【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「それがわしへの最後通牒ということか……」
クレオンはぐっと拳を握りしめた。
「最後通牒でも、警告でもありませんよ。繰り返しますが、わたしたちの総意をお伝えしているだけです。妥協の余地も望みもありません。女王家の話し合いの内容に関わらず、マルエダ家からはここに集まっている諸候軍の指揮権を取りあげます。マルエダ家としての存続は認めましょう。シモン殿でしたっけ……。あの風変わりなお坊ちゃまのもとで、お家の再興を図るといいでしょう。もちろん、いまと同じ版図というわけにはいきませんでしょうけどね……。なにしろ、マルエダ家がなくなろうと、わたしたち列州同盟が独立しようと、あるいは、王国が存続しようとも、この地を守る常備軍は必要です。その維持のための経費的な基盤は、各領主が保持をしなければなりません」
リィナが冷めた口調で言った。
クレオンは唖然とした。
このリィナは、クレオンを全軍を総括する地位からおろすだけではなく、領土まで奪おうとしているのか──?
「ば、馬鹿な──」
クレオンは思わず机を叩いた。
「素直に勧告に従ってもらえれば、わたし……いえ、わたしたちは、女王家との話し合いにおいて、せめてもの名誉ある花道をクレオン殿に準備できるように努力することを約束します。あなたのこれまでの功績と領域全体への奉仕をわたしは認めています。大人しく従っていただければ、マルエダ家の可哀想な将兵たちは、これ以上の負傷を受けないですみます。エルフ軍とのあれだけの死闘……。このうえに、まだ戦えというのは、可哀想ですわ」
リィナがにっこりと笑った。
クレオンは奥歯をぐっと噛みしめて激情を我慢した。
レオナルドの無謀な突撃により、いま現在のマルエダ家の本軍は、ほとんど動くことはできない。再建にも少なくとも半年はかかる。
それを見越した軍事的な脅迫だ──。
本来であれば、マルエダ家の本軍は、各領主軍の全部を集めたよりも数が大きい。
領主たちが集まったところで叛旗を掲げられるなどありえなかったのに……。
「応じていただけますわね、クレオン殿。そうすれば、せめて、引退ですむように女王家と話し合います。場合によっては、隠居のための土地くらいは、我がワイズ領内に準備します」
リィナが言った。
自裁──。それを免れても、領土を割譲させたうえでの領主の引退……。そのときには、自領における隠居を認めずに、ワイズ領内での余生……。おそらく、新たにマルエダ家を継ぐシモンに対する人質の意味もあるに違いない。
この女狐め……。
だが、いまのマルエダ家の軍の状況では……。
クレオンはなんとか状況を覆すことができないかと考えて、もう一度、リィナ以外の者たちを見た。
しかし、その表情から、もはやリィナが完全に彼らを牛耳っていることを悟った。
がっくりと項垂れるしかなかった。
そのときだった。
伝令が現れて、女王一行が会同の場所にやってきたことが知らされた。
「案内をして参ります」
家宰のサーマクが駆け出ていく。
クレオンをはじめとして、五家の領主たちは、立ちあがって、女王を迎える態勢をとる。
そして、扉が改めて開いた。
家宰が案内とともに、まずは十人ほどのエルフ族の女兵が雪崩れ込むように入ってきた。指揮は美しい女隊長だ。
名は確かブルイネン……。
次いで女王──。
エスコートをしているのはロウである。
さらに、エリカ、コゼ、シャングリアとかいうロウの仲間たち……。最後に、あのスクルド。
そして、驚いたことに、クレオンの横の向こう側の代表席となる場所に腰掛けたのはロウだ。
代表席は、クレオンの席のすぐ隣であり、それ以降の序列の席が向かい合う形式になっている。
女王であるガドニエルは、特に気にすることもなく、ロウの隣の次級席に腰掛けた。
初めて見るが大変な美貌だ。髪の毛の一本一本までも精錬されていて美しい。しかし、なぜか顔が赤い。
まるで欲情をしているかのように全体的に妖艶であり、特に目がうつろだ。
しかも、席につくまでに切なそうに数回も吐息をした。そのひとつひとつがとにかく扇情的だったのだ。
これには、クレオンだけでなく、リィナを含めた全員が少し面喰らったと思う。
「あれ? そちら側の代表はクレオン殿ではなく……、そっちのリィナ=ワイズ伯爵殿……なのですか?」
一方で、最初に全体を見たロウが座るや否や、驚いたように言った。
これには、クレオンもびっくりした。
リィナたちに突きあげられて、クレオンが総帥の立場からおろされたのはたったいまだ。しかも、まだ正式ではなく、この準備会合の話し合いを受けた後における夜中の会合のことになるはずだ。
それなのに、どうして、総帥の交代劇のことをロウが知っていた?
