【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「お願いします。南域の民をお救いください、女王陛下──。さらに、王宮の兇王から可哀想な子女たちをお救いください」
フォックスだけでなく、随行の貴族たちも土下座をする。
イザベラは面食らった。
だが、イザベラはすぐに気を取り直した。
「黙れ──。わたしを女王と呼ぶでないわ。それがなんで、わたしが南域の動乱に出陣することに繋がる──?」
さっぱり、わからない。
地方動乱は、地方軍に属する王国軍の任務である。
王軍の地方軍は大きく四軍あり、アネルザの実家の辺境候領の背面になる位置にある王国西側地帯の国王直轄領を守備する「北部国王直轄軍」、南域と呼ばれる地域の諸侯領を見張るかたちで位置する「南部国王直轄軍」、南東域の国境監視任務を持つドロボークの「ドロボーク国境騎士団」、そして、このノールの離宮の少し北にあるリマという港町に水軍基地を持つ「王国水軍」である。
南域の民というのは、ドピィとかいう賊徒が占拠しているクロイツ侯爵領のことと思うが、その賊徒対応は、まずはクロイツ侯爵、その侯爵の領軍が敗れた現状では、南部国王直轄軍の役割である。
イザベラが全王軍の大権を握ったとしても、イザベラが出陣ということにはならない。
ましてや、イザベラは妊娠をしている。
「現在、兇王は王都王軍を把握しております。その兇王から王権を奪うには、力が必要です。我ら王都貴族は、副王都マイムで人を集めましたが力がありません。力がないのです。我らはそれを自覚しました。それに対して、兇王は王軍を把握しています。
地面に頭をつけているフォックスの肩が揺れていた。驚いたことにフォックスは、涙を流していた。
ほかの三人も泣いている。
イザベラは、慌てて彼らの土下座をやめさせた。
その場に立たせる。
「それで? お主らが軍を集められず、力を持っていないから、なんなのだ?」
イザベラは訊ねた。
王都貴族というのは、実は、領地を持っていない貴族の別称でもある。二代前のエンゲル王の治世において、数多くの領土貴族が粛正され、国王直轄領は膨大な広さになった。特に中央街道と呼ばれる王国の真ん中を突き抜ける地域一帯は、南から北に至って、ことごとく王領である。
現在では、マルエダ辺境候などがいる西域と、今回ドピィの叛乱が起きた南域に貴族領が残るが、ほかの地域は幾つかの貴族領が点在するのみで、ほとんどが王領になる。
エンゲル王が目指したのは、ハロンドール王国のすべてを国王直轄領とした中央集権の体制を作ることであり、彼の強力な施政によって、どんどんと貴族領が没収されて、王領に組み込まれたのである。
当然に抵抗もあったが、そういう者は容赦なく軍に討伐された。あのエンゲル王の時代は、ハロンドールが内乱に明け暮れた時代と聞く。
そのときに、進んでエンゲル王の施策に応じ、領土と版籍を王に引き渡した者たちには、中央における役職が与えられ、爵位に応じる年金も渡された。
そういう彼らが“王都貴族”である。あるいは、官職を得て俸禄を得ることから“官吏貴族”、文官の象徴が法衣であることから“法衣貴族”とも呼ぶ。これに対して、軍務に就くことで俸禄を得るのが“帯剣貴族”だ。
いずれにしても、そういう彼らは、自領がないので治めるべき民がない。当然に軍は持たない。
かつてのキシダインも、そんな王都貴族だったが、彼は独自の資金源があり、私軍としての兵を集めていたが、そのような者はまれである。
「王太女殿下、我らに、王の王たるものをお示しください。さすれば、南部王軍は、王太女殿下に忠誠を尽くします。そう話をつけました。西部王軍は辺境候領が近いこともあり、立場が微妙ですが、少なくとも王太女殿下には叛旗はあげず、殿下が大権を把握すれば、従うと約束しています。水軍は殿下に従います。どうか、まずは南部に赴きください。そうすれば、まずは南部王軍、そして、水軍が殿下の配下にくだります」
フォックスがさらに懐から紙を取り出す。
「ヴァージニア」
「はい」
ヴァージニアに受け取らせて、中身を確認する。
王太女であるイザベラに忠誠を誓うという南部王軍司令官の血判状だ。
本物かどうかは判断できないから、ダリアに手渡す。
ロウに愛されることによって、異常なほどの記憶力を得たダリアは、あらゆる上位貴族の筆跡が頭の中の記憶にある。
その記憶と血判状の文字の形とを照合させたのだ。
「本物だと思います」
しばらく血判状を眺めてから、ダリアが言って、血判状をヴァージニアに返す。なぜ、一介の侍女が確認をしたのかわからないのだろう。フォックスたちは、少しだけきょとんとなっていた。
「……つまりは、わたしが、まずは南部王軍に向かい、そこで軍を把握して、王都に軍ととともに侵攻しろということか?」
やっとわかってきた。
「王太女殿下が指揮する軍が兇王の退位を求めて王都に向かえば、いまはルードルフ王に従っている王都王軍や騎士団の一部は、それに呼応して、王太女殿下に内応します。ここにいる者は、夫人や令嬢を王宮に監禁されています。帯剣貴族たちの中にも、同じような者がおります。彼らは機会を待っているのです。私たちは、ここまではやりました」
「ここにいる者? そなたらの家族がか?」
フォックスの言葉に、イザベラは同行の三人の貴族に目をやる。
「私の妻は、兇王に鞭打たれながら陵辱され、その光景が三度、映録球で王都市民に公開されました」
「私は娘です。やはり、映録球で全裸姿を晒されて、破廉恥にも股縄で自ら自慰をする姿が……。読書好きの貞節な娘だったのに……」
