【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
785 高位回復術師
ドピィの身体の中を激しい憎悪が渦巻いている。
怒りで全身が煮えかえり、血が沸騰しているかのようだった。ドピィを取り巻くすべてのものに苛立っている。
「お、お許しを……。少しだけ猶予を……。か、厠にだけ行かせてください……」
部屋の中にいるふたりの女魔道師のひとりが苦しそうな声で哀願する。
しかし、ドピィはその言葉に激しい怒りを覚えた。
腰掛けている椅子の横にあった布を女魔道師に投げつける。
「お前たちが厠に行っているあいだに、シャロンが死んだらどうする──。そこでしろ。さもなくば、シャロンを回復させよ。それまで休むことも、この部屋から出ることも許さん──」
ドピィは吐き捨てた。
女魔道師がしくしくと泣き出す。また、身体が小刻みに震えている。すでに二日も、この状態だし、そのあいだは厠どころか、この場から立つことも許してない。尿意も限界なのかもしれない。
だが、ドピィは無視した。
ワルム砦という賊徒の拠点である。
その中の一室だ。
もともとは、この侯爵領に巣くっていた山賊の拠点だったらしいが、いまは使う者もなく、ドピィが見つけて
あのゲーレの里の戦いの大敗後、ドピィはこの隠し拠点にすべての勢力を集結させるように命じていた。
カリュートに命じたガヤの城郭への侵攻軍についてもだ。
彼らはドピィからの急使が届いたことで、行き先を変更して、このワルム砦に集結をしている。
ドピィが大量に保持していた「移動術」の護符も、惜しむことなく放出したので、たった二日とは思えないほどの勢力がこのワルム峠に集まりつつある。
集まっているのは、単に賊徒の勢力のみではなく、この十年で準備した大量の銃弾や銃、さらに、これまでに戦いでは出さなかった火力兵器も集めさせていた。
あのロウが連れてきたのは、高位魔道を遣いまくるエルフ兵だ。
それに対抗するには、これまで隠していた火力兵器を注ぎ込むしかないと考えている。
部屋の中心には、寝台に横たわるシャロンがいる。その横に椅子に座って、ひたすらにシャロンに侍っているドピィがいて、寝台の反対側には床に座らせているふたりの女魔道師がいるという状況だ。
女魔道師の首には首輪がかけられていて、首輪に繋がる鎖が天井の金具に繋げてある。
ふたりとも隷属させているので、シャロンを傷つけることも、回復術を中断することも、無論、ここから逃亡することもできるはずもないが、万が一の処置だ。
ふたりには、シャロンが死ねば、その瞬間に殺すと告げている。
そして、目の前のシャロンは、まさに死に瀕していて、命を繋ぐには、このふたりが回復術という魔道をかけ続けるしかないのである。
だから、このふたりに対して、眠ることも許さずに、魔道をかけ続けることを命じているということだ。
ふたりの周りには、大量の体力回復のポーションが散乱しているが、すでにこの状況になって二昼夜経っているので、ふたりの眼の下には真っ黒なくまもできている。
とにかく、部下にもほかの回復術の魔道使いを探させているが、それを見つけるまでは、このふたりが衰弱死をしようとも、シャロンに魔道をかけ続けさせるしかない。
いずれにしても、ドピィは怒り狂っていた。
シャロンを瀕死に陥らせたあのロウを憎悪しているし、不甲斐ない戦いをした自分自身にも怒っている。
また、勝手にドピィを助けようとして、銃弾を自ら受けたシャロンに対しても、腹が煮えかえっている。
許さない──。
絶対に許さない──。
ドピィは、傍らの台からポーションを手に取ってがぶ飲みした。
眠りかけていた身体が力を取り戻すのがわかる。
「……ひ、ひとりが離れているあいだは、片方で魔道を増加して対処します……。だ、だから、せめて、厠に交代で行くことだけでもお認めください。さもないと……」
すると、もうひとりの女魔道師も哀願をしてきた。
ドピィは激怒した。
