【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
803 凱旋将軍の帰還【タリオ公国】
「よく戻った。見事な遠征だった」
アーサーは、帰還の挨拶にやってきたランスロットを私邸の入口で出迎えた。数箇月ぶりに見るランスロットは、少しばかり頬がこけた気もするが、その分、凄み粗雑さが増した感じでもあると思った。
「残念ながら、ついに皇帝は捕らえられませんでした。それについては申し訳ありません」
「言うではないか。権力を失った元皇帝を名乗る老人など、どうなってもいい。そのうち、のたれ死ぬだろう。問題ない……。ところで、いまはふたりきりだ。口調を崩せよ」
一応は、大公と部下という関係なので、平素はランスロットも、アーサーには丁寧な言葉遣いをするが、もともとは幼なじみと言ってよい間柄だ。
ふたりきりのときには、言葉を崩すというのが決まりことなのだ。
「なるほど。では、いま戻ったぞ、アーサー。カロリックを奪ってきてやった。泣いて喜べ」
ランスロットが白い歯を見せた。
「言うではないか」
アーサーも声をあげて笑った。
ランスロットに命じていたカロリック併合戦であるが、もともとは、冥王復活の企みをした皇帝を匿ったとして、カロリックの罪を鳴らし、皇帝捕縛を口実に、カロリック公国内に軍を進めて併合したというのが内実である。
当初は、意図的に皇帝を脱走させ、カロリック方向に追い込むことで、その状況を作りあげたのだが、捕縛してしまえばカロリックに侵攻する理由がなくなってしまうこともあり、あえて、逃げおおせるのを許したところもある。
結局のところ、本当に逃亡されたみたいではあるが、まあ、どうでもいい。
アーサーの目的だったカロリック併合はついに成し遂げられたのだ。
「まあ、入れ。奥にとっておきのワインを準備してある。ただ、一応言っておくが、面倒だろうが、凱旋将軍として、これから報告会や歓迎の宴などからは逃げられん。一連の式典も目白押しだ。だが、今日については、俺とお前だけだ。無礼講だ」
「では、俺も一応、言っておくよ。報告会も歓迎式典も宴も面倒だ。褒賞が頂けるなら、それを免除してもらいたいものだ」
「じゃあ、一応、返事もしておく。却下だ。その一連の面倒には、俺も参加するのだ。当事者のお前が逃げられるわけないだろう」
アーサーは再び声をあげて笑った。
ランスロットは今日は従者もつれずに、ひとりでアーサーの私邸を訪問してきたし、アーサーもあえて屋敷の家人を遠ざけて、ふたりの近くに人はいない。
子供時代からの気心知れた間柄なので、こうやってふたりだけに近くなると、草と土にまみれて遊んだ時代を思い出す。
「それにしても、ちょっと雑に垢抜けたか? やはり、カロリック遠征は苛酷だったのだろうな。とにかく、話を聞かせてくれ。酒も食事も準備してある」
アーサーはランスロットを私邸の奥に案内しながら言った。
実のところ、ランスロットと離れていたのは、わずか数箇月ほどでしかない。だが、子供時代から片時も離れたこともないほどに、ずっと一緒だったので、数箇月だけでも、アーサーは随分と久しく会わなかった気がする。
そんな感情がアーサーをして、ランスロットの印象が変わった気持ちにさせるのかもしれないが、やはり、目の前のランソロットは、以前と比べてちょっと変化した気がする。
まずは、服装や髪が粗雑だ。
以前は、戦場にいたときでも、いつも整髪をして、きちんと皺の伸ばされた衣服を身につけていた。
しかし、いまは髪が完全には整髪をされずに少しばかり乱れているし、服の着こなしも襟が緩められて整った印象はない。
言葉は適切ではないが、随分と男らしくなった──。
そんな雰囲気だ。
アーサーの右腕として、旧体制派との数々の戦いでは、勇猛にして果敢な戦いぶりを世に示してきたランスロットだったが、戦場から離れた彼は、柔和で優しいというのが評判だ。
しかし、カロリック遠征の総司令官の任務から戻ったランスロットからは、一見にして人が変わったという印象を受けていた。
「垢抜け……か? 自分ではわからないが……。気をつけるよ」
「いや、非難しているわけじゃない。風格が身についてきたと言っているんだ……」
