【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
後宮への移動を開始した。
先頭は案内役の女騎士のベアトリーチェであり、その後ろをミランダ、さらにベルズという順番だ。
奴隷宮は、もともとの王妃宮の地下にあるのに対して、後宮は独立した二階建ての離宮と庭園からなるらしい。
後宮と奴隷宮とは地下で繋がっているが、後宮側の地下には部屋はなく、向こう側の地下部分には、ただ階段のみの場所があるだけだけらしい。
「こちらです」
ベアトリーチェの先導で進んでいく。
とりあえず、彼女には裸体を覆うマントで裸身を覆ってもらった。また、乳首にぶらさがる鈴についても外している。貞操帯とは違って、魔道による施錠のようなものはされていないので、これは自分でも外すことができるみたいだ。
ベアトリーチェは、数回はこうやって後宮側に潜入しているので、そのときには音の出る鈴は外していたようだ。
しばらく、一本道の廊下を進むと、なんの変哲もない金属の扉にぶつかった。
「お待ちを……」
ベアトリーチェは屈み込むと、驚いたことに、かかとの硬い皮膚の肉質部分から短い針金を取り出した。
それを扉の鍵穴に差し込む。
「驚いたねえ……。そんなところに針金を?」
ベルズは低い声で訊ねる。
「これでも女騎士ですから……。シャングリアのような派手な戦闘任務よりも、主は捜査任務や警備任務の方が畑です……。開きました」
扉から金属音がして、施錠が解かれたのがわかった。
解錠だけなら、ベルズでもミランダでも魔道で一発だが、魔道を使うと周辺一帯の魔道の波が必ず揺れることになる。
それを探知して警備具が反応することがあるので、なるべく魔道を使わないで欲しいとベアトリーチェに事前に諭されていた。
扉を潜って、さらに進んでいく。
同じような廊下があり、しばらくすると、上に通じる階段だけの部屋が現れた。
「ここから上が後宮側になります。サキ様は奥側の二階におられます。ただ、迷路のようになっております。また、あちこちに罠も仕掛けられておりますので、不用意になにかにお触れにはなりませんように」
ベアトリーチェが階段をあがりながら言った。
「わかったよ」
「わかった」
ミランダについで、ベルズも頷く。
階段は、そのまま二階まで続いていた。
後宮内を進む。
一方で、ベルズは通路を進みながら、例の「魔族殺し」の噴出具の小球をところどころに置きながら進んできている。
外に出せば、魔族たちの能力を大きく削る魔道薬が自動的に噴出するだけでなく、魔族の体質にだけに適合するように合わせた睡眠剤も撒き散らされるように細工をしたものだ。
あちこちにそれらを充満させながら進めば、それだけで魔族たちの侵入を阻止できる空間のできあがりだ。
だが、再び、ぼんやりとした違和感が沸き起こって、ミランダは当惑した。
さっきの広場でも覚えた不審感だ。
長く冒険者としてあらゆる危機を乗り越えてきた第六感といっていいだろうか……。
なにかを見落としているような……。
「サキを捕らえている魔族はラポルタという名前だったかねえ?」
ミランダは内心の不審感の正体を見つけるきっかけを掴むために訊ねた。
その情報は縄の伝言の中ではなかったが、さっき広間で教えてもらった。本来はサキの眷属の部下のようだが、サキを裏切って無力化してしまったのだという。
その手段までは、女たちには、わからないみたいだ。
まあ、サキほどの女魔族を監禁するのだから、相当の能力を持っているとは考えていいだろう。
だから、できれば戦いとなる前に、魔族殺しの風を吸わせて、その能力を削いでしまいたいものだ。
「ええ……。もともとは、わたしたちを監視していた看守長のような存在だったのですが……」
ベアトリーチェは進みながら言った。
「男魔族が?」
ミランダは訊ねた。
だが、サキは男魔族を眷属にはしない。サキの眷属は女魔族ばかりのはずなのだ。以前に、サキ自身がそう話していたのを覚えている。
そもそも、サキが令嬢や令夫人を集めたのは、ロウに彼女たちを性奴隷化して提供するためだろう。
そう口にしていた。
にもかかわらず、男魔族を令嬢たちに見張りに使うだろうか?
