【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
アネルザが王都に到着したのは、早朝という時間だった。
もっとも、正確にいえば、王都に入ったのではなく、王都郊外のロウの「幽霊屋敷」に入ったのだ。
アンとノヴァ、さらに、イザベラが残していった六人の侍女も一緒だ。妊婦のアンに夜の馬車移動は申し訳なかったが、必要があり容認させた。
とりあえず問題ないようであり、よかった。
「ここは完全に廃墟だったねえ。幻影だと事前に教えてもらってなければ、途方に暮れて素通りしていたところさ」
アネルザは、屋敷の広間のソファに腰掛けながら言った。
随分と早い時間だというのに、アネルザたちが到着したという連絡を受けて、マアとエルザが寝着にガウンだけを身につけた格好でやってきてくれた。
いまは、アネルザ、アン、ノヴァ、エルザ、マアの四人でソファに集まるかたちである。
また、マアの護衛役である男装の麗人のモートレットは、相変わらず人形のような無表情でマアの後ろに立っている。
眠っていたはずなのに、完璧に服を着て、髪まで整えている。どうやって眠っていたのか不思議なものだ。
一方で、一緒にやってきたイザベラ付きの六人の侍女たちは、屋敷妖精のシルキーが連れていき、あてがわれる部屋に荷を運ぶ手伝いと、屋敷の案内を受けている。
しばらくはここを拠点とするので、その準備というわけだ。
それはともかく、この幽霊屋敷は、外観では完全な廃墟だった。
すっかりと焼け落ちて、黒く焼けた建物の残骸があるだけだったが、アネルザたちが近づくと、シルキーの声が頭に響き、気がつくと、この屋敷内に誘導されていた。
まったく大した屋敷妖精の魔道だ。
こんなことになっているのも、ロウの処刑命令を受けた王家の軍がここにやって来て、包囲して焼き払おうとしたことによる対処らしい。
だから、シルキーが屋敷全体を庭ごと亜空間に一時的に転移させ、外からは焼け落ちた残骸が見えるように幻影魔道をかけているそうだ。
「主人」を得た屋敷妖精は、屋敷の管理に限定に関して、ほぼ無制限に魔道を駆使するというのが、これはすごい魔道である。
アネルザは王都内には立ち寄っていないので見てはいないが、話によれば、スクルズが「主人」ということになっている王都内の「小屋敷」も同じような目に遭っていて、やはり、そこを管理する屋敷妖精のブラニーが、この幽霊屋敷同様に壊された建物の幻影をかけているそうだ。
「住むには快適さ。ここのほかにも、王都内に拠点は幾つもあるけど、楽なのですっかりとこっちに滞在することが多くなっているよ。ここから扉ひとつ越えると、ブラニー殿の屋敷側に移動できるようにも処置してくれているんで、王都への移動も楽だしね」
マアだ。
ロウという同じ男を愛人にする者同士、ハロンドール王国の王妃とタリオ公国出身の女豪商という立場の違いはあるが、ぞんざいな物言いをしてくれるように頼んでいる。
そもそも、お互いの見ている前でロウに破廉恥に抱かれたこともあるのだ。
体裁を装うのも馬鹿馬鹿しい。
「王都の混乱の回復のために奔走してもらって感謝するよ。王妃として礼をする。本来であれば、王家がしなければならないことなのにね。エルザにもだ。お前も嫁いだ身のタリオ公妃だ。それなのに、王都の回復のために活動してくれてすまないねえ」
アネルザはふたりに頭をさげた。
すると、エルザが大袈裟に肩をすくめる仕草をする。
「わたしは出戻りですわ、王妃殿下。無職です。だから雇ってもらわないとならないので、王家に尽くしているんです。役に立つと認識してもらったなら、わたしを王家に戻してください。タリオには戻りませんから」
「だったら、そろそろ戻ってくるはずのロウに抱かれればいい。女になりさえすれば、お前の面倒はしっかりと看てくれる。相手がタリオのアーサーだって、身体を張ってくれると思うよ。自分の女には義理堅いんだ。その代わり、かなり変わった性癖だけどね。だけど、それもすぐに、その快感に病みつきさ。離れられなくなるよ」
アネルザはけらけらと笑った。
エルザは顔を赤くする。
「でも、イザベラ様の夫となられる方ですよねえ。わたしまで、愛人になるというのはどうなんですか……。アンのお腹の子供の父親でもあるし……」
