【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
空中で身体を捻って、辛うじてキーネの拳を避ける。
「動きだけは速いねえ。さすがは獣人族さ」
だが、キーネはイットが動いた方向で待ち構えていた。
顔に膝──。
考えるよりも先に身体が動く。
イットは爪を蹴りあげたキーネの脚の内腿に突き立てていた。
「ちっ」
キーネが呻き声のようなものをあげる。
しかし、キーネは体勢を崩すことなく、イットに迫る。
「あぶうっ」
勢いが緩まることなく、イットの顎にキーネの膝蹴りが炸裂した。
蹴り飛ばされて、イットは壁に背中と頭を叩きつけられる。
そこに、殺気──。
イットはほとんど無意識のうちに跳躍して、天井に飛ぶ。
たったいまイットがいた位置の壁にキーネの拳が炸裂して穴が開く。
「おっ?」
キーネが初めて困惑するような声を出した。
次の瞬間、天井を蹴って上から落ちてきたイットの爪がキーネの肩口に深々と突き刺さった。
「ぐあっ」
キーネが完全に体勢を崩す。
床に足をつけたイットは、キーネの脚に自分の脚を搦めてキーネの身体を倒す。さらに捻って膝の関節を強引にへし曲げる。
ごんと骨が折れる感触がはっきりと伝わる。
「んがあああ」
キーネが絶叫した。
イットは喉に爪を立てようと飛びかかった。
しかし、大きな衝撃が脇腹を襲った。
キーネの拳が腹に喰い込んでいた。
「ぐっ」
火傷しそうなほどに熱い──。
イットは膝を折りかけた。
そこに、キーネが踏み込んできた。
連続の拳──。
全部を避けきれずに、一発だけ下腹部に喰らう。息が止まる。
だが、イットの蹴りもキーネの脇腹に当たる。
再び距離が開く。
イットは大きく息を吸った。
なんとか呼吸はできる。
吸う──。吐く──。
数回繰り返して、なんとか息ができることを確認した。まともに、腹を殴られたときには、息が止められたかと思ったのだ。
「はあ、はあ、はあ……卑劣な誘拐犯のくせに……、や、やるじゃないかい……」
キーネが肩で息をしながら、血が出ている自分の肩を手で触れる。
青白い光が灯り、あっという間に止血された。
だが、折れている膝は治療はできないみたいだ。曲がったまま戻らない。キーネの自己治療術では止血が限界なのだろう。
「ゆ、誘拐犯は、お前らだろ──」
イットは言い返した。
「そうかねえ……。あの雌犬は、ここで頭領の帰りを待ちたいってさ……。本人の意に沿わぬ連行は、誘拐じゃないのかい……」
「嘘ばっかり言うな──」
「ひひひ……、なら、確かめてみて、嘘じゃなかったら、大人しく帰るかい?」
「そんなわけ、あるか──」
「だろうね……」
キーネの頬が綻んだ。
殺気が消えて、キーネが完全な隙に包まれる。
誘いだ──。
わかっているけど、イットの戦闘種族としての本能が足を踏み出させていた。
爪を立てて飛びかかる。
キーネの蹴りが襲う。
折れている側の足だ。
かわさずに抱え込む。
キーネが浮きあがった。
イットが持ちあげたのではなく、キーネ自身が身体を浮かせたのだ。
抱えていない側のキーズの膝がイットの後頭部に衝撃を与える。
「ぶはっ」
イットはキーネを離してしまい、上体から床に叩きつけられた。
「よいしょっと」
キーネが上に乗ってきた。
「あっ」
気がついたときには、怪我をしていない足を右手と首に絡められ、さらに腕を関節の逆側に曲げられた。
「いたああ」
イットは声をあげた。
振りほどこうとしたが、そうすると腕が肩から外れそうな激痛が走り、逃げ出せない。
「大人しくしな。シャロンは渡しはしないよ。あの雌犬は、頭領の花嫁だからね」
キーネが空いている片手をイットのお尻に伸ばして、またもや尻尾の付け根をぐっと握る。
「あっ、んぐうっ、くはっ、ああっ」
びりびりと電撃のような疼きが貫き、瞬時にイットは脱力してしまう。性奴隷としての十歳からの調教生活に加えて、ロウによって徹底的に性感を敏感にさせられている。