「やかましい──。食事も、水も、体力回復ポーションも、覚醒薬も浴びるほど運んできてやる──。だが、シャロンが目を覚まさないのに、お前らがここを離れることは許さん──。二度も、三度も、同じことを言わせるな──。小便も大便も、その場で垂れ流せ──」
ドピィは絶叫した。
すると、最初に尿意を訴えた女魔道師が泣くような小さな声をあげたと思った。そいつの座っていた床に水たまりが拡がっている。やっと、その場で尿をしたみたいだ。
さらにもうひとりもまた泣きだして、失禁をした。
ドピィは鼻を鳴らした。
「いくら泣いてもいいが、回復術はかけ続けろ。命令だ──」
ふたりには、しっかりとドピィを「主人」とする隷属処置をしている。こいつらに限らず、賊徒軍の魔道使いの全員に隷属処置をしていた。
ほかの兵士と異なり、魔道師というものは、大きな力を持つ。裏切らないためには、隷属させるしかないのだ。
とにかく、ドピィを庇って銃弾を受けたシャロンの応急処置は終わったが、いまだに目を覚まさない。
高位の回復術の遣い手がいれば、瀕死の重体に陥ったシャロンを回復させられるらしいが、口惜しいがここには低級の回復術を使える女魔道師がふたりいるだけだ。
治療術、または、回復術と称する魔道は、白魔道を呼ばれる高位魔道であり、その遣い手は非常に少ないらしい。
だから、低位とはいえ、賊徒団の中にふたりも回復術の遣い手を見つけることができたのは運がいいことなのかもしれない。
だが、こいつらがそろそろ限界なのもわかっている……。
どうしたら……。
ドピィは苛立ちをぶつけるように、手で思い切り椅子の手すりを叩いた。
すると、寝台の反対側の女魔道師たちがびくりと身体をこわばらせるのがわかった。
「頭領……」
そのとき、扉の向こうから声がかかった。
ゼンキという男であり、潜入工作や情報収集に長けた部下のひとりだ。このゼンキには、ガヤの城郭に移動をした王太女軍と、ガヤの住民の状況について調べさせていた。
さらに、シャロンを助けることができる回復術の遣い手も捜索させていた。
そのゼンキが戻ってきたのだ。
窓から外を確かめる。
いつの間にか陽が暮れて、夕方から夜の時間になっていたみたいだ。
ゼンキに命じていた定期報告の刻限だ。
「入れ」
ドピィは扉に向かって言った。
ゼンキが入ってきてドピィに前に跪く。そのとき、ちらりと女魔道師たちに目を向けたが、すぐに視線をドピィに向けた。
また、このゼンキにもまた、ドピィを主人とした隷属具を首につけさせている。
つまりは、ゼンキについても、ドピィの「奴隷」ということだ。
さもなければ、このシャロンがいる部屋に、ゼンキを出入りさせるわけがない。
「まずは、ガヤの状況について……。南王軍の司令官のリー=ハックが処断されました。その取り巻きについても……。南王軍の軍権は、完全に王太女が乗っ取ったかたちになりました。すでに指揮の譲渡は完了していて落ち着いております。いずれ、行動を開始するでしょう。王太女は、南王軍に対して、すぐに出動できる準備を整えるように命じております」
「大人しい王女だと思ったが、司令官を簡単に処刑するとは意外だったな。それとも、あのロウかな。ところで、エルフの女王が一緒にいるというのは本当か?」
「確かなようです。ロウと一緒に合流したみたいです。信じられませんが、事実のようです」
「そうか……」
ドピィは舌打ちした。
あの司令官がそのまま軍権を握っていてくれていれば、賊徒側としては非常に都合がよかったが、残念ながらあの王太女は、ついに南王軍の指揮権を握ったみたいだ。
だとすれば、王太女が掌握した南王軍をこのワルム砦に向かわせることは必至だろう。
そこにエルフの女王ほどの魔道遣いが加わっているとすれば、これ以上に厄介なことはない。
しかし、エルフの女王か……。
大陸一の白魔道の遣い手か……。
そのエルフ女王……。さらえないだろうか……。
もしも、さらってくることができれば、シャロンの命を回復させることは可能なのだ。
だが、ドピィはすぐに、自分の考えを打ち消した。
仮にさらうことに成功したとしても、エルフ女王ほどの高位魔道遣いを支配するほどの隷属具が存在しない。
