【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
715 副王都の会合【マイム】
「我々は、いつまで話し合っておらねばならんのだ、宰相閣下? いや、元宰相閣下だな」
不機嫌そうな物言いをしたのは、広大な国王直轄領と呼ばれる地域のうち、比較的中央街道に近い国王直轄領を代官として治める伯爵のひとりだった。
宰相であるフォックスに対する発言としては、まったく無礼千万な口調ではあるが、この「善良なる王都貴族の会」においては、最近はこのような無礼な発言を公然とする者が多くなっている。
フォックスとしては苛立たしいことだ。
「やめよ。今日の会合は、ある商会からの軍資金の提供の申し出があり、それを受けるかどうかの話し合いだ」
フォックスは、できるだけ腹立たしさを表に出さないことに気を配りながら発言した。
王都に隣接する姉妹城郭とも称することが多いマイムの街である。
フォックスは、あの昼行灯のはずのルードルフ王がおかしくなり、王族の公爵二家を例とする有力貴族の粛清の開始に接し、一族として、いち早くの王都から脱出したが、それ以来、活動の拠点をこのマイムにしていた。
マイムは、王都に隣接する姉妹都市ともいえる城郭であり、王都ハロルドに対し副王都とも称する。
西域部や南域部の諸侯のように、自領のある貴族はそこに帰還して、とりあえずは一族やその資財を守るという態勢もできるし、あるいは、王都直轄領を代官として管理する役割のある「領地なし貴族」も、同じようにして身を守ることができる。代官といっても、ルードルフの治世になってからは世襲扱いなので、ほとんど自領と変わりはない。
しかし、実はハロンドール王国には、そういう治める土地のない高位貴族が大勢いる。
エンゲル公の過激な政断で数多くの貴族家が領土を国王直轄領に没収され、爵位に応じた役職を王宮にもらい、その報酬によって生活の糧を得るという立場に落ちいてたのだ。
そういう「領地なし貴族」は高位貴族といえども自領もなく、今回の国王の蛮行によって役職を奪われ、王都を脱出せざるを得ない状況になってしまうと、そもそも、住む場所さえないというのが現状だ。
フォックスは、そういう困窮する王都貴族たちの受け皿として、王都隣接のマイムの街に、この「善良なる王都貴族の会」を立ちあげたというわけだ。
兇王ルードルフを糾弾するとともに、生活の糧を渡し、さらに最終的には、王都秩序を回復させて、あるべき姿に王都、ひいては、王国を戻すことを目的としていた。
幸いなことに、フォックス家は宰相をしていたこともあり、莫大な蓄財がある。
困窮しようとしている王都貴族に恩を売り、フォックスの望む王国に戻すための尖兵たちにしようと思っていた。
すると、王都を脱したものの、領土を持つ貴族とは異なって、王都以外に生活の場所のない貴族たちは、フォックスの呼び掛けに、多くが参集してきた。
一時期は、このマイムの城郭が、逃げ出した王都貴族であふれかえったものだ。
フォックスは、彼らに私財を分け与えたが、当然のことながら、財を貸与する見返りとして、それぞれの家がフォックスに忠誠を誓うことを求めた。
しかし、それが面白くなかったのかもしれない。
もともとは、五十以上の貴族が集まっていたこの会合であり、出席を伯爵以上の爵位を持つか、王宮で重要な官位にある者に限定したほどだったが、わずか一箇月ほどで、王都貴族で参加を望む者の全員に許しても席が埋まらなくなっていた。
いま見ると、この会合の場にも三十の席があるが、今日は五分の一は空席になっている。
つまりは、王都から始まっている急速な流通回復の影響だ。
一時は流通が停滞して物価が高騰し、さらに重税がかけられたことで、大暴動さえ起きかけていた王都であるが、いまは、なぜか物流が再開して社会秩序が復活しようとしている。
特に、この一箇月で状況がかなり変わった。
王都をはじめとして、この周辺一帯の中小都市に、たくさんの大商会が入り込んできて、この国内に基盤を持つ事業主を求めだし、そっちに大勢が向かってしまったのだ。
その場所は様々だ。
