【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「つまりは、お兄ちゃんの子供を妊娠しているハロンドールの王太女が戦場に向かわされたということ? そのドピィとかいう賊徒の鎮圧のために?」
享ちゃんが言った。
辺境候軍の軍営のある演習場地区の外れに準備された平屋の建物の中だ。
クレオンから、ここでピカロとチャルタと引き渡したいという要求のあった場所であり、軽く五十人は入れるようなだだっ広い屋根付きの地積である。
足もとは床ではなく地面であり、四周には大きな柱があって、高い屋根を支えている構造だ。
「屋内錬兵場」と呼ばれるところらしく、雨で地面がぬかるんでいても個人調練ができるように作られているものらしい。
ここを引き渡しの場所として指定したのは、おそらく、軍営のほかの領主軍が展開している地域から、かなり隔たっているからだろう。
マルエダ家としては、捕獲していた
まあ、この世界における魔族の存在の御法度は承知しているので、それは一郎としてもありがたいものだった。
「不確定情報だけどね。ただ、夕べから朝までのあいだに、姫様……、あっ、イザベラ王太女のことなんだけど、彼女が王国水軍で南方に向かったというのは確かだということまでは、複数の情報で確認できた。とにかく、合流しようと思っている。だから、エルフ軍の魔道師団はありがたい」
一郎は言った。
座っているのは、この大道場に準備されている横長のソファである。一郎を真ん中にして、ガドと享ちゃんが左右に座っている。
マルエダ家の家宰のサーマクという老人に案内を受けたこの大道場の中心にあったものであり、さらにその周りにいくつかの椅子も並んでいた。横の椅子には、エリカたちが腰掛けていた。
また、ブルイネンとともに事前にいた親衛隊もいる。
ブルイネンたちは、ここで合流したのであり、十人が大道場の外にいて、五人が一郎たちの周りにいる。ブルイネンは一郎たちのソファの真後ろだ。
十五人というのは、親衛隊たちの半分の勢力になるが、残りの半分は出立準備である。
つまりは、一郎とガドニエル、さらに、享ちゃんがソファに座っていて、エリカ、シャングリア、コゼ、そして、スクルドがソファ近くの椅子に腰掛けているという態勢で、マルエダ家のサーマクという老人がチャルタとピカロをここに連れてきてくれるのを待っているというわけだ。
辺境候領からの出立については、イザベラたちの動向に関する情報の集まり具合にはなるが、場合によっては夜を徹してでも、移動を開始する意思もある。
とりあえずは、スクルドが設置した移動術の「小ゲート」の端末が近くにあるモーリア男爵の領域付近まで戻りたい。
そこからは、直轄領を横切る中央街道に沿って、スクルドが王都まで繋がる移動術のルートを作っているのだ。
数十人単位の集団では使えないのが難点だが、冒険者パーティ程度の数名のグループなら、本来は強行軍でも一箇月近くかかるルートを数日程度で移動できる。親衛隊については、いつもの手段で一郎が同行可能であるし、そういう進み方になるだろう。
南部域に向かうには、その中央道の途中から、山街道を越えて行くことになるが、これまで検討しているところでは、それが最短の前進要領になる。
「わたし、絶対についていきますから──。お姉様のご命令になんか従いません。それはもう絶対です」
ガドニエルだ。
かなり憤慨している様子なのは、ハロンドールにおける異変の情報に接し、一郎がラザニエルに、享ちゃんが連れてきている魔道師団をそのまま借り受けたいと頼み込んだことで、ラザニエルは急遽、それに応じる命令書を副女王の名で送ってきたのだが、それに女王ガドニエルの水晶宮の帰還を指示してきたのである。
まあ、副女王としては当然だろう。
一郎たちの行き先が、急遽本物の戦場になったのである。
エルフ族の女王をそんなところに向かわせられないというのは、考えてみれば当たり前だ。
「まあ、ガドの魔道は戦力として惜しいけど、よく考えれば、魔道馬鹿は、もうひとり好色神官がいるからいいかもね。ガドの分も、ご主人様にあたしたちが可愛がってもらうから、女王様は森の国に帰りなさい。それよりも、あの副王の機嫌を損ねて、魔道師団の派遣を取り消されたりしたら問題だわ」
コゼだ。