「そういう常識はあいつには通用しないよ。そんなことをいえば、わたしなんて、アンの実の母親だ。だけど、そういうことを考えるのはやめたよ、お前も、気にしてないだろう、アン?」
アネルザはにこにこと微笑んでいるアンを見た。
また、相変わらず、ぴったりと密着して座るノヴァと手を繋いでいた。
このノヴァもアンの妊娠が発覚して以来、開き直ったようにアンと一緒にいて離れない。本来であれば、アン付きの侍女を兼ねた世話人でもあるので、ほかの侍女たちと一緒に荷運びなどで働かなければならないが、アンがそれを許さないし、ノヴァも余人に任せられるときには、アンとの接触を優先する。
アネルザは、もうふたりの癒着のような関係は切り離せないものだと考えるようにしている。
考えてみれば、ロウは最初から、このふたりをひとつのまとまりのある存在のように扱って、抱くのも、悪戯をするのも、ふたり同時にやっていた。
毀れかけていたお互いの心を支え合ったふたりを心だけではなく身体まで依存し合う関係に仕立てたのもロウである。
あいつは、これが必要だと最初からわかっていたのだろう。
こうやって露骨に密着する関係になってから、実に、アンもノヴァも安定している。もともと、長子ではあるが、アンは大人しくて、いつも自信がなさそうで、おどおどしていた。
だからこそ、アンを強く支えてくれそうなキシダインを夫にあてがったのだが、それはアネルザの大間違いだった。
そして、アンを救い、ロウはふたりが必要なものとして、アンにはノヴァを、ノヴァにはアンを与えた。強引に離れられない関係に仕立てたのだ。
その結果、アンも、これまでにない強い心を手に入れた。本来は、陵辱された王女など、世間の辛辣な陰口の対象なのだ。
しかし、アンはまったく気にする様子もないし、いまは、大きな自信すら感じさせてくれる。
つくづく、あいつは女扱いのうまい男だ。
「もちろん、気にしておりません、お母様。ご主人様……ロウ様の愛は無限です。ロウ様に、なにからなにまでお任せすべきです……。エルザ、本当にロウ様は素晴らしいお方よ」
「はいはい、まあ、考えておきますって」
エルザは苦笑している。
「まあそうですね。モートレット、お前もだよ。ロウ殿が戻れば、すぐに抱いてもらうんだ。さもないと、わたしたちはお前を仲間だと受け入れることができないからねえ」
マアが顔を後ろに向けて、モートレットに言った。
モートレットが、人形のような無表情から当惑した顔に変わる。
「私がですか? 私は男なんて……」
「まだそんなことを言っているのかい。すでに、お前はあたしたちの秘密を知っているんだ。逃げられると思わないことだね。このあたしの顔を見ただろう。アネルザ殿もさ。あたしも王妃殿下も苦労して隠しているけど、まるで三十女、二十女くらいに若返っている。ほかにも、彼に抱いてもらった女は、ことごとく、欲しいものを手に入れた。お前も精を注いでもらうんだよ。わたしの護衛なら、これは命令だ」
マアはぴしゃりと言った。
命令で抱かれろとは、随分と容赦ない。
だけど、アネルザもそれが正しい選択だと確信している。咎める気持ちはない。
「でも、私はこんなですし……。女として抱いてくれる方など……。お相手の気持ちもありますし……」
モートレットは当惑気味だ。
すると、マアが笑った。
「是非とも、その男装姿で彼の前に行くといいよ。多分、実にじわじわと時間を掛けて、お前が女であることを自覚させてくれるに違いないさ」
マアが言った。
「はあ」
モートレットは生返事だ。
「それにしても、王宮はどうなっているんだろうねえ。今回も、護衛隊を五百もつれてきたけど、街道沿いのどの関所でもおとがめなしに通過してきたよ。もちろん、わたしやアンがいることは隠したけど、向こうも確認しようともしなかった。王軍であることを認めたら、そのまま素通りさ。とりあえず、王都には入らずに、王都外の演習場に駐屯するように指示してきたけどね」
アネルザは話を変えた。
王都までの移動の警備をさせた元のライス隊のことだ。ライス隊長以下五百については、イザベラが南域動乱の鎮圧に参加するために連れていったが、残りは残置されていた。
それは、アネルザの王都帰還にあたり、護衛として同行させてきたのだ。
この幽霊屋敷の廃墟の近くで、アネルザたちの馬車だけを切り離して別れたが、彼らについては、とりあえず王都外の演習場に入るように指示をしていた。