とにかく、下級王都貴族を中心としたかなりの王都貴族たちが、マイムの城郭からも離散し始めたのだ。
生活のための財を手に入れる手段が別に生まれたことで、かなりの貴族がそっちに勢力の大半を移してしまったということだ。
いずれにしても、その流通復活の流れに乗ろうと、自家の運営する、あるいは、息のかかっている商家などを立ちあげて、その富の拡大の恩恵に乗ろうと必死なのだ。
フォックスが開催した「善良なる王都貴族の会」の目指すものが、ルードルフによって強制解散させられた商業ギルドの復活や二代前のエンゲル王の治世時代に廃止された上級貴族の特権回復だと知れると、下級貴族グループを中心に、一斉にこの会の不参加者が発生してしまった。
彼らの言い分によれば、現在の流通の急激な復活の中心となっているのが、マア商会と呼ばれるタリオ公国から拡がっている自由流通の流れなのだ。
マア商会が呼びかけて、ローム地方の大手商会が続々とハロンドールに進出することで、流通の爆発的回復が起こっているのである。
フォックスとしては、商業ギルドの権益を維持復活したいのであり、無秩序に自由流通を認めるのは望ましくなかった。
だから、懸念を表明した。
すると、この会からの離反者が一斉に出てしまったのだ。
まったく苛立たしい。
とにかく、風が変わったのは、王都とは離れたノールの離宮から王太女布告が流れて、上乗せで追加していた重税分の撤廃が決まったことからだ。
また、同じく王太女布告が出され、王国裁判が停止状態にあることに対する臨時措置としての各町役の簡易裁判権が渡されることによって、荒れかけていた治安も急速回復をしている。
もともと、冒険者ギルドがあったことで、それが王都警備の治安維持機構の代替えになっていた。
軍に訴えるよりも、ギルドにクエストをかけることによって、悪事を働いた者たちはたちまちに冒険者ギルドに取り締まられてしまうというわけだ。
やり手のギルドマスターのミランダが、目を光らせていたことで、冒険者ギルドは、悪事には加担しないし、善人は料金を代替えしてでも守ったりする。
そのミランダは王軍に捕縛されて、ギルドは機能停止状態になるはずだが、いつの間にか、そのミランダも脱走したらしく、いまだに冒険者ギルドは健在だ。
そもそも、例の自由流通を保証して、ハロンドール王国内の外国商会の参加を次々に認めているのも王太女布告なのである。
短いあいだで、王太女の人気は拡大している。
王家の悪行を喧伝し、王家に代わる権力を握ることを考えているフォックスとしては、王都の流通回復も、治安の復活も望ましいことではなかった。
「金を出してくれる商会は受け入れればいいでしょう。それよりも、私は王都の状況を宰相殿がどうしようとしているのかを知りたい。ここには、王宮に妻や娘を連れて行かれて、兇王に尊厳を辱められている者が大勢だ。私もそうだ。妻だけでなく、娘ふたりも連れて行かれている。妻が兇王に陵辱される光景は、映録球という魔道具で王都中に流れたそうだ。娘が三角木馬とかいう拷問具で苦しめられている姿も……。金の話はいい──。知りたいのは、いつ、どういう行動をするのかということだ。そして、どうやって、妻子を助けてくれるのだということだ──」
その伯爵が怒鳴った。
フォックスは、やっとその男がサンドベール伯という名だと思い出した。美貌の妻と年頃のふたりの娘がいたが、あの王宮に閉じこもっている好色者のルードルフ王が性の相手を集めた「園遊会事件」でそのまま監禁されてしまっているのだ。
ほかにも、サンドベール伯のような立場の者は大勢いる。
いまも、フォックスを糾弾するように、こっちを憎々しげに睨みつけている。
「よせ、サンドベール伯。貴殿の悲しみの怒りも、私は十分に承知している。だが、国王を糾弾するために事を起こすにも、まずは軍が必要であり、そして、軍資金が必要だ。いまは、まず軍資金の話をしたい。ある商会が大規模な軍資金の提供を申し出てくれている。しかし、その条件に、この会合への参加を望んでいる。その議決をしたい」
