【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「雨?」
ドピィは不思議に思って空を見あげた。
空は晴天である。
それなのに、いきなり雨が降り始めてきたのだ。
しかし、あっという間に、驚くような豪雨に変わった。
空に目をこらす。
相変わらず、青い空が見える。
だが、次々にその空の一部に大きな水の塊が発生したかと思うと、それが宙で弾けて、水が散らばっている。
それがあまりにも大量であり、連続しているので、まるで豪雨のように感じているのだ。
ドピィは、魔道の匂いを感じた。
考えてみれば、地中に埋めまくらせた魔道防止の魔石具は、地面の高さで、その効果を及ぼしているが、高い空は範囲外だ。
もしかして、どこからか魔道を飛ばして、空に大量の水を送っているのか?
いや、そうなのだろう。
見ると、こっちの賊徒側はさすがに落ち着いているものの、屋敷を取り囲んでいる一万に近い農民暴徒たちは、浮き足だってきている。
ドピィは、舌打ちした。
もしかして、この大量の水は、ドピィたちの装備している銃を使えなくするためではないかと思ったのだ。
銃は火縄だ。
雨の中で使用できないことはないが、そのためには事前に火種と火皿の部分を油紙などで濡れないように覆う処置を事前にする必要がある。
今日は雨の心配はないので、ドピィはそれをさせていなかったのだ。
「ユーレック、全軍に出撃準備をかけろ──。いや、円陣に防御を組み直せ。騎馬隊は全員騎乗──。俺の馬も持ってこい──」
ドピィは叫んだ。
ユーレックが駆けだしていく。
いずれにしても、魔道遣いを擁する新手が現れたと決まった。
どこだ──?
しかし、豪雨のせいで視界が限られている。
わからない。
ガヤの南方軍主力に動きはなかったはずだ。手の者を城郭や司令部に入れており、連中の動きは筒抜けのはずなのだ。
また、下の街道からあがってくる小径の見張りからも特に報告はない。
だが、実際に異変が起きている。
考えられるのは、少人数で道以外の森をのぼってきて、里の外縁部に隠れていることだが、豪雨のような水降りが酷くて見当をつけることができない……。
いや、小川か──?
水といえば、小川だ──。
この里の真ん中には、山の川が中心を走っていて、それは里の下に向かって進んでいる。
その水を魔道で空に飛ばしているのだとすれば、そっちに隠れているのか……?
とにかく、水をあれだけばらまける魔道遣いが新手にいるとしても、里の中では魔道はほとんど制限される。その連中が見えたところで蹴散らせばいい。
ドピィは決心した。
だが、シャロンを振り返る。大量の水を浴びて、髪の毛もマントもぐしょぐしょだ。
どうするか……?
迷ったが、ここに待たせておくという選択肢は、ドピィには浮かばなかった。
二度と、誰にも奪わせない。
それは、ずべてに優先する。
ドピィは、内側が羽毛になっていて、彼女の肌をくすぐらせるマントをシャロンから引き剥がした。
「きゃああ」
マントの下は素っ裸だ。
シャロンが悲鳴をあげて、裸体を手で隠そうとする。
ドピィは、そのシャロンを掴まえて、股間から「啼き環」を外した。
「ひんっ」
啼き環というのは、女のクリトリスの根元を締めつける調教具だ。それを外す。
びしょ濡れのシャロンは腰が抜けたみたいになり、その場にしゃがみかけた。
そのシャロンの腕を掴んで支える。
「これを身につけろ──。すぐにだ」
具足の裏から魔道の収納袋を取り出して、シャロン用の衣類や具足を出す。魔道の袋は内部が亜空間になっていて、大きめの
かなり前にとんでもない代価と引き換えに手に入れたものであり、普段はその中に移動術の護符などをしまって隠しているが、シャロンを取り戻したときのことを考えて、シャロンに必要な荷もしまっていた。
彼女用の衣類や具足もある。下着もだ。
大きさも合わせてある。
それを出した。
「すぐに身につけろ──。馬には乗れるか?」
訊ねてから、このシャロンは結構、お転婆であり、まだふたりが婚約者だった頃には、ふたりでよく馬駆けをしたことがあるのを思いだした。
「の、乗れるわ」
シャロンは下着に手を伸ばして、その下着から身につけ始める。
すでにぐっしょりだが、それは仕方がない。
「だったら、俺の馬に一緒に騎乗だ。賊徒の頭領の妻なんだ。戦場に出ることもできるな?」
ドピィがそう言うと、シャロンが衣類を身につけながら、心から嬉しそうに破顔した。
すると、突如として雨がやんだ。
次いで、里の外縁部の一角から鉄の玉が五個、空に向かって飛び出した。
「なんだ、あれ?」
ドピィは思わず呟いた。
見ているあいだに、白い光が追いかけきて鉄の玉に当たり、轟音が鳴った。
音は凄まじい──。
鉄の球は、そのまま放物線を描いて、屋敷を取り巻いている農民たちの真ん中に落下した。
地面に鉄の球が当たるとともに、真下にいた農民たちを打ち倒され、またもや大きな音とともに、真っ白い光が地面に迸って拡がる。
その光に当たった者たちが一斉にひっくり返った。
「頭領、馬です──。しかし、あれはなんですか──」
ユーレックだ。
自分の馬とともに、ドピィの馬を引いている。
だが、さっきの鉄の球が落ちた方向を見て、顔を引きつらせている。
「ただのこけおどしだ──。馬を押さえろ」
音にびっくりした二頭の馬が前脚をあげかける。
ドピィは慌てて、自分の馬の手綱を奪って、馬を落ち着かせる。
そして、シャロンの方を見る。
具足下の衣類は身につけ終わっているが、具足の装着にてまどっていた。
「ユーレック──。シャロンの準備を手伝ってやれ。俺の妻だ」
「妻?」
ユーレックが驚いた声を出したが、それ以上なにも言わない。
シャロンに駆け寄る。
ドピィは、ユーレックの馬の手綱も受け取り、視線を屋敷の方向に戻す。
鉄の球が次々に落ちてきている。
落下のたびに暴徒の農民を倒して、さらに周りの者を大勢吹き飛ばしている。倒れた者は起きあがってこない。
なんだ、あれは──?