さらったとしても、シャロンを助けるように命令できない。
「王都に向かわせた者からの情報は? スクルズ殿が生きていると噂はどうだった?」
瀕死の者を回復させるほどの白魔道の遣い手として有名なのは、第三神殿の神殿長だったスクルズだ。
しかし、この国の国王が閨に侍ることに応じなかったスクルズに腹を立てて処刑してしまったというのは、ドピィでさえも、その話は耳にしていた。
だが、一方で、そのスクルスが生きていて、あちこちで奇跡を起こしているという噂もあるのだ。
ドピィは万が一の可能性にかけて、移動術の護符を渡して、ゼンキの部下を王都に向かわせてもいるのだ。
いずれにしてと、治療術を遣える魔道遣いはいくらもいるが、いまのシャロンを救える高位術者となれば、見つけるのは簡単ではない。
ドピィですら、国内で思いつくのは、かつての神殿長のスクルズだ。あるいはローム地方にある大神殿にいる聖女こと、マリアーヌだ。
だが、エルフ女王同様に、大神殿の聖女に手が届くとも思えない。
「スクルズ様の処刑は確かな事実でした。生きている可能性もほぼありません。残念ながら……」
「……わかった」
ドピィはがっかりした。
それほどに期待していたわけではないが、シャロンを回復させる算段がひとつひとつ消されていくことは口惜しい。
「では、下級でもいい。回復術を扱える魔道遣いを見つけたか?」
目の前のふたりの交代要員を見つけることは、目下の重要事項だ。
このふたりには、疲労死するまで回復術をかけさせ続けるつもりだが、その後を継がせる者を可能な限り早急に連れてくる必要がある。
「そっちについては、三人ほど手配がつきそうです。魔道封じをして、拷問をして隷属具の処置をしています。奴隷化が完了した者からこっちに連れてきます」
「おう、ありがたい──」
ドピィは思わず声をあげた。
これで少しはシャロンの命を繋ぐことができる。
また、シャロンに近づける者には、すべて隷属魔道をかけることを決めている。
もはや、ドピィは誰のことも信用するつもりはない。
死にかけているシャロンに近づけるのは、ドピィのほかには、ドピィが隷属処置した者に限ると決めており、集めさせる回復術士についても、隷属処置することを指示していた。
奴隷化には、口だけでなく、心からの屈服が必要であって、一般には大なり小なり拷問が必要だ。
ゼンキは部下にそれをさせているのだろう。
「ところで、もしかしたら、高位魔術遣い……高位の白魔道を扱える者をさらえるかもしれません。現段階では、不確かな情報ですが、ガヤの南方軍には、エルフ女王のほかに、ふたりの高位魔道遣いが存在するのを確認しています。そのうちのひとりは童女ですが、こっちは確実に高位の白魔道を扱えます」
「た、確かか?」
ドピィは思わず膝を打った。
もしも、その魔道遣いをさらえれば、シャロンを助けられる。
さらってしまえば、隷属するのも難しくない。童女というならなおさらだ。徹底的に追い詰めて、隷属の誓いをさせてしまえばいいのだ。
対して時間もかからないだろう。
「この情報は確かです。ガヤの城郭には、まだまだ、俺たちに同調する者が大勢います。軍営の中の軍属にもです。かなりの危険な策になりますが……」
「問題ない。やれ──」
ドピィははっきりと言った。
【作者より】
しばらく間隔が開きました。
活動報告にも書きましたが、3月の初旬に、突然に倒れてしまい、手術をして2週間ほど入院しておりました。
もともと、この春に転職を予定しておりましたが、入院を機に時期を早め、これまでの会社を退職して、退院後に新たな職につくことにしました。
生活環境が変わることもあり、どのくらいの間隔で投降を続けられるかわかりませんが、現段階では、一話ごとの文字数を3千字ほどにして(これまでは、少なくて5千字、7千字を目途に執筆しておりました。)、できるだけ頻度を確保できればいいかなと思っております。
いずれにしても、倒れたときに、すぐに治療できたこともあり、後遺症もなく回復することができました。
引き続き、本作品をよろしくお願いします。