「それは後にしてください。それよりも、王宮の話だ。私のところには、国王命とともに離縁状が送られてきた。手続き上は、すでに離縁が成立している。娘たちとの縁もだ。腹立たしいことにな──。そんな立場の者は、ここにはほかにもいる。我々はいつまで待っておらねばならんのだ──。金の話はいい。行動の話をしましょう──」
サンドベール伯の言葉に、「そうだ、そうだ」と掛け声をあげる者が半分近くいた。フォックスとしては、思い通りにならない状況に苛々してきた。
王宮の宰相府にいた状況であれば、フォックスの思い通りにならないものなどほとんどなかった。
国王などいないに等しく、大抵のことは宰相のフォックスが望むように財政だって動かしていた。
確かに、国王の代わりに政務を行う王妃や、王太女として女官を使って政務を開始した王太女の働きは、フォックスが権限を独占することの妨げではあったが、それでもうまくやってきた。
だが、ルードルフがおかしくなったことに気がついたフォックスは、誰よりも早く、王都から一族と財を脱出させていた。
すると、宰相が王都から最初に逃げ出したという評判があがり、この会合を開くと、少なくない者たちがそれを辛辣に批判したりもした。
ただ、王都離反組の貴族は、家族を支える当座の資金がない。フォックスはそういう者に生活費を渡すことで恩を売ったので、フォックスへの風当たりは、そんなに大きなものではなかった。
しかし、いまは、状況がどんどんと変化している。
サンドベール伯のように、フォックスを攻撃的に接する者までいる。
恩知らずの者たちが……。
「それは後だと言ったぞ、サンドベール伯」
「いや、軍資金はいい。それは決起のために使うものだ。だから、我々は、まずは、我々がどうするかを決めねばならんのだ──。辺境侯の叛乱に参加するのか──。あるいは、独自の叛乱を起こすのかだ。これは私だけの意見ではありません。少なくとも、ここにいる中の十人の賛同を集めている。これを、私だけの意見と考えて欲しくない」
「十人だろうと、ひとりの意見だろうと、聞かないとは言ってない。ただ、順番だと言っているだけだ。まずは目の前のことだ」
フォックスは苛立たしく言った。
それに、このサンドベール伯たちがなにを要求しているのかはわかっている。
彼らは、すでに決起を起こしている辺境候軍に、合流すべきだと考えているみたいだ。
王都から遠い彼らを王都に呼び込み、国王を捕らえる。
その基盤作りをこの貴族たちで行って、準備と調整を急速に整えるのだそうだ。
しかし、それはフォックスにとっては望ましいことではない。
下手をすれば、あの辺境候が新しい王になる可能性まである。もしも、新たな王朝が成立するのであれば、それはフォックス家でなければならないのだ。
いま、この話題を出せば、勢いで押し切られるかもしれないので、話し合いの主導を彼に握られたくないのである。
「まあ、待て、フォックス卿。サンドベール伯は貴殿の申し出に反対しているわけではない。任せると言っているのだ。ほかの者も同意だろう。だから、それでよいではないか。では、次だ……。我々の行動の方向性だ。それの意見をとろう」
すると、これまで話を見守っていた感じだったナゼル侯が口を挟んできた。
爵位の高さなら、フォックスと同列であり、そのために、この会同ではフォックスの隣に座っていた。
だが、ずっとあまり会同で発言することはなかったのだが、いまこのタイミングでの彼の言葉は、フォックスには望ましいものではない。
フォックスが望むのは、当面については日和見をすることだ。
そして、これからの動向に応じ、優位であり、フォックスを高く買ってくれるものにつくのだ。それが最適解だと思いはじめてもいる。
「おう、ナゼル卿の主張のとおりです。では、我々は、辺境候軍に合流することを提案する」
サンドベール伯が発言し、十人以上の参会者が賛成の声をあげた。
フォックスは苦虫を噛みつぶしたような気分になる。だから、この話題をしたくなかったのだ。
「前から意見が出ていた王都内の王軍の中から、我らの賛同者を集めるのはどうなのだろう?」
しかし、別の者も言った。
これは、もともと、フォックスが最初に考えていたことだ。
