【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「な、なによ、あれ……」
じわじわと四方の賊徒軍のうちの東側の一面の陣が屋敷に向かって距離を縮めてきており、ほかの三方向の陣はいまの場所に留まっているという状況だった。
だが、イライジャが驚愕したのは、その迫っている賊徒軍の前面の光景だ。
近づいている正面の賊徒軍の前面には、大きな楯が五枚ほど並べてあり、その大楯一枚ごとに、両手両足を拡げられている人間が張りつけられているのだ。
死んでいると思うようにぐったりとしている者もいれば、悲鳴をあげて助けを求めている者もいる。
男もいれば、女もいる。
共通するのは、性器を隠すことも許されない素っ裸だということだ。しかも、手のひらと足を大楯に打たれた杭で留められている。
あれは王軍の兵──?
今朝の襲撃で敵の虜囚になっていた者たちか──?
もしかして、あれは、こちらが大楯を攻撃するのを防ぐため?
また、大楯を抱えるのに、一枚につき四人ほどが後ろから支えている。見た感じ、支えているのは朝の農民暴徒の一部みたいだ。それに対して、楯の後ろで列を作って武器を構えているのは、賊徒兵だろう。
具足でわかる。そして、大楯の後ろには、武器を構える賊徒兵ばかりでなく、丸太を抱えている者たちもいる。
とにかく、イライジャは、唖然としてしまった。
さっきから、味方が騒がしいと思ったが、これを
よく見ると、まだ動いてはいないほかの三面の陣の前も、同じように人間が杭で張り付けられた大楯が並んでいる。
「なによ、あれ……。しゅ、趣味悪いわねえ……」
次々にパーティメンバーがあがってくるが、最初にあがってきたユイナが明らかに鼻白んだ感じで呟く。
また、イライジャがあがってきたとき、イットとともに櫓で見張りをしていた二名の兵は、イライジャと入れ替わるように櫓の下におろしている。
そのふたりは伝令として、イライジャの指示を伝える役目をさせるつもりである。
「わっ、なんだ──」
マーズも声をあげた。
今度は、マーズは領都に突入したときと同じように大弓を抱えている。大籠も持っているが、それはさっきの間隙を活用してユイナが大量に作成した「炸裂矢」だ。ざっと見て、五十矢はあるだろうか。
とにかく、マーズも顔を険しくした。
「イライジャさん……。いつでも、あそこに飛び込む……。助けてくる……」
イットが言った。
イライジャは首を横に振る。
「……簡単にはいかないわ。杭で手のひらと足を打ち付けられているのよ……。大楯から引き剥がすだけでも時間がかかる。そのあいだに、あなたは大勢に囲まれるわ……」
あの大楯の味方は諦めるしかない。
乱戦の中で置き捨てられて回収ができれば助けられるかもしれないが、いまは可哀想だが見捨てるしかない。
しかし、なんという卑劣な手を使ってくるのだ……。
「ひっ、ひいいっ」
不意に悲鳴があがった。
イライジャは視線を向けた。
ミウだ。
真っ蒼になって、頭を抱えてしゃがみ込んでしまっている。
あの残酷な大楯を見て、恐怖の感情が沸き起こってしまったみたいだ。櫓の上でうずくまってぶるぶると震えだしてしまった。
イライジャは内心で舌打ちした。
だが、それも仕方がないことか……。
まだ、十一歳だ。
これが初陣でもある。
「こらああ、ミウ──。しっかりするのよ──。見なくていい。だけど、あんたの魔道が頼りよ──。もう一度、四周に防護結界を張って──。今度はわたしの魔道紋を刻んだ魔石があんたの魔道の保持を引き受ける。かなり楽になるはずよ──」
ユイナがミウに怒鳴った。
「いやああ、怖いいい。いやあああ」
だが、ミウはちょっと錯乱気味だ。
余程にあの楯に張り付けられた味方の姿が衝撃的だったのだろう。
そのあいだにも、接近している陣は、屋敷の外壁のすぐ前の堀の手前までやって来ている。
その堀も朝の戦いの直後に、ミウが魔道で作ったものだ。
「ミウ、結界よ。早く──。最初は一度、魔道を注いでもらう必要があるのよ。早くってばあ──」
ユイナがミウの襟首を掴んで強引に立ちあがらせた。
視線を敵に戻す。
見ていると、重ねている大楯が少し開いて隙間ができた。
風の音がして、イライジャの頬を矢が掠めた。
開いた隙間から矢を射かけてきたのだ。
「マーズ、構わない──。炸裂矢を撃って──」
イライジャは声をあげた。
開いた大楯と大楯の隙間から丸太の先端が見えたのだ。
横でマーズが矢を放つ。
大楯のひとつに矢が当たり、その楯の表面で小さな爆発が起きる。
大楯がぐらりと揺れた。
一方で。その大楯に張り付けられていた人間は吹き飛んで姿がなくなっている。
味方と敵の両方から悲鳴があがる。
「あっ、あれはだめ──。あの楯に、魔素避けの魔道紋が刻まれてます。魔道を拡散させられて、威力が極限されてます」
ユイナがミウを掴んだまま声をあげた。
あれは、魔道を防ぐ盾か……。
それで大して炸裂矢の威力がなかったのだと思った。あの領都のときの爆発は、さっきの四倍はあった気がする。
そんなものまで準備してあるのか──。
本当に、これは単なる賊徒軍──?
