【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ならんわ──」
イザベラが一喝した。
ゲーレの屋敷である。
陽は落ち、すっかりと夜になっている。
負傷者を治療術で回復させ、戦死した味方の遺体を屋敷内の敷地内の倉庫に収容し、残っている隊を再編成し、破損した武具などを交換するということをさせているうちに、完全な夜になっていた。
死んだ者は、こっち側が三十人、賊徒側はその倍の六十人くらいだった。
圧倒的に押されていた割りに、数に違いがあるのは、こちら側は瀕死の者でもミウの治療術で復活しているからである。
シャーラも驚愕していたが、ミウの魔道は王軍魔道師の技量を遙かに凌ぐという。
イライジャも同じ意見だ。
なにしろ、腕や足を切断された者すら、破損した場所を復活させてしまうのだ。
それでいて、魔力は無尽蔵であり、それだけの大魔道を際限なく行っても、本人はけろりとしている。
本当にすごい。
また、逆に賊徒側については、結局、瀕死の者や重傷で置き捨てられた者についてもとどめを刺して、全部土堀に放り投げた。
それで、賊徒側の方が戦死者が多いのだ。
とにかく、ミウの活躍もあり、なんとか戦力の再編成は整ったところである。全部を五個の隊に分けて、そのうちの四個を東西南北の各面に配置する態勢に変化はない。
ただし、東側を守っていた三番隊の勢力が三分の一以下になっていて、隊長が戦死しているので、予備だった一番隊を半分に分けて、一番隊として、三番隊の残りを含めて東側を守ることを指示している。一番隊の残余は次級者を新たに六番隊長として、直接にはシャーラに任せ、屋敷そのものの守備や
兵糧などは配られていて、各隊は屋敷の外に展開して、防護の態勢も整っている。
また、屋敷内の倉庫や屋敷内に積み上げられていた補給物資の箱は、破壊された外壁部分に運び込んで防護壁の代わりにもさせている。物資の詰まった箱を防護壁代わりに使うというのは贅沢な話だが、賊徒の攻撃から生き残れば、補給物資などいくらでも手に入れられる。
だが、ここで死ねば、なにもなくなるのだ。だから、問題ない。
いずれにしても、イライジャの役割が、軍師としての全体のまとめであることに変化はない。
幸いなことに、いまのところ賊徒側に夜間襲撃の兆候はない。
しかし、相変わらず、すっかりと四周を囲まれていた。
そして、イライジャは、軍議が行われる執務室にいる。
参加しているのは、王太女のイザベラ、護衛長シャーラ、女官長ヴァージニアのほかに、イザベラとユイナである。ほかの三人は休ませた。
マーズ、イット、ミウは昼間の戦闘で疲れている。夜間襲撃があれば、再び戦わってもらわなければらない。
休めるときに休んでもらう必要があるのだ。
また、ユイナについては、態度は悪いが、とても勘がいいし、彼女が作成する魔道紋技術は、守りの
直接にユイナに対する要求もあるかもしれない。
だから、あえて参加してもらった。
ほかに五個の隊からも代表者が参加しているが、新たな六番隊以外は、隊長ではなく副官クラスだ。いまこうしているあいだにも、いつ賊徒が再攻撃を開始するかわからない。各防護面の長を引き抜くのは危険なのだ。
「なんでですか? あの侯爵夫人を渡せば、助けてくれるっていうなら、引き渡せばいいじゃないのですか? あの女はいまでも、賊徒に戻りたいって喚いてますよ」
ユイナだ。
「ならん」と賊徒の求める侯爵夫人の引き渡しを一蹴したイザベラに対する言葉だ。
まあ、遠慮のない意見というところだが、今日一日戦った兵士たちは、すでに厭戦気分で同じように思っているかもしれない。侯爵夫人ひとりの犠牲で済むなら、それに越したことはないと考えているのではないだろうか。
