【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
短いですが……。
*
「退けえええ──。退けええええ──。全軍、退けええ──」
馬を駆けさせながら、ドピィは力の限り叫んだ。
戦場を離脱する。
それしか、ドピィは考えなかった。
身体の前に横抱きにしているシャロンは、まるで生きていないかのように動かない。
しかし、生きている。
死んでいるわけがない。
ドピィは、馬を駆けさせながら、自分に言い聞かせた。
矢が後ろから飛んでくる。
集まってきて一緒に駆けている味方の味方が次々に、馬から射落とされる。だが、ドピィには当たらなかった。
里の出口の小径の入口に辿り着く。
追っ手は来ない。矢も魔道も来ない。
一度、振り返る。
あの男たちとエルフ族の女兵たちは、まだ留まっている騎兵に猛烈な速度で矢を放って射倒している。
こちらまで戻ってこれる騎馬の方が少ない。
次々に矢で倒されている。
だが、ドピィの命令で騎馬隊が逃げ始めると、深追いはしてこない。
すでに、農夫の突入で大混乱中の賊徒の歩兵陣に向かう態勢に移行していっている。
ドピィに冷静さが戻ってきた。
相手は、やはりわずか三十名ほど……。そのひとりひとりが大変な弓手なのはわかるが、一度に放てるのはたった三十本の矢のみだ。
もう一度、騎兵をまとめて、あの後ろから突っ込むか──?
二度は矢を放たれるとして六十を犠牲にすれば、エルフ族たちを踏み潰せる。
いま、わかったが、男の後ろにいる魔道遣いたちの放っている魔道は、非常に威力が弱いものだ。おそらく、里の中の魔素が極限に薄まっているので、強力な魔道は放てないに違いない。
魔道はただ混乱を起こさせているのみで、致命傷になっているのは、混乱してから射られている矢だ。
だんだんとドピィの周辺に騎馬が集まってきている。
もう一度、突入すれば……。
「う、うう……」
そのときだった。
腕の中のシャロンが弱い息を吐いた。
ドピィは我に返った。
「ワルム峡谷の砦に向かえ──。全員に伝えよ──」
ここで賊徒軍を捨てることに躊躇はない。
峡谷というのは、ここから一番近い隠し砦だ。十数年前に討伐された山賊が使っていた場所であり、ひそかに隠し砦として整備していた。
いまは、シャロンの治療と快復こそ、やるべきことだ。
収納袋から移動術の護符を取り出す。
護符とは、あらかじ魔道を込めた特別な羊皮紙のことであり、魔石の破片が埋め込まれていて、定められている暗証の言葉を告げれば発動する仕掛けになっている。
移動術の場合は、転移先にも事前に紋章を刻んでおかなければならないなどの誓約もあるが、ドピィはいつも逃亡先は準備している。
今回の場合は、ワルム砦だ。
ドピィはシャロンを抱きかかえたまま、周囲の部下を残して、砦に向かって跳躍した。
*
ほっとした。
想定していた策は十個ほどあったが、すべて、あの騎馬隊に的を絞っていた。
享ちゃんに集めてもらう情報を読む限り、あの騎馬隊は負け知らずの
だから、それを撃破することができれば、全体を挫くことができる。
それは、確信していた。
ほとんど勘のようなものだが、数の多い歩兵ではなく、賊徒団の名をあげていた騎馬隊に焦点を絞った策を整えるべきだと、一郎の直感が告げていた。
そして、それを考えた瞬間、自分の頭の中には、賊徒を出し抜く方法が幾つも浮かびあがっていた。
それはとても不思議な感覚であり、あの刃物が飛び出す丸太の罠のアイデアも、不意に浮かびあがった。
銃を持っていることは事前に知っていたので、里に登る経路のうち、小川沿いの方向を選んだのも、頭に浮かんだ直感に従ったことだ。空から水を浴びさせて、銃の火縄を使用困難にすることは、浮かんだ策のひとつである。
そして、なにもかもうまくいった。
おびき出すように賊徒の騎馬隊の突入を誘い、罠で騎馬隊を阻止することに成功した。
多分、先頭になって突っ込んできたのは、頭領なのだと思う。
もう少しだった。
あのまま、短銃で討ち取れると思ったが、一緒にいた女に庇われて逃げられてしまった。
また、少年従者をはじめとして、何人もの部下たちが身体を張って阻止もしてきた。余程にあの頭領が大事なのだろう。
あそこで、あの頭領を殺すか捕らえるかすれば、賊徒集団の活動は終わりだったかもしれないが残念だ。
しかし、人数が少なすぎて、こっちからの追撃は逆に命取りでもある。そもそも、今度はこの混乱のうちに、大人数の農夫と賊徒の歩兵を片付けるべきと、一郎の直感が告げている。
