【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
翌日の朝になってやって来るはずの南王軍司令官のリー=ハックは、船には来なかった。
ただ、ジグという副司令官がやってきて、イザベラに深く謝罪するとともに、ガヤの城郭に安全が確保できないので、さらに船に留まって欲しいと告げてきた。
さすがに、イザベラは腹が立ち、そのジグを怒鳴りつけた。
イザベラとて、賊徒の占拠している南域クロイツ領まで来る以上、覚悟もあるし、決意して腹を括ったものもある。
いつまでも情報を与えられず、安全確保を理由にないがしろにされるなど冗談ではない。
なんでもいいから、司令官をすぐに呼んで来いと癇癪をぶちまけて、そのジグを追い返した。
すると、一ノス後に再びジグがやってきて、どうしても司令官の手が離せないので、準備した館に先に移ってもらいたいと、大汗をかきながら言ってきた。
一応は、そのときに、そのジグから状況報告は受けた。
きちんとした報告は、それがやっと最初だ。
それによれば、現在、ガヤから四千、ユンデの街から二千をクロイツ領の領都の向かって進軍させているそうだ。
ただ、すでに数回の襲撃を受けており、主力側の四千は一度同行の輜重隊をやられている。そのために急遽派遣しようとした補給部隊も、途中で壊滅させられたそうだ。
また、それに呼応するように、ガヤの街の内外にある南王軍の兵站物資を焼かれたらしい。
昨日、トリアたちが集めた情報と合致していた。
そして、ジグによれば、軍を襲撃したのは賊徒軍だが、街中にある兵站物資の集積所を焼いたのは民衆の一部らしい。
ガヤの城郭内の一般民衆の中に賊徒の協力分子が混ざっているのは明白であり、それでイザベラたちを下船させるのを
とりあえず、イザベラは納得した。
結局、イザベラは司令官と会うことなく船から下船し、港に待機したままだったライス隊五百とともに一軒の屋敷に入った。
大きな館であり、館の周りは高い石壁になっていて、すでに南王軍の一隊が館周りの警護についていた。
また、内部の庭園も広大であり、ライス隊五百が十分に露営できるほどはある。シャーラとライスが話し合い、ライス隊の半分を室内に入れ、残りを警護を兼ねて庭で露営させるということになったようだ。
そして、館の外に王太女旗も掲げさせ、人心地ついた
結局、その日も、リー=ハックはイザベラの前に顔を出さなかった。副司令官のジグもやって来ず、代わりの将校がなにか不自由はないかと訊ねにきただけだ。
呆れることに、南王軍司令官のリー=ハックが挨拶に訪れたいという伝言をイザベラが受けたのは、次の日の昼前だった。
イザベラは、広間に通させた。
その広間を謁見室のような態勢に整えさせている。
そこに入る。
シャーラとヴァージニアも後ろから同行している。また、部屋の両脇には、警備役としてライス隊の兵が十名ほど並んでいた。
すでにリー=ハックは広間にいて、片膝をついて頭をさげている。
「お久しぶりでございます、王太女殿下。
リー=ハックが片膝をつけたまま、深く頭をさげていた頭をあげた。
しかし、イザベラは、そのリー=ハックの顔に見覚えがあった。
「ちょっと待て。リー=ハックというのは、フィレクのことであったか──。その節は世話になった。わたしがなんの力もない小娘であったことで、そなたにも迷惑をかけた……。いや、どうして? リー=ハックなどというから、誰のことかわからなかった。リー=フィレク軍監であろう。なぜ、名を……?」
「フィレクというのは、婿として入っていた伯爵家の姓でありました。いまは、あのときにフィレク家からは離縁されて籍を抜かれ、功績によって得た一代限りのハック伯を名乗っております、王太女殿下」
「そ、それは済まなかった……」
「いえ、お気になさぬように。貴族でありながら、時流を読めなかった私が愚かであったのです」
「お、愚かとか言うな、リー=フィレク……いや、リー=ハック卿……。そなたは、わたしを守ろうとして、筋を通そうとしてくれたのだ。あのときのことは、本当に感謝を……」
「心にもないことを申さないでいただきたい。いまのいままで、私のことなど忘れていましたでしょう、王太女殿下? だから、私の名を聞いても誰のことかわからなかった。あなたを守ろうとした一介の上級将校がどこに流されたのかも知らなかった。知ろうともしなかった。そもそも、興味もなかった。そうでありましょう」
リー=ハックは膝をついたまま言った。
「司令官殿、いまの物言いは……」
ヴァージニアが咎めるように口を挟む。
「これは失礼。謝罪します」
リー=ハックが頭をさげる。
「い、いや、謝罪は不要だ、リー=ハック。頭をあげてくれ」
イザベラは、罪悪感にうちひしがれてしまった。
リー=フィレクこと、リー=ハックとのかつての縁は、五年前になる。
