【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
大音響が響いた。
「うわっ」
「なに?」
音がするとわかっているイライジャとイットでさえ、驚いた声を出してしまった。そのくらいの凄まじい音だった。
音の方向を見ると、夜闇の中に大きな火柱があがっている。
こことは大きな屋敷を挟んだ反対側の外壁である。
なお、イライジャとイットとユイナは、手筈通りに、正面でもなく、しかし、裏手でもない侯爵家の広い屋敷の側面になる外壁のそばの闇に隠れていた。
「ええ?」
原因を作ったユイナからしてびっくりしている。
ここまで振動が伝わってくるのだから、どんな爆発なのかと思う。
「ユイナ、ちょっと威力を高めすぎじゃないの? ミウやマーズに、なにかあったらどうするのよ」
あの爆発が、宿屋でユイナがマーズに手渡した「
今回の襲撃のために、ユイナが急遽作ったものであり、あのときの説明によれば、弓で射たときの飛翔のあいだに装薬が混じり合って、矢がなにかに刺さったときの衝撃で爆発するという説明だった……。
だが、威力がありすぎだろう。
「な、なんで、あ、あれのせいなんですか──。そりゃあ、時間がなかったから実証実験はしてなかったけど、計算じゃあ、あそこまでの威力はないはずなんです。イライジャさんの準備した油樽が爆発したんじゃないですかあ?」
「あたしが準備した油は燃えるだけで、爆発なんかしないわよ」
イライジャは呆れて言った。
「ええ? だけど、おっかしいなあ……。あそこの紋様をちょっと勝手に書き換えたのが駄目だったのかな……」
「いいから、次からは計算だけじゃなくて、実証もしなさい」
イライジャが叱責すると、闇の中のユイナの顔が不満そうにむっと膨れた。
そのときだった。
目の前の空間が揺れて、ミウとマーズが現れた。
移動術だ。
「なんで、もう来たのよ? あんたらは、反対側で陽動する役目をイライジャさんから言い付かったんじゃないの?」
ユイナが開口一番に言った。
「いや、もう十分ですよ──。なんですか、あれ──。壁どころか、建物の一角まで吹っ飛びましたよ。死ぬところだったです」
ミウが珍しくも怒りの感情を込めて怒鳴り返した。
「うん、すごかったな……。ミウが咄嗟に結界で守ってくれなかったら、あたしたちも破片で大けがしてたかもしれない。とにかく、すでに陽動の役目はもう果たしたと思ったのでミウに転送してもらった」
マーズも苦笑している。彼女は、背中に弓と矢を紐で縛って背負っている。腰には大剣だ。
だが、見たところ、特に負傷のようなものはしてないみたいだ。ミウが守ったのだろう。
「ねえ、本当に、あれは、わたしの作った魔道矢の威力? 油に引火して爆発したんじゃないの?」
ユイナがミウに訊ねた。
イライジャは、まだ言っていると思った。
「油ってなんですか。爆発したときに、跡形も無く失くなったんじゃないですか? とにかく、一発で、なにもかも吹っ飛んだんですよ」
ミウがまた怒ったように、ユイナに言い募った。
しかし、ユイナは悪びれた様子もなく、「ごめんねえ」と笑うだけだ。
まあ、それはともかく、ミウもこのユイナには気安いみたいである。最近は随分と二人が遠慮のない感じで喋っているのを見る。
まあ、いいことだ。
「じゃあ、予定とは違ったけど、マーズも含めて、突入するわよ──。ミウ、ここを頼むわ」
イライジャは声をあげた。
行った場所に瞬時に移動する「縮地術」とは異なり、「移動術」の場合は、原則として、転送する両方向の場所に同じ術者の紋様が刻まれている必要がある。
だから、この場所でなければ、ほかの場所には転送できないのだ。
結構面倒なのである。
その代わり、障害物があれば移動が阻まれる縮地術とは異なり、まったく見えていない場所に瞬時に空間跳躍できる。
ただし、移動術の方が魔道で追跡しやすく、縮地術は術の終了ととももに紋様が発散するので、高位魔道遣いの追跡でも引っ掛かりにくかったりする。