一郎は、自分の直感に従った。
「逃げる者は追うな──。一気に片をつけるぞ。歩兵だ──。そっちに向かえ」
一郎は叫ぶ。
賊徒の歩兵を囲む。
もっとも、囲むといっても、こっちは三十名足らず。包囲にもならない。遠巻きに囲んだ感じになるだけだ。
だが、農夫に突っ込まれた賊徒の歩兵の陣はまだ混乱状態にある。まとまっていない集団など、単なる烏合の衆だ。
ちりぢりになって逃げようとする。
だから、こっちもばらばらになって逃げようとする者については放置させた。
しかし、少しでもまとまろうとする集団については、まとまりの中で指示をしようとする者を狙い射るように命令を与えた。
エルフ族のたちの弓術は、正確無比だ。
この混乱状態の中で、確実にリーダーになろうとする者を射殺していく。それは、農夫であろうと、賊徒の正規軍であろうと同様だ。
それでも、集団はできる。
しかし、それは一郎の粘性術を飛ばして足止めをする。広大な範囲では無理だが、十数名程度の集団の範囲なら一郎の粘性体が展開可能なのだ。
そうやって、どんどんと減っていく。
また、スクルドとガドニエルの魔道も有効だった。
魔素というものが薄いので、致命傷となる魔道は打てないが、その代わり、騎馬隊には小さな火玉や電撃を飛ばして、馬を混乱させることが十分以上に効果的だったし、人数の多い農夫たちには、もう一度電撃の音だけを鳴り響かせることで、混乱を助長させることにも成功した。
「シャングリア──。エリカ──。ブルイネン──」
武器を捨てて逃げよと、声をかけるように命令した。
シャングリアとエリカは、敵の馬を奪っていたが、彼女たちが駆け回りながら、賊徒たちに逃げろと呼びかけていく。
「大将は逃亡したぞ。お前たちも逃げよ──」
「逃げなさい──。武器を捨てて──。武器を持っている者は皆殺しにするわよ。武器を捨てれば、後は追わない」
「武器を捨てよ──。直ちに武器を捨てよ──」
声をかけさせる。
とにかく、向こうが混乱しているうちはよいが、こっちはわずか三十名──。
投降させたところで、見張ることもできないし、逃げてくれるのが一番ありがたい。
農夫も、賊徒も、逃げ散っていく。
そのあいだも、指示をしようとする者を見つけては、矢で殺させているし、少人数でも集まれば、一郎が粘性体で足止めする。粘性体で捕らわれれば、一斉に矢を飛ばして皆殺しだ。
「先生──」
「ご主人様──」
すると、屋敷から王太女の旗を掲げた一団が現れた。
もっとも、十数人の集団だ。先頭はマーズとイットである。
彼女たちが賊徒たちに突っ込む。
全員の潰走になった。
潮が引くようにいなくなる彼らの背を視線で追いながら、一郎は安堵した。
だが、急に脱力感を覚えた。
「ご主人様──」
「わっ、ご主人様──」
後ろにいるスクルドとガドニエルに身体を支えられた。
どうやら、一郎は倒れかけたようだ。
「えっ、どうしたんですか?」
一郎の護衛としてずっと前についていたコゼも驚いて振り返る。
「だめだよ、ご主人様、無理したら──」
すると、目の前に小さな光が出現して、それが魔妖精のクグルスになる。
「無理?」
一郎は立ち直しながら問い返した。
なぜか、立ちくらみのような感じは続いている。
「こういう魔道の使いにくい状況のときには、ご主人様も術は使わない方がいいよ。魔道遣いたちが使う魔素ってやつがなくても、ぼくやご主人様は魔道を遣えるけど、そのときには淫気を大量使用するからねえ。まあいいや。これだけ、女がいっぱいいれば、補充も簡単だしね。とにかく、ご主人様、誰でもいいから、ひとり……。いや、三人か、五人は抱いちゃってよ。それで淫気を補充できるから」
クグルスが笑いながら言った。
「淫気切れ?」
一郎は呆気にとられたが、そういえば、いつか味わった淫気切れの症状に似ている。
確かに、昨日一日は誰ともセックスはしなかったし、夜通し進んできたので、親衛隊たちと亜空間でも愉しむこともなかったが……。
「い、淫気切れ……ですか──? ご主人様、どうかわたしを……。滅茶苦茶していいですから」
「わ、わたしもです──。ガドはいつでも大歓迎です。あの、縛られますし……」
スクルドとガドニエルだ。
「ちょっと待って、いま、ロウ様が淫気切れと聞こえたんだけど──。クグルス、説明しなさい──」
そして、たまたま近くにいたエリカが、馬から飛び降りて、血相を変えてやって来た。