まだ、十二歳の小娘だった頃であり、シャーラが護衛のために、イザベラに侍女として仕えるようになる直前の時期だ。
キシダインの一派による嫌がらせや暗殺未遂が顕著になってきたときであり、宮廷のほかの侍女たちや近衛兵たちが露骨にイザベラに意地悪をしていたことを、この軍監だったリーが彼らを叱責するとともに、糾弾したのだ。
その結果、彼はあっという間に、キシダインによって地方軍に左遷された。
当時のイザベラには、なにもできず、忸怩たる思いだけが残った。
考えてみれば、シャーラよりも前にイザベラを助けてくれようとした唯一の他人だったかもしれない。
いまのいままで忘れていたが……。
ただ、あれが原因で離縁までされていたのか……。
「リー=ハック、わたしは、あのときの無力に謝罪したい。そして、できればこれからは、わたしを助けてくれないか。もちろん、それに見合う地位と報酬を約束しよう」
イザベラは顔をしっかりとあげて、リー=ハックに視線を向ける。
以前にロウに言われた言葉を思い出す。
無能でも味方を増やせ──。人材の使い道はいくらでもある。それを考えろ──。そう言ったのはロウだ。
ましてや、リー=ハックは、誰ひとりとして味方のなかった当時のイザベラを助けようとしてくれた正義感に溢れた男だ。
「ありがたきこと……。忠誠を尽くします、王太女殿下」
リー=ハックは静かに言った。
イザベラはほっとした。
「……それにしても、お美しくなられましたな、王太女殿下……」
すると、リー=ハックが急ににやりと微笑んで、真っ直ぐな視線をイザベラに向けてきた。
だが、なんだか妙にぶしつけな視線だ。
じろじろと、イザベラの身体を舐め回すように見るような……。しかも、脚や胸に視線が集中していないか?
特に、ロウが好むので、イザベラのスカートは膝上丈の短さだ。こうやって座れば、太腿の半分は出るのだが、それを好色そうに見ている気が……。
なにか、表情もいやらしいような……。
イザベラは、ちょっと気味の悪いものを感じた。
それとも、イザベラが自意識過剰なだけで、気のせいか?
「司令官閣下、そのように穴が空くほどに王太女を見るのは無礼でありましょう」
横に侍っているヴァージニアが再び不快そうに言った。
やっぱり、イザベラの気のせいではなかったのか……。
「それは失礼をば……」
リー=ハックは、にやにやと好色そうに笑ったままだ。
こんな男だったか?
イザベラは、彼を自分の陣営に引き入れようとしたことをちょっと後悔しそうになった。
まあいい……。
それよりも、当面のことだ。
「ところで、リー=ハックよ。そなたは、さっき、いまの現状について事態が急変したと言ったか? いの一番に挨拶に来るはずのお前が、ここまでわたしを放り投げておくほどのことだと思うが、どういう状況であるのだ?」
イザベラは、ちょっと皮肉を込めて言った。
こいつの忠誠はともかく、昨日からのことは、文句だけは言っておかなければとは思った。
「左様……。事態は急変しております……。しかし、王太女殿下がここまでお美しくなられているとは知らなかった。知っておれば、すぐに顔を出しましたかな」
リー=ハックがにこやかな表情ながらも、気味の悪い笑い声をあげた。
なんだ、こいつ?
イザベラは、ちょっとむっとした。
「失礼な──。殿下が美しければなんだというのだ──。そなたは、殿下を愚弄しているのか──」
すると、シャーラが怒鳴りあげた。
表向きにはシャーラは護衛長であり、ヴァージニアが専任女官長なので、こういう場ではシャーラは黙っているのが通常だ。しかし、腹に据えかねたものがあったのかもしれない。
「まさか。忠誠を尽くしているとともに、お慕いしております」
しかし、リー=ハックは顔色も変えない。相変わらずの微笑みのままだ。
イザベラもだんだんと苛ついてきた。
「もういい──。それよりも状況を報告せよ──」
イザベラは吐き捨てるように言った。
「南王軍からこのクロイツ領に入ったのは、私以下八千──。入領とともに、賊徒に占拠されていたこのガヤとユンデの両都市を回復。それぞれに治安維持のために一千ずつを配置し、それぞれから四千と二千、合わせて六千をいまだに賊徒の勢力下にある領都に向かって進軍をさせておりました」
「うむ、それは聞いている」
「そのうちの四千の部隊が賊徒の長の率いる騎馬隊によって、壊滅させられました。今朝のことです。その対応にかかりきりになっておりました。王太女殿下のご挨拶が遅れましたのは、それが理由でございます」
「なに──?」
びっくりした。
賊徒の勢力は一万とは耳にしていた。だが、それは戦闘員ではない女子供や老人を含めた数であり、実質の戦闘員はかなり少ないという認識だったのだ。
だが、四千の武装した軍を壊滅させられるほどの数があるのか?
