【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「幽霊屋敷が焼け野原? そんな馬鹿な、あそこには、屋敷妖精のシルキーがいるんだよ──。シルキーは、屋敷のこととなれば、ほぼ無敵に魔道を使うんだ。滅多なことなんてあるものか」
ミランダは声をあげた。
屋敷妖精というのは、屋敷に住み着き、屋敷の管理や家事に関わるすべてをやってくれる妖精のことであり、ロウたちが生活をしていた屋敷にいたものだ。
もちろん、屋敷の警備もする。
高位魔道者にしか懐かないという性質もあり、権力や隷属魔道のようなもので支配できるものではなく、また、数も少ないとされ、屋敷妖精など滅多に存在を見かけるものではないが、なぜか、ロウはシルキーとブラニーというふたりの屋敷妖精を事実上支配していて、シルキーはもともとロウたちが屋敷にしていた通称“幽霊屋敷”、もうひとりのブラニーは、小屋敷とみんなで呼んでいる王都の城壁内の平屋敷だ。
それはともかく、あの幽霊屋敷が王軍の襲撃をすでに受けたとはどういうことだろう──?
「だが、確かな事実だ。わたしは、この目で見てきた。すでに焼け焦げの残骸だけになっている場所を大勢の王軍の兵が一生懸命に探していたさ」
ベルズが憮然とした表情で、空いているソファに座り込む。
ランもマリーも唖然としている。一方で、マアは険しい顔になり、エルザは怪訝そうに眉をひそめている。
「あのう……、本当に?」
しばしの沈黙があり、ランがそれを最初に破った。
ベルズが頷いた。
「大勢の兵が外から戻るのを王都で目撃してね……。彼らが幽霊屋敷とか、さらに、わたしやミランダの名を口にしていたのだ。それで、ちょっと気になって、魔道で跳躍して向かったら、まだ残っている兵が焼け跡でなにかを探していたということだよ」
ベルズが説明した。
どうやら、本当のことらしい……。
だが、考えてみれば当然なのかもしれない。もともと、ロウは国王が手配して捕縛指示を出していた。今回は抹殺指示に切り替わったみたいだが、ロウを探すなら、一応はまずは軍が向かうべき場所だ。
ただ、捜索対象のいない屋敷を問答無用で焼き払うなど……。
「もしかして、お前やミランダを探して、ロウ殿の屋敷に軍が向かったということかい?」
マアだ。
「そのようです、おマア様……。魔道で姿を隠し、風の魔道で、焼け焦げになっている屋敷のあった場所を探す兵の会話を集めましたが、彼らが口にしていたことを総合すれば、軍があそこを囲んだのは、夕べの夜のことであり、目的はわたしとミランダの行方の捜索のようです。ただ、屋敷妖精のシルキーが軍の立ち入りを拒んだのので、囲んで焼き払ったということみたいです」
ベルズが意気消沈した様子で言った。
「そんな……。どうして、そんなことに……?」
ミランダは唖然として呟いた。
すると、ベルズが顔をあげて、ミランダに向かって首を横に振る。
「わからんが、兵たちは親衛隊長の命令と言っていたね」
「親衛隊長? 親衛隊長とはサキだよ」
ミランダは言った。
そもそも、親衛隊長という役職は、本来は、ハロンドール軍には存在しない。エルフ国などで“親衛隊”と呼ぶ役割をするのは、ハロンドール王国では“近衛兵”だ。
ただ、近衛兵を魔道で把握してしまったサキが、国王に直属する軍責任者の意味で、そういう役職を新たに作り出したというのは耳にしている。
つまりは、サキが王軍を支配するために、王宮には存在しない役職を作ったのが“親衛隊長”なのだ。
また、サキたちは、王宮から王軍を掌握するために、王家の宝庫にある操心具の宝物を総動員しているみたいだ。
これは、マアやミランダが王宮内に忍び込ませた手の者からの情報で掴んだものだ。だからこそ、王都の貴族子女を集めて奴隷宮を作ったり、貴族の妻女を国王が犯す映像が毎日のように“映録球”という記録具で流出するということがあっても、王軍が行動を起こさないのだ。