どうしても感じてしまうのだ。
「ああっ、ああっ、ああっ」
イットは関節を固められたまま恥ずかしくも艶めかしい声を出してしまった。
「ふふふ、ガロイン族の女は尻尾が弱点とはいうけれど、こりゃあ、敏感すぎるだろうに……。貴族のクエストなんかやめて、このあたしの調教を受けるというのはどうだい? 可愛がってやるよ」
キーネが笑いながら、尾の付け根に加える刺激を強めつつ、じわじわと関節を曲げる。
「く、くそう──」
必死に逃れようとするが、キーネの足と腕から抜け出せない。しかも、尻尾の付け根を刺激され続けて、力も入らないし……。
イットは絶望的になりかけた。
そのとき、突然に廊下に銃声が響いた。
「うがっ」
不意にキーネの力が緩む。
イットは腕を抜き、身体を起こし、爪でキーネの喉を斬り裂いた。
「ぐああっ」
キーネが倒れる。
イットは瞬時に蹴り飛ばそうと思ったが、さんざん尾をいじられ、その感覚が残っていて、足をとられてしまった。
気がついたときには、キーネは跳躍して後退していた。
キーネと距離が開く。
「ちっ、誘拐犯どもには、仲間がいたのかい……」
キーネが荒い息をしながらこっちを睨んでいる。
さっきまでの余裕は完全にない。
かなりの血と喉が肩から流れている。ただ、両方とも致命傷ではない。
また、今度は止血ができないみたいだ。
いつまでも、血は床に滴り続けている。
だが、銃声──?
背中側に意識を向け、ちらりと一瞬だけ振り返る。
イライジャとユイナだ。
銃を撃ったのはユイナみたいだ。
「あんた、銃なんて持ってたの?」
イライジャは剣を抜いているが、ユイナの持っている武器は、あのロウが使うような短銃だった。
そして、驚いたように声をあげたのは、イライジャだ。
「持ってましたね……。収納術で火のついた短銃を五挺ほど準備してます……。おねだりして、あいつに譲ってもらったんです。一挺につき、口で一回抜くのを条件に……。あいつ、わたしのお尻に淫具で振動を与えながら、それをやらせたんですよ」
ユイナが笑っている。
だが、その内容にイットは、ここにはいないロウの淫らな悪戯のことを思い出してしまい、ちょっと子宮が熱くなってしまった。
「新手だけど、そっちは大したことなさそうだね──。不意さえ突かれなきゃ──」
キーネが動いた。
壁に飛び、天井を駆けて、イットをかわす。そのままイライジャとユイナの方に向かっていく。
なにを考えているか瞬時に悟った。
あの二人のどちらかを人質にでもしようというのだろう。
「待て──」
イットは追った。
視界の先ではユイナとイライジャがぎょっとした表情になっている。
キーネをイライジャたちの距離がどんどん縮まる。
だが、脚が折れているキーネは、片足を引きずっていて、それでイットはキーネに追いつくことができた。
飛びかかって、背中から爪を胸に貫かせた。
「ぐああああ」
キーネが胸から血を噴き出させて倒れる。
「どいてっ」
ユイナが声をあげた。
もうイライジャたちとは、ほとんど距離もない。
ユイナが新しい銃を構えて、キーネの眉間に銃口を突きつけている。
瀕死のキーネが目を見開いたのがわかった。
「元気のいい婆さんみたいだけど……死んでね……。あんたが収納術で持っているらしい鍵が必要みたいだし……」
ユイナがそう言うとともに、銃音が響いた。
キーネの身体から完全に力が抜けた。
すると、その身体の横に大量に雑多な物が出現する。
このキーネが収納術が格納していたものだろう。本人の生命が消えたので術が消滅して、一斉に外に出てしまったのだ。
「ふう……」
そのとき、ユイナが腰を抜かしたように、その場に両膝をついた。
「大丈夫? 無理しなくてもよかったんじゃないの」
イライジャがそのユイナの肩にそっと手を置く。
無理とはなんだろうとは思ったが、イットははっとした。もしかしたら、ユイナは生まれて初めて人を殺したのか?