ドピィは唖然とした。
どんどんと鉄の球の落下が続く。
しばらくすると、屋敷を取り囲んでいた農民たちは、我先に逃亡しはじめた。
「いかん──」
ドピィは思わず声をあげた。
農民たちの大集団がこっちに向かって逃げてくるのだ。
いや、そうなるように、鉄の球の落ちる位置を制御しているのがわかった。
対処が遅れた──。
あっという間に、逃げてきた農民たちの集団たちに賊徒の陣が呑み込まれてしまった。
だが、あれを止めることなど無理だ。
農民たちは本能的な恐怖で追い立てられているのだ。
「シャロン、乗れ──」
ドピィは自分の馬に騎乗するとともに、馬をシャロンに寄せて手を伸ばす。
ユーレックが具足の紐を結んでいる途中だったが、もういい──。外れなければいいのだ。
ドピィの手を掴んだシャロンを自分の後ろに乗せる。
ユーレックも慌てて、自分の馬に乗っている。
「ただ俺に掴まれ──。矢弾が当たっても、それは運が尽きたと諦めろ──。だが、自分からは死ににいくな。自分の運を信じろ」
「大丈夫よ──。ルーベン……いえ、ドピィ、死んでもあなたを離さないわ──」
シャロンがドピィの身体にぎゅっとしがみつく。
ドピィは、馬を駆けさせた。
向かうのは騎馬隊の位置だ。暴徒たちが陣に雪崩れ込んでいるので、大混乱が起きている。
早く、騎馬隊だけでも、その混乱から離さなければ──。
そのあいだも、轟音とともに鉄の球が降り続け、農民たちをこっちに追い立てている。
すでに潰走状態だ。
賊徒軍の歩兵は、それに完全にまき込まれた。
「旗を出せ──。俺に続け──」
ドピィの作りあげた無敵の騎馬隊はすでにまとまっていた。
騎馬をくるりと転進させる。
騎馬隊が追いかけてくる。
深紅の旗がすぐ横についた。
この旗さえあれば、なにも指示しなくても、全部の騎馬がその後を追う──。
そういう風に調練している。
シャロンはぎゅうぎゅうとドピィにしがみついている。
悲鳴ひとつあげない。
だが、シャロンの必死さが密着させてくる身体から伝わってくる。
騎馬隊を離したところで、ドピィはふたつの旗が森から現れるのを視界にとめた。
その旗の意味など考えない。
女兵が森から飛び出して、旗の前に陣形を作るのがわかった。
そのまま、歩いて屋敷に向かっていく。
「おかしな芸を使ったのはあいつらか──。蹴散らすぞ──。少数だ。魔道を遣われる前に、渾身の速度で踏み倒せ──」
ドピィは後方の全員に向かって叫んだ。
同時に馬の腹を蹴る。
馬の鞍に装着させている槍をとる。
魔道が襲ってきたところで、この里に作った環境下では、すぐに魔道が散る。
人数は三十人ほどか──?
全員が女ばかりのおかしな一団だ。
だが、旗の後ろにひとりだけ男がいる。
あの男だ──。
理由はない。
ただの勘だ──。
しかし、あの男さえ殺せばいい──。
ドピィは本能でそれを悟った。
まっしぐらに、馬を疾走させる。
後ろから騎馬隊が追ってくるのがわかる。
シャロンもしっかりと、ドピィの胴体を掴んでいる。
だんだん距離が縮まる──。
連中の姿が大きくなる。
エルフ──?
女兵の特徴は、そんな感じだった。
なぜ、こんなところに大勢にエルフ族が? しかも、女兵──?