あれだけのことをすれば、国王といえども、王軍が糾弾のために動いてもいい。
しかし、実際には、あらゆる高位貴族が国王を見限っている状態の中で、王軍だけが大人しく王家のために忠実に行動している。
その絡繰りは、王家の宝物具である操り具にあるのだ。
ただ、それをなんとかしようにも、潜り込ませていた手の者や冒険者とは連絡がつかなくなっている。彼らもまた、どうなっているのか不明だ。
「サキだろうとなんだろうと、あの魔族女は、ついに、ロウ殿の屋敷を襲撃させたということなのだろうさ。所詮は魔族ということさ」
ベルズが吐き捨てた。
すると、ランが口を開いた。
「あの、それはおかしいのではないかと……?」
遠慮がちにランが言った。
「おかしいとは?」
エルザが横から訊ねる。
「サキ様のことはあまり知らないのですが、確か、ミランダ様……ミランダも、それに、ここにスクルズ様がおられた頃も、サキ様というお方は、この場所を知っておられるという話をしていたような……。もしも、サキ様がベルズ様とミランダを探すなら、一目散にここにくるのでは?」
「つまり、どういうことだと思うんだい、ラン?」
ミランダも口を挟む。確かに、そうだ。サキはこの場所を知っている。ミランダたちを探すために、ほかの場所を襲撃するのは不自然だ。
「ベルズ様が耳にしたことや、実際に起きていることを、仮に全部事実だとすれば、サキ様の名をかたっている王宮内の何者かが、お二人が隠れている可能性がある場所をひとつずつ探しているのでは……?」
「サキの名をかたっている誰か?」
ベルズが怪訝そうな表情になる。
「ねえ、ちょっと待ちなさいよ。それが、サキという魔族だとか、その偽者とかどうでもいいわよ──。だったら、虱潰しにあんたらを探すとして、そのロウの屋敷のほかには、どんな場所があるのよ──?」
エルザが眉間に皺を寄せる。
「そりゃあ、まずは第二神殿……。そして、ロウもベルズもあたしも、よく出入りしていたのがわかっているこの第三神殿……。王都の小屋敷は注意深くロウとの関係は隠していたからわからないけど、あとはそこくらいか……。ほかに、おマアの商会ある場所とか……」
ミランダは口にした。
「ば、馬鹿ねえ──。だったら、危機感持ちなさいよ。第三神殿ってここじゃないのよ。ぼやぼやしてていいの?」
エルザの言葉にはっとした。
確かにそうだ──。
「ウルズを起こす。念のためにここを出よう。とりあえず、小屋敷に――。あそこなら、どこよりも安全だ。場所がばれているとしても、そこなら、ブラニーが守ってくれる」
ベルズが立ちあがった。
隣室に駆けていく。
「ここから逃げるのかい? あたしの隠し宿もいくつかあるけどね。そっちでも、とりあえずの安全は確保できると思うよ」
マアが言った。
ミランダは、当然の荷物を準備するために机に向かいつつ、首だけを向ける。
「いや、一度、その小屋敷に向かおう。そこには、そこの屋敷妖精のブラニーがいる。屋敷を焼かれてしまったシルキーのことも気になるしね。彼女たちはお互いに連携を持っていた。なにかを知っているかもしれない」
ミランダの机の周りには、ギルドの書類やギルドの通信具などが散らばっている。それを魔道具の鞄にどんどんと入れ始める。
「おマア様──」
そのとき、この大部屋と外に向かう入口側の扉が勢いよく開いた。
マアの護衛のモートレットだ。
今日は女の格好で外出したと言っていたが、すでに男装になっていた。剣もさげている。
それはともかく、一緒に、第三神殿の神殿長代理を連れている。
もともと、スクルズが神殿長だったときに、副神殿長だった五十男であり、ミランダたちがこの神殿の庭園の地下に隠れていることを知っている数少ない人間のひとりだ。
しかし、秘密が発覚するのをおそれて、彼は滅多にここには来なかった。それなのに、こんな明るい昼間にここにやってきたのだ。
「神殿長代理、どうしたのですか?」
マリーが応じた。