「いえ、女魔族の姿でした。サキ様も、ずっと女だと思っていたようです。まあ、男の姿が本当の姿とも限らないみたいですが……。変身術に長けているんです」
ベアトリーチェは、話に応じながら、どんどんと進んでいく。
「随分と複雑に進むのだな……。事前の情報とは異なるが……?」
後宮の建物を歩き進む途中で、不意にベルズがベアトリーチェに訊ねたのが耳に入ってきた。
いまのところ、人に会うことはなかった。
魔族の警備員の気配も察知できない。その代わり、ベアトリーチェは経路を選んでいるらしく、複雑に廊下を曲がったり、空部屋を通過したりしていて迷路を進むような感じだ。
ときどき、隠し扉のようなものまで出現する。
ベアトリーチェは、それらを次々に手に持っている針金を使って解錠していく。
いずれにしても、事前に縄の伝言で教えられていた経路とはまるで異なる。
「魔族たちの集まっている場所を避けて進んでいるんです。うくっ……。ちょ、ちょっとお待ちを……」
ベアトリーチェがちょっと立ち止まり、身体を突っ張らせる仕草をした。
彼女の股間に嵌められている貞操帯が動いているのだろう。ここに来るまでにあいだ、何度かこうやって身体を硬直させる仕草をするということを繰り返している。
「大丈夫……か?」
ベルズが新しい魔族殺しの噴出球を転がしながら、困惑気味の口調で声をかけた。
「ま、まあ、大分慣れましたから……。これも天道様にお仕えするための修行です」
「その天道様というのは、まさかロウ殿のことではないであろうな?」
ベルズはさらに声をかけた。
「まさか──。ロウ=ボルグ様のことに決まっているではないですか」
ベアトリーチェがくすくすと笑った。すでに貞操帯の悪戯は終わったみたいだ。すぐに何でもないように歩きだす。
ミランダはベルズに振り返る。
ベルズは首をすくめる仕草をした。
何度も鑑定術をしたみたいだが、別段、魔道的な操りにはかかっていないという。つまりは、ベアトリーチェをはじめ、あのフラントワーズやほかの令嬢たちのおかしな言動は、彼女たちに自由意志による態度ということらしい。
もっとも、鑑定術も必ずしも完璧ではないということはミランダもわかっている。
鑑定術を使うベルズよりも、ずっと高位魔道遣いが、対象を操心にかけているのを意図的に秘匿した場合は、わからないかもしれないみたいだ。
スクルズにしても、サキにしても、ベルズよりもずっと高位の魔道を扱う。あのふたりがなんらかの呪術的なことを女たちに施していて、それを隠すように処置していれば、ベルズにも探知できないかもしれない。
「それにしても、まったく魔族の看守たちの気配がないねえ」
再び進み出してしばらくしてから、ミランダはふとそう口に出した。
こっち側には、もっと大勢の看守がいるという話だったのだ。少なくとも、さっきの広間では、ベアトリーチェがそう説明していた。
だが、いまのところ、まったく看守に出会うことはない。
まるで人の気配がない。
「さっきの説明のとおりです。そういう経路を進んでいますので……。次はこの部屋を通り抜けます……」
ベアトリーチェが少し進んでから、またひとつの部屋の前に屈む。
腰を落とすと、貞操帯の内側が股間を擦るのか、顔をしかめた表情になる。また、甘い吐息のようなものも出す。
しかし、すぐに解錠の作業を開始する。
「大丈夫かい? 解錠は代わろうか」
ミランダはベアトリーチェに声をかけた。
本当にベアトリーチェが辛そうなのだ。雰囲気からして、ベアトリーチェたちに施されている貞操帯は、身体を動かすと性感を刺激するような仕掛けになっているのだと思う。
マントは膝までの丈なのだが、そこから出ている膝下の脚にはベアトリーチェの股間から流れている女の蜜が足の指まで滴っている。
むっとする女の香りと汗の匂いも漂う。
「い、いえ、もう開きました。入ります……」
ベアトリーチェが扉を開けて内側に進んだ。
ミランダもそろそろと部屋に入る。
人の気配はしなかったし、ベルズにはなにかを探知すれば、すぐに口に出すように言っている。
なにも言わないということは、ベルズの鑑定術でもなにも感知しないということだ。
部屋の中は照明がすべて消されていて、奥まで見渡せない。
ミランダは目を凝らした。
この部屋は、いままで入った場所の中で一番広いみたいだ。ただ、暗すぎてなにも見えない。
ドワフ族のミランダに見えないということは、人間族のベアトリーチェやベルズにとっては完全な闇だろう。
後ろで、ことんとベルズが噴出球を床に落とす音が響く。
「暗いねえ。魔道で灯りを出すよ」
ベルズがささやいた。
ミランダは同意しかけたが、そのときミランダの耳がかすかに風の音を捉えた。
そして、頬にも、やはり風が当たる。
「風?」
ミランダはささやいた。
そのとき、背後で廊下から入ってきた扉が閉じた音がした。
廊下からの明かりが遮断され、室内はミランダの眼でも完全は闇になる。
「えっ? 魔道が──」
すると、ベルズが焦った声をあげるのがわかった。
「どうしんだい?」
ミランダは振り返った。
真っ暗闇であり、すぐそばにいるというのはわかるが、ベルズの顔さえ見えない。ミランダは光源を発生させる魔道を放った。
いや、放とうとした……。
しかし、発動しない。
まるで、身体の中の魔道を抜き取られたみたいに、魔道が出せない。
なぜ──?