「私は妻とふたりの娘の三人です。言葉にも出せないほどの辱めを……」
三人がむせび泣くような声を出す。
「そ、それは……すまない……。父王に代わり……謝罪を……」
イザベラは頭をさげようとした。
だが、それをフォックスが手で留めた。
「謝罪は必要ありません。言葉よりも行動を。先ほど、殿下は私を日和見と蔑まれましたが、日和見宰相の意地でここまでの行動はしました。しかし、ここから先は、殿下の覚悟と決断、そして、行動が必要です」
「わたしに、父王を糾弾する兵をあげよと言うのだな?」
「まだ、王宮に残っている者の中にも、王太女殿下が決起をご決断なされば、動いてくれる者がおります。兇王に怪しまれないように、明日には王太女殿下に、南部動乱の平定の大命が下る手筈になっています。いまの王は、書類にはほぼ目を通さずに署名するとのこと。間違いなく、王太女殿下への出陣命令が発令されます」
「それを根拠に動くのだな?」
「五日後には、水軍がノールに到着します。そして、クロイツ領のガヤに王太女殿下をお送りします。クロイツ領のガヤは、すでに南部王軍が奪回して、賊徒の支配から統治を取り戻しており、そこで王太女殿下に、南部王軍司令官がお目通りします。ただ、南部王軍は賊徒対応の行動中……。賊徒討伐を優先するのか、王都進軍を優先するのかは、司令官は王太女殿下に従うと申しています」
「まずは賊徒だ。それで南部王軍の司令官には動くように伝えよ……。いや、わたしが書を直接に送ろう」
「ありがたき」
フォックスが頭をさげる。
そのとき、背中にいるシャーラがイザベラになにかを言いたいような仕草を伝えてきたが、イザベラはそれを制した。
イザベラは、すでに決断している。
王族として、行動すべきときには、行動しなければならない。それが王族として生まれた者の務めだろう。
妊婦であることよりも、王族であることが優先する。
イザベラは覚悟した。
そして、またしても、いつの間にか腹部に手を当てていた自分に気がつく。
手を手摺りに戻す。
それから、さらに細かい話をし、イザベラはライス隊の一千のうち、半分の五百を手勢として水軍に乗船させることまで決めた。
フォックスは、明日中には発令される手筈の王太女への南部動乱討伐命令の使者に、ベルフ伯という者が同行するので、会って欲しいと頼まれた。
すぐに記憶を呼び起こせなかったが、ベルフ伯というのは、ドピィという賊徒が占拠ししているクロイツ領の領都で人質になっているクロイツ侯爵夫人の実の父親だと思い出した。
イザベラは、話を聞くと約束した。
フォックスたちが辞去すると、すぐにシャーラとヴァージニアが詰め寄ってきた。
「姫様、無謀です。しかも、南方に赴いて、地方軍を把握するなど。そして、王都侵攻などと……。姫様は妊婦であられます」
シャーラが真っ赤な顔をして怒鳴った。
ヴァージニアをはじめ、ほかの侍女たちも口々に同じようなことを言った。
だが、イザベラは首を横に振る。
「いや、やらねばならんことをやるだけのことだ。わたしは王太女なのでな。南部動乱の治安回復も、王都のことも、それを収めるのはわたしの仕事だ。だが、なにができるわけでもない。軍権を握っても、軍の指図ひとつできん。だが、先頭に立つことはできるぞ」
イザベラは笑った。
「姫様のご出陣には反対です。王妃様も、アン様も、そして、もしも、ここにロウ殿がいても反対なさるはずです」
さらにシャーラが言った。
イザベラは苦笑した。
「ロウの名を出すな……。決心が鈍るではないか」
「だったら……」
さらに言い募ろうとするシャーラをイザベラは手で制する。
「それよりも五日だ。お前たちは五日で調べあげられるだけ、フォックスたちのこと、そして、南部動乱のことを調べ尽くせ。できすぎた話をあの日和見男がどうして、あそこまで準備できたのか知りたい。本当に内応の軍人まで準備できているのか? 南部の情勢はどこまで切迫しているのか? 南部王軍司令官が王に背き、わたしに忠誠を尽くす覚悟というのは真実か? とにかく裏をとれ。できる範囲でよい」
「そ、それはもちろん、しかし……」
まだ不満そうなシャーラをさらに制する。
「いずれにしても、さっきのフォックスの準備したことに、半分でも真実があれば、わたしは出る。行動するのは王族の仕事だ。底辺まで落ちている王家の評判をあげなければ、この国はなくなる」
イザベラは白い歯を出した。
全員が当惑した顔になった。
*
「上手くいきましたな、宰相閣下」
「まあ、小娘ひとりあしらうのはたやすいものよ」
王都に向かう馬の背に揺られながら、フォックスは笑った。
南部動乱に出陣する覚悟をつけさせるには、もっと手こずるかもしれないと思い、あの手この手の材料を準備していたが、案外にあっさりと了承した。
これでうまくいくだろう。
「ところで、肝心の南部王軍司令官には、この話は?」
伯爵だ。
「サキ様からは、向こうの体勢も整ったとご指図があった。王太女は戦場で死ぬ。問題ない。これもすべてサキ様のために──」
フォックスは右手を胸に当てる仕草をする。
「サキ様のために──」
「サキ様のために──」
ほかの三人も同様の仕草で追随する。
サキ様のため……。
ああ、なんという素晴らしい言葉の響きだ……。
サキへの忠誠を誓うだけで、これほどの恍惚感を味わえるとは……。
頭の中の乱れがさらに大きくなり、サキ様のためという言葉が頭の中で反響し続けていた。
(第14話『王太女の出陣』終わり、第15話『