの無能の評判だったのだ。

 エンゲルの息子のロタールについては、エンゲル王に鍛えあげられるとともに、堅実な政策思想、実直な性質、そして、果断すぎる父王の行き過ぎを度々に換言していたことで各諸侯から慕われもしていた

 だが、その優秀な王太子のロタールの唯一の失敗作がルードルフと言われていた。

 エンゲル王は、次の治政のロタールと、さらに次の世代のルードルフの後ろ盾になることを願い、クレオンに対して、クレオンの娘のアネルザとルードルフを娶せることを求めたのだ。

 

 ただ、ルードルフは、その当時から女狂いの政治嫌いの無能という評判が大きく、クレオンとしても、嫡女のアネルザをそのルードルフの妃とすることは躊躇した。

 しかし、応じるしかなかった。

 せいぜい、国王になっても、アネルザ以外の女を側妃にしないこと──。約束を破った場合は、マルエダ家は王家の後ろ盾から手を引くという誓約を書かせるくらいしかできなかった。

 そして、エンゲル王が崩御した。

 だが、王国として誤算だったのは、王位を継いだロタール王がわずか二年の治政で病没したことだった。

 なんの準備のないまま、無能と呼ばれたルードルフが国王になった。

 

 そして、あれから三十三年──。

 

 ルードルフは、世間の期待を裏切らず無能王であり続けた。

 ただし、祖父のエンゲル王が王家に取って変わる可能性のある諸侯をすべて粛正し尽くしていたおかげか、内乱だけは起きなかった。

 まあ、つい最近までの過去のことになったが……。

 ただ、平和ではあったろう。

 なにも変化しない三十年──。

 これがルードルフのこれまでの治政の評価だ。

 

 だが、一切の改革を放棄することで社会成長は停滞し、国力は低下した。新しい人材は活用される機会を与えられず、有能な者がタリオなどの他国に流出して社会活力は衰退した。

 その間に、いつの間にか三公国が力をつけ、タリオなどという公国がハロンドール王国の後塵ではなく、肩を並べるほどにもなった。

 ルードルフは、アネルザのほかに妃は持たないという約束だけは守ったが、アンという実子をアネルザと作った後は、女としての一切の関心をアネルザに示さなくなった。

 妻としてのアネルザをないがしろにし、大勢の奴隷女を後宮に集め、しかも、自分の仕事をアネルザに押しつけて、ルードルフ自身は後宮に入り浸るだけの昼行灯に徹した。

 

 気性の荒い娘のアネルザは、そんなルードルフに対して荒れに荒れ、自らも奴隷宮を作ったりするという暴挙を振るったりした。

 さすがに、クレオンは諫めたが、親の小言を受け入れるような娘ではなく、王妃アネルザの評判は、アネルザの荒い気性とともに、ルードルフ同様に低下していった。

 クレオンは、そんな王都のことを、遠い辺境候領から見守るしかなかった。

 

 戦うことしかできず、政治的な駆け引きも苦手であり、王都との関係が希薄なクレオンには、なにもできることはなかったのだ。

 それに、エンゲル王の激しすぎる時代に疲れていた諸侯は、ルードルフのなにもしない治世に安堵もしていた。意外にも、ルードルフのことを受け入れる諸侯は少なくなかったのだ。

 ルードルフは、権力を望む者には、職務と併せて喜んで自分の権限を手渡したので、好色である以外は、部下にとっては、実に仕えやすい王だったようだ。

 いや、大して物狂いもせず、軍事行動もしなければ、新しい離宮を作ることもない。だから、国政は潤う。そして、余った王宮の富は、権力欲のないルードルフから家臣たちは奪い放題だった。

 これでは、クレオンとともに、王宮改革の必要性に同意する諸侯が集まらないのも当然だ。

 

 また、贅には興味を抱くこともない。ルードルフが望むのは、女を抱くことによって得られる快楽だけだ。

 賄として求めるものも、美しい奴隷女程度であったのだから、むしろありがたい王でもあった。

 ある意味、ルードルフの治世は、王都に集まっている一部の諸侯たちにとって、とても望ましい安心できる時代でもあったのだ。

 