こっち側の王軍よりも、余程に秩序が保たれているし、きちんとした陣形を組んで隙がない。
「くそおっ」
マーズが再び炸裂矢を射る。
だが、またしても大楯を揺らしただけ……。
やはり、威力が弱い。
また、張り付けられていた人間が手足の先をの楯に残して飛ばされた……。
死んだのか、生きているのかも、わからない。
大楯のあいだから丸太の先端が出た。
土掘りの前の地面に丸太の先端が置かれ、反対側になる奥側の先端が上昇した。
そっち側に賊徒兵が四人ほどしがみついている。
丸太が地面についている側を起点に回転して、兵がいる反対側が上昇し、堀を越して、さらに外壁の上に落ちてくる。
長い──。
外壁の上に届きそうだ──。
「来るわよ──」
イライジャは下に向かって叫んだ。
丸太が外壁にかかる。
賊徒四人が外壁の内側に飛び降りる。
「しゃあああああ──」
イットが櫓から飛び降りた。
「イット──」
イライジャは叫んだ。
そのときには、イットは両手に長い爪を出して、降りてきた四人に飛びかかっていた。
瞬時に、その四人が倒れる。
しかし、同じように兵を先端にしがみつかせた丸太が五本、六本と外壁にかかりだした
次々に外壁の内側に賊徒が落ちてくる。
喚声があがり、その正面の王軍が侵入してきた賊徒兵を食い止める。
しかも、今度は、敵がどんどんとかかった丸太の上を駆けのぼってくる。
あっという間に、内側に
「マーズ、丸太を破壊して──。上から炸裂矢を落として──」
イライジャ叫んだ。
マーズが角度を変えて、炸裂矢を射たのを見た。
そのとき、ぱらぱらという金属音が堀の後ろ側の大楯側から鳴ったと思った。
熱いものが右肩に当たった──。
さらに左肩も──。
衝撃が頭に走る。
倒れて、頭を櫓の床に打ちつけたみたいだ。
空が見えた。
なにが起きた?
抱きかかえられる。
「イライジャさん──」
ミウだ。
泣きじゃくっている。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめなさいいい──」
ミウがイライジャを抱いたまま泣いている。
熱かった両肩が感覚を取り戻した。
なにが起きたのかわかった。
大楯の内側から銃で撃たれたのだ。
ここで、大きな声で指図をしていたので、狙い撃ちされたのだろう。
かたん、かたんと床に弾が落ちた。
身体に当たった弾がミウの魔道で落ちたのだろう。
「だ、大丈夫よ、ミウ……。助かったわ……。次も頼むわね……」
すでに痛みはない。
両肩が赤く染まっているが、撃たれたときに吹き出した血だ。治療は終了している。いまはなんともない。
イライジャは立ちあがった。
再び、大楯の前から金属音──。
しかし、小さな
あれは銃弾?
