【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「外はどういう状況なんだい、モートレット?」
ミランダは訊ねた。
モートレットは、階段の一番上に張りつくようにしている。そこが蓋のようになっていて、そこを開けると、神殿の裏庭にある一本樹の横の地面に出入り口ができるのだ。
「足音から判断して、うろうろしているという感じ。ここそのものは、見つかってない……と思う」
モートレットが天井に顔をつけて、上の足音に耳を澄ませるような体勢で言った。
「わたしの魔道を探知したんで、こっちに集まってきたんだろうね。すまない、みんな」
ベルズが頭をさげる。
ミランダは、首を横に振る。
「ベルズのせいじゃないさ。だけど、こうなったら、遮二無二突破するしかないね」
ミランダは肩に提げていた魔道の鞄から、二本の斧を取り出す。普通の雑のう程度の大きさであり、重さも感じないが、内側が亜空間に繋がっていて、大きな木箱十個ほどは簡単に収納できる。
また、準備したのは、大斧と呼ばれる武器であり、背の低いミランダが持てば、自分の身体よりも高くなるのだが、冒険者時代からのミランダの得意武器だ。
人間族の力では、このうちの一本を両手で操るのも大変だろうが、ミランダはそれを左右の手で二本扱う。
特に、ロウに愛されるようになってからは、全身の力が二倍にも三倍にもなった感じになり、さらに強くなった気もする。
外にいるのが、百人であろうと、二百であろうと蹴散らしてやる。
「行こうか。とにかく、塊になって進むよ。目的地は小屋敷だ。ばらばらになっても、各人でそこを目指しておくれ」
ミランダは声をかけた。
「いえ、待ってください」
しかし、ランが口を挟んだ。
ミランダだけでなく、全員の視線がランに集まる。
「無理です。あたしもマリーも、荒事にはまったくの素人です。エルザ様も、おマア様も……。ましてや、ウルズちゃんもいます。これだけの足手まといを連れて、おふたりとモートレット様だけで、外を突破できると思えません」
そして、ランが言った。
ランの声は落ち着いたものだった。
ミランダは感嘆する思いだ。この娘は、ついこのあいだまで、王都の下町で働くただの女給だったのだ。それが男に騙されて性奴隷として売り飛ばされ、娼婦として働いていたような弱い娘だったのだ。
しかし、いまは、こうやって語る姿もなんだか頼もしい。
ロウの精は女を変え、能力を向上させる。
ミランダ自身も、その恩恵で、若い時代よりもずっと強くなっている。だが、このランについては、変わりすぎだ。いい意味で、まるで別人である。
また、ランの言うことももっともだ。
戦闘のできないランたちが足手まといであることは確かだ。幼児返りしているウルズなど、力は大人並みにあっても、動きは幼児並みだ。おそらく、長く走ることはできないだろう。
しかも、身体は成人女性なので、抱えて走ることも難しい。それができるのは、怪力のミランダくらいだが、それではミランダが戦えない。
「じゃあ、どうするんだい?」
マアが口を挟んだ。
「ミランダ様、いえ、ミランダとベルズ様だけで行ってください。おふたりだけなら、外に王軍の兵の一団がいるとしても、突破は難しくないでしょう。ほかのあたしたちは、別に出ましょう」
「お前たちを置いておけと──? そんなことはできないよ、ラン。とにかく、全員で一緒に来るんだ。絶対に守ってみせる」
驚いて、ミランダは声をあげた。
「違います。違うんです──。あたしが言っているのは、おふたりを囮にするということです。まず、おふたりで外に出て、できるだけ王兵を引きつけてください。追われているのがおふたりだけなら、必ず、王兵はおふたりを追いかけるでしょう。そうすれば、裏庭からは人はいなくなります。あたしたちは、巫女服を着てこっそりと脱出します」