 しかし、キシダイン卿という男が現れた──。

 

 彼は、エンゲル王によって粛正されていなくなった王族の生き残りともいえる人物であり、政治的手腕に優れ、しっかりとした財政基盤、さらには、見た目の美貌と爽やかさと相まって、世に出るや否や、ほとんど瞬時に王都の寵児となった。

 血筋として問題なかったこともあり、クレオンにとっては実の孫になるアネルザの実子の王女アンの夫にもなった。

 アネルザもまた、自分の娘のアンをキシダインに託したかったのだろう。

 アンは、同じ歳の王女のエルザ姫とともに魔道力が皆無であり、王位継承権がなかったのだ。だから、アネルザはアンを守るために、キシダインという男をアンの夫にしたのだと思う。

 

 ルードルフには、イザベラという三女の王位後継者がいたが、無能王の評判のルードルフの血を引くイザベラの人気は高くなく、アンの夫となったことで、王位継承の資格を得たキシダイン卿に対し、彼にこそ王位を継いで欲しいという声も大きくなった。

 そもそも、王家でありながら、魔道をまったく持たない子供というのは稀有の存在だ。魔道を遣えない者は珍しくもないが、王家の魔道具をまったく使えないほどに魔道力が皆無であるという例はあまりない。

 それもあり、アンにしても、エルザにしても、そもそも、本当にルードルフの種なのかという声は密かにあったみたいだ。

 そんなこともあり、アネルザは、アンを幸せにしてくれる存在として、キシダインに期待したのだろう。アネルザは、次代の王として、第三王女イザベラではなく、アンの夫のキシダインを支持し、イザベラを目の敵にした。

 いまとなっては、完全な間違いだったとしかいえないが……。

 

 クレオンとしては、アネルザの血が繋がっているアンも孫だが、イザベラ、あるいは、いまはタリオのアーサーのところに政略で嫁いでいったエルザもまた、実の孫のつもりだった。

 だから、王都の王位継承者の混乱は、クレオンとしては複雑な思いだった。

 なによりも、ルードルフの無能がその混乱を大きくした。

 あの馬鹿は、王位継承のことで王都が荒れていることを認識しながら、自分の後継をキシダインにするのか、イザベラにするのか決めることを放棄したのだ。

 クレオンは呆れたものだった。

 

 いや、罪は自分も同じだ。

 王都の状況に不満を抱きながらも、自分で動くわけでもなく、情報を積極的に集めようとすることさえしなかった。

 なにもせずに、ただこの辺境で静観をしていただけだった。

 だから、まさか、キシダインに嫁いだアンが、実はキシダインの屋敷に監禁され、奴隷以下の生活を強いられているなど、夢にも思わなかった。

 それがあからさまになったときには、血が沸騰するほどに激怒した。

 もっとも、クレオンが知ったのは、すべて解決して、アンが過酷な生活から解放されて、神殿に保護されてからだったが……。

 

 ロウ──。

 

 それが、実の孫のアン、ひいては、娘のアネルザ、さらにイザベラをも救ってくれた救世主とも呼べる男だ。

 彼が世に出てきたことで、すべてが変わった。

 ロウがキシダインを失脚させ、彼の悪行を世間にあからさまにしたことで、これまで隠れていたクレオンの娘や孫たちの不幸が全て解決したのである。

 

 まず、これについても知らなかったのだが、イザベラはキシダインによって、度重なる暗殺の危機に瀕していたのだ。だが、その恐怖から解消されて、正式に王太女になった。

 アンはキシダインの監禁から解放されて、ロウに心を救われた。その経緯も、クレオンはアネルザからの手紙でしっかりと把握している。

 そして、王政は、王太女イザベラとともに奴隷宮を解散したアネルザが担うようになり、ふたりの評判は急激に高くなった。

 国政も改革の兆しをみせるようになり、王太女の侍女たちを王女の側近として登用して若い力を国政に使ったり、タリオから自由流通を取り入れることで王都の物価がさがり、さらに、異国の商品が大量に市場に出てきて消費が拡大したりと、王都には新たな時代が訪れそうな、そんな民衆の仄かな期待がやっと生まれはじめた。