どうでもいい──。
蹴散らすだけだ──。
だが、あの男だけは始末する──。
そうしなければ、ならない──。
理由のない焦りが、なぜかドピィを包む。
エルフ族の女兵たちは、まとまることなく縦に拡がっている。
蹴散らすことは簡単だ。
馬避けのために槍を揃えることもない。
矢のひとつも来ない。
ただ怯えたようにうずくまっている。
ドピィは笑いそうになった。
こっちに騎馬が近づくと、エルフ族たちは左右に飛び散った。
駆け抜ける。
丸太のようなものがたくさんあったが、なにも考えなかった。
そのまま、跳び越えながら、走り抜ける。
男と旗の姿が大きくなる。
そこにも女がいて、剣や弓で男を守るように構えていた。その後ろにも二人の美女が……。
「突撃いいい──」
ドピィは雄叫びをあげた。
残り五十ペス──。もう数瞬で到達する──。
そのとき、正面の男がさっと手をあげた。
不意におかしなものを感じた。
地面──?
おかしい──。
視界が傾く。
身体が宙に浮かぶ。
次々に飛び越えてきた丸太だ──。
そこから十数本の長い刃物が飛び出してきて、馬の腹を突き刺していた。
馬が
咄嗟にシャロンの身体を掴む。
頭を守りながら、ふたりで地面に転がった。
「大丈夫か──?」
腕の中のシャロンはぐったりとしている。
だが息はある。
ちょっと頭を強く打っただけだと思う。
振り返る。
馬は駄目だ。
腹を抉られて血と内臓が飛び出していた。一本の脚からも血が出ている。
なにが起きたのかもわかった。
エルフ族の女兵たちがうずくまったのも、左右に逃げたのも、怯えて逃げたわけじゃなかったのだ。
おそらく、ドピィと同じように亜空間に仕掛け丸太を隠していたのを取り出し、騎馬隊の進路方向に並べた後で、左右に避けたのだ。
そして、あの男が手を上げたとき、魔道か、あるいは、縄を引っ張るかなにかで、丸太に沿って倒していた長い刃物を上に向かって出したに違いない。
そして、後続の騎馬隊も自らの勢いで刃物に突き刺さってしまって、あちこちで倒れている。
後ろ側も前が突然に倒れたりしたので、それに阻まれて倒れたり、止まったりしている。
そこに無数ともいえる矢が襲った。
ぎょっとした。
左右に散ったエルフ族だ。
信じられない速度で連続の矢を射ている。
停止した騎馬隊など、矢の餌食だ。
馬や騎馬に次々に当たり、馬から落とされていく。
まさに、矢の雨だ──。
それがまとまって襲い、当たり、次々に味方が馬から落とされていく。
「まとまれ──。丸太を回避せよ──。まとまりなおせ──」
ドピィは絶叫した。
まだ、馬を傷つけられた騎馬よりも、後方で止まっただけの騎馬が多いのだ。
まとまればいい。
しかし、これまで、ドピィを先頭に突撃することだけを繰り返して調練してきたので、咄嗟の判断には混乱しているみたいだ。
そのあいだにも、向こうの女兵の一部が、後続の騎馬の行く手を阻むように、その左右に丸太を出現させては、刃を飛び出させていく。
そして、さらに地面になにかが流れたと思った。
薄い膜? これも魔道?
ドピィは免れているが、粘着体か?
広くはないが狭くもない範囲に膜が地面に拡がり、止まった馬の脚に密着している。
動けないことで、どんどんと騎馬が射落とされる。
逃げようとする騎馬も、遠方から矢が貫き、確実に落とされる。
とにかく、外れる矢が一本もない。
確実に一矢で一騎が倒され、その矢が無数に飛んでくるのだ。
あっという間に、騎馬隊が壊滅状態になっていく。
また、男の後ろにいるふたりの女からの攻撃も凄まじい。
無数の光線が飛びだし、立ち止まった後ろ騎馬隊を倒していく。あっという間に騎馬隊は半分……。いや、見ているうちに、もう三分の一……。もう終わりだ。
ドピィは悟った。
「おいっ、お前が大将か──?」
離れた位置から声をかけられた。
はっとした。
少し距離があるが、あの男だ。
手に短銃を持っていて、それがこっちに向いている。
男の周りには女たちもいた。
轟音が鳴った。
「ルーベン──」
なにかに押し倒された。
シャロンだ──。
「あがっ」
男の発した弾丸がシャロンに当たり、シャロンの身体が一瞬突っ張り、そして、脱力する。
「シャ、シャロン──」
ドピィの身体はシャロンの下だ。
「頭領──」
そのとき、ユーレックが騎馬で飛び込んできた。
あいつらとドピィのあいだに馬を入れる。
そして、馬を飛び降りて、空馬になった馬の手綱を押しつけた。
「待てえ──」
白銀の長い髪の女騎士が襲ってきた。
ユーレックが飛び出る。
一刀のもとにユーレックは斬り倒された。
そのあいだに、ドピィはシャロンの身体を抱えて馬に乗っている。
馬の腹を蹴る。
逃げる──。
それしか考えなかった。
「退けえええ──。退けええええ──。全軍、退けええ──」
それだけを叫び、馬を駆けさせる。
前に横抱きに抱えているシャロンの上半身は血で真っ赤に染まっていて、動く気配はなかった。