「あら、わたしは、もう神官ではありませんのよ、コゼさん。もちろん、ご主人様に可愛がられるのは、それはもう喜んでお引き受けいたします。ご主人様、お気紛れでも、お悪戯でも、なんでも構いません。スクルドは、いつ、どんなことでも、いかなる破廉恥な要求でも、よろこんで引き受けますわ」
コゼのさらに横の椅子に座っているスクルドが満面の笑みを浮かべて言った。
「あんたが頑張るのは、魔道でしょう」
コゼが笑っている。
一方で、一郎の横にいるガドはふるふると首を横に振る。がっしりと一郎の腕にすがりついてきた。
「ご主人様、わたし、戻りたくありません。絶対にお役に立ちます──。お願いですので、わたしも連れて行ってください。水晶宮のことも、ナタルの森のことも、あんなのは、お姉様に任せておけばいいのですわ」
「ガドニエル──。あんたは、仮にも女王でしょう──。統治の責任をよりにもよって、“あんなの”とはなんですか──。まさか、その調子で外で喋っているじゃないでしょうねえ。エルフ族王家の恥をまき散らしているようなら、ラザニエルの言葉は待ちません。わたしがあなたを連れ戻ります」
すると、享ちゃんがぴしゃりとガドを叱った。
これは、ケイラ=ハイエルのモードだろう。
一郎は苦笑してしまう。
「ま、まあ、大叔母様。い、いまは、ただ身内だけ席なので、甘えているだけのことですわ。わたしも、ちゃんと余所の者のいる場所ではきちんとしています。女王として恥ずかしくない振る舞いを忘れることなく……」
「黙りなさい。あなたには訊ねません──。ブルイネン、それでどうなの? この愚か者は、ちゃんと女王としての振る舞いをしているの? どうも、さっきから、それが心配になってきたのだけど?」
享ちゃんが後ろを振り返って、立っているブルイネンを睨む。
ブルイネンは、ちょっと困った表情になる。
「へ、陛下は……、そのう……、時折、無邪気になられますが……。まあ……時折はきちんと……。あっ、いえ、静かに座っておられるだけで、まさに女王の威厳と荘厳さをお持ちというか……」
ブルイネンだ。
見ると、奇妙な汗を額にかいている。
ブルイネンは真面目すぎて嘘をつけないところがあるので、どうしても、ガドがちゃんとしていると口にできないのかもしれない。
「確かに、静かに座っている分には、これ以上もないほどに、立派な女王ではあるな。ただ、口を開くと、すぐに残念なところが表に出るだけで……。なあ、エリカ?」
シャングリアが横から口を挟んで笑った。
「エルフ族としてのあなたの意見は、エリカ? このガドニエルは、ちゃんと女王なのかしら?」
すると、享ちゃんがエリカを睨んだ。
エリカがちょっとたじろいだ感じになった。
「わ、わたしに振らないでよ、シャングリア……。まあ、ガドは……ガドだと思います……。わたしたちの女王陛下が、こんなに親しみやすいお方というのは知りませんでしたが……。ロウ様もガドには気安く接することができるみたいで、よくお愉しみになっておられるようなので、わたしは、いてもらった方が……。それに、ガドの魔道は戦力です」
「つまりは、ちっとも、ちゃんとしてないということね……」
享ちゃんが大きく溜息をついた。
「まあ、ちゃんとしていますって、大叔母様──。それよりも、ブルイネン、あなたもなんですか──。わたしはちゃんとしていますよ。たとえ、ご主人様に甘えさせていただいても、女王としての立場を忘れたことなど一度だってありませんわ──。そういうことですので、大叔母様は安心してお帰りください。お姉様にもよしなにお伝えを……。わたしは、もう少し、ご主人様のところにおります」
「なんで、わたしがお兄ちゃんから離れないとならないのよ。一緒に向かうに決まっているでしょう。エルフ王家の女長老として各国にばらまいている諜報ギルドの全部をお兄ちゃんに提供するわ──。お兄ちゃん、なんでも言って? なにを調べたい? 王国の南方のことは、すぐに情報集めを指示する。三日もあれば、魔道通信で逐次に情報も入ってくると思うわ。ほかには? 王太女の周り? あとハロンドールの王宮のこと?」
今度は享ちゃんが一郎の腕をがっしりと掴んだ。
だが、そういえば、昨日、ラザと話したとき、この享ちゃんは、ケイラ=ハイエルとして、幾つもの情報機関や諜報機関を握っている裏社会の怖い女傑だと言っていたことを思い出した。
無邪気で甘えん坊の享ちゃんからは想像もできないけど、ケイラ=ハイエルとして、エルフ貴族のみならず、ほかの人間族の国のことも手を回して、エルフ王家を陰から支えてきたのかもしれない。
しかし、いまのことは本当か?
