【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
耳元で声がした。
「起きなよ、旦那さん……。ねえ……、このままじゃ、死んじゃうよ」
ピカロだった。
テータスの視界には、樹木と樹木の隙間から見える空があったが、その空を背景にピカロがいた。
ピカロは素裸だ。
首輪が嵌まっていて、両腕は背中で畳んで縄で縛られ、さらに胴体を魔族封じの金属で編んだ鎖で
テータスがやったことであり、ピカロの美しい乳房が縄と鎖で引き絞られて、とても扇情的だと思った。
そのピカロが悲しそうに、テータスを見下ろしている。
口に嵌めさせていたボールギャグはない。どうやったか知らないが、自力で外したみたいだ。
テータスは、下からピカロに視線を向ける。
「負けたよ……。ロウを殺して、お前を手に入れたかったが……失敗した……。いや、失敗じゃないか……。こうやって、お前を手に入れた。死ぬまで……お前を……離す……ものか……。やっと……手に入れた……俺を愛して……くれる……女だ……」
テータスは言った。
驚くほどに声に力が入らない。
とりあえず、残っている魔道力を駆使して、切断されている右腕を止血する。だが、できたのはそこまでだ。それで、テータスの魔道力は限界になってしまった。
おそらく、もうすぐ死ぬのだろう。
右肘の先はなく、胴体だけでなく頭をやられ、脚も斬られている。矢は腿と脇腹に刺さっているのがわかるが、脇腹の矢はおそらく致命傷だ。内蔵まで届いている。
普通に治療しても、まず、助からない。生半可な治療術でも難しい。
テータスには、確信がある。
だから、テータスの勝ちだ──。
ロウは殺せなかったが、テータスの望みは、死ぬまでのあいだ、ピカロをテータスのだけのものにすることだった。
その望みは叶う……。
つまりは、勝ちだ。
それにしても、暗殺に失敗するとは……。
まさか、あそこで身を呈してロウを庇う女がいるなんて……。すべてをロウに絞って企てた策だったが、テータスは、ロウの女たちがあそこまで献身的に命を張ることを想定していなかった。
完全なテータスの失敗だ。
「死なないよ、旦那さんは……。ぼくのしもべになりなよ……。そうしたら、旦那さんを助けられる。サキュバスはねえ……。しもべの心を支配する代わりに、その身体を丈夫にもするし、能力もあげることだってできるんだ。魅了で支配する代償だね」
「それは……知らなかったな。支配して終わりじゃないのか……。だったら、もっと喧伝するがいい……。能力があがるなど……。それが拡まれば、お前らは、そんなに嫌われなくてすむ……」
本当なのかどうかは知らない。
だが、ピカロはテータスには嘘はつかないだろう。
だから、真実なのに違いない。
魔族の中で、サキュバスのような淫魔族は、もっとも頻繁に人族の世界に入り込む種族と知られている。人族の淫気が食料なので、どうしても食糧の狩場として、人族を必要とするのだ。
特に、サキュバスやインキュバスは、見た目が人間族とそっくりであることから、人間族の中に紛れ込んでも、まず発見しにくい。だから、人間族の群れの中には、必ず、淫魔族が混ざっているとも言われたりする。
だから、嫌われる。
テータスが魔族狩りの仕事を生業としていた時期には、サキュバス狩りやインキュバス狩りは、よく引き受けたものだ。
いや、魔族狩りの仕事の大半は、サキュバス・インキュバス狩りともいえる。ほかの魔族は、それほどに人族の世界に交わったりしない。
しかし、いまのいままで、魅了術で支配した相手の能力をあげることができるとは知らなかった。
それが世間に知られれば、逆に、サキュバスやインキュバスの支配を望む人間も出てくるのではないかとさえ思った。
「大した能力の向上じゃないからね。身体が丈夫になるといっても、ちょっと風邪をひきにくくなるとか、能力向上だって、たとえば、全力で百回剣が振れる者が、百二十回くらい触れるようになるとか……。まあ、そんなものさ。大抵は、ぼくたちのおかげじゃなく、自分自身のおかげだと思うよ」
ピカロが白い歯を見せた。
透き通るような笑顔だ。
このテータスに向けられる笑顔を頭に刻みながら死にたい……。テータスは思った。
生まれてから一度も、こんな笑顔をテータスに向ける者はいなかった。実の親さえも、テータスの顔に恐怖し、視線を背けた。ましてや、普通の異性など……。サキュバスだって、テータスに興味を持った者はない。
こんなに笑いかけてくれ、普通に語ってくれる相手は、ピカロだけだ。
唯一無二なのだ。
「相手に尽くしているのに、理不尽だな……」
「尽くしているわけじゃないさ。魅了をした相手は、ぼくたちの餌だからね。餌はできるだけ丈夫にして、能力もあげて長生きをさせる。そのために、そうするんだ。何度もいうけど、ぼくたちにとっては、人族とのセックスは食事であり、支配する人族は、食事を提供してくれる畠のようなものなんだ」
「畠か……」
テータスは苦笑してしまう。