もしかしたら、ここになにかを傍受するような魔道具を仕掛けれている?
だが、そんなはずはない……。
タリオの間者が潜入していたのがわかったので、とにかく徹底的な魔道探知と魔道具の捜索は行った。この会場における確認も徹底した。
なんらかの方法による傍受は不可能のはずだし、この場所からは誰も外に出ていなかったので、さっきの話し合いの内容をロウが知る方法はなかったはずだ。
家宰のサーマクが案内に出た直前に語ったかもしれないが、そんなことをする理由はない。そんな雰囲気でもなかった。
ロウが代表のことを口にしたのは、この部屋に入ってきて、なにかを探るように全体を見てからだ。
なにを見た?
「まだ、クレオン=マルエダ殿がわたしたちの代表です。いまのところは……。ただ、明日の朝には変わっているかもしれません。それだけのマルエダ家の失態です。それと、女王陛下におかれましては、今回のマルエダ家の失態に際して、同じ軍営に属する者として伏して謝罪を申しあげます。マルエダ辺境候家の蛮行には、わたしたち領主同盟も憤懣激怒するところであります。同じ軍営の一員として、心からの謝罪、並びに、お見舞い申しあげます」
クレオンが対応するよりも早く応じたのはリィナだ。
「なるほど、マルエダ家の失態か……。それで突きあげを……? だけど、それは困ったなあ……。クレオン殿と事前に約束したこともあるしなあ……。そうかあ、代表の交代かあ……」
ロウがまるでひとり言のように言った。
これまでのあいだ、エルフ族側で口を開いたのは、ロウただひとりだ。
ガドニエル女王はまだひと言も喋っていない。
全員がまだ立ったままであり、ガドニエル女王も同様である。まだロウの左腕に手を置き、エスコートの態勢をしている。
「うんっ」
そのとき、突然にガドニエル女王がびくりと身体を震わせて変な声を出した。
まるで、嬌声のような艶めかしいと誤解されるような声と、淫らささえ感じさせる仕草だ。
クレオンも唖然とした。
どうしたのだろう?
「ガド……、静かにな……」
すると、ロウが横のガドニエルに視線を向けて微笑んだ。
そのとき、ガドニエル女王がうっとりとロウを見て、痴態を示すような仕草をした。
これにもまた驚いたが、続く女王の小さな声に、もっとびっくりしてしまった。
なにしろ、多分、聞き間違いだとは思うが、ガドニエル女王はロウに向かって“はい、ご主人様”と言ったように聞こえのだ。
しかし、本当はなんと言った?
それにしても、“ガド”?
噂以上に、ロウとガドニエル女王が親密だということはわかる。
「し、失礼ですが、英雄殿のことをなんとお呼びすれば?」
すると、リィナが動揺したように訊ねた。
おそらく、リィナは、エルフ族側の代表は女王のガドニエルだと信じ切っていただろう。女王自らが交渉の発言をすることはないとしても、同行したということは、かたちとしては女王が最初に声を放ち、それから相互の挨拶、詳細な話し合いというようなことを想定していたと思う。
しかし、これまでの状況では、エルフ女王家の代表をロウが仕切っているようにしか見えない。
クレオンはある程度、ロウとガドニエルの関係も教えられていたが、それでもかなりまごつく。
ましてや、リィナは態度にこそ、あまり出さないが、かなり困惑をしていると思う。
「ロウ殿は、先般の英雄式典において、エルフ王家からサタルスの姓を受けられております。エルフ族国にとって姓というのは、人間族の国における爵位と同様であって、サタルス姓を人間族の貴族爵位に当てはめると、“大公”に匹敵するものです。従って、“サタルス公”、“ロウ公”、あるいは“英雄公”とお呼びするのが適切かと……」
すると、ガドニエル女王にもっとも近い場所にいる女親衛隊長が言った。にこりとも笑わずに無表情で立っていて、まるで置物のようだと思ったが、喋ると凜として美しい。
いや、彼女に限らず、全員が大変な美女だ。
ところで、どうでもいいが、向こう側で椅子のある位置に立ったのは、ロウと女王だけだ。
ほかは親衛隊にしろ、ロウの仲間にしろ、二人の背後か周りに立ち、こちらを見張る態勢だ。
それにしても、“大公”相当か……。
そんな爵位を贈られているとまでは知らなかった。シモンからの情報にも入っていなかった。
英雄式典の映像が魔道で流れているから、サタルス姓の授与はわかっていたが、それほどの権威とは……。