あのアーサーという色男が、なかなかのやり手であり、この辺境候域を始め、あちこちに間者をばらまいて、情報収集をはじめとして、ときには準軍事工作や極秘工作をさせているということも察してきた。
世に出ると決心した一郎が、これから国同士のいざこざや、さまざまな権力闘争に絡まないとならなくなるのは必至だろう。
だとしたら、一郎も、あのタリオに匹敵する大規模な情報収集の手段を持ちたいものだ。
もしかして、それを享ちゃんが持っている?
「本当か、享ちゃん? 俺を助けてくれるのか?」
一郎は、掴まれていたガドの手をそっと離し、享ちゃんの手をがっしりと両手で握り直した。
「えっ? わたし、お兄ちゃんを助けられるの──? お兄ちゃんはわたしを頼ってくれるの? もちろんよ、お兄ちゃん。なんでもあげる。どんなことでもするわ」
享ちゃんが顔に歓喜を浮かべて、目を見開いた。
なぜか、感動したみたいに、眼に涙まで浮かべている。
「ご、ご主人様、わたしも諜報組織なら、女王の耳目をもっております。アルオウィンにいえば、なんでも調査をしてきますし……」
反対側からガドが必死の口調でとりすがってくる。
「それは、アルオウィンの力よ。横取りするんじゃないわ」
コゼが口を挟んで笑う。
単に揶揄っているだけなのが一郎たちにはわかるのだが、ガドは目に見えてショックを受けた表情になっている。
一郎は、片手を再びガドに戻して、肩を抱き寄せる。
「あん、ご主人様」
一郎の胸に顔を押しつけられたガドが一気に脱力して、一郎にしがみついてくる。
「ガドも俺には必要だ。これからも助けてくれ。必ず、みんなでガドのことも守るから、一緒に来てくれ。なあ、享ちゃん、ラザには取りなしを頼むよ。ガドも一緒に連れていく。向かうのは戦場だ。俺をはじめとして、女たちの安全のために、ガドにも頼りたい。女王ではあるが、俺の未来妻だ。イザベラと同じだ。だから、ガドが向かう理由はある」
一郎は享ちゃんに言った。
「仕方ないわねえ……」
享ちゃんが苦笑した。
「大叔母様、ありがとうございます──」
ガドが一郎に抱きついたまま、顔だけ享ちゃんに向けて言った。
「……ところで、さっきの話だけど、お兄ちゃん、わたしはお兄ちゃんの役に立つのね? わたしの組織はお兄ちゃんの役に立つ? だったら、ケイラ=ハイエルの全部をあげる。わたしのものは、お兄ちゃんのものよ」
「ありがたいね」
一郎は微笑んだ。
「なら、わたし、頑張るわ。パリス事件では、わたしが王家を見限りかけていたこともあり、後手に回って役に立てなかった組織だけど、改めて機能化して鍛えあげる。だったら、任せて、お兄ちゃん」
「ありがとう。力を貸してくれ、享ちゃん」
一郎は心から言った。
すると、享ちゃんがちょっと考え込むような仕草になる。
「……だったら、わたしは、ガドニエルとともに、一度、水晶宮に戻ろうかしら……。いえ、戻るわ――。そして、ガドニエル、あんたの力が必要よ。一緒に水晶宮に……」
そして、享ちゃんがなにかを決心したみたいに言った。
ガドががばりと、一郎の胸から顔をあげる。
「な、な、なんでですか、大叔母様──。さっき、お姉様に、わたしのご主人様への同行をとりなしてくれるって、おっしゃったじゃないですか──」
気色ばむ勢いでガドが声をあげる。
「すぐにって言っているじゃないわよ。だけど、イムドリスよ──。あれは、秘密があるのよ。その使い方によっては……」
「いや、いや、いや──。なんの理由があっても、ご主人様から離れることはありません。これは絶対です。誰が、なんと言おうとも、女王としての聖断です」
「女王の聖断を安売りするんじゃないわ。とにかく、あんたは、お兄ちゃんに甘えるだけじゃなく、お兄ちゃんのためになのができるかを考えて……」
「いやったら、いやです、大叔母様──」
まるで、駄々っ子のようなガドの剣幕に、一郎も笑ってしまった。
そのときだった。
「ロウ殿、陛下──」
ブルイネンが声をかけた。