軍議には、各隊の五人の若い将校がいるが、彼らはユイナの言葉に対するイザベラの態度に期待するような表情をしている。
賊徒側が戦いの終わりとともに、ライス将軍の生首の口に詰めた羊皮紙で侯爵夫人の引き渡しを要求してきたことは、なぜか、すでにほとんどの将兵に知れ渡っているようだ。
そのことは、マーズやイットが教えてくれた。
彼女たちは、戦死者の後始末や木箱を使って防備を整え直す手伝いのときに、王太女はどうするのかと、何度も訊ねられたみたいだ。
箝口令を徹底すればよかったと、イライジャも後悔した。
「罪もない夫人を賊徒に引き渡すなど人道に背く。そんな卑怯なことはできん。王軍は民を守るためにある。夫人は民ではないが、賊徒に夫を殺されて夫や財を奪われた弱き者だ。王家は弱き者たちを守るために存在する」
イザベラは考慮の余地なしという雰囲気だ。
しかし、これについては、イライジャに異存はない。ドピィが侯爵夫人の身柄を要求してくるというのは意外すぎるが、もしかしたら、ふたりは恋仲になったのかもしれない。
犯罪者と人質が異性の場合に恋愛関係に変化することは、実はよくある話である。
ドピィという賊徒の頭領がそのために、ゲーレに攻め込んできたというのは十分に考えられると思う。
なにしろ、賊徒の目的がガヤの城郭の奪回であり、それに先んじて、このゲーレの兵站基地を破壊してしまうという目論見なのであれば、すでに目的は達している。
もう引きあげてもいいはずだ。
すでに、屋敷の外に置いていた大部分の補給物資は賊徒に略奪されるか、焼き払われてなくなっているからだ。
それでも、この屋敷を奪おうとするのは、王太女のイザベラがここにいるからだと思っていたが、もしかしたら、侯爵夫人こそ、頭領のドピィの目的の可能性もある。
そうだとすれば、ドピィの要求してきたとおり、侯爵夫人を引き渡すというのもあり得る方策になる。
しかし、イライジャは悪手だと判断していた。
なにしろ、イザベラという王太女は、賊徒の人質としては価値がありすぎる。
イザベラは、いまのハロンドール王国にとっては、ほとんど唯一の王位後継者のはずだ。そのイザベラを人質にとれれば、賊徒たちは生き延びられる可能性が高い。
それどころか、交渉の中で、彼らが免罪のうえ爵位を得て、領主となる道も開ける。
賊徒の罪を許して貴族として迎えるなど、あり得ないような話ではあるが、このハロンドール王国の歴史には、過去に数件の前例があったはずだ。
だから、侯爵夫人を引き渡そうが、引き渡すまいが、賊徒がイザベラを開放するというのはあり得ないと思う。
だったら、賊徒側に対する人質としての価値があるのかもしれない侯爵夫人は、こっちで握っておいた方がいい。
それに、今日の夕方、突然に賊徒軍が引き上げた理由について、屋敷の中にいる侯爵夫人の身柄を守るためとすれば、合点のいくところもある。
あのまま屋敷の中に賊徒に雪崩れ込まれれば、屋敷内にいる者は無事ではすまなかったし、簡易な牢に監禁している侯爵夫人も同様だ。
もしかしたら、それでドピィという頭領は部下を引きあげさせたかもしれない。
そうであれば、侯爵夫人は屋敷内に留めていた方が賊徒は攻撃を制限するかもしれない。
「し、しかし、我らが助かるためには、賊徒の求める夫人を差し出すしか……」
発言したのは、四番隊の隊長代理で参加している若い下級将校だ。まだ少年の顔をしていて、顔にはにきびもある。確かこの王国の某伯爵家の三男坊だという資料を見た気がする。
「賊徒の要求には応じん──。これについて議論をするつもりはない。以上だ──」
イザベラが怒ったように言った。
だが、発言をした若い将校が不機嫌そうに顔を赤くする。イライジャはほかの各隊の代表者も、イザベラの言葉が不満そうだと認識した。
「しかし、殿下──」
その下級将校はさらに言い募ろうとした。
だが、ヴァージニアがそれを途中で遮って口を開く。