「では、英雄公殿、こちらの軍営の代表が変わりましても、もしも、クレオン殿と交わしている約定があるなら、それが口約束であっても、わたしたちはそれを尊重するとお約束しましょう。それで、それは、どのようなものでしょうか?」
リィナは言った。
彼女もまた、向こうの交渉役の主体がロウであることを悟ったのだろう。
いまや完全に、女王ではなく、ロウに意識の主体を向けている。
「そうですねえ……。だが、ここでは……。あっ、とりあえず座りましょうか……。それで、ワイズ伯がよければ、その事前の内容について別室で語りたいのですが……。いえ、ほんのちょっとです。小さな砂時計が落ちきるほどの時間です。ほかの方はここでお待ちを……。スクルド、皆さんにお茶でも……」
ロウが言った。
とりあえず、全員が座った。
すると、いまはベールで顔を隠しているスクルドが、小さく頷いて両手を前にかざした。
強い光のようなものが机の上に発生して、光がなくなったときには、温かいお茶とお茶受けのお菓子が皿に載せて出現していた。
おそらく、収納術の類いの魔道だとは思うが、何気なくやっているが大変な術である。
「別室で……ですか?」
リィナは戸惑っている。
「すぐに終わります。危害は加えないとお約束します。ここでは伝えられない約束事があるんです。それを受けてもらえなければ、こちらとしては、そちら側の代表の交代を認めるわけにはいきません」
ロウがにこにこと微笑んだ。
だが、内容は辛辣だ。
こっちの交渉の代表を誰にするかなど、女王側が口を出すことなどできるはずもない。
しかし、いまロウは認めるとか、認めないとか口にした。
さすがに、リィナもちょっとむっとしている。
しかし、ロウが口にしている事前の約束事というのは、おそらく、例の魔族女ふたりのことだろう。
この返還をロウはしつこく要求していた。
クレオンも約束し、これについてはほとんど話が終わっていた。だが、ついさっきリィナに総帥の座から引き落とされたので、これについてリィナに伝えることはできなかったし、もともと、ほかの諸侯には、サキュバスの存在があったことは秘密にしていた。
一応は家人たちには箝口令を敷いたが、見張りを含めて多くの者が関わっているし、すでに情報が漏れている可能性もあるが、まだそれが伝わっていなければ、リィナにはなんのことかわからないかもしれない。
そして、眉をひそめて、リィナはきょとんとしている。
だが、すぐに顔を引き締めた。
「いえ、それが条件というのであれば伺います。別室ですね。護衛は同行しても?」
「ふたりきりがいいのですが……、まあ、そうはいきませんか……。まあ、いいでしょう。その代わりに護衛はひとりにしてください……。でも、あなたはお強いでしょう。護衛など不要では? とにかく、俺もひとりは護衛を同行させます。スクルド、来い」
「はい」
スクルドが明るく返事をした。
リィナがクレオンに断ってから、隅に侍っていたジェニーに伝言を頼んだみたいだ。別室で待つワイズ家の護衛に指示を伝えてもらったに違いない。
一方で家宰のサーマクも出て行く。
ふたりが話し合うという別室を準備するためだ。
「……彼女は強いのですか……? スクルド、ロウ様を頼むわよ」
エリカだ。
「お任せください。問題ありませんわ」
ベール越しだが、にこにことスクルドが微笑んでいるのがわかる。
それにしても、どうして、ロウはリィナが強いと判断したのだろう? リィナはすでに中年だ。体型ももう膨よかだし、彼女は自分の武芸の心得があることは隠している。
しかし、あれでもリィナは、この国境を守る常備軍の一部を預かる女領主のひとりなのだ。
実は、若い頃には相当の鍛錬をしてきており、それなりの実力を持っていた。最近のことは知らないが、そんなには腕は衰えていないと思う。
しばらくすると、家宰とジェニーが戻ってきた。
向かいの部屋に準備が整ったようだ。
「それでは行ってくるよ、みんな……。ガド、わかっているな?」
場所が近いので、ロウの言葉が聞こえるのだが、ほかの者には聞こえないくらいの口調だ。
ロウは愉しそうに微笑んでいる。
次の瞬間、ずっと俯いている感じだったガドニエル女王がびくりと身体を動かして、小さな悲鳴のような声をあげた。
またもや、なんだ?
