【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ミウ、屋敷を魔道で閉鎖──。すぐに、閉鎖しなさい──」
前からと後ろからの突破を許し、イライジャは咄嗟に階下にいるはずのミウに向かって、屋敷の閉鎖を叫んだ。
最悪、屋敷だけでも確保することだ。
ミウの防護結界だって、範囲を狭くすることで、外壁沿いに展開しているときよりも密度の濃い結界を結べるはずだ。
だが、とりあえずの処置だ。
戦いを諦めたわけじゃない。
「マーズ、あの橋をなんとしても破壊して──。イット、マーズに合流して──」
イライジャは叫んだ。
賊徒の騎馬隊は、西側の堀にかけた木の渡り場から、どんどん入ってくる。
とにかく、眼下は大混乱である。
イットの姿も賊徒の騎馬隊が駆け回る土煙で全く見えない。
ただ、阿鼻叫喚の叫びは聞こえていて、王軍の兵がどんどんと騎馬に踏み潰されているのがわかる。
イライジャの声がイットに届くのかどうかもわからない。
そして、入ってきた騎馬は、まだ数十騎程度だが、まだまだ後方に続いていて、屋敷に入り込んだ騎馬隊を追いかけてくる態勢だ。
しかし、敵の後続の騎馬隊の動きが鈍い気がする。
まだ、多くの騎馬が屋敷に突入の態勢を作ったまま、屋敷の外に留まっているのが見えるのだ。
全部が狭い屋敷の庭に入ってくれば、むしろ味方で動きを阻害されるということがあるのかもしれない。
とにかく、この気を逃さず、後続だけでも遮断しないと──。
「行きます」
マーズが大弓を放り投げ、炸裂矢だけを数本腰に差すと、横に立てかけていた大剣をとった。
そのとき、またもや金属音がして、そばの櫓の柱を弾いた。
銃だ。
見ると、騎馬の一騎がこっちに銃を向けていた。ミウとユイナが外壁に展開した防護結界の内側からなので、結界による銃弾の減速はない。
マーズが櫓から屋敷の屋根に飛び降りる。
身体は大きいが身は軽い。
あっという間に屋根から地面に向かって飛翔し、さっき銃を向けた騎馬に飛びかかった。
賊徒の騎兵の首がぎょっとした表情のまま胴体から離れて宙を飛んだ。
騎馬の乗り手がマーズに代わる。
マーズが騎馬を操って、続々と入ってくる騎馬隊を目がけて突進していく。
「しゃあああ──」
すると、視界に奇声をあげるイットの姿が入った。
マーズを追うように、突進してくる騎馬隊の海に向かっていく。イットは両手に伸ばした爪を縦横無尽に動かし、騎馬から騎馬へと跳躍しながら、まるで草でも刈るように、首を切断していく。
マーズとイットが合流する。
あっという間に、賊徒の騎兵が二十騎以上いなくなる。
さらに、ふたりが敵の騎兵の海を押し返していく。
「イライジャさん──。状況は──?」
シャーラが駆けあがってきた。
「外壁を破壊されました。姫様を連れて脱出の準備を──。状況によって、この混乱に乗じて逃げてもらいます。イットとマーズがいれば、いくらでも突破口を作れます――」
考えていたこととは異なるが、このまま乱戦に乗じてイザベラに脱出してもらうしかない。
だが、シャーラが首を横に振って、マーズが置いていった炸裂矢をに手とった。気がつかなかったが、シャーラは肩に弓を背負ってきていた。
「さっき、言いかけたけど、姫様を連れて逃げるのは無理よ。あのスカンダが見張っている限り、屋敷からは抜け出せない。ノールの離宮で散々に試し済みよ──。それよりも、この炸裂矢は魔道を込めて爆発させるの?」
シャーラが矢を弓に
「魔力を込めなくても、飛翔してなにかに当たれば爆発する仕組みに……」
ユイナが魔力を持たない人間族にも使えるように工夫した魔道武器だ。本当にあの娘の細工は素晴らしい。
「なるほど……。だけど、魔道を込めても炸裂させられるわね……」
シャーラが庭に向かって炸裂矢を放つ。少し射角が高いか?
