【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
一郎のみるところ、最初の賊徒の射撃だけで百名は吹き飛んだと思った。
さらに轟音が響き、南王軍の最前列あたりでは。身の毛のよだつほどのの惨劇が繰り返される。
賊徒軍が横から撃ち出す砲撃の着弾とともに血と肉が飛び散り、あちらこちらで人間の肉片と大量の出血が量産されていく。
「な、なんですか、あれ──」
「うわ……」
エリカとブルイネンも横で唖然としている。
一郎たちがいるのは、賊徒軍の守っていた砦の外壁の上だ。木材と石積みを組み合わせた壁面であり、防壁の上面はこうやって人間が立てるようになっていた。
南王軍の早朝からの一斉攻撃で脆くも崩れ、あっという間に南王軍が占拠するかたちになり、一郎たちはそれに応じて、ここまで待機位置を推進してきたのだ。
しかし、一郎は、あまりもの賊徒軍の弱さに、嫌な予感がした。
直感といっていい。
弱すぎると……。
また、同時に、あのドピィという賊徒軍の首領がクロイツ侯爵軍の主力を打ち破った際、わざと本拠地を明け渡して罠をかけ、拠点に入り込んだ侯爵軍を閉じ込めて全滅をさせたということを思い出してもした。
享ちゃんを通じて、集められる限りの賊徒軍の戦いに関する情報は、頭に叩き込んでいる。
わざと負けた振りをして、敵の主力を罠に導くのは、ドピィという首領の常套手段だ。
だから、シャングリアを使って、慎重になるようにジグに伝言をした。
結果として、ジグは一郎の言葉を完全に無視して、全軍を城壁の内側に突入させて、一気に片をつけようとしたようだが……。
その結果としての惨劇が眼下にある。
土塁に隠れていた賊徒軍の兵を追い立てるように斜面を進んでいた南王軍に待ち受けていたのは、いわゆる「炸裂弾」の一斉砲撃だった。
一郎がいた元の世界であれば、当たり前の火砲であるはずだが、人の頭ほどの砲弾を人間がふたり掛かりで抱えるほどの大筒で打ち込み、着弾とともに弾を炸裂させる工夫をしているみたいだ。
この世界における大砲というのは、鉄の弾を敵に撃ち込むという攻城砲のようなものだと教えられていたので、爆発をするというのは、頭領のドピィたちの工夫なのだろう。
しかも、炸裂するだけでなく、小さな金属片を四方八方に撒き散らすようになっているようだ。
これにより、一発一発で大量の死傷者が続出している。
それを南王軍に追い立てられている味方の賊徒兵ごと喰らわすというのは、ちょっと考えられない戦法だが……。
「エリカ、鐘を打たせろ。退却だ──。全軍をこの城壁まで後退させるんだ──」
「わかりました」
エリカが動き出す。
すぐに、目の前の戦場に、退却の合図である鐘が鳴り響く、
そのあいだも、次々に鉄屑を撒き散らす賊徒軍の炸裂弾が大量の死傷者を作り続けている。
全軍が潰走となっている。
「ブルイネン──。ここから、側面の大筒に向かって、ありったけの矢を射かける。エルフ族の弓術を見せてみろ──」
とにかく、あの火砲を静かにさせることだ。
それで南王軍はここまで後退できる。
「わかりました。親衛隊──」
ブルイネンがエルフ兵に命令をとばす。
わずか二十人ほどだが、正確無比の矢が顔を出している敵の大砲隊に射られだす。
かなりの距離であるものの、ひとりひとりと頭を射られて倒れていくのが見える。彼らが慌てて矢楯を取り出しているが、エルフ達は神がかりな弓術でその隙間からも射貫いている。
それで束の間、砲撃がなくなる。
やっと前に出ていた味方が確保しているこの城壁に向かって駆け入ってきた。
次々に集まってくる。
「ロウ様──」
そのとき、エリカが斜面の先を指さした。
遠目だが、数名の男がこちらに姿を見せている。今度は矢の届く距離ではない。
一郎にはその中のひとりの男の存在が妙に心に気になった。
意識をそいつに集中する……。
“ドピィ(ルーベン)