考えようとするが、突然に膝の力が抜けた。
ミランダは床に跪いていた。
背中に戦慄が走る。
罠──?
風の音はさっきよりも強くなっている。
「くあっ」
後ろでどさりとベルズが倒れる音もする。
やっぱり、罠にかかったのだと悟った。
だが、どうして……。
その瞬間、ミランダはずっと抱いていた違和感の正体に思い当たった。
匂いだ──。
ベルズが小玉の噴出具を使って撒き散らしていたはずの「魔族殺し」は、最初こそ、強いにんにくに似た匂いがしていた。
それがいつの間にか気にならなくなり、あの広間にいたときでさえ、女たちの汗や女体臭しか感じなくなっていた。
いまもそうだ。
ベルズは、あちこちに魔族殺しの風を撒き散らしているはずなのだが、ずっとにんにくの匂いなど嗅いでいない。
むしろ、ベアトリーチェの女の蜜の匂いまで嗅げるほどだった。
失敗した──。
おそらく、魔族殺しをなんらかの方法で無効化していたに違いない。匂いが途中から消えてしまったのはそのためだ。
しかし、そんなことに気がつかなかったというのは、なんという迂闊さだろう。
ミランダは歯噛みした。
部屋に灯りが発生する。
それとともに、跪いていた身体を思い切り蹴り飛ばされた。
「あぐっ」
横顔を床に打ち付けられる。
すでに完全に身体は脱力している。
手足を動かすこともできない。
「ベ、ベルズ……」
ミランダは必死に貌をベルズに向ける。
しかし、ベルズは完全に意識を失っていた。
そのベルズに向かって、ベアトリーチェが屈み込んだ。
首輪を施している。すぐに、それが魔道を封じるためのものだとわかった。
さらに後手に手枷もした。
そして、そのベアトリーチェがミランダの方にやってくる。
「ドワフの魔道手段は、指輪などの媒体を使うんでしたね。それをとりあげれば、あんたらは魔道は遣えないのですよね。もっとも、その怪力は魔道のようなものですけどね」
ベアトリーチェがくすくすと笑いながら、ミランダの指から指輪を抜き取ってしまう。
続いて、足で蹴られてうつ伏せにされ、ミランダも後手に手枷を嵌められた。
「お、お前は……」
ミランダは懸命に顔を上にあげた。
ベアトリーチェは、いつの間にかひとりの魔族男の姿に変わっていた。
変身をして、入れ替わっていたのか……?
しかし、いつ……?
いや、最初からだろう……。途中で入れ替われるときなどなかった。
考えてみれば、ベアトリーチェがミランダたちの前に出てきたときには、魔族殺しの匂いが消えかけていたかもしれない。
おそらく、そのときには、すでにベルズの魔道が弱められていたのだと思う。
だから、ベルズは鑑定できなかったのだろう……。
それにしても、どうして、魔族殺しが効果がなかったのだろう。
マアが準備したものは、偽物だったのか?
「その人間族の女がずっと撒き散らしていた薬が俺に効かないのが不思議ですか? おそらく、あなたたち人間族は、多分、魔族殺しとやらを使ってくると思いましたからね。だから、そのときには、その魔族殺しを人間用に変化させる魔道紋を建物中に張り巡らしていたんです。多分、あなたたちはずっと無臭に思っているかもしれませんが、俺にとっては、にんくの臭いが充満されていて、鼻が曲がりそうです。つまりは、“人間族殺し”というところです」
男魔族……多分、こいつがラポルタだろう。
ラポルタが勝ち誇ったように高笑いをしている。
「……に、人間族……殺し……?」
「魔族殺しの人間族版ということです──。いずれにしても、権謀術数に長けた人間族というが、実際には大したことはありませんね。だが、予想しなかったのですか。いつでも、魔族は人間族の卑怯な罠にかかるだけだと? でも、成分さえわかってしまえば、それの効果を逆転させるような魔道紋を準備するのは大した手間ではありませんでしたよ」
「そ、そんな……」
ミランダは唖然とした。
「しかも、その“人間族殺し”をこれだけ歩き回って、嗅がせてやったんです。もうそろそろ意識を保つこともできないのではないですか? 目が覚めたら、サキ様と対面してもらいます。ちょっと調教にてこずっていましてね。でも、あなたたちの身柄が手に入ったなら、状況も変化させられるでしょう……。それよりも、人間族の女への変身はどうでしたか? 気持ち悪いのを我慢して、責められて悶える仕草までしたんですよ。なかなかの名演技だったでしょう?」
ラポルタが笑い続ける。
だが、ミランダの意識もだんだんと遠のいていき、やがて、なにもわからなくなった。
(第18話『女たちの失敗』終わり、第19話『追い詰められる女傑たち』に続く)