この大道場の入口がちょっと騒がしくなっている。
扉が開いた。
現れたのは、マルエダ家の家宰のサーマクだ。昨日までの状況であれば、この場にクレオンがいるはずだったのだが、領都郊外のあばら家で情婦とともに自殺したとされているレオナルドの処置のことで、クレオンも追われている。
十中八九、タリオの間者に口封じで殺されたのだと思うが、いまのところそれを裏付けるものはないようだ。
いずれにしても、クレオンからは、立会できなくて申し訳ないという伝言を一郎は受け取っていた。
「女王陛下、英雄公殿、並びに、エルフ王家長老様──。主人、クレオンに代わりご挨拶申しあげます……」
サーマクが入口のところで深々と頭をさげ、貴賓に対する礼をとる。
後ろには、十数名の集団が続いているみたいだ。
まだ人影に隠れて見えないが、あの集団の中にピカロとチャルタがいるのだろうか?
「御託はいい。そなたは、一介の家宰であろうが。英雄公とエルフ族の女王に対等に挨拶などおこがましいわ。さっさと要件を済ませて、いね──」
すると、享ちゃんとは思えないような辛辣な言葉が彼女から飛び出した。
享ちゃんではなく、女長老のケイラ=ハイエルとしての態度なのだろうが、一郎は、一郎に対する態度とは違いすぎて、ちょっとおかしくなってしまった。
「わ、わかりました。では、女囚の魔族ふたりを英雄公への贈答品として、お引き渡し致します。さあ……」
サーマクが後ろに声をかける。
魔族の存在は御法度なので、表向きには一郎にふたりを返すことはできず、今回は、獲物として捕らえた魔族奴隷を一郎に贈り物として手渡すという体裁をとることになっている。
一郎としても、勝手に行動して、この辺境候軍を操ろうとしたピカロとチャルタには、ひと言も二言も、文句があるので、囚人同然に扱ってくれと告げていた。
まずは、このサキュバスふたりにお仕置きだ。
王都で騒動を起こしたアネルザやサキへのお仕置きの前菜のようなものだが……。
そして、集団が入ってきた。
黒い袖のないマントで首から下を包まれているピカロとチャルタが入ってきた。ふたりとも首輪があり、その首輪にそれぞれ四本の細い鎖があり、それを兵が四人で握っている。
その周りには、前にふたり、後ろに三人、横にふたりずつの合計九人のマルエダ家の戦士らしき男たちがいた。
ガドたちの前に出るということで剣は帯びてないが、白い棒を全員が持っている。
魔眼でさっと探る。
「電撃棒」とあった。
つまりは、ピカロとチャルタに備えるための武器ということだ。
いずれにしても、全員がマルエダ家の奴隷だった。主人は、一緒にやってくる家宰のサーマクになっている。
一方で、ピカロとチャルタは随分と元気がない。
なにかを言いたそうに、こっちに視線を向けているが、口には両側に細い鎖のついた黒い球体が押し込まれていて、両側の鎖が顔の後ろでとめられているみたいだ。
「んんんっ」
「んんっ」
ふたりが一郎の存在に気がついた。
チャルタは眼に涙を浮かべて、ピカロはちょっと微笑むみたいな感じで、ぞれぞれに一郎になにかを訴えるように視線を向けてくる。
彼女たちのステータスも読む。
“チャルタ
サキュバス(一郎のしもべ)
魔族、女
年齢**歳
ジョブ
淫魔(レベル50)
生命力:100/1000↓
攻撃力:1/700↓(魔族殺しの縄と枷で拘束)
魔道力:2500(淫気封じの貞操帯で凍結中)
──
──”
“ピカロ
サキュバス(一郎のしもべ)
魔族、女
年齢**歳
ジョブ
淫魔(レベル50)
生命力:900/1000↓
攻撃力:15/700↓(魔族殺しの縄と枷で拘束)
魔道力:2500(淫気封じの貞操帯で凍結中)
──
──”
どうやら、あの黒マントの下では、魔道封じの道具で拘束されているらしい。それにしても、随分とチャルタでピカロで、弱り方に差があるのだと思った。チャルタなど生命力が落ちきり、かなり衰弱しているのがわかる。
それにしても、“淫気封じの貞操帯”──?