「軍議なので自由な発言は許されるけど、それはどう戦うかということについてよ。賊徒に命乞いすることも、降伏することもありません。それを前提に意見を言ってください」
ヴァージニアやシャーラから事前に意見を求められていたので、イライジャは侯爵夫人を引き渡すことに意味はないと告げている。
イザベラもヴァージニアも、それを踏まえて発言しているのだ。
「ならばお伺いしますが、援軍もなく孤立している状況では、我らに勝ち目はありません。我らに死ねとおっしゃるのか?」
今度は別の若い将校が発言した。
どうやら、南王軍が援軍を拒否しているという状況もついても、将兵には情報がいっているようだ。
まったく、この隊の守秘規律はどうなっているのだ。
「援軍は来ます。それまで、もち堪えるのです」
イライジャは口を挟んだ、
将兵には希望が必要だ。
ここははったりでもなんでも使うしかない。
「だが、南王軍は王太女殿下の救出に軍を割かないのですよね?」
最初に口を開いた若い将校だ。怒りを表に出している。
やはり、それについても情報が漏れているのだと確信した。
「援軍は南王軍ではありません。エルフ女王率いるエルフの最精鋭の軍がこっちに向かっています。一万の王国師団にも勝る大火力を擁する魔道師隊です。こっちに向かっていて数日以内には到着します。あたしたちは、それまでもち堪えればいいのです」
イライジャははっきりと言った。
モーリア男爵邸で別れたロウたちがこっちに向かっているかどうかは知らない。そもそも、ロウたちが向かったのは辺境候域であり、こっちに向かうとしても、早々に向こうの混乱が解決しなければ、対応はできないはずだ。
だが、ロウは来てくれると思う──。
根拠はないが、辺境候軍の軍営に入れば、ロウの子を宿している王太女のイザベラが南王軍に加勢するために、南域に向かったという情報は、すぐに届くはずだ。
それをロウが知れば、絶対にロウは、イザベラを助けるために、こっちに向かう。
絶対にだ──。
イライジャは、それを信じている。
「エルフ女王? なにを世迷い言を……」
発言の若い将校たちは困惑の顔をうかべた。
「世迷い言ではありません──。あと……三日。三日です。それ以内に必ず来ます」
イライジャは断言した。
ロウが三日以内にここにエルフ軍を連れてきてくれるのかどうかは知らない。わかりようもない。
だが、この屋敷の砦が援軍なしに、三日もち堪えることはないだろう。
それで、三日という時間を示した。
軍議については、ほかにこれといって重要な案件が出ることなく、賊徒の動きについても、いまのところ大きな動きもない。
それも確認した。
じ後、夜間襲撃にも備えて、各正面の隊が万全の準備を整えるということで終わった。
解散をするとき、なんとなく不承知そうな若い将校たちの様子が、イライジャは気になった。
*
「イライジャさん、起きて──」
与えられている部屋で仮眠をしたが、イライジャは揺り動かされた。
イットだ。
すぐに身体を起こした。
まだ夜だが、少しでも賊徒に動きがあれば、叩き起こしてくれと頼んでいたのだ。
「いま、いつ頃──? 賊徒はどういう状況──?」
跳ね起きるとともに、すぐに上着を引っ掛ける。
靴は履いたままだ。
「まだ夜中……。だけど、おかしい……。敵じゃなくて、味方。さっき、たまたま
イットが言った。
言葉を頭に入れるのに時間がかかった。
櫓に見張りがいない?
夜のあいだの見張りは、予備になっている六番隊に任せていたのだ。しかし、いないというのはどういう意味なのだ?
意味はわからない……。
とにかく、慌てて、櫓に駆けていった。
確かに誰もいない。
しかも、広間には予備とした六番隊の者たちが仮眠していたはずだが、なぜか誰もいない。
ひっそりとしている。
どういうこと?