ランが慌てたように言った。
ミランダは、口を閉じた。
そして、ランが口にしたことを考えた。
確かに、そうだ。
そっちの方が走れないウルズを抱えて王兵の囲みを突破するよりも、脱出に成功する確率が高いかもしれない。
「そっちの策がよさそうね。最悪、わたしたちは捕らわれるでしょうけど、抹殺命令が出ているのは、あんたらだけみたいだから、殺されることはないでしょうし……。それに、この国の王女でもあるわたしを害するなんて、あり得ないわ。まあ、王宮に巣くっているという魔族様がどう考えているのかは、わからないというのはあるけど……」
エルザがちょっと明るい声で言った。
彼女もまた、肝は据わっている。さすがは、王女というところだろう。
「じゃあ、それでいこう……。モートレット、それでいいかい? みんなを守っておくれ」
ベルズだ。
「もちろんです」
モートレットが階段の上から降りてきながら、しっかりと頷く。
ミランダは入れ替わるように階段をあがり、耳を天井部分の蓋に張りつかせた。
上の地面の足音の気配がわかる。
足音は遠くなったり、近くなったりしている。
ベルズの魔道を探知してこっちに来たのだろうが、地下の隠れ家まで特定したわけじゃないようだ。
しかし、この辺りを大勢で探っている気配ではある。
「準備はいいかい、ベルズ? 真上の足音がちょっと遠くなったら出るよ。そうしたら強行突破だ。あたしたちの役目はできるだけ敵を引きつけることだからね」
「わかった……。だけど、敵ねえ」
ベルズは苦笑している。
彼女はもともとは、この国の貴族令嬢であり、代々、神殿に巫女か神官を出す家柄であることから、幼い頃に神殿に入り、その後、魔道遣いとして、神殿で鍛えられた。
だが、実家と縁が切れているわけでもないので、その自分が王兵を敵としているのが、なんとなくおかしみを感じたのかもしれない。
「あたしが先頭を行く。離れないでついてきておくれ、ベルズ」
ミランダはさらに言った。
「わかった。だが、ちょっと待ってくれ……。ウルズ、すぐに会いに行く。泣いたり、騒いだりしたらだめだぞ。そうしたら、二度とぱぱに会えなくなるからな」
ベルズがウルズに振り向く。
「どっかいくの、べーまま?」
ウルズは泣きべそをかくような顔になっていた。
ベルズがそっとウルズの頭に手を乗せる。
「ちょっとだけ仕事だ……。エルザままの言うことを聞いて、みんなと、ここから出るんだ」
ベルズは、ウルズを安心させるように微笑んでいた。
どうでもいいが、まるで本当の母親のような慈しみをベルズからは感じる。実際には、頭ひとつ、ウルズの方が背が高いのだが……。
なんだか、ちょっと面白い。
「エルザままって……。ウルズちゃんの面倒は、わたしなの?」
エルザだ。
「よく懐いておるのでな……。よろしくお願いします、王女殿下」
ベルズが笑った。
「では、あたしはみんなの巫女服を準備します」
マリーが先に奥に行く。
さらに、ランが促して、ほかの者も奥に戻っていく。
巫女服に着替えて逃げる準備をするのだろう。
それに、ミランダたちが飛び出せば、ちょっとくらいは、ここを兵が探すかもしれない。
奥に隠れていれば、それだけ、まだ人がいることに気がつかれない可能性が高まる。
とにかく、情報が正確なら、王兵が探しているのは、ミランダとベルズだけなのだ。
「待たせたな、ミランダ」
ベルズが階段をあがってきて、ぴったりとミランダの背に身体をつける。
ミランダも外に意識を集中した。
耳から感じる王兵の足音の振動が遠くなる。
一本樹の付近からは離れたみたいだ。ただ、庭そのものには、まだ大勢いる。
ミランダは、天井を斧の頭で頭ひとつ分だけ開いた。
頭をだけを外に出す。
間近には王兵はいない。
だが、この庭だけで三十人というところか……?
