【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
とにかく、なにが起きたのかを完全に把握することはイライジャにはできなかった。
同時に苛立ってもいた。
このゲーレの里に集まっている兵糧の守備兵として、イザベラとその護衛隊である五百の王軍兵が駐屯していたが、そのほとんどは、この屋敷の外側で露営していた。
そこを大勢の農民の暴徒に蹂躙されたのだ。
しかし、最初は暴徒の襲撃であるということさえもわからなかった。
大混乱の中で続々と負傷した兵が屋敷内に逃げ込んできて、気がつくと圧倒的な数の暴徒に屋敷が囲まれていたということだ。
とっさに、屋敷の屋根をぶち抜いて、
王太女のイザベラ以下、ここにいる全員が殺されるか、暴徒に捕らわれるかしていたに違いない。
とにかく、間一髪だった。
やがて、夜が明け、ミウの魔道もあって、なんとか押し返したが、いまこうして、その物見櫓から眺めていると、屋敷を襲撃したらしい農民の暴徒は里の外縁部にさがり、新たに陣形を組んだ軍が四方を完全に固めるかたちで展開している。
その新たな勢力は、一千というところだろうか。
ほかに、五百ほどの騎馬隊もいる。
どうやら、あれは、この数箇月、このクロイツ領を席巻し、現在も領都を占領している
後ろに退がった農民たちはもっと数が多く、こうやって物見櫓から眺めているあいだにも、どんどんと数が増えている。
もう一万にもなるのではないだろうか。
まるで、地から湧く感じだ。
とにかく、いまのところ、今度は新たにやってきた賊徒軍がミウが火炎で焼き尽くした範囲の外側で、改めて陣形を整えようとしているところだ。
まだ、攻撃の態勢は整っていないが、すぐに再び攻撃してきそうだ。
イライジャは、物見櫓から彼らをじっと眺めながら、そう思った。
それに対し、いまミウたちが治療をしつつ、この屋敷内に入ってこれた兵の数を確かめているが、おそらく、生き残ったのは、およそ百人くらいだろう。
ほかの四百人は、あの津波のような農民の襲撃に呑み込まれてしまったに違いない。
とにかく、この名主屋敷は、もともと盗賊がこの山里を襲撃したときに、里の者が全員逃げ込んで籠城できるように、外壁は高く作られているし、庭も広い。屋敷の中も部屋数が多く、大勢の兵が集まるには十分な場所もある。
だから、実は最初から五百程度の数であれば、全員が屋敷の敷地内に泊まることもできた。
それをしなかったのは、女ばかりが寝泊まりする建物内に、男の将兵が入り込むのを王太女のイザベラ自身が嫌ったからだ。
だが、それは仇になるとともに、幸運にもなった。
仇の部分は、高い外壁の外側にほとんどが露営していたために、圧倒的な数の農民に夜明け前に襲撃をされて、大部分が損耗してしまったことだ。
幸運の部分は、その犠牲があったために、直接に屋敷が襲撃をされるまでに、少し時間がかかったことだ。
それにより、イライジャたちパーティーが咄嗟に対応することができたのである。
それにしてもだ――。
この王軍の体たらくはなんだ――。
ユイナが下で怒鳴りつけているのも聞こえたが、屋敷に戻ってきた兵は怯えて縮こまるばかりで、半数以上は役に立たなかった。
指揮系統を失い烏合の衆となり、やむ無く、イライジャが上から指図したのだ。
驚くほどに頼りなかった。
「イライジャさん──」
梯子から櫓にあがってきたのは、イットだった。
先天的に魔道を受け付けない体質のイットは負傷を魔道で癒やせない。
見ると、左肘のところを負傷したらしく布で縛っている。
一方で、屋敷内に逃げ込んで来た兵については、ミウが治療術で回復させ、いまはイライジャの視線の下の屋敷の庭側にどんどんと出てきて、防護の態勢を整えようとしている。
だが、明らかに、その兵たちには怯えが見える気がする。
「どうしたの、イット?」
「王太女殿下がお呼びです。執務室に皆さん集まっています」
「わかった。ここを頼むわ。なにか動きがあれば、すぐに叫んで……」
「了解です」
イライジャは降りていった。
櫓の下は屋敷の大広間だ。
さっきまでは、ここに大勢の負傷兵がいたが、いまはいない。農民たちの襲撃を阻止している最中には、ここでユイナが魔石に魔道紋を刻み続け、戦いを優位にするためにの魔道具を作り続けていたが、そのユイナもいない。
賊徒側が、この里一帯の魔力を薄める処置をしようとしているとわかり、それに対応するための魔石を屋敷の隅に埋める作業に移っているのだ。
それだけでなく、ミウがいなくても、防護結界を維持するための魔石や、領都からクロイツ夫人を救出したときに使った「爆裂矢」の大量作成に着手もしている。
なんだかんだで、ユイナも魔道具作りには天才的だ。
もっとも、それもまた、ロウのおかげのような気もする。
とにかく、ロウの女になった者は、誰も彼もが、なんらかの能力が異常なほどに急上昇して、一騎当千の女傑に変わってしまう。
おそらく、ユイナもその恩恵を受けたに違いない。
以前から、そういう魔道技術に長けた娘だったが、あの襲撃騒動の中で、次から次へと魔石に様々な魔道紋を刻んでいく速度は神がかり的でもあった。