「それがいいね。どうやら、王軍については、王家の秘宝とやらで、操心状態にしているらしい。そのまま、王軍の営舎に戻れば、彼らも操心術に掛けられる可能性がが高い」
マアもモートレットを
「ルードルフの馬鹿たれが……。王家の秘宝で軍や王宮の重鎮を操るなんて、やっていいことと、いけないことの区別もできないのかい」
アネルザは吐き捨てた。
操り具で自我を消して服従させるなど、家臣や王国臣民に対する裏切りも同然である。
いまは、そのことは隠れているが、すぐに発覚するだろう。
そうなれば、王家は終わりだ。
こんなことをする王家を家臣が信頼するわけがない。
ルードルフが秘宝を使って軍を操っている可能性があるとマアから手紙で知らされたときには、さすがのアネルザも度肝を抜かれてしまった。
これはルードルフひとりの悪行に留まらない。そういう操り具があるということだけでも、家臣の信をなくすのに十分なことだ。さらに、それを使用したということになれば、王家の信頼は地に落ちる。
頑張っているイザベラだが、もしかしたら、世間はルードルフの血を引いているイザベラの即位を認めないかもしれない。
女王イザベラを守る力を集められるだろうか……。
「王妃殿下、申し訳ありませんが、父王陛下は切り捨てるしかありません。そして、糾弾というかたちで、すべての罪を背負ってもらって処刑。秘宝は破棄を公開。それで信頼を取り戻しましょう。幸いにも、西の辺境候の動きは鎮まった気配があります。南部動乱は残っていますが、あれは王家を脅かす勢力にはなり得ません」
エルザだ。
さっきまでの半分お
西の辺境候の動きというのは、アネルザの実家であり、この数箇月ほど、国王退位を要求して叛旗を掲げていたマルエダ家とそれに応じて兵を送っていた西域領主たちのことだ。
これもまた、あのサキが絡んでいた気配があるが、その辺境候のところに集まっていた領主軍が解散したという情報は、一日前に入ってきた。
詳細はまだ不明だ。
ただ、イザベラと一緒に南域に向かってくれたイライジャたちからの情報により、一度、シャングリアの実家のモーリア男爵家に合流したロウが、王都ではなく、辺境候側に向かったということについてはわかっているので、おそらく、ロウがなんらかの解決をしてくれたのだとは思う。
なにをどうしたのかはわからないが、国内叛乱の可能性を消してくれたということであれば、ハロンドール貴族としてのロウへの功績は巨大だ。これからのことにもよるが、王家の恩人だ。
しかも、話によれば、あのエルフ女王をたらし込んで、その隊を借りて、そっちに向かったという。
クリスタル石の取り引きのほかには、一切外部には関わってこなかった閉鎖的なエルフ王家を取り込むなど大したものである。
なにしろ、この大陸でもっとも権威あるエルフ王家による英雄認定だ。
あっという間に、ロウは時の人になった感がある。
この連絡の直前には、アネルザの父親がロウを叛乱軍の長として担ぐという情報もあったから、驚愕とともに騒動の拡大を懸念していたのだが、逆に鎮まることになったようであり、大きく安堵している。
「まあ、操り云々は、はっきりしたことではないけどね……。だけど、ミランダもベルズも間違いないと断言はしていたねえ……」
マアだ。
アネルザは嘆息した。
「そのミランダたちだけど、まだ連絡が?」
アネルザが訊ねた。
そもそも、こうやって急遽、ノールの離宮を離脱して、王都正面に戻ったのは、ミランダとベルズが王宮に潜入して、そのまま戻ってこないという緊急の魔道連絡を受けたからだ。
それで戻ってきた。
また、やはり、あの呪いのようなスカンダの土地縛りの魔道から開放されたというのも、これでわかった。
「とれない。情報もない。あれから、王宮内への商人による物質搬入も停止されてしまった」
マアが言った。
ミランダたちが王宮への潜入を決めたのは、食料などの卸し商人たち通じて、サキが手下の部下に裏切られて、囚われになっているという情報に接したかららしい。
しかし、ミランダたちは戻ってこず、王宮への出入りを許されていた商人も、この一両日は完全遮断とのことだ。
なにかがあったのだと思うしかないようだ。