「イット、シャーラとヴァージニアに連絡して──。パーティメンバーもすぐに起こして──」
櫓の真下でイライジャは言った。
イットが駆けていく。
イライジャについては、梯子を駆けあがった。
「これは……」
エルフ族であるので夜目は利く。
今夜の月は、前半夜が一個で、後半夜から三個だ。中天に一個あり、東側に二個が昇り掛けている。
後半夜になりかけている時刻のようだ。
嫌な予感がした。
味方の陣を見下ろす。
かがり火の類いは禁止をしていたので暗いが、少なくとも西側の一面にほとんど人員がいない気がする。
心なしか、ほかの陣も人が少ないような……。
「イライジャ殿──」
シャーラが櫓に駆けあがってきた。
イライジャは、シャーラを見る。
「六番隊はどこにいるのです──? いえ、すぐに全員の点呼を──。確認してください」
「どこって……。そういえば……」
シャーラがはっとしている。
そこに駆け足で数名がやってくる音が……。
「イライジャさん──。イットから言われたけど、屋敷の中に兵がいないわよ──。鑑定に引っ掛からない──」
ユイナだ。
ミウとイットも一緒に来た。
ユイナとミウのふたりは、たったいま起きた感じだ。
「あたしも探知してみました……。この屋敷内に気配を感じません」
ミウも言った。
まさか……。
イライジャは唖然とした。
「はああ──。もしかして、逃亡した? そういえば、軍議のときに変な顔をしてたわよねえ」
ユイナが叫んだ。
櫓にさらに人があがってきた。
イザベラだ──。三人の侍女もいる。マーズもいる。
「どうした?」
イザベラは寝着にガウンをかけている。
イライジャは、いついの間にか。屋敷内から六番隊の者が消えていて、味方の軍の西側の一角から将兵がいなくなっていることを伝えた。
イザベラも唖然としている。
「すぐに全員を起こして人数を確かめます──」
シャーラが櫓を駆けおりていく。
そのとき、イライジャははっとした。
「侯爵夫人は地下よね──? 彼女を見張っていたのも、六番隊よ──」
イライジャは叫んだ。
侯爵夫人のシャロンは、あまりにも賊徒のところに戻ると泣き叫ぶので、地下の倉庫のひとつを改装して、鉄格子を嵌めて監禁していたのだ。その見張りは、屋敷内にいる六番隊の者たちに任せていた。
ユイナとミウにここを託してイライジャは櫓を駆け下りる。
イットとマーズには、明らかに人影のない西面に向かってくれと頼んだ。
シャロンを閉じ込めていたはずの場所には、やはり見張りはいない。
地下に向かう扉は閉まっていたが、イライジャには嫌な予感がした。
階段を降りる。
やはり、そこには誰もいなかった。
「いない……」
十中八九、この屋敷にいた六番隊の者たちが、賊徒のところに命乞いをするために連れ出したのだと思う。
イライジャは力が抜けた。
「これはどういうことだ──?」
追いついてきたイザベラも声をあげた。
*
結局のところ、西側を守っていた五番隊の全部と、屋敷内にいた六番隊の全員が消えていることがわかった。
脱走した痕も残っていたので、彼らが自ら逃亡したのは明白だ。
そして、さらにわかったのは、消えた西側の面に対して、前半夜のあいだに、賊徒側から十数本の矢文が届いてたということだ。
その文も残っていて、明日の朝には屋敷内の者は皆殺しにするが、夜のあいだに正面に逃げてくれば逃がしてやるという内容だった。
そんな他愛もない誘い文に乗って、西側にいた一隊が全員で消えたのだ。
イライジャをはじめとして、誰にも告げずに……。
しかも、矢文が届いていたことすら、報告はなかった……。
その西側の隊の者たちとともに、屋敷内の六番隊も逃亡したようだ。その六番隊の協力で侯爵夫人も連れ出したということであろう。
聞けば聞くほど、イザベラの連れてきた護衛隊の情けなさに怒りが込みあがるとともに愕然とする。
こんな連中を使って、どうやって戦えというのだ──。
夕方の時点で約七十名だった味方は、戦わずして、その半分以下に減っていた──。
そして、陽が昇り、朝がやって来た。
賊徒軍が動いたという報告が櫓からイライジャに伝えられた。