※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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758 戦いの間隙(アパーチュア)(その2)【南域】

「ばかですか、姫様」

 

 イライジャは容赦なく言った。

 イザベラの顔が怒りで赤くなり、シャーラとヴァージニアも顔を険しくしている。

 だが、イライジャは、この際だから、ずっと思っていたことを甘ちゃんの王太女に言っておくことにした。

 一国の王太女であり、イライジャからすれば殿上人(てんじょうびと)のイザベラなので遠慮をしていたが、さすがにこの状況で“甘ちゃん”を出されると、苛立ちが我慢できない。

 

 イライジャも、普段は大人しくしているが、元はといえば自分も亡夫を事故に見せかけて殺した褐色エルフの里の里長(さとおさ)を糾弾するための抵抗組織を引っ張ってきた女だ。

 お転婆で破天荒の自覚はある。

 腹も肝も十分に据わっているつもりだ。

 軍師としての権限を与えられたことでもあるし、この際だから、この人のよすぎる王太女に言いたいことを告げることにした。

 まあ、ロウも、こういう権力者としては、素直すぎて、幼ささえ感じる王太女を可愛いと思って庇護したくなるのだろうが、これ以上、彼女の我が儘で状況を悪くしたくない。

 

「無礼であろう──。冒険者風情(ふぜい)が──」

 

 すると、まだ五人いる将校のひとりが怒鳴った。

 さっき出て行った将校もすでに戻っており、彼を含めてここには五人の将校がいるが、雰囲気からして、怒鳴ったのは、その五人の中でもっとも年長の雰囲気の将校だ。

 しかし、軍装からして下級将校だ。全員が若い。

 この五人が生き残っている護衛隊の中でもリーダー格ということなのだろう。

 イザベラも、彼らの誰にも全体の指揮は任せられないと言っていたので、五人とも、経験も実力も不足しているに違いない。

 まあ、そんなことは言っていられないが……。

 

 いずれにしても、丁度いい……。

 イライジャは、その男を生け贄にすることにした。

 

「殿下、腰の剣をお貸しください。この男は軍師であるあたしに傲慢な発言をしました。従って、この男を斬ります。さっき、申しあげたとおりです」

 

 イライジャは立ちあがった。

 その男だけでなく、イザベラまでも驚いた顔をする。

 

「い、いや、待て、イライジャ殿──」

 

「いえ、待ちません、殿下──。この男は、おそらく軍師の命令に従わないでしょう。あたしを“冒険者風情”と言いましたから──。とにかく、軍命に従わない将校は邪魔です。だから、斬ります。さあ、その剣をお貸しを──」

 

 手を伸ばして、剣を迫った……素振りをする。

 だが、大きなテーブルを挟んでいるので、そのまま渡せるわけではない。

 

「いや、だが……」

 

 イザベラが困った顔になる。

 もっとも、イライジャとしても、本当に処断するつもりまではない。

 だが、場合によっては、イライジャは本当に斬るつもりではある。

 請け負った以上、軍師として最善を尽くす。

 そのためには、イライジャの指示に不安がある将校を残しておけない。ゆっくりと信頼関係を構築する余裕はいまはない。

 

「そうね、殿下が軍師にと指名したのを見ていたのに、冒険者風情とは大変に無礼ね。処断されても仕方がないわ。処断するにしても、しないにしても、お前はまずは謝罪しなさい」

 

 シャーラが口を挟んで、さっきイライジャを罵った将校に向かって言った。

 

「も、申し訳ありません、軍師殿……」

 

 その将校が不平そうだが頭をさげる。

 とりあえず、これでいい。

 ただの芝居だが、イライジャは斬ると言い、イザベラは庇ったが、頭ごなしではなく、イライジャに気を使った物言いをした。

 これで、少なくとも、ここにいる者たちには、イライジャがそれなりの権限を与えられたということを実感できただろう。

 虎の威でもなんでもいいが、イライジャもそれなりの権威を借りないと、軍人である彼らに指示を強要することもきない。

 

「王太女殿下は、軍師であるあたしの指示に従うそうです。あなた方はどうしますか──?」

 

 イライジャは、その男だけでなく、ほかの四人にも目をやる。

 