さらに矢──。
同じように、外壁の上を通過する矢が通り抜けたところで急に速度を失い、地面に力なく落ちていく。
「結界を張り直しました──。ごめんなさい。ごめんなさい」
ミウはまだ泣いている。
イライジャは、ミウの頭を撫でた。
結界を張れば、それを潜り抜けるとき、人間であろうと、矢弾であろうと急速に遅くなる。
矢も銃弾も、その防護結界を通り抜けるときに速度を失って、地面に落ちたのだろう。
そのとき大きな爆発音がした。
視線を向けると、外壁に立てかけられた丸太があらかた吹き飛んで壊れている。
マーズの射た炸裂矢だった。
気がつかなかったが、イライジャが倒れているあいだも射続けていたのだろう。さらに、マーズが構えて炸裂矢を射る。
どんと爆発音がして、残っていた最後の丸太が落ちた。
しかし、新しい丸太が二本、再び立てかけられて、そこから兵が落ちてくる。
その正面は、すでに大乱戦だ。
次々に丸太をのぼって賊徒が増えるので、かなり苦戦している。
ほかの正面の王都兵も、どんどんとそっちに向かって加勢をしていた。
イライジャは慌てた。
まずい――。
「持ち場に戻って──。予備の一番隊は東の正面を加勢──。それ以外の隊は、自分の正面から離れないで──」
イライジャは絶叫するとともに、真下の兵に伝令をさせる。
階下で慌ただしく兵が走るのがわかる。
「ミウ、治療を頼む……。イライジャさんが撃たれたとき……腹を撃たれたみたいだ……」
すると、マーズがちょっと苦しそうに言った。
見ると、彼女のお腹の部分が真っ赤に染まっている。
「あっ、すぐに……」
ミウがマーズのお腹に触れる。
「ありがとう……。楽になった」
マーズが炸裂弾を射る。
新しい丸太のうちの一本が爆発して壊れる。
だが、またもや新しい丸太がかかった。
「切りないわねえ──」
ユイナが声をあげた。
「切りはあるわよ……。多分ね……」
イライジャは笑った。
そのとき、わっと歓声があがった。
驚いたことに、イットが片腕に手足の引き千切れた全裸の男を抱えて、敵側から丸太を駆け上っている。
敵を蹴散らしながらである。
最初に、マーズに射らせた炸裂弾で飛ばされた味方だろう。乱戦の中に飛び降りて敵を斬り倒して間隙を作り、その男の身柄を味方にひき渡した。
すると、今度は外壁を駆けあがって、敵側に再び飛び降りた。イットの姿が見えなくなる。
本当に、味方を回収に向かっているのだ。
「ミウ、屋敷に戻って、連れてこられる彼らや負傷した兵の治療をして──。ユイナも戻って──」
ふたりを櫓の下におろす。
こういう状況では、朝のようにミウに攻撃魔道を遣わせるのは無理だ。優しいミウには、味方ごと敵を蹂躙して殺すということはできない。
ふたりが梯子を降りていく。
そのときだった。
巨大な轟音が敵がずっと攻撃をしていた側の反対側から轟いた。
はっとして、視線をやる。
大きな火柱と砂埃が舞っていて、そちら側の外壁が破壊されてなくなっていた。
しまった……。
一方の側の攻撃に気をとられて、ほかの方向から意識が削がれていた。
最初から攻撃を継続している東側にこっちの意識を引きつけておき、反対側の西側にこっそりと、火薬を仕掛けられたのだと思う。
その爆発だ。
しかも、ほかの正面の多くの兵が持ち場を離れて、攻められていた側に集中してたために、ほとんどそっちに味方がいない。
西側に、わずかに残っていた者たちも、外壁の爆発にまき込まれて倒れている。
壊れた外壁部分の向こうにいた賊徒兵が、そちら側の土堀に大きな板をかけたのが見えた。
すると、ずっと奥側に砂埃……。
イライジャは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「マーズ、炸裂矢であの板を落として──。騎馬隊よ──。賊徒の騎馬隊がやってくる──。馬留めを準備して──」
イライジャ絶叫した。
賊徒の騎馬隊に、いつの間にか、反対側に回り込まれていたのだ──。
マーズが慌てたように、矢を向ける。
そのときには、あの人間を張り付けた大楯を並べられて、堀にかけた板を隠されてしまった。
「全員、騎馬隊に備え──」
イライジャは絶叫した。
ミウの魔道は効いている。
だから、騎馬隊といえども、突入のときには一瞬速度が大きく落ちる──。
そこで食い止められれば──。
地響きが大きくなり、大楯が割れるように左右に移動する。
そこから、一気に数十頭の騎馬が突進してきた。屋敷の敷地内に突入する──。
間に合わなかった──。
そっち側に向かっていた王兵が瞬時に、馬脚の下に潰された。
騎馬隊は続々と入ってくる。
先に入った騎馬が東側にも回ってきて、王軍が蹂躙されていく──。
「ミウ、屋敷を魔道で閉鎖──。すぐに、閉鎖しなさい──」
イライジャは階下に向かって絶叫した。
新年あけましておめでとうございます。
今年も、本作品をよろしくお願いします。