アーサーは、廊下を歩きながらランスロットの肩を軽く叩いた。
準備していた部屋に着く。
ふたりきりでゆっくりと話をしたいと思って、自分たちで皿に盛れる料理と酒があらかじめテーブルに準備されている。
それを差し向かいで酒を交わしながら、自分でとって口にするということだ。
ランスロットが訪問してくれたときにはいつもこの形式だし、今回もカロリックから帰還をして、その足でアーサーに挨拶をしにきてくれた旧友に、アーサーも昔と変わらぬもてなしで出迎えることで、変わらぬ友情を示したつもりだ。
「いただく」
ランスロットのグラスにワインが満たされ、アーサーのグラスにもワインが入る。
お互いに目の高さにグラスをあげ、「乾杯」と言葉とともにひと口ずつ喉に入れた。
しばらく、他愛のない話をする。
やがて、アーサーはグラスを横に置いて、改めてランスロットに視線を向けた。
「カロリックの併合の宣言については半年後を考えている。当初の計画では一年程度をかけて、完全にカロリック内の反逆の芽を潰すつもりだったが、思いのほか、お前が徹底的にやってくれたおかげで、もはや、カロリック内は静かになった。本当によくやってくれた」
アーサーは言った。
軍略にかけては不安のなかったランスロットの手腕だが、占領地の軍政や反逆勢力の取り締まりという仕事については、善人すぎるきらいのあったランスロットには荷が重いだろうと思っていた。
だから、軍行動が落ち着いたところで、謀略に長けるトリスタンとでもカロリック正面を交替させて、早めにランスロットの任務は解くつもりだった。
ところが、ランスロットは予想外に、果断な軍行動と統治能力を発揮し、タリオの軍行動に反対する可能性のある勢力を徹底的に潰し、あっという間に併合を完成させてしまった。
それに至るまでには、本当にあのランスロットがそんなことをしたのかと疑念に想うような残忍で冷酷な手段もとったようだが、結果から考えれば、カロリック内でいつまでも戦乱の基盤が残り続けるよりはいいだろう。
アーサーは満足している。
「さっきの皇帝はともかく、ロクサーヌ大公を捕らえられなかったことについては申し訳なかった。あの少女が生き残っていては、カロリックの残党の旗頭にされる可能性がある」
ランスロットも手に持っていたグラスを置いて、頭をさげた。
アーサーは、不要だという仕草をして、その頭をあげさせる。
「まあ、それもいい。捕らえて処刑をしたとしても、死んで悲劇の大公として、旧カロリック勢力の集結の材料になった可能性もある。いまは、あの娘の悪評を拡げる喧伝工作をさせている。すでに、悪女という評判が浸透しつつあるという報告も受けている」
カロリックは以前から大公家の力が弱く、大貴族同士が勢力を競い合ってたびたび起こる騒乱が公国としての力を弱め続けていた。そこに獣人族の問題があり、それをうまく治められない大公家は、ついに有能な大公の器の人材を失ってしまうに至ったのだ。
そういう状況で新たな大公として選ばれたのがロクサーヌという少女大公だ。
だが、選ばれた理由が、どの勢力にも属していない平凡な能力の娘だというのだから笑ってしまう。
まあ、外見が美しい少女のようだったので、民衆からの人気はそれなりにあったようだが……。
とにかく、そのロクサーヌ少女大公を捕らえ損なったということで、アーサーは彼女の評判を落として、民衆からの不人気を誘う工作を進めさせている。
いまのところ、それは順調のようではある。
「だけど、評判をさげてしまってよかったのか? 別のやり方もあったのでは? まあ、俺の不手際もあり、捕らえられなかったということで、その選択肢もなくなったけどな」
「別のやり方?」
アーサーは首を捻った。
すると、ランスロットがにやりと微笑んだ。真面目なランスロットには似つかわしくない不敵な笑みだったので、アーサ-はちょっと驚いた。
「アーサー閣下がロクサーヌと婚姻するというやり方だよ。調べた限りでは、本当に可愛らしい外見だったようだし、男の影もない生娘だと思う。アーサー閣下の第三でも、第四夫人でもいいが、婚姻をすれば、奪うことなくあのカロリックがアーサー閣下のものになる。小娘ひとり程度、アーサー閣下からすれば、いくらでも調教できるだろうし、そっちの方が利用価値も大きかったのでは?」