「どれほどの賊徒の軍が? こっちに向かっているですか」
ヴァージニアだ。
さすがに動顛の響きを隠せていない。
「こっちに向かっているかどうかは不明ですな。なにしろ、賊徒の長が率いているのは、五百ほどの騎兵でありまして……。外に出て戦うのは、いまのところ、そいつらのみですが、まさに神出鬼没──。いまだに、賊徒の主力の巣くっている拠点が、領都以外のどこにあるのかさえも、掴めておりません」
「ちょっと待て、リー=ハック。そなたは、四千が壊滅させられたと言ったぞ。賊徒の主力にやられたのではないのか?」
「その五百ほどの騎兵です。領都の賊徒たちそのものには、動きはないようです。もっとも、現段階の情報ですが……。とにかく、襲撃をしたのは全員が銃で武装する極めて速い速度で移動できる騎馬隊です。しかし、敗因は単純なものではありません。毒を盛られたのです」
「毒?」
「はい、王太女殿下。このクロイツ領に入って以来、ずっと賊徒たちは、我らの糧道を集中的に狙い続けていました」
「ああ」
イザベラは頷いた。
それは、侍女のトリアたちが情報を集めてきたし、昨日はリー=ハックの部下のジグからある程度の詳細な報告も受けていた。
「それが策だったのです。兵糧に不足した前進部隊の指揮官は、領都まで一日のところで、周辺農村から徴発を実施しました。しかし、その徴発した食べ物に、遅効性の毒を盛られてしまったのです。酒などの提供も受けて、それにも……」
「それで弱ったところを狙われたということか」
狡猾だと思った。
ただの賊徒ではない……。
イザベラは唸った。
「問題は、連中のやり口ばかりではありません。広い地域の複数の農村全体が賊徒の企てに協力をしたという事実です。現在、調べさせてはおりますが、徴発は複数の農村で行い、そのすべてで毒を盛られたようです。昨日のガヤ内の兵站物資は、一般民衆の中に賊徒が隠れていました。これがどういうことかおわかりですか?」
「おわかりかとは? もったいぶるな。試されるような物言いは、わたしは好かん──」
イザベラは怒鳴った。
「これは失礼……。つまりは、多くの農村、街の住民……。その多くが敵だということです。私は昨日に六人、今朝はふたりの街の住民を訊問しました。その全員が賊徒の一味でした。すなわち、ここには大量の賊徒が紛れており、すでにここは戦場だということです」
「戦場か……」
「いかがですかな、王太女殿下? 船からお降りにならない方がよかったのでは? 安全な場所など、このクロイツ領にはありません。逃げ帰るならいまですぞ」
リー=ハックが言った。
イザベラは、かっとなった。
「なにを言うか──。わたしを愚弄する気か、リー=ハック──。そなたでも許さんぞ──。わたしは、ここに物見遊山できたのではないわ。ここが賊徒の巣であれば、それを王族の威信で染め直すだけのこと。わたしを見くびるな──」
「さすがは……。しかし、この状況では、このガヤだけでも、あやゆる場所を警戒しなければならないのも事実……。人手も惜しい……。正直に申しまして、殿下が強引に船からお降りになったことで、この館の警備に一個大隊を割いているのです」
「いるだけで迷惑と言いたいのか──。見くびるなと申したぞ──。一昨日に、そなたに書簡を渡したはずだ。わたしの使い道を考えろとな──。民の鎮撫でも、兵の士気の高揚でも、いくらでもわたしを使え──」
イザベラは怒鳴るように言った。
「姫様……」
「姫様」
ヴァージニアとシャーラが咎めるように、耳元でささやいてきた。
イザベラは、それを手で追い払う仕草をする。
「わかりました……。いずれにしましても、このガヤは危険であります。実は、ガヤの街内では、軍施設への襲撃が継続しておりましてな。一度、郊外にお移り頂けませんか。ゲーレという小さな里です。二百人規模の小村であり、その安全は確保しています。まずはそこに……」
「リー=ハック、わたしは、見くびるなと何度も言ったぞ。わたしは安全を求めているわけではない」
「いいえ、私も安全のためだけに、王太女殿下をガヤの外に出そうとしているわけではありません。そこが重要拠点であるからです」
「重要拠点? 二百人規模の小さな里がか?」
「そこに、直轄領から補給を送らせ、そのゲーレに兵站拠点を急遽作ろうとしております。徴発をしても、発見し難い毒を盛られる可能性があり、それは慎重にならざるを得ません。だから、増援部隊とともに、必要な補給をそこに集積させます。そこであれば、人も少なく監視もし易いので、襲撃の可能性も極限できるからです。殿下には、ひとまず、そこにお移りいただき、軍にとって、もっとも重要な兵糧を守っていただけませんか」