魔道は遣うが、他人を攻撃するような魔道は駆使できないみたいだし、武術の腕はない。
少なくとも、イットがユイナに接するようになってからも、ほとんど戦いの正面には出てない。
だが、いまは、わざわざ前に出てきて、自らとどめを刺した。
「まあ、無理もしないと……。無理したがっているやつもいますし……」
無理したがっている者?
誰のことだろう?
もしかして、ミウのこと? 最近、ふたりは仲がいいみたいだし……。
「だから、ロウに銃を強請ったの? でも、人殺しに慣れる必要はないと思うけどね……」
「慣れるつもりまではありませんよ、イライジャさん……。ところで、その鍵束は、この先の部屋と、侯爵夫人を拘束している枷の鍵のだと思います」
ユイナが立ちあがりながらキーネの身体の横に出現しているたくさんの物の中から鍵を指さした。
「これのこと?」
イライジャがそれを手に取る。
「ええ」
ユイナが頷いた。
「ところで、この婆さん、何者だったの? まさか、イットがあんなに苦戦するなんて……」
イライジャが眉間に皺を寄せた。
「さあ……。キーネと名乗ってましたけど……」
イットは言った。
「タルハーニャよ──。わたしの鑑定ではそう出たわ。元S級冒険者ってね」
すると、ユイナが口を挟んだ。
「S級冒険者のタルハーニャ──? まさか──。伝説級の冒険者じゃないのよ。家族を惨殺されて、それで冒険者を引退して行方不明になっていたはずの……。でも、なんで賊徒になんか与しているのよ」
イライジャが仰天している。
イットは、そのタルハーニャという冒険者のことは知らない。だが、イライジャの態度を見れば、余程に有名な冒険者だったのだろう。
「さあ……、さすがに、そこまでは……」
ユイナが肩をすくめた。
イライジャが嘆息した。
「……ところで、あんたの鑑定術って、また、能力があがってない? どうして、収納術でしまっておいたものまで鑑定できるの? これって、こいつが魔道で亜空間に収納していたものよね」
イライジャが不思議そうに訊ねた。
イットには、魔道のことはさっぱりとわからないが、イライジャの物言いによれば、それは不思議なことなのだろう。
すると、なぜかユイナの顔が赤くなる。
「だ、だって、あいつの鑑定術って、ほぼ無敵になんでも読み取って、口惜しいじゃないですか。だから……」
「だからって……。もしかして、あんた、また眼球紋をいじったの? おかしな強化をして、失明したらどうするのよ──」
「失敗しても、あいつがいるから大丈夫ですよ。問題ありません。もしも、だめでも、本物の眼以上の義眼を魔道具で作ってしまいます」
ユイナがけらけらと笑った。
イットは、ふたりの会話の意味がよくわからず、首を傾げそうになった。
「と、とにかく、助かった、ユイナ」
イットは言った。
キーネに関節を極められたときは危なかった。
銃で撃って、キーネをどかしてくれたのもユイナに違いない。
「ひとりで突っ走って、勝手に戦闘を起こして、挙げ句の果てに、やられかけるなんて、不甲斐ないわねえ。戦闘種族の名が泣くわよ」
すると、ユイナが揶揄うように言った。
イットは、かっと顔が赤くなるのを感じた。
「ご、ごめん……」
「そうね。あんたが勝手に突っ走ったおかげで大変なことになっているわ。どうやら、あんたは罠を突破するときに、警告という警告を全部作動させたらしいわよ。外じゃあ、マーズが集まってきた賊徒兵を奮闘している真っ最中よ」
イライジャだ。
イットは仰天した。