「俺たちも軍命に従います」

 

「従います」

 

「なんでも指示をしてください」

 

 五人がイライジャに向かって頭をさげた。

 

「わかりました。ならば、あたしも謝罪します。殿下に向かって、“ばか”と申しました。撤回はしませんが、謝罪はします」

 

 イライジャは座り直して、頭をさげる。

 

「撤回はしないのね」

 

 シャーラだ。ちょっと笑っている。

 

「しません──。ねえ、殿下、このゲーレを捨ててはならない理由がなにかあるのですか?」

 

 イライジャはイザベラを見る。

 

「ここは、南王軍の兵站基地だ。リー=ハックからも、態勢がとれ次第に、すぐに援軍を出すから、もち堪えてくれと返事を受け取っている」

 

 リー=ハックというのは、胡散臭そうな南王軍の司令官だろう。イライジャたちは、ガヤで下船してから、すぐにあの港町を出て領都に向かったので直接に接していないが、ここに戻ってからの話を聞く限りにおいて、その司令官はかなりおかしい。

 

「返事というのは?」

 

「援軍の要請に対する返事です。魔道通信で送った返事です」

 

 ヴァージニアが口を挟んだ。

 今朝の攻撃をとりあえず追い返したとき、イライジャがイザベラに言ったことだ。あれからすぐに、魔道通信を送ったのだろう。

 

「態勢がとれ次第というのはどういう意味なのですか? それはいつのことなのです? そもそも、とっくに破綻しているこのゲーレの兵站基地を守ってくれと? それを真に受けているのですか? お馬鹿さんは、殿下だけでなくて、皆さんも?」

 

 イライジャは辛辣に言った。

 さすがに、シャーラもヴァージニアもむっとしている。

 

「イライジャさん、さっきから口が過ぎるのではないの?」

 

 今度は、ヴァージニアが口を挟んだ。

 

「ならば、もう一度、連絡をしてください。援軍がすでに出ているのかどうかを……。ミウを使ってください。彼女も遠距離の魔道通信の術が自在に使えます。でも、返事は予想できます。おそらく援軍は出ていません。少し時間がかかるという返事でもあるのではないでしょうか……。あるいは、返事がないか……」

 

「ヴァージニア……」

 

 イザベラがヴァージニアを見る。

 ヴァージニアが部屋を出ていった。

 

「どういうことだ?」

 

 イザベラが言った。

 

「嵌められているのです。こんな場所に兵站基地などあり得ません。そもそも、城壁もない場所に、兵站基地など守りようもないじゃありませんか。実際に守れませんでした。しかも、この王太女隊だけを残して、ほかの守備隊が引き上げる? そんな状況でここを守らないとならないなどと考えるなど、馬鹿者です」

 

「それは……」

 

 シャーラも困った顔になる。だが、思い当たることもあるみたいだ。そんな表情だ。

 彼女もまた、この状況がおかしいことには気がついていたのだろう。

 しかし、立場上、なにも言えなかったのかもしれない。シャーラは護衛長として軍人の端くれだが、もともとソロの冒険者あり、でチームで組んで仕事をしたことはほとんどないらしく、冒険者としても、護衛役としても、軍法のようなことは素人だ。

 だから、遠慮してしまったのかもしれない。

 

「なにを守るんですか。兵站物資の大部分は野積みになっていましたが、今朝の襲撃でほとんど消失しています。残っているのは、この屋敷内にあったものだけですよ。それをさらに守ってくれですと? もう一度訊ねます。いまのこのゲーレで守らなければならない価値あるものはなんですか? 兵站物資はなくなっていますよ──。では、なんなのです、殿下?」

 

 イライジャは言った。

 

「ここを守る必要はないということか?」

 

「その答えは、“いいえ”であり“はい”です。こんな馬鹿げた兵站基地など、最初から守る価値はありません。でも、答えは“いいえ”です。ここにいる者の全員が賊徒に捕らわれて、残酷に殺されようとも、守らなければならないものはあります。いわゆる、ここの戦闘におけるあたしたちの勝利条件を整理すれば、それの安全を確保すれば勝利です。ほかのものは、すべて失ってもいいものです。いいですか? あたしたちの勝利条件は、ただ唯一のものを守ることです。それを頭に置いて軍法を考えるのです」