リー=ハックが頭をさげた。
イザベラは、深く息を吐いた。
「重要な役目なのだな? 危険だからという理由で、わたしを追い払うわけではないな?」
「無論です。そもそも、最終的にはお戻り頂きます。この賊徒鎮圧の後には、殿下にはやるべきことがおありでしょう。もちろん、私以下の南王軍は殿下に忠誠を誓い、殿下の志に同行しますが、そのときには、南方動乱の鎮撫を殿下がなされたという功績は役に立ちます。従って、最終局面には、殿下には前に出ていただきます。しかし、ひとまずは後方に……。なにしろ、このガヤは、いまや最前線も同様……」
「わかった。承知した」
イザベラは応じた。
「志」と、リー=ハックが言葉を濁したのは、王都への進軍のことだ。いまや、王都の混沌は、かなり急迫していると言っていいが、イザベラはそれを終わらせるために、ここで南王軍という地方軍を把握して、王都に北進するつもりなのだ。
そのために、ここにやってきて、まずは南方動乱を片付け、そして、王都に向かう覚悟なのである。
リー=ハックは、それに言及し、また、それを約束してくれたのだ。
「では、速やかに態勢を整えます。殿下と同行の隊は、ゲーレの小村にお向かいください。ガヤからは、一ノスほどの距離になります」
リー=ハックが言った。
*
「王太女に、帰還を進めるとはな。裏切ったのかと思ったぞ、人間」
司令部にしている政庁に戻る馬車の中でふたりきりになると、リョノが言った。
リー=ハックにつけられてる見張りであり、リー=ハックが忠誠を誓ったサキから送られている部下だ。
人間族の若い男に化けており、リー=ハックは新しい従者として侍らせているが、実は魔族である。
「ああいう手合いの扱いは心得ている。怒らせれば、煽動に乗りやすくなる。実際にそうなっただろう。王太女は、警備の薄い小里に向かう。これでいいのだろう? そこに、兵糧をどんどんと集積していると賊徒には喧伝する。これまでの流れからいえば、賊徒はそっちを狙うはずだ」
リー=ハックは言った。
リョノは肩を竦めた。
「まあな。俺がサキ様から命じられているのはそれだし、うまく賊徒が乗ってくれなければ、襲撃に見せかけて別の者が襲う。そういうことさ」
「それだがな、リョノ。お前たちに協力する代価の話だが、王太女を始末する前に、一度犯してやりたい。あんなに美味しそうに成長したとは思わなかった。あれは、ただ死ぬのは惜しすぎる。だから、襲撃のときに死んだ格好にして、こっそりと、さらってこい。俺が犯してから殺す」
「おいおい、冗談じゃねえぞ。そんな難しいことができるかよ。そもそも、賊徒たちまで操ってねえんだ」
「操ればいいだろう。とにかく、やれ──。さもないと、協力せんぞ。サキ様には忠誠を誓ったが、お前たちの指示に従うかは別の話だ。俺の欲求に応じないなら、俺も知らん。好きにするんだな。あるいは、サキ様がまた来るかだ。あの身体をもう一度味わわせてくれるなら、無条件で従うさ」
「ちえっ、操心にかかったことで、欲望が剥き出しになりやがって……。お前、もっと人間族としてお堅い性質だったろう。王女を犯すから、さらえだと? 正気か?」
「正気じゃないんだろう? お前らがそうしたんだ。ただ、俺の隠れていた性分がただの好色者であることは否定はせんけどな。五年前、少女だったイザベラ姫を助けようとしたのも、ただの下心だ。結局、失敗したうえに、左遷とは代償が大きかったがな」
リー=ハックは大笑いした。
「けっ、困った人間族だぜ。まあ、努力はしてやるよ。約束はそこまでだ。だから、お前もあの王太女が死ぬように協力しろ。サキ様にはそう言われてるんだ」
「知らん──。俺の仕事もここまでだ。王太女を殺すのは、お前の仕事だろう。それとも、サキ様をここに連れてくるか? 新しい仕事は、もう一度サキ様と愛し合うことだ。あれは実に最高だった」
リー=ハックは、サキとの逢瀬を思い出して、股間を硬くしてしまった。その結果、操られることになったが、まったく後悔はない。
それくらい、最高の夜だった。
「冗談じゃねえ──。なんで、人間族にサキ様など……。俺だって、一度も叶ってないのに……。わかったよ。死ぬ前に王女だな。いいだろう」
「約束だ」
リー=ハックは、にんまりと微笑んだ。
(第16話『王太女と南方王国軍』終わり)