「ええ? そ、そんな──。す、すみません──」
罠は全部避けたし、魔道系のものは受けても問題がないので、そのまま突破した。一度作動させておけば、後から追ってくる者も楽だとも思ったので、あえて、罠を作動させもした。
警告機能のことは考えもしなかった。
「まったくよ。罠には、色々なものがあるのよ。例えば、最初に引っ掛かっても作動しないけど、二度目に引っ掛かると作動するとかね。わたしたちは、それに引っ掛かって、マーズが負傷したんだから」
ユイナが言った。
イットは、びっくりした。
「失敗です──。すぐにマーズに加勢を……」
イットは慌てて駆けだそうとした。
「待ちなさい──」
すると、ものすごい剣幕でイライジャに怒鳴られた。
「は、はいっ」
イットは身体を強ばらせた。
「勝手に動くなって言ってるでしょう──。それにあんたは怪我もしてる──。いまは、マーズを信頼しなさい──。それよりも、侯爵夫人よ──。行くわよ──」
イライジャが声をあげた。
「ふふふ、後で罰ね……。反省会は、イライジャさんの緊縛を受けて参加よ」
ユイナが冗談混じりに言った。
「あんたもよ、ユイナ。あの爆裂矢のおかげで、全部の計画が狂ったんだから。あたしは、館の隅で発生した
「ええ──。もともと、
「そうだったかしら? だけど、たまにはロウ抜きで女同士もいいでしょう? みんなで馬鹿なことしましょうよ」
イライジャが笑った。
とにかく、三人で離れの奥に向かって駆けた。
すぐに、ひとつの部屋の前に辿り着く。
イライジャがユイナに視線を向けた。
「罠のようなものはないと思います、イライジャさん……。ただ、鍵がかかってますね」
ユイナが扉をちょっと凝視してから言った。
イライジャが頷き、さっきキーネから手に入れた鍵で開ける。
金属音がして、扉が解錠されたのがわかった。
イライジャが扉に手をかけてから、もう一度ユイナを見た。
「あんたの鑑定術で室内の状況はわかる?」
「視界に入らないと鑑定できないんです。わたしが眼で見ないと、鑑定はできません」
ユイナが言った。
「いいわ。開けるわね……」
イライジャが扉を開く。
室内は燭台の光があり明るかった。
部屋の真ん中に椅子があり、その後ろに誰かが隠れているのがわかった。
椅子の脚に鎖が繋がっていて、その鎖が椅子の後ろに伸びているのはわかる。
「シャロン=クロイツ夫人よ──」
ユイナが叫んだ。
イットは周囲を探る。
椅子の後ろ以外に人の気配は感じない。
「よかった。侯爵夫人、あたしたちは冒険者で、あなたのお父様のご依頼で……」
イライジャがほっとした口調で言った。
だが、イットはそのとき、椅子の後ろから漂う匂いに気がついた。
はっとした。
「待って──。彼女、銃を持っているわ──」
そのとき、ユイナが絶叫した。
イットが感じたものも同じだ。
硝煙の香り──。火縄が燃える匂い──。イットが気がついたのもそれだった。
「銃?」
イライジャが困惑した声をあげる。
「あなたたちは誰です──。わたしを誘拐しに来た者たちですか──? そして、キーネはどうしたのです──?」
椅子の向こうから女が顔を出した。
黒い銃を構えている。
それを椅子の背を土台にするようにして、こっちに長い銃口を向けている。
「あたしたちは味方です──。落ち着いてください──。キーネは殺しました。もう大丈夫です」
「殺した──? この人殺し──」
シャロン=クロイツ夫人が金切り声をあげるとともに、銃をイライジャに向けてぶっ放した。