 

「唯一のものか?」

 

「ええ、それはあなたです、姫様──。このゲーレにあるもので、なんとしても守らなければならないのは、イザベラ殿下ご自身です。そして、お腹の御子でしょう。ほかは死んでも構いません」

 

 イライジャはきっぱりと言った。

 

「ば、馬鹿なことを言うな──。わたしのために、ほかの者を犠牲すべきなど……」

 

 イザベラは真っ赤になった。

 だが、イライジャはそれを制した。

 

「馬鹿なことではありません。ほかにどう考えるのです。それが不本意なのであれば、自分の身を絶対安全な状況に置くことを考えるべきでしたね。今回のことは、よい教訓でしょう。なんの危機感もなく、こんな胡散臭い兵站基地もどきに、ほぼ単身で言われるまま乗り込むなどすべきではありませんでした。もっと言えば、あのノールの離宮で王妃様が申していた通りです。今回の軍征など参加してはいけなかったのです。殿下が危機に陥れば、周りの者が死にます。殿下を助けるために……。もしも生き残ったら、姫様を生き残らせるために犠牲になった者の数をかずえながら反省してください」

 

 イライジャははっきりと言った。

 この際だから、しっかりと告げておく必要がある。この危ういお姫様に……。

 

「わ、わたしに危機感がなかったというのか……?」

 

「その通りです。あたしは、このハロンドール国の王家や貴族間の関係などわかりませんが、殿下が死ぬことで得をする者も少なくないのではないですか? そういうことと、今回のこの状況に関係もあるのでは?」

 

「まさか、あのリー=ハックがわたしを裏切っているとでもいうのか? だが、あいつは、わたしが王宮で四面楚歌の状況のときに、唯一、わたしを守ろうとした律儀者で……」

 

「昔のことは昔です」

 

 イライジャは手を振って、イザベラの言葉を封じた。

 失礼千万なことは承知しているが……。

 

「なるほどわかりました。事象を単純化すれば、すっきりしますね。勝利条件は、姫様を守ること……。それを前提に話し合うなら、イライジャ殿が最初に言ったとおりに、全軍で姫様を守りながら、ここを脱するというのが一番の策でしょうか……」

 

 シャーラが言った。

 

「待て、シャーラ、それにイライジャ殿も……。策には反対はしない。だが、わたしの身を一番に守るというのは考えなくてよい。全員が生き残る方法を考えよ」

 

 イザベラが言った。

 イライジャは首を横に振る。

 

「殿下を一番などと申しておりません。唯一と申しあげました……。ほかは死んでもよいのです。それを忘れませんように……」

 

 イライジャはぴしゃりと言った。

 そして、全員を見回す。

 

「……まずは、残っている隊を五つに分けます。指揮はこの五人でよいですか?」

 

 イライジャは五人の将校を見た。

 全員が頷いたので、イライジャはさらに言葉を続ける。

 

「……では、それぞれ一番隊、二番隊、三番隊というように呼称します。一番隊から順にまとまって突撃──。二番隊、三番隊と続きます。前の隊が戦闘に陥っても、一切構わないこと──。あなたたちの役割は捨て石となって、殿下の逃亡する道を啓開することです。殿下にはシャーラがついてください。うちのイットとマーズも護衛に加わります。ミウもです。そして、里の外縁の外側に出たら、シャーラさんの移動術で殿下の身柄ひとつをどこかに脱してください。それで終わりです」

 

「わかった」

 

 シャーラが頷いた。

 ほかの将校もだ。目的と役割を与えられて、すっきりとした表情になっている。

 いい傾向だ。

 

「いや、だが、それでは……」

 

 イザベラひとりだけが不満そうだが、イライジャはそれを無視した。

 次いで、三人の侍女に視線を移す

 