人間族、男
道化師軍頭領
年齢28歳”
すると、いきなり、そいつのステータスが頭に入ってきた。
あれがドピィか──。
賊徒の頭領だ──。
「ロウ、あれが頭領なのだな──。だったら、いまから騎馬隊に突撃させる。すぐに、首を跳ねてみせる──」
いつの間にか、近くまで来ていたシャングリアだ。
確かに、いまこそ好機と思った。
味方は壊走しているが、あの山頂までの土塁にいた賊徒兵は、あの頭領が味方ごと砲撃を喰らわせたことで、向こうも守備が崩壊している状況だ。
そして、現在はあの大砲隊に矢を激しく射たてていることで、一時的に炸裂弾の脅威がなくなっている。
まさに好機だ──。
しかし──。
なにか、落ち着かない──。
理由のわからない胸騒ぎが……。
「ロウ、コゼたちとミウが、あの頭領のいる建物の中にいるのであろう。あれの首を刎ねれば終わる。一刻を争う状況かもしれん──」
シャングリアが叫んだ。
そのとおりだ。
コゼとイットが潜入に失敗したとは考えられない。だが、成功したという確証もない。
もしかしたら、捕らわれて拷問を受けている可能性もある──。
「ロウ──」
シャングリアがもう一度叫んだ。
「わかった──。行け。あいつだ──。あの五人いる中の真ん中の男だ。ほかの男はいらん。あいつの首だけを狙え」
「承知した──」
シャングリアが城壁を駆けおりていく。
下に騎馬隊を待機させているのだろう。
一方で、炸裂弾を浴びた南王軍の主力は、いまだ城壁に向かって後退を続けている。
そこに城壁側から騎馬隊が飛び出した。
シャングリアの率いる隊だ。
駆け始める。
凄まじい勢いだ。
みるみると山頂までの距離が詰まっていく。
遮るものなどない。
あっという間に斜面の三分の二を昇りきった。
だが、おかしい……。
あそこにいる頭領のドピィが動かない……。
たじろぐ雰囲気もなく、守りのようなものを固める気配すらない。
そして、そのドピィが大きく片手をあげるのがわかった。
突然に胸を締めつけられるような切迫感が襲いかかる。
地面──?
一郎はやっと害意のようなものの正体がわかった。
土だ──。
なにかを仕掛けられている──。
間違いない──。
「いかん──。エリカ、ガド──。なんでもいい──。シャングリアたちの突撃を中止させてくれ──」
一郎が声をあげた。
「えっ?」
「は、はい──。で、でもどうやって──」
エリカとガドニエルがたじろぐ声を出す。
次の瞬間、山頂に駆けのぼっていたシャングリアの身体が宙に舞った。
馬がひっくり返ったのだ。
凝視すると、地面から槍のようなものが無数につきだして、馬の脚を貫いている。
なんのことはない──。
先回、一郎が使った罠だ。
それを逆に仕掛けられたのだ。
「ああ、シャングリア──」
「シャングリア様──」
斜面に放り出されたシャングリアに向かって、ドピィの後ろから現れた敵が大量の矢を降り注いでいる。
ほかの騎馬もすべて、賊徒軍の罠に掛かって騎馬を倒していた。
「シャングリア──」
一郎も叫んだ。
そのとき、一郎は視界の真下側の地面に、太いロープが出現しているのを発見した。
さっきまでなかったはずだ。
しかし、三本ほどの太いロープが伸びて、三箇所の土盛りに繋がっていた。
“敵兵──。十名──”
それぞれに、魔眼で隠れている敵兵を確認した。
なぜ、あんなところに敵兵が……?
そもそも、あのロープには、なんの意味が……?
考える余裕はもうなかった。
次の瞬間、それぞれの土盛りから賊徒たちが後ろに飛び出し、三本のロープが思い切り引かれた。
ロープの先端には、まさに一郎が立っている防壁の石積みのひとつが繋がっていていた。
そして、次の瞬間、激しい音をたてて、この城壁そのものがと崩壊しはじめた。
「うわっ」
「きゃああ」
「ひいいっ」
身体が浮きあがる感覚とともに、一郎たちは崩れる防壁の石積みに身体を埋もれさせてしまった。