ミランダは、できるだけ気配を殺して、地上に出た。
樹木の陰に身を寄せる。ベルズも外に出たのがわかった。
まだ、こっちに気がついた王兵はいない。
すっと息をのむ。
「かつての伝説の
叫んだ。
「あまり他人に魔道を向けたことはないけどね……。だけど、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。やれば、強いよ」
後ろのベルズも啖呵を切った。
そして、地上に電撃の線が八方に走るのがわかった。
「いたぞ──」
「あっちだ──」
大騒ぎになる。
だが、そこにベルズの放った電撃が到達して、付近の王兵が一斉に悲鳴をあげて倒れた。
「行くよ──」
ミランダは駆け出す。
ここには、三十どころじゃない。五十人はいる。
それに、騒ぎに気がつき、神殿の建物側からも、わらわらと王兵が出てくる。
あっという間に、庭が王兵で埋まる。
ミランダはとりあえず、集団に向かって突進した。
自分たちの役割は、引きつけるだけ王兵を引きつけることだ。それでランやマアやエルザたちの逃亡がやりやすくなる。
両手の大斧を振り回す。
両側と前にいる王兵が次々に倒れる。
前に道があっという間に開けた。
そこに、ベルズの魔道で小石が浮きあがり、次の瞬間、炸裂するように両端に飛ぶ。
悲鳴をあげて周囲の兵がさらに倒れる。
「こんなもんかい──。これなら、あたしが管理している冒険者の方がずっと強いね──」
ミランダは突進していった。
なんとか前に出て阻もうとする者も出てくるが、それは飛び出して打ち倒す。
後ろからもミランダたちを捕らえようと、王兵が襲うが、それはベルズの風魔道や電撃魔道を次々に喰らって倒れていく。
そのまま神殿に入る。
真っ直ぐに、神殿の表口から外に出るつもりだ。
わらわらと王兵が出てくる。
遠くだが、神殿の神官や巫女たちが顔を出して、心配そうな視線も向けているのがわかった。
とにかく、近づく敵をどんとんとなぎ倒していく。
「このまま、外に出よう、ミランダ──。外に出れば問題ない。移動術で逃げれる」
ベルズが後ろから駆けながら叫ぶ。
そのあいだにも、ベルズの魔道は周囲に炸裂している。ミランダの二本の斧もだ。
どんどんと王兵は集まってくるが、いまのところ相手にもならない。
キシダイン事件のときに、みんなとダドリー峡谷でキシダインの集めた傭兵たちと戦ったときにも思ったが、身体が本当に軽い。
あの好色男の女になって、よかったと思った。
ただ、あの好色にかけては節操のないことと、常軌を逸した性技のうまさと長さには閉口物ではあるが……。
ミランダは、ここにはいない色男の顔を思い浮かべて苦笑する。
そこに新手が来た──。
「とにかく、どきな──。ミランダ様のお通りだよ──」
殺到してきた兵の一団をまとめて跳ね飛ばした。
あっという間に神殿を抜けて、神殿の表側の庭に出た。
そこには、軍馬車が横に置かれて、ミランダたちの行く手を阻むようにしてあった。
五十人ほどの王兵が武器を持って構えている。
そして、馬車の陰から一斉に弓が──。
「させないよ──」
ベルズが魔道で突風を起こす。
襲ってきた矢が風で全部阻止される。
さらに、すぐさま大きな火の玉が連発で馬車に飛んだ。
派手な音とともに馬車が吹き飛び、馬車は全部粉々になった。
周囲の兵の中には火だるまになっている者もいる。
「あーあ、これで、わたしも、あいつと仲間入りか。不殺の誓いを破ったかもね」
ベルズが鼻で笑うような音をさせながら、自嘲気味っぽい物言いで言った。
不殺の誓いというのは、神殿に所属する魔道遣いの全員が誓わせられる掟らしい。その身につけた魔道で他人を殺さないということだ。
「あいつって?」
ミランダは燃えあがっている馬車の残骸を走り抜けながら言った。
「あの不肖の親友のスクルズさ──」
ベルズが笑った。
駆け抜けるときに、ベルズは大量の水を発生させて、残骸や倒れている王兵を押し流す。
火だるまになっていた王兵も、それで火は消えたみたいだ。
「まあ、大丈夫さ。多分、死んでない。あたしも手加減してたし」
「そういうことにしておくかな」
突破した。
神殿の門を抜ける。
もう王兵はいない。
外には何事かと集まっていた野次馬が大勢いた。
提げていた魔道の鞄の中に斧を消して、その中に紛れ込む。
後ろからベルズがミランダの腕を浮かんだのがわかった。
すると、すぐに身体が捻れる感覚が襲った。