いずれにしても、城郭のような場所から一瞬で逃亡するためには、移動術がもっともよい。
だから、ミウには、この場所に待機してもらい、イライジャたちの帰還を待つように指示をしていた。
「はい、お気をつけて」
ミウが真剣な表情で頷く。
「行きます……」
イットが呟くようにささやく。
次の瞬間には、イットは高い石塀の上に昇っていた。
手でイットが合図する。
反対側に誰もいないという合図だ。
マーズが巨体を跳躍させ、宙で壁を一度蹴り、壁の上に乗って腹ばいになって、こっちに大きく手を伸ばした。
イライジャは、その手に飛び上がって片手で掴んだ。
マーズがイライジャの身体を引きあげる。
「ユイナ──」
イライジャは声をかけた。
まだ残っていたユイナがイライジャの足首を掴み、器用にイライジャとマーズの身体を伝って壁にあがった。
イライジャもあげてもらい、四人全員が壁にあがる。
確かに、周囲には誰もいない。
反対側であれだけの騒動が起きているのだ。
ここに巣くっている賊徒の大半は、そっちに向かったかもしれない。
「よし、マーズが来たなら、あたしは先に行きます──」
イットが屋敷側の庭に飛び降り、駆けだした。
マーズ、イライジャ、ユイナも、続いて、ほぼ同時に飛び降りる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい──」
ひとりで突き進むなと伝えようとしたが、すでに、イットはずっと前を駆け進んでいた。
*
イライジャは、マーズのあとをついて行くように駆けた。
屋敷内は、あの爆発のためにかなり慌ただしいことになっていた。
ただ、離れの方向に近づく集団はない。
「あ、あいつ、ち、ちっとも、連携なんて、考えずに、走って行っちゃって──」
後ろを走っているユイナが息を切らしながら不満を言った。
そのとおりだとイライジャは思ったが、どうしようもない。
また、そういえば、他人と連携をして行動することが苦手なイットを、よくエリカが叱ったり、ロウがたしなめたりしていたことをやっと思い出した。
樹木の茂っている間を通り抜けると、すぐに建物が見えた。
情報のとおりだ──。
あそこに侯爵夫人が……。
しかし、ところどころに地面に穴が開いていたり、矢や槍が刺さっていたりする。
全部、イットが通り抜けていったときに発動した罠だろう。
「伏せて──」
そのとき、ユイナが突然に叫んだ。
なにも考えずに、その場に伏せる。
左右の空中から十数本ずつの槍が出撃するように現れて、たったいま伏せた身体の上を真横に貫く。
「うわっ」
「なに?」
「ひいいっ」
さすがに三人で悲鳴をあげた。
槍はそれぞれに通り抜けてなくなったが、さらに闇を切り裂くような羽音が上から近づいてきたと思った。
「ちっ、そのまま小さくなって固まってください」
マーズが巨体とは思えない俊敏な動作で、イライジャとユイナを跨ぐように立つ。
続いて雨のように矢が降ってきた。
マーズが大剣を持っていたが、それを頭上に向かって風車のように回して、ことごとく矢を払っていく。
羽音と思ったのは、この矢の雨の罠が近づく音だったのだ。
矢はいつまでもやまず、三人のいる地面に次々に突き刺さる。
ただ、身体に当たる矢だけはない。
そして、しばらくして、やっと矢がやんだ。
「大丈夫ですか?」
マーズが立ったままイライジャたちを覗き込むようにしてくる。
イライジャにも、ユイナにも怪我はない。しかし、マーズには左肩に二本ほどの矢が突き刺さっていた。
「マーズ、あんた、矢が──」
立ちあがったユイナが声をあげる。
「あっ、問題ありません」
しかし、マーズは右手を伸ばして無造作に肩から矢を引き抜く。血が噴き出す。
「うわっ」
ユイナが悲鳴をあげた。
「すぐに、気力で止血します」
マーズが肩を手で押さえる。
すると、本当に血がとまった。止血って、気力でできるのか?
