【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
すべてはうまくいっていた。
しかし、機会は一度だ。
テータスは、荷を運ぶ奴隷になりすまし、最後尾から大きなかごを持って続いていた。
その前側には、ピカロたちをロウに引き渡すための行列がある。
ちょっと仰々しいが、こうなるように仕掛けているのはテータスによるものである。
これは、ひとつの賭けだ。
テータスの読みが正しければ、ロウの率いる集団の中でもっとも脅威なのは、ロウの女たちの魔道でもなく、あるいは、女戦士たちの武辺でもなく、おそらく、ロウ自身の咄嗟の読みと瞬間的な判断力の高さであると思う。
テータスの集めたロウに関する情報という情報を分析して、そう結論した。
これは想像でしかないが、多分、ロウは極めて精密な「鑑定術」のような術の使い手なのではないかと思う。
ロウは、それで瞬時に状況を把握し、的確な指示を女たちに送る。
これがロウたちの強さの秘密なのだ。
テータスは、ある程度、そう確信している。
だったら、英雄公こと、ロウの暗殺に成功するには、そのロウの読みをさせないようにするしかない。
だから、テータスはこの集団の中で、もっとも目立たない存在になりすますことにした。
荷を運ぶ一介の奴隷だ。
そして、頭に巻く布で半分禿げている頭を隠し、布の端を垂らして半面を隠している。
それでも、あまりにも目立ちすぎるテータスの顔だったが、ロウたちからの視界では大きなかごで顔を隠しているはずだ。本当は肌色の仮面でもすれば、いいのかもしれないが、醜すぎる顔でも、これを仮面で隠すと周囲の気配が読みにくくなるので、それはできない。変身術でも同様だ。暗殺者としては致命的なので、顔を隠すこともできないのだ。
とにかく、周囲については、肌に刻んでいる呪術を遣った「魅了術」により、テータスのことを気にしないようにさせた。
ピカロたちを連れていく一行は、ゆっくりとロウたちに近づいているが、いまのところ、ロウに大きな動きはない。
うまくいっている……。
とにかく、ロウの気を削ぐことなのだ──。
だから、テータスは、ロウが警戒を寄せるであろう「撒き餌」を集団に散りばめた。それで、テータスへの警戒をさせないようにしているのだ。
つまりは、屈強そうな奴隷戦士たち──。これに電撃鞭を持たせて、周囲を歩かせる。
マルエダ家と女王側の取り決めで、女王の近くで辺境侯軍の兵には武装をさせないことになっているが、電撃棒は立派な武器だ。
ロウは、武器らしきものを携行した周囲の奴隷戦士たちに、まずは鑑定術を向けるだろう。
全部で九人──。
それなりに時間がかかる。
まずは、それがひとつ──。
次に、サキュバスのふたり──。
これも餌に使う──。
チャルタというサキュバスはもちろん、ピカロについても、可能な限り弱らせた。特に、もうひとりのチャルタについては、徹底的だ。
ピカロは、散々に愛してしまって弱らせることはできなかったが、少なくともチャルタというサキュバスについては、その力の源である「淫気」を封印して、人間族でいえば、瀕死に近い状態にまでしている。
ロウは、自分の女をかなり大切にする性分だという……。
弱っている自分の女魔族に接すれば、必ず、弱っている理由を探ろうとする──。
当然に、そっちに気を取られているあいだは、テータスに気が及ばない……。
これでふたつ……。
案の定、ロウは、ピカロとチャルタに、一瞬目をやり、そして、怪訝そうに顔をしかめた。
テータスは、やはり、ロウは鑑定術もどきを使っているのだと確信した。
「んんんっ」
「んんっ」
先頭のピカロとチャルタが、なにかをロウに向かって叫ぶ。
おそらく、警告をしているのだろう。
ピカロはもちろん、チャルタもまた、テータスがこの場でロウに対する暗殺を企ているのを知っている。
彼女たちの目の前で、テータスの肌に呪術の紋章を刻んだのだ。
これまで刻んでいた「魅了封じの呪術」「魔道反射の呪術」に加えて、新しく刻んだのは、「肉体強化の呪術」、「瞬速の呪術」、「耳目強化の呪術」、そして、
「毒操りの呪術」だ。
呪術の代償は、すべて、テータスの寿命である。
これで、残っていた寿命は、十年ほどから二年ほどに縮まった。
だが、後悔はない──。
もしも、ピカロをテータスのものにできるのであれば、寿命など不要だ。ピカロを愛せる時間が二年ももらえるなら、これにまさる喜びなどないのだ──。
「お収めください、英雄公殿」
マルエダ家の家宰のサーマクがロウたちの前に進み、立ち止まっている一行の最前列で頭をさげる。
テータスは、じっとロウたちを観察している。
いまのところ、ロウがテータスに意識を向ける気配はない。
ゆっくりと気配を殺して進み出る。
周囲の者さえ、テータスがかごを持ったまま前に進んだことに気がつかない。
そして、最後の仕掛け──。
サーマクの合図でピカロたちの首輪に繋げていた鎖が首輪から離れる。
同時に、ふたりの裸体を隠していたマントがばさりと地面に落ちる。
両手を後手に拘束し、魔道封じの金属破片の編み込んでいる縄と鎖まで裸体に巻き付けているふたりは、筋力が落ちきっていて、なんの抵抗もできない。