これが一番、フォックスが主導権を持って、兇王の弾劾を成功させることができる。
王妃も王太女も、王都から離れている現状において、ルードルフを処断することができた者が新しい王国の秩序を作る者になるのは間違いない。
ところが、こちらからの働きかけにもかかわらず、意外にも王軍や騎士団からの離反者は見つけられなかった。あの園遊会に家族を奪われている騎士家などでさえ、軍からの離反はない。
なんらかの秘密がありそうな感じなのだが、王都から脱してきたフォックスとしては、いま少し王都そのものの情報は集まらなくなっている。
「働きかけはしている」
フォックスとしてはそう言うしかない。
「王太女殿下に、お戻りになってもらうのはどうでしょう?」
さらにほかの者が言った。
それは、フォックスとしては悪くはない選択肢ではあるが、あの王太女がどれくらい、フォックスの傀儡になってくれるかだ。
あの王太女の腹の中にいるのが、例のロウ=ボルグの子であることは、いまや公然の秘密だ。
ただの成りあがり子爵であれば、それこそ、フォックスがいくらでも取り込みようもあったが、短い時間でロウは世に出てきて、つい最近では英雄公の認定をあの人間嫌いのエルフ族の女王から受けていた。
あまつさえ、女王と口づけをする光景が魔道通信で流れたりして、かなりの影響力をエルフ社会の中に作ってきたのは明白だ。
そのロウと王太女が組むとなれば、騒乱の後にフォックスが得られるものは、小さなものになるかもしれない。
もっと、いい方法はないだろうか……。
「ひとつの選択肢ではあるな。だが、我らはもっと情勢を見極めて……。おっ? どうした、ナゼル卿?」
話し合いをしているところで、不意にナゼル卿が立ち上がり、会同の場の外に出て行く気配を示したのだ。
フォックスは、不思議に思って声をかけた。
ナゼル卿は、隣室に繋がる部扉を開いて声をかけている。
そこは、ここに参加している貴族たちの連れの待ち合い場所の大部屋になっているのだ。
「さっき決まったであろう。軍資金の提供者の会同の参加が許可されたので、彼女を呼ぶのですよ」
ナゼル卿が言った。
一瞬、意味がわからなかったが、さっきの話し合いのことだと思った。
そういえば、多額の軍資金の提供の見返りにこの会同の参加を希望している商会を仲介してきたのは、このナゼル卿だった。
だが、彼女?
女なのか?
「人間どもの話し合いとやらは、まどろっこしくてつまらんな。意見を自由に聞くというのは実に興味深い人間族の習性だ。しかし、それは不合理だ。よいか──。意見の対立というのは、上下関係がはっきりと決まっておらんからそうなるのだ。つまりは、支配する者と、される者の関係を明確にすることだ」
入ってきたのは、頭にフードを被っていてもわかる妖麗そうな女性だった。
だが、ナゼル卿が扉を閉じて、女が被っていたフードを外したことで、フォックスはすごくびっくりした。
女は、ルードルフの寵姫のサキだった──。
なぜ、ここに?
女官のテレーズとともに、ルードルフを監禁して好きなように王宮を動かしている稀代の悪女のひとりだ。
「なぜ、サキがここに──」
「ナゼル卿、どういうことだ──?」
サキの顔を知っている数名が驚愕して、その場に立ちあがる。フォックスもそのひとりだ。
だが、寵姫サキは、ずっと後宮にいたこともあり、それほどに顔や名を知られているわけではない。大部分はきょとんとしている。
「上下関係というものを教えてやろう。これを見るがよい。だが、人間族というのは不思議だな。このような便利な支配具があるというのに、宝物庫に隠しておくだけで使おうとせんのだ。これで誰であろうと、手っ取り早く操り状態にすればいいのにな」
サキが宙から出すように、握り拳ほどの大きさの赤い宝珠のついているひとつの杖をかざした。
それが赤い光を放つ。
フォックスは、その瞬間、頭に霞がかかった感じになり、なにも考えられなくなった。
「このサキに忠誠を誓うがいい。人間ども──」
サキが高笑いした。
「誓います──」
フォックスは心からの喜びとともに、その場に頭をさげた。
もちろん、ほかの者も同じように忠誠を誓っている。
恍惚とした表情とともに……。