「とにかく、まだ拡まってはいないけど、王家や王宮が乗っ取られて、無力化されているということが世間に知られれば、あの野心家のタリオのアーサーが動くかもしれないし、王家の力がないとわかれば、王国内の治安も荒れる。早急に対応しないと……。だけど、こっちには駒がない……。やっぱり、イザベラを南域にやったのは失敗だった……。あんな賊徒の横暴など、しばらく放っておけばいいんだ……。それよりも王都だったよ……。せめて、この混乱を王太女が解決したというかたちがとれれば、王家の信頼も髪の毛一本分くらいは残るんだろうに……」
アネルザは嘆いた。
「いえ、問題ありませんよ」
すると、突然にアンが言った。
にこにこと笑っている。
アネルザは首を傾げた。
「問題がないって? あのスクルズのようなこと言うねえ」
だが、ここにはいないあの脳天気な神官のことを思い出して、ちょっとアネルザは笑ってしまった。
スクルズがルードルフに処刑されたという連絡に接したときには、腰が抜けかけたが、それも猿芝居だとわかったときには、呆れるとともに安心した。
“問題ない”というのは、そのスクルズの口癖だ。
あいつは、どんなことでも、その言葉と笑顔ですべてを誤魔化してしまう。
「ええ、問題ありません。だって、ロウ様にお任せすればいいんですから」
アンはきっぱりと言った。
「ロウに?」
アネルザは言ったが、確かにロウならなんとかしてくれるような気はする。
根拠などないし、実際には一介の冒険者にすぎないロウが、王国と王家の危機を救ってくれるなど期待するのも間違っているが、それでもロウがいればなんとかしてくれる──。
確かに、そう考えるだけで、理由のない安心感が心を満たす気もしてきた。
そもそも、ロウこそは、アネルザが“これぞ、英雄”と見込んだ男なのだ。
しかし、ロウに連絡を取りたいが、そのロウがどこにいるのかわからない。
最後に確認しているのはイライジャたちからの情報であり、ロウとエルフ女王の一行が辺境候領に向かったということだ。
それで、アネルザも魔道具を使った通信で実家に連絡をしているが、アネルザの居場所がノールの離宮からこっちに移動したということもあり、いまのところ連絡はついていない。
「ええ、ロウ様にお願いすればいいのです。助けてくれと……。それで万事解決です。ロウ様なら、なんとかしてくれます。王家のことも、王国のことも……。なんでもです……。ねえ、ノヴァ、あなたもそう思うわよね?」
「はい、アン様。もちろんです。ロウ様なら助けてくれます」
ノヴァもにこにこと笑っている。
アネルザは噴き出した。
「まあ、あいつが頼もしいのは知っているよ。キシダインとの抗争だって、あいつがいなければ、あんなにうまく物事は収まらなかった……。わたしも早く連絡をとりたい。相談したい。すがりたい。だけど、なかなか捕まらなくてねえ……」
アネルザは苦笑した。
「ロウ様は、イザベラのところです。間違いありません。だって、イザベラは戦場に行ったんですから……。だから、ロウ様はイザベラを助けようとなさると思います。あのお方は、いつだって、わたしたちを助けようとしてくださりますもの。だから、南域です。南域に向かったイザベラに、わたしたちからロウ様への言葉を届けましょう。“助けてくれ”って」
アンは微笑みながら言った。
本当に自信満々の表情だ。
これほどの危機的状況だというのに、アンはロウが対処してくれるということをまったく疑ってもいないみたいだ。
信じきっている。
「ロウは、イザベラのところに行ってくれているのかねえ……?」
だが、アネルザも、なんとなくそう感じてきた。
ロウさえ戻れば、なにもかもうまくいくと……。
また、南域に向かったイザベラの動向も不明だ。アネルザも情報をとろうと思っているが、なぜか、急に情報が入らなくなった。
遮断されたというよりは、大きな混乱があったという感じである。
アネルザも心配をしているのだが……。
しかし、だったら、ロウが向かっていてくれていればいい。
きっとロウなら、なんとかしてくれるに違いない。
「ミランダも、ベルズも、サキ殿もことも心配さ……。だけど、王宮は王軍を握っていて迂闊に動けないし、情報もない。とにかく、情報を集めるよ。もちろん、ロウ殿には連絡しよう。すぐに連絡が取れないのは、アン殿の主張のとおりに、南域に向かったのかもしれない」
「そうだね、おマア……。そして、お前の忠告に従うよ、アン」
アネルザは大きく頷いた。