まあ、畠でもいいか……。
愛とは、ピカロがテータスをどう想うのかということではない。
死に瀕して悟った気もするが、女がテータスを愛してくれることを求めたり、忌避することを憎むよりも、そもそも、まずは、テータスがピカロをどう想うのかということが大事だったのだろう。
テータスは、ピカロを愛している。
そして、ピカロはテータスを愛してくれていると言ってくれた。
それがすべてだ。
これだけでいいのだ。
「それよりも魅了だよ。身体に刻んでいる魅了封じの禁忌の術をちょっと開放してよ。ぼくを受け入れて……。それで旦那さんを助けられる。ぼくは、ご主人様のおかげで、能力が桁上がりしてるから、かなりの上級能力保持者だよ。旦那さんが、ぼくのしもべになれば、ぼくは旦那さんを多分治療できる」
「治療か……」
助けてどうするのだと問いかけようとしたがやめた。おそらく、ピカロは純粋に、テータスを助けようとしてくれているのだろう。
だが、テータスは、このまま死にたかった。
いまなら、ピカロを手に入れたまま死ねる。
跳躍してきた魔道片には細工をしてきたので、すぐには追ってはこれないだろうが、エルフ族たちは、あらゆる種族の中で、魔族に匹敵して、魔道をよく操る種族である。
その女王もいるのだ。
時間はかかるかもしれないけど、きっと追いかけてくる。
そうすれば、ピカロは取り返される。
できれば、その前に死にたいものだ。
そもそも、禁忌である生命力代償の呪術を全身に刻んだ。残っているテータスの寿命は、二年というところだ。
わずか二年の生を得るために、ピカロを手に入れたまま死ぬという幸福を手放すことは考えられない。
まあ、どうせ、追いかけてきたロウたちがテータスを殺すことは間違いないだろうが……。
「お前のご主人様って、ロウ……だろう? ピカロの能力を……向上……させたのか?」
だから、別のことを訊ねた。
ロウが支配することで、魔族であるピカロたちの能力を向上させる?
本当の話なのか?
「ご主人様は、淫魔師だからね。ぼくたちの支配者さ。当たり前だよ。ご主人様に支配された女は、全員が能力があがるのさ」
ピカロがけらけらと笑った。
だが、テータスはびっくりした。
しかし、合点がいったことがある。
実は、ロウのことを調べに調べて、疑問が残っていたのは、ロウに支配された気配さえある周囲の女たちのことだ。
あれだけの女を周りに集めながら、嫉妬もさせず、全員から心より慕われている。今回のことだって、あのコゼが命を張って庇わなければ、確実にテータスはロウ殺しに成功していた。
針がロウの心臓に届きさえすれば、ロウは即死だったのだ。エルフ女王がいたとしても、即死を回復させる治療術など存在しない。
自分の命を顧みずに、ロウを助けようと考える女がいたことが、テータスの想定外だったのである。
ただ、それについては、特殊な魅了を使うとか、あるいは、本当に男として、能力の高い異性を引きつけるなにかがあるとか、そんなこともあるのかもしれない。
ただ、テータスが疑問に感じたのは、ロウに出会う前と、出会った後の女たちの能力の差だ。
ちょっと調べただけでも、シャングリア、ベルズ、スクルズ、エリカといった女性たちは、ロウに会う前と、後では周囲に発揮する能力が違いすぎている。
王都で処刑されたとされているスクルズは、さっきのベールで顔を隠していたスクルドと名乗っている女魔道遣いだろうが、特に、彼女が大陸一の魔道遣いと称されるようになったのは、ロウと懇意になって以降である。
エリカだって、あれだけの美貌と魔道と剣技であれば、もっと早くから有名であってもいいのに、冒険者として名が出たのは、ロウとパーティを組んでからだ。
シャングリアもそうだし、ベルズもそうだ。
ほかにも、女豪商のマア──。
あの老女も、ロウが女にしたという噂があるみたいだが、その時期からそんなに時間も経ってないのに、マア商会はあっという間に、十倍も二十倍も売り上げを伸ばして、いまや大陸で有数の大商会だ。もともと、有名な豪商だったというのはあるが、あまりにも業績が飛躍的に伸びすぎている。
枚挙に暇がない。
なにがあったのかと、誰だって勘ぐりたくなるくらいだ。
なによりも、あのエルフ女兵たち──。
彼女たちはすごすぎる。
エルフ族が魔道で圧倒するのはわかるが、集団白兵戦で人間族の強靭な戦士を圧倒するなどあり得ることじゃない。エルフ族がもともとは狩猟民族で身体の強さが人間族よりも優れているとしてもだ。あの細い身体で、レオナルドの兵を次々に倒したということだったが、あまりにも常識外れの強さだ。
「そうか……。それがロウの秘密か……。あり得ないけど……本当なのだろうな……」
女を支配して、能力を向上させる。
すごい能力だ。
テータスは思わず笑みをこぼした。
すると、ピカロが笑った。
「あり得ないことなんてないよ……。そもそも、あんたらの……、いや、ぼくたちの神様も同じ能力じゃないか」
「神様?」
同じ能力って?