 それなのに、あの馬鹿はついに……。

 

 それはともかく、ずっと疎遠だったアネルザは、なにかあればロウのことを頼むと、頻繁に手紙を送ってくれるようになり、親娘の仲が戻るきっかけもまた、ロウが作ってくれることになった。

 クレオンは嬉しかった。

 

 アネルザは、ロウと男女の関係であることは手紙には直接には書いてこなかったが、調べれば公然の秘密として、王都では常識のようだった。

 それに、送って寄越すアネルザの手紙からは、アネルザがロウを男して慕っていることが言外に明白でもあった。

 これまでのような奴隷宮ではなく、王妃の堂々の本気の浮気は、クレオンも諫めるべきかと思ったが、それよりも、手紙から読み取れるアネルザの幸せそうな雰囲気、そして、どんどんとあがるアネルザの王妃としての評判に、クレオンはロウを認めることにした。

 そもそも、王都における評判を拾う限り、ロウを愛人にしたアネルザの評価は、むしろ急上昇していたのだ。

 

 そのアネルザは、手紙のたびにロウを褒め、あれこそ“英雄”だと、生き生きと書いて寄越した。ロウやその仲間たちと触れ合うことが、なによりもの人生の幸せだとも書いてきた。

 一時期は憎しみあった感じもあるイザベラ王太女との関係も良好のようだ。まあ、アネルザだけでなく、実は、イザベラ、さらに、アンともロウは男女の関係だと噂で聞いたときには、仰天はしたが……。

 まあ、それも受け入れた。

 いずれにしても、王都にいるクレオンの娘と孫の不幸を消滅させてくれたのが、ロウという存在であることは明白だ。

 クレオンは、一度、ロウに会いたいと思っていた。

 

 とにかく、クレオンは今回のルードルフの蛮行に失望しきった。

 新しい女に入れあげ、あんなに尽くしたアネルザを捕縛して監獄塔に監禁して閉じ込めるなど、その知らせには、耳を疑ったほどだ。

 監獄塔から送られたアネルザからの助けを求める手紙に激怒し、ルードルフを見限ることに決め、反乱の旗を掲げた。

 まあ、実際には、王都に叛乱軍を進軍させるまでのことをするつもりはなく、目的の半分は王軍を除けば王国内の最大の軍事力である辺境域の諸候軍が勝手に暴走しないために、あえて軍を集めたということだ。

 残りの半分の理由はタリオ対応である。

 王都の混沌と合わせるように、国境の向こうのタリオ公国の軍事行動の兆しがあった。

 クレオンは、そのタリオへの牽制の意味としても、辺境域の諸候軍を集結させたのである。

 まあ、もしも、ルードルフがこのまま王位にしがみつき、退位に応じないようならわからないが……。

 

 その諸候軍の領主や軍指揮官の多くが、サキュバスによって魅了術にかけられていたのは驚いたが、まあ、実態としては実害はなかった。クレオンやレオナルドのところには、あのサキュバスは近づかなかったし、実際にサキュバスたちがなにかをやったということもなかった。

 結果的に、あのふたりがやったのは、大勢の領主、将軍と性交して、ほかのことに手が着かないほどに、快楽に溺れさせた程度である。

 あのサキュバスたちが、自分たちの「主人」は、ロウだと「自白」したことについては、さすがに唖然としてしまったが……。

 

 とにかく、今回、やっとそのロウと会えた──。

 ナタル森林に赴いて、エルフ王家の危機を救ったことで、女王のガドニエルから英雄認定を受けて、その女王の恋人にもなったロウ──。

 そのロウがやってくるだけではなく、気がつくと、いつの間にか陥っていたマルエダ家の危機、そして、クレオンの命も救ってくれていた。

 思った通りに、なかなかにいい男だった。

 まだ会ったばかりだが、あれは、ひとかどの人物だと思う。

 娘のアネルザは、我が儘で悋気で愚かだったが、人を見る目だけは持っていた。ルードルフと婚姻する際には、最後の最後までそれを忌避していた。

 ロウは、そのアネルザが絶賛した男だ。

 まだ、わからないが、アネルザの賞賛の通りの男だと思う。

 これぞ、英雄か……。 

 