同時に電撃の光が追いかける。
庭の上で電撃が矢に届き、炸裂矢が馬よりも高い位置で爆発した。爆破衝撃にまき込まれた賊徒の騎兵と騎馬が倒れる。
なるほど、あの高さなら徒歩兵の味方には影響を与えにくく、騎馬兵だけを蹴散らせる。
いや、多少はまき込まれたところで、いまは騎馬隊を押し返すことが重要だ。
シャーラが次々に矢を射る。
あちこちで、賊徒の騎馬が倒れていく。
さらに、喚声があがった。
爆発音がして、騎馬隊が渡っていた渡し橋が吹き飛んでいた。マーズとイットが破壊に成功したのだ。
そこからイットが屋敷の庭側に飛び出すのが見えた。
鳥のような奇声をあげつつ、汗と埃と返り血にまみれながら、敵兵から敵兵に跳び回る。
いつの間にか、
そのマーズの大剣が折れたのが見えた。
すると、十人ばかりの賊徒兵がマーズに群がる。
マーズはひとりを拳で倒し、その身体を持ちあげて敵に向かって放り投げた。
敵が崩れる。
すると、マーズの手には敵から奪った剣があった。
そのあいだも、シャーラは炸裂矢を射続ける。
光の矢が次々に走り、空中で炸裂が間隙なく繰り返す。
数十騎もいた騎兵がだんだんとまばらになっていくのがわかる。
「どういうことです、シャーラ──? スカンダが見張っている限り無理とは?」
シャーラ、イット、マーズの活躍で多少なりとも押し返せている。
少しは余裕が出てきた。
それで、さっきシャーラが口走ってことについて訊ねたのだ。
「スカンダは姿を見せない――。だから、捕らえられない――。だけど、わたしたちを見張っていて、逃亡しようとすると、魔道で引き戻すのよ──」
シャーラが角度を空にあげて、矢を射る。
北側だ──。
留まったままだった賊徒の北側の陣が接近しようとしていたのだ。そこの真ん中に炸裂矢が落ちて爆発して、賊徒の陣が崩れる。
「連れ戻すとは?」
イライジャは首を傾げた。
シャーラは次々に炸裂矢を射ながら、スカンダという不思議な能力を持った童女姿の妖魔について説明してくれた。
イライジャは唖然とした。
それが本当なら、あのサキという魔族女性がイザベラを陥れようとして、この賊徒に重包囲されたゲーレの屋敷にイザベラを留めさせようとしていることになる。
しかし、イライジャは、そのサキとはほとんど面識はないが、ロウの愛人のひとりのはずだ。
そんなロウへの裏切り行為に繋がるようなことを同じロウの愛人のサキがするとは思えない。
サキが女魔族だとしてもだ──。
そのとき、またもや櫓に銃弾が飛び込む。
すかさず、銃手をシャーラが射た。
炸裂矢が刺さり、その男が文字通り、木っ端微塵に爆死する。
「イライジャさん──。屋敷周りに結界を張りました。ここにも張ります――」
ミウだ。
ユイナと一緒だ。
途端に、櫓の周りを防護結界が覆ったのがわかった。
ユイナが魔石を真ん中に置く。
「……そして、これで、この魔石をどかさない限り、櫓の結界が保ちます──。もちろん、こっち側からの攻撃は結界を素通りしますから、思う存分に敵を射ていいですよ、シャーラさん」
背を低くしているユイナだ。
「ありがたいわね──」
シャーラがさらに矢を射る。
またしても、賊徒の騎馬が数騎まとめて馬の上から飛ばされる。
そのとき、大音響が鳴った。
北壁、東壁、南壁の三面が爆破で吹っ飛んだ。
これで四面のすべてで壁を壊されたことになる。
イライジャに絶望が走る。
またもや、混乱に乗じて、爆薬を仕掛けられた――。
よはや、これ以上、支えられない――。
全方向から賊徒に蹂躙されて終わりだ――。
背中にどっと冷たいものが流れる。
しかし、そこから次々に敵が退いていく。
いつの間にか東面の堀に丸太が並べて細い橋状にもなっていて、そこを残っていた騎馬も渡り去っていく。
一方で、イットとマーズが敵兵のあいだをめまぐるしく駆け巡っている。
血が飛ぶ──。
首も舞う。
逃げていく賊徒がさらに多くなる。
だが、なぜ逃げる?