「本当に、大丈夫?」
イライジャも声をかけた。
「問題ありません。行きましょう」
マーズがにっこりと笑った。
「だったら、わたしが誘導するわ。庭中に罠がある。イットが突き抜けちゃったみたいだけど、罠が発動すると、警告がどこかに飛ぶようにもなっているみたいね。だから、できるだけ罠を避けて進むべきなんだけど、まあ、もう遅いかもね。あの獣人娘があちこち作動させて突っ走っているから、すぐに賊徒が駆けつけるわよ」
ユイナだ。
「ロウじゃないけど、あとで懲罰折檻ね……。生き残れたらだけど……」
イライジャは息を吐いた。
建物までは、目と鼻の先だ。
入口は蹴り破られており、すでにイットは中なのだろう。
すると、屋敷の母屋の方向から十人ほどの賊徒が武器を持って走ってくるのが見えた。
「おっ、あそこに誰かいるぞ──」
「照明矢を放て──」
賊徒たちが叫ぶのが聞こえてくる。
まだ距離があるが、こっちからははっきりと見える。しかし、向こうからは、よく確認できないみたいだ。
人間族とエルフ族の夜目の能力の差だ。
「行ってください。あたしが食いとめておきます」
マーズが声をかけて、背中に結わえていた弓と矢を外して構えた。
ユイナが渡していた爆裂矢だと思ったときには、すでにマーズは矢を放ち終わっていた。
大音響がして、たったいままで賊徒たちがいた場所に巨大な火柱があがる。
人間の肉片が飛び散る光景もそこに広がった。
「任せるわ」
イライジャは、ユイナとともに建物の中に向かって進みはじめた。
しかし、すぐに背中側で、さらに賊徒の増援が集まる喧噪が伝わってきた。イライジャは一度振り返る。
そのとき、マーズが放った爆裂矢が二度目の火柱をあげた。
新たな賊徒たちが、遠巻きに距離を置き出すのが見えた。
一方で、絶対に夫人を連れ出させるなと叱咤する幹部らしき者の声も聞こえる。
とにかく、イライジャは、ユイナが鑑定しながら罠を指摘するのを聞きながら、建物に入る入口に向かって足を進めた。
*
外にあれだけあった罠の気配は、建物の中に入るとまったくなくなった。
感覚を研ぎ澄ませる。
人の気配はほとんどない。
だが、辛うじて、奥側に人がいる感じが伝わってくる。
イットは、そっちに向かって廊下を進む。
「けつの穴が痒い。オナニーしたいいい──」
そのとき、突然に、女性の泣くような絶叫が響き渡ってきた。
進もうとしている建物の奥側からだ。
「なんだあ?」
思わず、イットは声をあげてしまった。
すると、そっちから何者かの気配が近づいてきた。
イットは気を引き締めた。
すると、その気配が消滅して、人だけが姿を現した。
「おやおや、なんだか騒がしいと思ったら、珍しいねえ。獣人族の娘かい……。いずれにしても、いまは取り込み中でね。帰っておくれ。この先では、お館様の雌犬を調教している真っ最中でね」
現れたのはひとりの人間族の老婆だった。イットの姿を見て、口から息が漏れるような笑いを発している。
潜入してきたイットを確認して、奥に向かう廊下を背にして立ち止まった。
だが、イットは自分の身体にぞっとするような緊張が走るのがわかった。
その理由はわからなかった。
目の前にいるのは、ひ弱そうなただの老婆だ。
次の瞬間、突然に足の下の地面が真っ白く輝いて、床が揺れた感じになった。
「えっ?」
ちょっと違和感があったが、それだけだ。
「ほう、あれだけの電撃だったんだけど、魔道を跳ね返したという感じじゃなかったねえ……。もしかして、魔道を受け付けないのかい? そりゃあ、ちょっと面倒だねえ」
すると、老婆が笑った。
もしかして、いまのは魔道だったのか……。
しかし、魔道を受け付けないイットの特異体質がそれを寄せ付けなかったのだろう。
「あたしに魔道は通用しない……。だから、魔道遣いは、あたしには勝てない……。逃げるんなら、逃がしてあげるから行きなよ、婆さん」
イットは両手の爪を刃物にして伸ばす。
ガロイン族としての戦闘態勢だ。
「やれやれ、魔道が効かないとなると、年寄りには辛いねえ……」
すると、老婆が宙から二本の短剣を取り出すように両手に持った。
収納魔道か……。
すると、すっと老婆の身体が沈み込んだ。
「くっ」
次の瞬間、身体がすれ違った。
イットは自分が動いたという感覚もなかったが、立っている位置は入れ替わっていた。
頬に痺れるような痛みがある。
血の匂いもだ。
斬られた?
