【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「出陣?」
イザベラは、フォックスの申し出に驚いて立ちあがりかけた。
だが、辛うじて自重した。
そして、無意識に下腹部に手を当てている自分に気がついた。
これは、母親としての本能か? 腹の子を守りたいという女としての衝動がイザベラにそんな仕草をさせたのだろうか?
イザベラは、苦笑して手を椅子の手摺りに移動させる。
さっきまでラレンやスタンと会っていた客間ではない。
小謁見の場と呼ばれる広間だ。
王宮の謁見室に比べれば遙かに小さいが、現在では王族の流刑場所の位置づけに近いノールの離宮であるが、もともとは国王の別荘として作られている。だから、小さいが謁見用の間もあるのだ。
イザベラは、その奥側の中央に座り、真後ろにシャーラを立たせて護衛させ、側面に廷臣代わりに十人の侍女たちを並ばせていた。
ただ、アネルザもアンもいない。
フォックスは、ふたりの侯爵とひとりの伯爵を連れてきており、最も格式の高い特使の体裁を整えてきた。フォックスの肩書きも「宰相」である。
正式の王宮の使者としての訪問である。
だから、王族といえども、キシダインと離縁をしただけで、王族復帰の手続きさえしていないアンには、謁見に同席する権利がない。また、国王命で捕縛され、表向きには、王都の監獄塔の最上部に収容されていることになっている王妃アネルザも姿を現すわけにはいかない。
だから、イザベラは、王太女として、ひとりでフォックスたちと向かいあっていた。
すると、跪く彼らか発せられたのが、王太女イザベラへの南部動乱への出陣要請だったのだ。
イザベラは、思わず立ちあがりかけてしまったというわけだ。
「馬鹿な──。王太女殿下は、いまは大切な時期。それを……」
シャーラが怒った口調で言った。
イザベラは、片手をあげて、それを制する。
「これは、これは、護衛長。宰相である私と王太女殿下との会談に口を挟むとは……。驚いた護衛長がいたものよ。ご自分の職務を勘違いされているのでは?」
フォックスが皮肉たっぷりに言った。
確かに、こういう正式の謁見のかたちのときに護衛や侍女など、存在したとしても家具や調度品同様にいないものとしてみなされる。ましてや、口を開くことなど許されるものではない。
しかし、イザベラは、シャーラがこんな男に小馬鹿にされるような物言いをされることは許せないと思った。
「黙れ、宰相──。シャーラは、お前らがキシダインにのぼせて、わたしをないがしろにしていた時期に、ずっとわたしを守ってくれた忠臣だ。だから、口を挟むことを許している。わたしが最も信頼する家臣だ。お前らよりも、ずっと信頼できる」
「わ、我々は、王太女殿下をないがしろになど……。我ら善良な貴族は、キシダインの専横をなんとかしようと……」
フォックスの顔が赤くなる。
「なんとかしようと日和見か? そなたの得意技だったな。今回も、いち早く王都から脱したのだったな。お前たちの一族が無事で良かった。それで、ずっと日和っていたそなたが、使者とはなんだ?」
イザベラは辛辣に言った。
王都があのルードルフ王の蛮行で混沌となり、粛正のようなものを開始したとき、この男は宰相の立場でありながら、いち早く王都を脱して、自分と家族の安全を確保したのだ。
それを知らないイザベラではない。
「姫様……」
すると、シャーラが聞こえるか、聞こえないかくらいのかすかな声でイザベラを呼び、軽く肩に触れてきた。
それでイザベラは、少し冷静になる。
すぐに、かっとなるのは、イザベラの欠点だとアネルザにも言われたし、間接的だが、ロウにも指摘されていた。
また、ロウからは、将来の女王であれば、どんな無能でも、どんな悪人であっても味方を増やせと諭されたこともある。
大きく息を吐いて、心を落ち着けた。
「言い過ぎた。だが、わたしに出陣を乞うとはなんだ? わたしは、王の命令でここにおるのだがな? そのわたしに、戦に出ろなどと、そなた、王にでもなったのか?」
イザベラはフォックスを睨んだ。
この男が持ってきたのは、王太女であるイザベラを地方王軍を含む王軍すべての指揮権を持つ総軍司令官に任命されるという命令書と、さらに、南域で起きている賊徒の叛乱に、王太女が出陣して欲しいという貴族たちの要望書だった。
そして、イザベラに、その貴族の代表として、出陣を要望してきたのだ。
もっとも、総軍指揮官への任命書については、あるべき箇所に国王印がない。
貴族たちの連名の要望書はともかく、任命書については、王印のない以上、その体裁を整えただけの紙切れでしかない。
「この二枚が、我ら王都貴族の心でございます。我らはすでに、ルードルフ王を王と思っておりません。あれは兇人でございます」
フォックスは、はっきりと言った。
この一言だけでも、不敬罪は成立する。しかも、堂々の国王批判だ。相手が王太女であることから、冗談でも、陰口でもすまない。この場で斬られても文句は言えない。
つまりは、それなりに覚悟しての発言ということだろう。
「ほう、つまりなんだ?」
「王命を下すことのできるのは、王ただおひとりでございます。そして、そこには、王印、あるいは、王の自署による署名で完成する任命書がございます。我ら、王都貴族一同、そして、署名のある領主貴族は、即座の王太女殿の王位継承を望むものです。軍権こそが王位の証──。どうか、お自ら軍の大権を確保し、王にお成りください──」
「王に?」
イザベラは思わず言った。
すると、フォックスをはじめとする随行の貴族が一斉に頭をさげた。
イザベラは唖然とした。
すると、フォックスがその場にひれ伏して土下座した。
「そして、お願いします。南域の民をお救いください、女王陛下──。さらに、王宮の兇王から可哀想な子女たちをお救いください」
フォックスだけでなく、随行の貴族たちも土下座をする。
イザベラは面食らった。
短いですが……。出先なのでご容赦を。
夕べは、先方と軽い宴会がありました。コロナ騒ぎ以降、初ですね(笑)。