※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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736 突入せよ! 侯爵夫人監禁事件

 賊徒の占領しているクロイツ領の領都クロイランドである。

 この領都に南王軍が迫っているという情報があり、それに対応するための戦支度は続いているが、一方で、人の営みは続いている。

 今日は、五日に一度の市がある日だったようだが、その賑やかさは陽が落ちてからも続いていた。

 イライジャがその市を通り抜けて、宿屋に戻ったのはすっかりと陽が暮れてからだ。

 突入場所である賊徒の司令部になっている領主の屋敷の周りをぐるりと見てきたのだ。特に警戒をしている様子は確認できなかった。

 もっとも、そんなものはいくら外から見てもわからないかもしれないが……。

 

「あっ、お帰りなさい」

 

「お帰りなさい」

 

 仲間たちは、市の開かれている場所に近いその宿屋で待っていた。少し前に潜入から戻ったユイナとミウもだ。

 宿屋は、裏手が川に面しており、その川は、クロイツ領を南北に貫くオルロイ河という大きな河川に繋がっている。

 その河川を使って、北側のガヤの港町との物流の経路が確保されているのだ。

 面白いのは、北側のガヤを南王軍が奪回し、南側の領都を賊徒が占拠しているという状況でありながら、いまだに両方向の交易が確保されていることである。

 人間族の営みというのは、それだけたくましいということだろう。

 

 もっとも、イライジャが昼間に回った限りにおいては、米や野菜や肉などのすぐに食べ物となるものは、値段が高騰していた。

 この領都に一日の距離に迫っている南王軍が近傍から食料を集めまくっているらしい。それによる値段の高騰だ。

 ただ、賊徒側に与する農村が多いため、なかなか南王軍の徴発はうまくいっていないようだ。だから、半ば略奪に近いこともやり始めており、それもまた、南王軍への反撥を生んでいるという。

 そんなことも、イライジャは市に売りに来ている近傍の農民や行商人たちから教えてもらった。

 

「予定どおりに、今夜、突入するわ。(いくさ)よ――」

 

 イライジャは、四人部屋の宿屋の一室におり、そこで五人で寝泊まりしたが、それも今日で終わりだ。

 今夜、侯爵夫人が監禁されている離れの建物があるもともとの侯爵家の屋敷に突入し、そのまま領都を逃亡することにしている。

 失敗しても、賊徒たちになぶり殺しになるだろうから、いずれにしても、ここに戻ってくることはない。

 また、“戦”という言葉を使ったのは、強引な突入になり、おそらく殺し合いになるからだ。だから、あえて物騒な言葉を使った。

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「は、はい」

 

 イット、マーズ、ミウが緊張した表情で返事をする。ユイナは言葉には出さなかったが、しっかりと頷いた。

 イライジャは、懐から出した一枚の紙を広げた。

 可能な限りにおいて情報を集めて手に入れた侯爵家の屋敷の見取り図だ。今日の一日で得られた賊徒の警備配置や警戒具などの情報がそこには書き込んである。もちろん、ユイナとミウが持ち帰ってくれた貴重な情報もだ。

 

 全員がその紙に見入る。

 そこには、屋敷の見取り図のうち、本宅と離れている離れの別宅に赤い丸をつけている。

 これこそが、さっき戻ってきたユイナとミウが持ってきた貴重な情報だ。

 いまから、突入するのは、そこだ。

 

 ただ、侯爵夫人が監禁されいる場所が本宅側ではなく、離れであるというのは意外だった。

 しかも、このふたりが持ってきた情報によれば、魔道具による警備措置はあるが、人の配備は少ないそうだ。

 賊徒の頭領のドピィという男が侯爵夫人を気に入ってしまい、監禁調教を続けるとともに、嫉妬心から見張りの部下まで遠ざけて、誰も近づけさせないのだという。

 そして、その頭領自身が上手い具合に、南王軍への対応のために城郭の外に出ており、この数日不在にしているようだ。

 そこまでは確かめられた。

 

「改めて手筈を確認するわ。この五人を二手に分けるわね。まずは、あたしとイット、そして、ユイナは真っ直ぐに裏手から離れに突入するわ。まずは周囲の照明を可能な限り消す。そして、現れるだろう警備の賊徒はただ蹴散らすだけよ。こっちは、これといって策はない。先頭はイットよ。あなたなら、魔道の警備具を大抵は弾く。頼むわね」

 

「はい」

 

 イットが頷く。

 生まれつきの魔道耐性を持ち、ほとんどの魔道攻撃を無力化する特異体質のイットだと、魔道攻撃の効果のある警備具を簡単に突破できる。

 もちろん、魔道罠にも物理的な攻撃はあるので、すべてではないが、イットの身体能力なら問題ないだろう。

 また、照明を壊すことを指示したのは、突入が獣人族とエルフ族になるからだ。夜目が効くイライジャたちとは異なり、人間族の多くは夜目の能力は低い。

 明かりが消せれば、こちらが俄然優位になる。

 

「ユイナは最終的に、侯爵夫人を確認してもらうわね。頼むわ」

 

 イライジャたちは、シャロン=クロイツ侯爵夫人の顔を知らない。だから、その確認は、ユイナの扱える鑑定術ということになる。

 

「はーい。ただし、わたしは、戦えないからね。しっかりと守ってよ、イット」

 

「うん、できる限り……」

 

 気楽そうに笑うユイナに対して、イットが大真面目な顔で頷いた。

 

「そして、マーズとミウ……」

 