当然に、貞操帯だけを身につけただけのサキュバスの裸体が露わになる。
「まあ」
「あら」
「な、なに?」
ロウの周囲の女たちがそれぞれに声をあげた。
一郎は、明らかにむっとしている。
その表情に、怒りの色が浮かぶのがテータスにはわかった。
「サーマク殿、女囚や奴隷といえども、尊厳を無視したやり方は好かんな。俺の贈り物にするなら、こいつらの裸を関係のない者たちにまで見せたくはない」
そして、ロウが言った。
その視線は真っ直ぐにサーマクを見ている。
テータスは、持っていたかごをおろして蓋を開く。
かごの中には、魔素火粒剤を充満させていて、蓋を開けるとともに周囲にばらまかれるようになっている。
「えっ、これは失礼を……。しかし、このことは、英雄公のご指示では?」
ロウに不平を言われたサーマクが戸惑っている。
それはそうだろう。
テータスは、手を回して、サキュバスには衣類を身につけさせずに、身ひとつで引き渡せという偽物のロウの指示をサーマクに渡していたのである。
だから、サーマクは、ここでサキュバスの裸体を晒すのは、ロウの指示と信じているのだ。
本当に指示があろうとも、本来であれば、相手の女を引き渡すのに、裸体を周囲に晒して辱めるなどあり得るはずもないが、このふたりはサキュバスだ。
サーマクも、不自然とは考えなかったのだろう。
「俺の指示?」
ロウは首を傾げている。
完全にロウの意識は、サーマクとピカロたちに向いている。
テータスは、すでにピカロの真後ろについている。
一緒に来たマルエダ家の家臣や奴隷たちは、テータスの「魅了術」が効いているので、テータスの動きにはまったく気がつけない。
テータスはピカロの股間に手を伸ばして、貞操帯の縁に嵌まっている金属の糸を持った。簡単に抜けるようにしていたのだ。
「んんんんっ」
ピカロが気がついて、声をあげようとするが、気にしない。
もう、目標は目の前だ──。
武器を持って、このロウに接近することはできないとは思っていた。
だが、これは武器ではない。
本物の貞操帯の部品の一部だ。金属の糸が縁にあり、指などを差し入れたりできないようにするものだ。
武器でないものを鑑定術で、武器としてそれが使用される以前に、これを武器と認識するのは不可能だ。
それを抜く──。
気を込めると、真っ直ぐの金属の細長い針のようになる。
「魔素火粒剤です──。拡がってます──」
顔をベールで隠している女魔道遣いだ。
だが、あっちも、テータスの動きには気がついていない。いや、どの女もテータスの動きに注目していない。
テータスは、針金の先に猛毒を込める。
生命力を代償に身体に刻んだ毒操りの呪術だ──。この呪術は、魔道紋を作らず、魔素火粒剤には引っ掛からない。そのための生命力の代償だ。
一瞬にして死に至るほどの毒を先端に込める。
ロウの心臓に向かって突き刺す──。
ロウが気がついた。
目を見開いている。
しかし、もう遅い──。
テータスの持つ針の槍が、まさにロウの心臓に突き刺さる──。
「ご主人様あああ──」
だが、目の前に人──。
突如として、針先とロウの身体のあいだに、なにかが割り込んだ。
「あぐうう」
そいつが倒れる──。
針が女の手に突き刺さっている。
「コゼ──」
ロウがひっくり返りながら絶叫した。
倒したのは、そのコゼだ。
コゼがロウを片手で突き飛ばすとともに、自らの手で毒針を受けたのだ。
「ちっ」
すでに針は折れている。
テータスは、金属の糸から手を離す。
周囲は騒然となっているが、まだ、誰も驚いただけで動いていない。
テータスは、倒れているコゼの腰から短剣を抜くとともに、毒操りの呪術でコゼから毒を逆流させる。
このまま放っておけば、数瞬後に死に至るが、目標以外は殺したくはない。それは、暗殺者としてのテータスの矜持だ。
すでに息がとまって死にかけていたコゼが息をするのをかすかに確認した。
「コゼ──」
ロウがコゼに寄ってくる。無防備だ。必死の形相だが、ロウは自分を庇ったコゼにしか意識を向けていない。
テータスは、コゼから奪った短剣でロウに斬りかかる──。
今度こそ──。
「ロウ様、動かないでええ──」
そこに剣──。
とっさに短剣で受ける。
エリカというエルフ女だ。
ロウとテータスの間に入ってきた。テータスは、「瞬速の呪術」で動きを俊敏化しているのに、それでもエリカは速い。
エリカの猛撃で短剣を弾かれそうになったが、身体を回転させて、うまく力を散らせる。
咄嗟に自分の被服を裂いて、仕掛けていた煙薬を炸裂させた。
周囲一帯が煙りに包まれ、視界が著しく阻まれる。
耳目強化の呪術で、気配を研ぎ澄ませる。
ロウ──。
いた──。
倒れているコゼを横抱きにしている。なにかの術をかけているみたいだ。
三度目の正直──。
煙で視界のなくなった大道場を真っ直ぐにロウに向かって駆ける。
「そこかああ」
斬撃──。
身体を斬られる──。
胴を斜めに真っ二つにされたかと思うような衝撃が襲ったが、肉体強化の呪術のおかげか、転がるだけですんだ。
女騎士のシャングリアか──?