なんだ、それ?
さらに行列が続く。
最後尾は大きめな四角い編みかごを持ったふたりの男だ。
おそらく、チャルタたちの荷物なのだろう。
なにが入っているのかわからないが、かなりの高さがあり、それを担いでいる奴隷男たちらしき者の顔まで隠れているほどだ。
「お収めください、英雄公殿」
全員が一郎たちの前まできた。
チャルタとピカロの首輪から各四本の鎖が離される。
同時にふたり同時にぱさりと、マントが剥がされて落ちた。どうやら、首輪の鎖と留め具が一体化になっていたみたいだ。
「まあ」
「あら」
「な、なに?」
一郎の周りの女たちが声をあげた。
マントのはがされたチャルタとピカロは、貞操帯だけを身につけた素っ裸だったのだ。
足首には短い鎖で繋がった足枷が嵌まっていて、それぞれに後手に縄で拘束され、さらにそれを胴体を鎖で巻き付けられていた。
あれが、魔道封じの縄と鎖なのだろう。
それにしても、一郎はちょっと不快に思った。
女囚扱いをしてもいいとは言ったが、こいつらも一郎の女たちのひとりだ。一郎が自分でするならともかく、他人の手で辱められるのは、愉しいものではない。
「サーマク殿、女囚や奴隷といえども、尊厳を無視したやり方は好かんな。俺の贈り物にするなら、こいつらの裸を関係のない者たちにまで見せたくはない」
一郎は贈答品の女魔族の奴隷という設定の範囲で、サーマクに文句を言った。
「えっ、これは失礼を……。しかし、このことは、英雄公のご指示では?」
「俺の指示?」
明らかに狼狽えた様子のサーマクに、一郎は首を傾げた。
そのときだった。
最後尾で編みかごを持っていた小男が顔を俯かせたまま、ピカロのすぐ横にまで来ていた。
なんで、こんなところに……?
「んんんんっ」
そのとき、ピカロが球体を咥えさせられた口から大きな呻き声のような叫びを迸らせた。
小男がピカロの貞操帯に手を伸ばす。
次いで、貞操帯の縁からしゅっと長い針金を刺し抜いた。
「魔素火粒剤です──。拡がってます──」
スクルドが絶叫した。
魔素火粒剤──?
しまった──。
編みかごだ──。
小男が持っていた編みかごの蓋が開いている。
そこから、魔素火粒剤が放出されたのだと悟った。
そして、そのときには、小男がピカロの貞操帯から抜いた針金が、まるで一本の金属棒のようになり、一郎の胸に伸びてきていた。
刺客──?
目が合う──。
顔の崩れた男だ──。
“テータス”
“針金(猛毒)”
“暗殺者”──。
“レベル60”──。
“魅了封じの呪術(生命力代償)──”
“肉体強化の呪術(生命力代償)──”
“魔道反射の呪術(生命力代償)──”
“瞬速の呪術(生命力代償)──”
“耳目強化の呪術(生命力代償)──”
“毒操りの呪術(生命力代償)──”
咄嗟にステータスを読もうとして、頭の中に無秩序に情報が光が激しく瞬くように浮かぶ。
一瞬だったので、頭に整理できないのだ。
とにかく、なんだ、これ──?
呪術のオンパレードだ──。
だが、はっとした。
テータスの持つ針金は、真っ直ぐに一郎の心臓に槍のように向かっている──。
そして、その針金の先が、まさに一郎の身体に突き刺さる──。