「クロノスだよ。女神を支配し、女神を使って世界を治める。能力だって向上させた。ぼくたちのご主人様と一緒だよ」
ピカロが微笑んだ。
クロノスだと──?
だが、言われてみれば、そうだ。伝承によれば、クロノスは女神を支配して妻にし、その女神妻たちに世界を治める力を与え、彼女たちを通じて世界を治めた。確かに伝承のとおりだ。
「……まあ、クロノスは、最後には女神に嫌われちゃうけどね。だけど、ぼくたちはご主人様を嫌わないよ……。さあ、それよりも、ぼくを受け入れて──。旦那さんの生命力は、もう尽きようとしている。時間がない──」
ピカロがちょっと顔を曇らせた。
だが、いま、聞き捨てならないことを口にしたような……?
「クロノス神が女神たちに嫌われたって……?」
「そうだよ。有名な……。あれっ、あ、そうか──。人族には、そっちの話は伝わってないのか」
ピカロはあっけらかんとしている。
「ピ、ピカロ、教えろ……。なんのことだ。どんな伝承があるんだ……。どうして、女神たちは、クロノス神を嫌ったのだ……」
そんな方法があるなら、テータスは知りたい。
だったら、もしかしたら、ピカロの心を手に入れる方法があるかもしれないということではないのか……?
ロウからピカロの心が離れるなら、本当にテータスは、ピカロを手に入れることができるのかも……。
「教えてあげるよ。だけど、ぼくのしもべになったらね」
ピカロが悪戯っ子のように笑った。
しかし、テータスは首を横に振った。
「……ピカロ……、俺は……このまま……死にたい……。お前を手に入れたまま……。まだ、お前は俺のものなんだろう……? だけど、もうすぐ、ロウたちが追ってくる……。そのときは、お前は俺から離れるのだろう……? だったら、このままで……」
「そ、そんなああ」
すると、ピカロが心の底から驚いたような顔になり、その顔が蒼ざめた。そして、驚いたことに、いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたのだ。
これには、テータスも驚愕した。
「そんなこと、言わないでよ。あんたが死んだら悲しいよ……。あんなに悲しい色の魂が、また悲しいまま死ぬなんて、可哀想だよ。せっかく、ぼくとたくさん愛し合って、ちょっとすてきな魂になったのにさあ……」
ピカロが涙を流しながら言った。
「魂の色?」
そんなものあるのかと思ったが、まあ、ピカロが言うのだからあるのだろう。
悲しい色か……。
だが、そんなことよりも、テータスはピカロの涙を見たくないと思った。セックスでいじめて泣かせるのは愉しいが、本物の涙は、いやなものだと感じだ。
テータスは嘆息した。
「や、やめろ……。泣かないでくれ、ピカロ……。俺は……お前が……泣くのが……いやな……ようだ……」
「だったら、ぼくのしもべに……」
ピカロがさらに涙をこぼす。
テータスは、もう一度嘆息した。
「わかったよ……、ピカロ……。お前のしもべにしてくれ……。だから、泣かないでくれ……。お前の涙は……俺の願いが叶わないことよりも……嫌だな……」
テータスは残っている左手を上に伸ばして、ピカロの眼から涙を拭った。
「旦那さんの願いって?」
「ピカロに愛されて死ぬことだ……」
「もう愛してるよ」
「そうか……」
テータスは微笑んだ。
身体に刻まれている魅了封じと魔道封じを解く。
すると、それがピカロにわかったのだろう。ピカロから、なにかの術が入り込むのがはっきりとわかった。
身体の中に不可思議な温かいものが入ってきたのだ。
なにがが変化したという心地はないが、おそらく、テータスは魅了されたのだろう。
ピカロの顔が一瞬、真顔に変わる。もうピカロの涙はとまっていた。
「受け入れてくれてありがとう、旦那さん……。いや、もう、しもべだね」
すると、ピカロがにやりと微笑んだ。
テータスは、その笑みがなぜか、肉食獣が獲物を前にしたときの表情に感じてしまって、ちょっとぞっとしてしまった。