 だから、もういいのではないか……。

 

 この国を守った父祖たちを並ぶことのできる栄誉を得たい──。

 これだけがクレオンの望みだったが、実際には悔悟だけの人生だった。

 せいぜい、エンゲル王の猟犬として内乱の中で同胞の諸侯たちと戦っただけだ。

 それでは、とても国を守った父祖たちの場に参加することはかなわないだろう。

 

 子育てついても失敗した。

 アネルザはともかく、後継者として目していたレオナルドは、クレオンの想像以上に無能だった。

 シモン……。

 頭がよく、優秀であることはわかっているが、とにかく変わり者で、あれは辺境候家を引っ張っていけるのだろうか……。

 そもそも、この家を継ぐつもりがあるのか?

 まあ、そうしてもらうほかないが……。

 

 いずれにしても、集めさせた諸候軍であるが、それをタリオに巣喰われていたとあっては、解散するしかないかもしれない。

 各諸侯には帰還してもらい、もう一度、自軍の引き締めをしてもらう。

 タリオの息のかかりすぎている諸侯軍が動くことはむしろ危険だ。

 

 無論、辺境候家の自軍もそうだ。

 今回のレオナルドの暴走で、すでに半分以上の勢力を失っている。戦闘の時間が短かったのと、戦闘中止の直後にこれまで戦ってきたエルフ族たちから逆に治療術を受けたことにより、戦死こそ全体の一割に留まったが、三分の一は後遺症が残りそうであり、今後は兵としての役割を果たすことはできないだろうと報告を受けている。

 それほどの戦いだったのだ。

 これに対して、相手のエルフ族の女兵たちは、戦闘中の傷こそあったが、いまは治療術で完全回復しているそうだ。

 もちろん、死者などない。

 結界という力場の壁があったとはいえ、なんという力量差なのだろう。エルフ族がそんなに白兵戦で強靱とは、一度も耳にしたことはなかったのだが……。

 

 いずれにしても、もういいだろう……。

 ロウという男の背中に、エルフ族の王家がしっかりとついていることは、今回改めてわかった。

 王都の混乱については、いまや、どうしようもない状況であるが、ロウならうまくまとめてくれるかもしれない。

 エルフ女王家と事を起こしたとあっては、それを償うたためには、レオナルドはもちろん、クレオンの首をも必要だろう。

 辺境候家と軍のことは、シモンに託すしかないが、そのシモンの後ろ盾をロウに頼むのはどうだろうか。

 いや、頼むべきだろう。

 引き受けてもらえるかどうかはわからないが、ロウはアネルザの愛人でもあり、この辺境候家はアネルザの実家だ。

 だから、クレオンが死んだ後のことについて、誠意を示して頼めば……。

 

「お館様、そろそろ、会合の時間です」

 

 思念を扉の向こうから声をかけてきた家人によって遮られた。

 昼間に起こした騒動について、改めて女王側と会同を開くことになっており、その刻限がやってきたのだ。

 もともとは、明日だったが、これよりも先に、急遽ではあるが、一度準備会合を先にしたいとロウから申し出があったのだ。

 

 とにかく、クレオンはすでに覚悟を決めている。

 レオナルドとともに、クレオンの命──。

 なんとしても、それで終わりにしてもらおう。

 真摯にロウに頭をさげれば、それで……。

 

 クレオンは扉の向こうの家人に声をかけてから、おもむろに立ちあがった。






 いま、気がつきましたが、エンゲル凶暴王をルードルフの“父”としている箇所と、“祖父”としている箇所が入り混じっているようです。
 “祖父”の設定が正しく、間違っている箇所は修正したいのですが、記憶にある部分しか修正していません。ほかにも設定誤りの場所があれば、発見次第に直します。
 ご了承ください。
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