 イライジャは、見取り図のうち突入経路とは反対側になる屋敷本宅の裏手になる場所を指さした。

 

「あななたちは、まずは陽動よ。こことここに、油の樽を外壁の内側に持ち込んで隠したわ。うまくすれば、火が燃えあがる。とにかく騒ぎを起こすのよ。それを待って、あたしたちは屋敷に突入するわ」

 

 イライジャが言った。

 すると、ユイナが先端に筒のようなものがついている矢を十本ほど取り出して、マーズに渡した。

 

爆裂矢(ばくれつや)というものよ。わたしが作ったの。この導火線に火をつけて矢で放てば、飛翔しながら装薬が混ざり合って、なにかに刺さったときに爆発する仕掛けになってるわ。あんた、弓はできるんでしょうねえ?」

 

「得意ではありませんが、弓を扱うことはできます」

 

 マーズがユイナからその火矢を受け取った。

 

「十分よ。とにかく、イライジャさんが持ち込ませた油の樽の近くの地面に当てなさい。爆発で火が引火すれば、油の樽が燃えあがるでしょう。十本もあれば、まるっきり当たらないということはないはずよ。高い塀越しに、ただ火矢を射るだけだしね」

 

 ユイナが揶揄うような口調で言った。

 

「頑張ります」

 

 マーズが大きな身体でぺこりと頭をさげた。

 

「イライジャさんたちが突入する場所の近くに、移動術の魔道紋は刻み終わってます」

 

 ミウが緊張した口調で言った。

 イライジャは頷く。

 

「陽動で騒ぎを起こしたあとは、ミウとマーズは、ミウの移動術で突入場所に移動。マーズはすぐにあたしたちに合流──。ミウはその場に待機して、逃亡経路の確保よ」

 

「あたしも戦力になりますよ。マーズと一緒に行きます」

 

 ミウが言った。

 だが、ユイナが横からせせら笑うような口調で口を挟む。

 

「やめてよ、ミウ。あんたが頼りなんだから、しっかりと逃げ道を確保しておいてちょうだい。わたしは、こんなところで死にたくないんだから、一緒には来ないでよ」

 

「あっ、は、はい。わかりました。しっかりと逃げ道を確保します」

 

 ミウが頷いた。

 イライジャはほっとした。

 実のところ、ミウの魔道はこの五人の最大戦力であり、今回の作戦の成功率を高めようと思ったら、ミウを突入班に組み入れることが合理的だ。

 実際、イライジャはそうするつもりだった。

 

 陽動を誰かにやってもらうつもりではいたが、それをミウには考えてはいなかった。

 しかし、ミウを突入側に加えることに反対したのは、囮になってわざと賊徒に捕らわれ、侯爵夫人の正確な居場所を探る仕事から戻った直後のユイナだった。

 ユイナは、イライジャからどういう策で突入するのかと訊ねてきて、突入班にミウを参加させようとしているイライジャの腹案を確認すると、それに反対したのだ。

 理由は、ミウがまだ十一歳であるということだった。

 

 いくら能力があっても、まだ血生臭い場所に加わるのは早い──。

 ユイナはそう言った。

 

 イライジャはそれを受け入れ、ミウをマーズとともに陽動に回し、それを果たしたあとは、退路を確保する役割を与えることにしたのである。

 いつもは、(はす)に構える態度であり、人を喰うような物言いしかしないユイナだが、実は勘がいいし、感情が豊かだ。

 そして、なんとなくだが、ユイナはとてもミウが好きなのだと思う。

 だから、そんなことをこっそりと言ってきたのだろう。

 

 ミウも、すでにロウたちとともに冒険者として活動しているので、人の死に面したことがないわけではないが、ミウが突入班に加われば、ミウもまた相手を殺すことを強いられることになる。

 確かに、それはまだミウには酷だと、イライジャも思い直した。

 

「もう一度言うわ。突入は、最初はイット、ユイナ、あたし……。タイミングはマーズとミウによる反対側の陽動による爆発が起きてから──。目的は侯爵夫人の救出──。もしも、作戦を中止する事態になれば、あたしが信号弾を飛ばす。それが出たら、策は終わり。ばらばらになってでも離脱して、あとはイザベラ姫様に合流しなさい」

 

 イライジャは言った。

 全員が頷いた。

 

「よおし、頑張るわよ。そして、あいつにご褒美をもらおう――」

 

 そのとき、ユイナがいきなり明るく掛け声を掛けた。

 

「はいっ、ロウ様に誉められたいです。ご褒美――」

 

 ミウが続く。

 

「よし、ご褒美よ――」

 

 イライジャは、笑いながら続いた。

 

「ご褒美――」

 

「ご褒美――」

 

 すると、マーズとイットもやっと緊張が解けた感じで明るい声をあげた。






【シャロン=クロイツ現象】

 監禁事件や人質事件などにおいて、被害者が犯人に好意的な感情を抱く現象のこと。
 第一帝政期直前に発生した、ハロンドール王国クロイツ領の賊徒反乱におけるシャロン=クロイツ侯爵夫人の監禁事件がその語源である。
 同事件は、賊徒主と侯爵夫人の悲恋として幾度も戯曲化されているが、帝政中期の犯罪心理学者オルソン=オルフソンがこの戯曲の題材を例にとって、多くの監禁犯罪で観察される犯人と人質間の奇妙な連帯感情を説明したことから、この用語で広く世間に知られるようになった。


  フランク=オッシュバーグ著『社会心理学事典』より
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