胸から腹にかけて、血が噴き出す。
さすがに斬り傷までは仕方ないか──。
本来は、身体がふたつになるくらいの斬撃が斬り傷で終わるなら御の字だ。
上衣を脱ぎ捨てて、地面に叩きつける──。
さらに周囲が煙りでいっぱいになる。
普通の人族では、完全に視界が遮られるほどの煙幕だ。
「そこか……」
背中側でロウの声──。
はっとする。
振り返って、短刀を向けようとしたが、頭に衝撃を喰らって、その場にひっくり返った。
「鉄砲の弾を弾くのか──?」
ロウの驚いた声──。
頭からおびただしいほどの血が流れるのがわかった。
テータスは立ちあがる。
どうする──?
テータスの耳目には、はっきりと周囲の状況を感じることができる。
「陛下と長老様を守れ──。魔道は遣うな──。外側に行け──。壁に穴を開けろ──。煙を出すんだ──」
あれはブルイネンという親衛隊の女隊長か……。
テータスは、彼女が守れと言った女王やその横の女たちを見る。そっちに飛び込んで、毒操りで瀕死を負わせるか?
そうすれば、少なくともロウたちに混乱を起こせる。
女たちを守ることを、テータスを攻撃することに優先すると思う。その隙に──。
だが、やめた──。
別に、ロウの女たちに恨みがあるわけでも、殺したいわけでもない。
殺すのはロウだけだ。
そのとき、横に殺気──。
対応が一瞬遅れた──。
短剣で受けとめようとして、肘から先を剣で切断された。
「ちくしょう──」
相手を蹴り飛ばす。
エリカだった──。
テータスはうずくまっているサキュバスに目をやる。
なにも考えない──。
ピカロに向かって駆ける。
「そっちだ──」
またもやシャングリア──。
いや、もうひとりいる。
女隊長のブルイネンか──?
テータスは転がった。
激痛が右の胴と左足を襲う。
転がる。
そして、立って――。また、走る。
ピカロ──。
もう少し……。
「んんんっ」
うずくまっているピカロがこっちを見た。
テータスは、まだ残っている片腕で担ぐ──。
誰にも渡さない──。
俺のものだ──。
「うおおおおおお」
雄叫びをあげた。
ピカロを肩に担ぐ──。
駆ける──。
逃げるんだ──。
ピカロを連れて──。
「逃がすなあ」
「あっちだああ」
エルフ族の女兵たちの叫びが追いかけてくる。
剣が襲うのを背中で受けて、ピカロが傷つくのを防ぐ。
痛みが走ったから、また肌を切断されたのだろう。肉体強化をしているので、致命傷にはならない。
体当たりで突き飛ばし、近くにいた者を蹴った。
そのまま、外に飛び出す。
「外だあああ」
「こっちに来る。逃がすなああ」
大道場の外と内側で叫び──。
テータスはピカロを担いで明るい場所に出た。
ちょっと離れた大きな石に、移動術の護符を仕掛けていた。
ここまでは、まだ魔素火粒剤は来ていないはずだ。
懸命に駆ける
「んんんん、んんんん」
肩に担いでいるピカロが悲しそうになにかを叫んでいる。
しかし、逃げようとはしていない。
だから、なんとかいまのテータスにも安定して担いでいられる。
「あっちだ──」
エルフの女兵の叫び──。
足に矢が突き刺さる。
テータスは転がりかける。だが、ピカロを傷つけたくなくて、なんとか踏ん張る。
地面を蹴って跳躍した。
移動術を仕込んでいる護符がある石は目の前だ。
「あぐっ」
また、矢──。
今度は横腹に真っ直ぐに刺さった。
テータスは、またもや、倒れ込みかけた。
それでも、石は目の前──。
石の下の護符に魔道を注ぐ。
エルフ兵たちが殺到する気配がした。
だが、身体が捻られる感覚──。
風景が変わる。
喧噪が消滅する。
一緒に来たエルフ族たちはいない。
テータスとピカロは一瞬早く、移動術の護符で逃亡に成功していた。
辺境候領内の山中の中だ。
小川のせせらぎが聞こえる山の中の川のほとりである。
テータスは、最後の力を振り絞って、拘束されているピカロを地面にそっと横たえると、自分はその場にどっと倒れ込んだ。