「緊急事態だそうだ。この神殿に王家の軍が入ったみたいだ。わたしたちを探している。特に、ミランダとベルズ殿だが……。とにかく、わたしは出口にいる。全員、逃げる準備を」
モートレットがそれだけ言って、部屋の外に出る。
地下から地上にあがる階段の出入り口のところに向かったのだろう。
魔道で出るならともかく、それ以外の手段で外に出るのは、庭に繋がる隠し階段で庭にあがるしかない。
「神殿に王家の軍が来たのだと?」
ベルズが隣の部屋から戻ってきた。
自分と同じようなフード付きのマントで身体を覆ったウルズと手を繋いでいる。
「うーん……、べーまま……まだ、眠いの……」
ウルズは不機嫌そうだ。
「おう、すまんな……。だけど、お出掛けだ。また、引っ越しだ。ここに悪いやつが来ているそうでな」
「わるいやつ?」
「ぱぱが戻ってくるのを邪魔しようとしている者たちだ。だから、逃げるぞ、ウルズ」
「えええ──。ウルズ、ぱぱにあいたい。ぱぱ、はやく、もどってくればいい。じゃまするの、きらい」
「そうだな。ままもだ。だから、大人しく言うことをきいてくれ……。ところで、神殿長代理、いまの話は誠なのだな?」
ベルズが神殿長代理を見る。
「ええ、それと、噂によると、第二神殿にも王兵が向かったようです。そんな噂が飛び込んできて、真実を確認しようと思ったら、ここを王兵が襲撃しようとしたというわけでして」
「いま、その連中は?」
ミランダは訊ねた。
とりあえず、最小限度の荷は集めた。なによりも大切なのは、ギルドのデータと通信具だ。ほかのものはなんとでもなる。
「神殿内を家捜ししています」
「王家が神殿に兵を入れるなど……。各国にある神殿は、タリオに位置する大神殿に属し、権力とは一線を画して、王権の不可侵を認められているというのに……」
ベルズが憤慨した口調で言った。
「この第三神殿は、スクルズ様のことで、兇王の監視対象にありましたからね。だが、第二神殿まで軍が入るとは驚きです。これは、大神殿の教皇猊下に報告して、しかるべき対処をしてもらわねばなりません。場合によっては、ルードルフ王の破門宣言も……。だが、それは後のことです。とにかく、早くお逃げを……」
神殿長代理が部屋を出ていく。
「ちっ、とんだことになったね。小屋敷に向かうなら、スクルズの私室にまだある“移動ポッド”がいいんだけど、無理だろうねえ」
ミランダは舌打ちした。
移動ポッドというのは、あのロウが王都にいる女たちを夜這いしまくるために、作らせた瞬間移動の設備だ。
ミランダは頑なに拒否したが、スクルズなど一番最初に取り付けたし、イザベラのいる王宮とも、ロウは繋げてたっけ……。
スクルドなど、それを助けるために、本来は絶対に解いてはいけない王宮内の魔道防止の封印を勝手に外したりしていたか……。
不意に、ミランダはそんなことを思い出した。
「わたしの魔道で向かおう」
ベルズが言った。
そして、魔道をかける仕草をした。
その瞬間だった──。
「ふがああああっ」
「ひぎゃあああ」
ベルズとウルズがその場にひっくり返る。
ミランダはびっくりした。
「どうしたんだい──?」
ベルズとウルズに駆け寄る。
「しっかりして」
「ベルズ様」
「ウルズちゃん──」
エルザたちも寄ってくる。ランやマリーもだ。
「逆結界だ──。移動術を封印されている。しかも、いま、それに探知されてしまった気がする……。まずいな……」
ベルズが身体を起こしながら、焦った感じで言った。
「とにかく、外に──」
ランが声をあげる。
全員で階段のある場所に走る。
そこには、モートレットがいるはずだ。
「まずい──。この上の庭に王兵どもが殺到してきた。すでに囲まれている」
すると、階段の上の場所にいたモートレットが、外に繋がる蓋になっている階段の上の部分を慌てたように閉じて叫んだ。
「やっぱり……。さっきの移動術を探知されたか……。しまったな……」
ベルズがウルズの手をしっかりと握ったまま、口惜しそうに歯噛みした。