それに、このゲーレが王南軍の兵站基地になりかけていたこともあり、材料となる魔石はいくらでもここにある。
兵隊物資の大部分は、農夫たちの襲撃で失ったが、兵糧も武器も魔石も、この屋敷内に残っているものだけでもかなりのものがあるのだ。
ミウの魔道──。
ユイナの魔石具作成技術──。
このふたつは大きい。
もちろん、イットとマーズの圧倒的な武辺も……。
イライジャは、大広間から執務室に向かった。
そこには、大きなテーブルが準備され、真ん中に地図があり、それを王太女のイザベラをはじめ幾人かの人間で囲んでいた。
座っているのは、王太女のイザベラ、護衛長のシャーラ、女官長のヴァージニア、そして、五人ほどの王軍の将校だ。
ほかには、三人の侍女が室内で働いている。
イライジャには、イザベラの正面になる席に椅子があり、そこに座るように促された。
「姫様、いま、物見櫓でイットが見張りをしていますが、隊の再編成が終わったなら、すぐにそっちに兵を寄越させてください。すぐに敵が来ますよ。誰が守備隊の長をすることになったんですか?」
座るとすぐに、イライジャは苛立ちを隠すことなく言った。
そもそも、朝の襲撃における王太女の護衛隊の不甲斐なさには不満だ。
数が圧倒的とはいえ、ほとんどなすべきことをできずに敗北し、ほとんど瞬時に護衛隊は瓦解している。
逃げ込んだ兵を受け入れ、外壁にとりついた暴徒を追い払ったのは、ミウの魔道であり、イットとマーズの戦闘力だ。
さらに、逃げ込んできた負傷兵を叱咤し、外壁の防護の指揮をしたのはイライジャだが、そもそも、イライジャは、王太女の護衛隊に対する指揮権はない。
だが、あのとき、誰も全体を指図する者がおらず、誰もやろうとしなかったので、なし崩し的にイライジャがやっただけだ。
一度、農民が里の外側まで撤退してからも、物見櫓で見張りをして、彼らの動向の監視をイライジャが続けたが、それは、本来、イライジャの役目ではない。
イライジャも、ミウたちも、あくまでも、別室で監禁しているクロイツ夫人の救出クエストを請け負っている冒険者パーティでしかなく、実際には、イライジャが王兵に指図をするなんの権限もないのである。
ところが、そのまま見張りを任せっぱなしにして、誰もやってこない。
それでも軍なのかと、本当は怒鳴りたい気分だ。
「あっ、そうだったわね……」
シャーラがはっとしたように反応して、軍装の将校に指示をする。すぐにその将校が部屋を出ていく。
処置をしにいったのだろう。
「イライジャ殿……。その再編成のことだが、そなたに、全軍の指揮を頼みたい。残っている者はいずれも、下級将校以下の者でな……。全体の指揮ができる者はいないのだ。頼む」
すると、イザベラが言った。
イライジャは、首を横に振る。
「無理です。なんの信頼もない女冒険者の指揮に、王国の兵が従うわけがありません。」
「だが、朝の指揮は見事だった。そなたの櫓からの指図に兵も従った。それで対応できた。ミウ殿たちの力もあるが、崩壊していた兵たちが曲がりなりにも混乱を立て直せたのは、そなたが矢継ぎ早に櫓から指示してくれたおかげだ」
「混乱してましたので……」
「いまも混乱している。頼む――。下知はわたしだ。わたしが指揮を執る。責任もわたしにある。そなたは、軍師としてわたしの横にいて、なにを指示すればよいか、わたしに教えるだけでよい。シャーラもヴァージニアも軍隊の指揮の経験はない。生き残っている将校たちにも適任者はおらん。その中で今朝のそなたは十分に活躍してくれた。頼む」
イザベラが頭をさげた。
イライジャは、シャーラやヴァージニア、ほかの軍将校の顔を見たが反対の様子はない。
イライジャは嘆息した。
「わかりました。軍師ということであれば……」
イライジャだって、軍の指揮などやったことはない。しかし、そんなことは言っていられない。
おそらく、イライジャがやるしかないのだろう。
そして、おそらく、できるとも思う。確かに、今朝の戦いのとき、イライジャの頭の中には、どういう風に兵を動かせばいいのが、その閃きと判断が次々に頭に浮かび続けていた。
これもまた、ロウに精を注がれたことによる能力開眼の恩恵に違いない。
「おう、引き受けてくれるか」
イザベラがほっとした顔をする。
「でも、約束してください。引き受ける以上は、あたしの意見に従ってもらいます。軍師をしてくれと頼みながら、実際に戦いになって、あれこれ不平や命令拒否などされたくありません。それでは軍は動かせません」
「王太女の名において、イライジャ殿に軍師としての権限と、命令不服従者に対する処罰権限を与える」
イザベラは即決した。
イライジャは頷いた。
「ならば、軍師としての意見です。これより、全軍で塊となって、このゲーレの里を離脱します。走れない者、途中で動けなくなった者は捨てていきます。ここを一刻も早く離脱するんです」
イライジャはきっぱりと言った。
だが、イザベラは当惑の顔になる。
「だ、だが、ここは南王軍全体の兵担基地だ。ここを失うと南王軍全体が崩れることになるのではないか……」
イザベラが言った。
「ばかですか、姫様」
イライジャは遠慮のない言葉を吐いた。