向こうは押していた──。
まさに、こっちは負けかけていた。
イットやマーズたちの反撃で多少はもち直したといえ、所詮は大河に投じる石のようなもので、状況をひっくり返すところまではいっていない。
あのまま押し込まれていれば、防ぎようもなかったのだ。
どうして──?
そもそも、たったいま四辺の壁を全部破壊されてしまったとき、その全部から乱入されていれば、もう対応のしようがなかったのに……。
いずれにしても、襲撃も退却も、賊徒の動きは整然としており、きちんと秩序を保っている。
付け入る隙はない。
あっという間に賊徒の姿が屋敷の敷地内から消えてしまった。
あとには、大勢の死骸と負傷者が残るだけになる。
いつの間にか、陽が落ちかけている。
夕方になっていたのだ。
「やったわ。追い返したわ」
シャーラが晴々とした声をあげた。
だが、イライジャは首を横に振った。
「追い返したというよりは、なんらかの思惑があって、向こうが退却したということでしょうね……」
イライジャは言った。
そして、全員に味方の負傷者を屋敷内に収容するように指示する。
ミウが階下に駆けていく。
彼女が治療をしてくれれば、死にかけていたとしても治療で回復して、元気な兵として再び戦いに参加してもらえる。
即死以外は、全部すぐに兵として復帰させられる。
兵站基地になっていただけあり、具足と武器だけは、屋敷内にいくらでもあるのだ。
「とにかく、敵の負傷兵は、壊された壁のところに柱を建てて、壁の代わりに人柱にして縛りつけてやるわ――」
すると、シャーラが横で憎々しげに言ったのが聞こえた。
負傷者は味方だけでなく、敵も多くいる。
賊徒でまだ生きている者は、壊れた外壁のところに柱を立てて、そこに拘束して縛りつけるということみたいだ。
残酷な手段でこっちの兵を楯にした賊徒への見せしめもあるのだろう。
それについては、イライジャはなにも口を出さなかった。
ただ、さっと見る限り、賊徒兵の中で残っているのは、死人ばかりな気がする。撤退するときに、負傷した者は可能な限り連れて戻っていた。
それくらい、賊徒側にはまだ余裕があったのだ。
「イライジャさん、ちょっと来てください──。シャーラさんも──」
そのとき、ユイナが櫓の下から声をかけてきた。
血相を変えた感じだ。
イライジャは、物見櫓の見張りを階下にいた兵たちに交代をしてもらうと、階下に降りる。
ユイナが案内したのは、屋敷の入口だ。
扉を開いている。
そこには、蒼い顔をしたミウと多くの負傷兵がいて、なにかを見ていた。
ぎょっとした。
扉の外側に人の生首が頭に貫かせた剣で扉に張り付けられているのだ。
生首は、ライス将軍だった。
「見つけたのはミウです。いつの間にか、こうなっていたみたいです……。そして、このライス将軍の口の中にこれが……」
ユイナがミウに持たせていた油紙に包んだ羊皮紙を手渡してきた。
「なに、手紙?」
シャーラがイライジャの手元を覗き込む。
「危険なものではないと思います……。少なくとも魔道はかかってません。罠のようなものも探知できませんて……」
ミウだ。
「そうね。わたしの見立ても同じです」
ユイナも言った。
イライジャは頷いた。
「……わかったわ、ありがとう……。ミウとユイナは負傷者の保護を……。イット、マーズ──、支援して──」
イライジャは、外に視線を向け、座り込んで肩で息をしているふたりに叫んだ。
すでに三人の侍女たちも庭に出ていて、水を腕で配ったり、負傷者を治療したりしているのが見える。
イライジャは油紙を取り外して、羊皮紙を拡げた。
書かれているのは、やはり手紙だ。
署名は、
こんな屋敷の砦は、いつでも蹂躙できるが、シャロンさえ差し出せば、この屋敷の者を助けてやるともあった。
「あの侯爵夫人を?」
横から羊皮紙を覗いていたシャーラが怪訝そうな声をあげた。
新年おめでとうございます。
今年、初執筆です。正月の酒を飲みながら打ちました。