そもそも、このガドニエル女王は、この会合そのものに、なんの興味も払ってない感じだ……。
クレオンは首を傾げるしかなかった。
「遊んでるなあ」
「まあ、可愛いしね」
「羨ましいですわ」
それぞれシャングリア、コゼ、スクルドである。お互いに会話をするだけの抑えた声量だ。
「一番の新参者で修行中だしな。それに実に愉しい
すると、ロウがぼそりと言って動き出す。
ますます、クレオンは首を傾げた。
「それでは、お願いします、ワイズ伯殿」
一方で、ロウはリィナのところに着くと、お道化たようにエスコートの腕を出した。
困惑した反応をしたリィナだったが、なにも言わずにロウの腕に右手を乗せる。
冒険者上がりの成り上がり貴族だと耳にしていたが、なかなかどうして、エスコートの仕草はちゃんと形に嵌まっている。
クレオンは感心した。
そして、ふたりが部屋を出て行った。
「うくっ」
しかし、次の瞬間、ガドニエル女王が急に股間を押さえる感じで身体を曲げる。
すぐに真っ直ぐになったが、やはり顔は赤い。
心なしが全身がかすかに震えている。
「もう、ロウ様ったら……。出て行くついでに……」
すると、エリカがいなくなったロウをたしなめるように息を吐く。
「まあ、余計なことを口にするからだな。ロウになにをしてもいいと言えば、本当になんでもする。だが、本当にいやなら、ちゃんと言うことだ。ロウは優しいから許してくれる。多分な……」
シャングリアだ。
ガドニエル女王に語ったみたいだ。
なんのことだ?
本当に小さな声の会話であり、席の近いクレオンだけにしか聞こえない。ほかの者たちには耳に入ってないだろう。
「い、いえ……。こ、これが“ちょうきょう”ですし……。が、我慢です。我慢……」
俯いている女王は歯を喰い縛るようにしている。
しかし、さすがに様子がおかしい──。
いつの間にか、ガドニエル女王は汗びっしょりだ。
息を吐くたびに、小鼻を開きはじめている感じだし、クレオンだけでなく、こちら側の残っている三人の領主も怪訝な表情になっている。
一方で護衛を含めて、エルフ族側はまったく気にしていない。
それにしても、“ちょうきょう”?
まさか、調教?
「お待ちどうさま。有意義な話し合いができました。では、話し合いと行きましょう」
だが、扉が開いて、ロウとリィナが戻ってきた。
本当にすぐだ。
ほんの少しの時間だ。
クレオンはさっき出された紅茶を飲み干す時間もなかった。
いや、ガドニエル女王の異変が気になって、紅茶にはひと口も手がつかなかった。
「えっ?」
「あれ?」
「伯爵?」
どれが誰の言葉だったかわからない。
しかし、ほぼ同時に声があがった。こちら側の三人の領主だ。
出て行ったときと同じようにロウのエスコートの態勢で帰ってきたリィナとロウだったのだが、その様相がなぜかすっかりと変わっていたのだ。
ついさっきまでの余所余所しい態度が完全に消え失せており、リィナがロウの腕をしっかりと掴んで、しかも半身を預けるようにしだれかかっている。
しかも、まるで恋人でもあるかのようにうっとりとロウを見つめているように思えた。
さらに、心なしか……いや、かなり顔も赤い。真っ赤だ。
そして、色っぽいような……。
それに、なによりも……。
もしかして、若返ってないか? しかも、辺境域の才媛と称されていた時代の名残りが戻ったような……。
なぜ?
とにかく、クレオンは驚いてしまった。ほかの領主たちも唖然としている。
「ああ、予想どおりだな」
するとシャングリアがロウに声をかけた。
「まあな」
すると、ロウが仲間たちにそう言って笑った。