一方で老婆は、左腕から血を流していた。また、左手に持っていた短剣の刃は折れている。
しかし、老婆の腕が青白く光り、それがなくなると、負傷が完全になくなっていた。
治療術か……。
「驚いたねえ……。この婆さまを傷つけるどころか、武器の刃まで折ってしまえるとはねえ」
老婆が右手の剣を消滅させる。
そして、再び身体をちょっと沈めた。
「さすがは獣人族だねえ……。あと十年もすれば、このあたしの相手になったかもしれないね」
老婆が笑った。
「あんた……何者?」
イットは構えながら訊ねた。
「キーネという名のただの老婆だよ……。お館様に、奥にいる雌犬の世話と警護を任されている……。ところで、お前は誰だい? なんのために、ここに来たのさ。ここには、金目のものなんかないよ」
「泥棒じゃない……。クエストで……。依頼されて、シャロンさんという女の人を助けに来た」
イットは言った。
不意に、キーネが動いた。
いや、気がついたときには目の前にいたのだ。
拳──?
必死に上体を極限まで反らして、殴打をかわす。
蹴りをキーネの腹に叩き込む。だが、蹴りが届いたと思ったときには、キーネはそこにはいなかった。
顔と腹に拳──。
あの拳で殴られれば、内臓を毀されて動けなくなる──。
根拠はないが、その予感が走る。
イットは必死で全部をかわす。
気がつくと、また距離が開いていた。
再び、身体の位置が入れ替わっている。
「冒険者かい……。だとすれば、やっぱり、貴族の犬なんだろう? 貴族のかけた高い依頼料に目が眩んで引き受けたのかい? さしずめ、依頼者はあの雌犬の父親かねえ」
キーネがくくくと笑った。
正解だが、イットは黙っていた。
大きく息を吐く。
その瞬間、再びキーネが飛び込んでいた。
「ぐはっ」
まともに腹に蹴りを喰らう。
息がとまった。
「手に爪を出すのはガロイン族だね? だとすれば、尻尾の付け根が性感帯だったねえ。ここを掴まれると、感じずぎて動けなくなるんだっけ?」
「えっ?」
なぜ後ろに?
キーネの声はすぐ背中側からした。
まったく気がつかなかった。
だが、うずくまってしまったイットのズボンから出ている尾に手を伸ばされ、キーネに無造作にその付け根を掴まれてしまう。
「くあっ、ひんっ」
身体を快感がつきぬけて、一気に脱力してしまった。
「おやおや、敏感な娘だねえ」
キーネがイットの尾の付け根を愛撫するように動かしながら大笑いした。
「ひっ、ひいっ、この──」
イットは身体を回転させて、キーネの淫らな手管から離れた。
しかし、またもや、キーネが一瞬にして距離を縮めてきた。
次の瞬間、キーネが態勢を完全に崩しているイットの身体に再び拳を打ちつけてきた。
あれをまともに喰らえば死ぬ――。
イットは懸命に身体を捻った。