「あなたたち三人も、殿下に同行してもらうわ。だけど、もしも、殿下が行く手を阻まれそうになったら、あなたたちの三人からひとりずつ、連中の前に飛び出して犠牲になりなさい。そのあいだに、殿下に前へ進んでもらいます。なるべく、殿下と区別できない格好をしてください。賊徒がここに留まっている目的はわかりませんが、殿下の身柄を確保することが目的の可能性もあります。その場合は、殿下をめがけて賊徒は襲撃してきます。あなたたちは、その場合、殿下の代わりに捕らわれてもらいます。そして、時間を稼ぎます」

 

 三人の顔が蒼くなるが、それでもしっかりと頷く。

 

「わ、わかりました」

 

 トリアが代表するように言った。

 

「では、三人は死ぬ順番を決めておいてください。それと王太女殿下の服に着替えてください……」

 

 イライジャの言葉に三人が頷く。

 

「待て──。囮など……。わたしはそこまでして、生きたくはない──」

 

 イザベラが激昂した声をあげた。

 しかし、イライジャは、またもや無視する。

 もう面倒だ。

 そもそも、この甘ちゃんのお姫様の説得は、イライジャの役目じゃない。

 シャーラでも、ヴァージニアでも、この後で納得させればいい。

 

 そのとき、ヴァージニアが戻ってきた。

 ガヤとの魔道通信が終わったのだろう。

 ミウも一緒にいる。

 

「おう、どうだった、ヴァージニア?」

 

 イザベラが訊ねる。

 

「それが……。通信が途絶していて……」

 

 ヴァージニアが困ったように言った。

 すると、ミウがずいと前に出てきた。

 

「いえ、確かに妨害はかかっていますが、届いていないということはないはずです。でも返事はありません。わざと受け取っていないのだと思います。それか、無視しているか……」

 

「無視している?」

 

 イザベラは唖然としている。

 しかし、イライジャは驚かなかった。

 だが、これで確信した。

 援軍はない。

 リー=ハックという南王軍の司令官は、王太女であるイザベラを見捨てるつもりなのだ。

 

「脱出は準備でき次第に、すぐに実行します」

 

 イライジャは声をあげた。

 室内の全員に緊張が走る。

 すると、天井から突然に笑い声がした。

 

「あっ、スカンダ──」

 

「スカンダ──」

 

 イザベラやシャーラが声をあげた。

 イライジャも見た。

 天井に小さな童女が浮いている。

 なんだ、あれ?

 人間族ではない──。

 咄嗟に思った。

 醸し出す魔道の気配が魔族特有のものだからだ。それを隠してもいない。

 

「けけけけ、だめだよおお。おひめさまは、ここから脱出禁止いいい。言いつけを守らないと、くすりをもらえないんだよねええ。おひめさまは、ずっとここにいてもらいますううう。他の人は出てもいいけどねええ」

 

 その童女魔族がけらけらと笑った。

 なんだ、あれ?

 それしても、なにか態度がおかしかった。

 表情も態度も常軌を逸している感じで……。

 

「なんで、スカンダちゃん──?」

 

「スカンダの縛りが、この屋敷に?」

 

 シャーラ、続いて、イザベラが悲痛な声をあげる。ヴァージニアや三人の侍女も困惑の表情だ。

 スカンダの縛り──?

 

「なんですか、それ?」

 

 イライジャは訊ねた。

 イザベラたちは唖然としている。

 イライジャは首を捻るしかなかった。

 

「おひめさまは、ここから離れられなああいいいいい。だめえええええ」

 

 スカンダとかいう女童女姿の魔族が姿を消す。

 なんだったんだ?

 

「……おそらく、わたしはここから離れられない、イライジャ殿……。ノールの離宮でもそうだったのだ……。どんな方法でも、あのスカンダを出し抜くことはできなかったのだ……」

 

 すると、イザベラが悲しそうに言った。

 そこに、イットが飛び込んできた。

 

「イライジャさん、姫様──。敵襲です」

 

 イットが叫んだ。

 

「ちょっと遅かったようね。さっきの策も、いまの話の続きも、もう一度、生き残ってからにしましょう。二番隊から五番隊は東西南北のそれぞれの壁を守りなさい。一番隊は予備よ。この屋敷内に待機──。指示は物見櫓から出します──。全隊、配置について──。イット、パーティメンバーを呼んで。全員、櫓に──」

 

 イライジャは立ちあがった。

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