ランスロットがくすくすと笑った。
本当にびっくりした。
ランスロットが女を調教してしまえばいいなどとは、本当にランスロットは変わったようだ。
「あの国がもっと健在であれば、それもひとつの手だったな。しかし、すでに事実上併合した。もはや、亡国の王女になど価値はない。いずれにしても、なんの力もなく、利用しやすいというだけで大公にされただけの娘だ。皇帝同様にのたれ死んでしまえば、それでいい」
アーサーの言葉に、ランスロットが小さく頷く。
「ところで、カロリックの反対勢力の取り締まりについては、獣人どもを上手く使ったみたいだな」
アーサーは横に置いていたワインを手に取った。
カロリックの公都をあっという間に支配下に置き、カロリック全土をかたちの上ではタリオ遠征軍の支配下にしたランスロットだったが、それで抵抗がなくなったわけではない。
むしろ、それからが大変なはずだった。
だが、このランスロットは、カロリック大公家の支配の中でずっと虐げられていた獣人族たちに武器を与え、獣人族を惨く扱っていた支配層の取り締まりを徹底的にやらせたのだ。獣人たちは実に果断にカロリックの支配層の人間族と取り締まったらしい。
ランスロットがあまり手間をかけずに、しかも、短時間でカロリック支配を完全にしたのは、獣人族たちの長年の恨みつらみを上手に利用したというところにもある。
実に、合理的な方法を使うものだと感心した。
「まあ、思ったよりも彼らは活躍してくれた。カロリックを併合したタリオや俺に向かうはずの憎悪や遺恨を獣人族たちは、実によく自分らに集中してくれた」
ランスロットは言った。
やはり、これまでにない酷薄さの混ざった微笑み方をしている。
まったくらしくないが、つまりは、経験がランスロットを成長させたということになるのだろう。
「だが、今度は、カロリックの貴族どもの残党が静かになれば、仮の権限を与えた獣人族が邪魔になってくるなあ」
アーサーは言った。
獣人族たちの高い戦闘力は利用価値は、確かに抜群にある。
アーサーもそれは承知しているが、心情的にそもそも獣人という存在がアーサーは好きになれない。
まあ、そんなことは口にはしたことはないが……。
「ここに戻る直前だったので、報告書にはあげてないが、それについても当面の問題はなくなったと告げておくよ」
すると、ランスロットがまたもや意味ありげに微笑んだ。
「なんだ?」
「戻る直前に、獣人族の代表になる得るような者たち百人ほど、皆殺しにした。まあ、いくら彼らのひとりひとりに力があっても、集まるにはリーダーが必要だ。そのうえで、別の獣人族の集団に、力を集めつつあった獣人族の種族を弾圧するように指示した。そうやって、しばらく潰し合わせればいい……。まあ、改めて報告書は提出する」
本当に驚いた。
「利用してきた獣人族の一派を遣い潰して処理したということか? だが名目は?」
「名目? 使っていた獣人族のリーダーを皆殺しにした理由か? まあ、叛乱だ。特に証拠もないが」
アーサーは唖然とした。
つまりは、散々に利用しておいて、使いにくくなったら入れ替えるために、無実の罪を鳴らして、処断してしまったということか。
全くらしくない……。
本当にランスロットか?
まあいいか……。
アーサーはぐびりとワインを口にしてから、また、口を開いた。
「……ところで、話題は変わるが、ハロンドールのことだ。カロリック併合も大きなところは終わり、少しは軍に余裕も出てきた。いま、あの王国はがたがただ。この機に、あの王国に侵攻するということについて、お前の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
アーサーは言った。
「ハロンドール侵攻?」
ランスロットは怪訝そうな表情になった。
あのハロンドールには大量の間者を送り込んで、色々な工作をしてきたが、すべてカロリック侵攻のあいだに、あの王国に関与させないための策だと説明していた。夢物語ではない現実の行動として、アーサーの中だけで考えていた王国侵攻をランスロットと語るのは初めてだ。
ランスロットはちょっと困惑の表情だ。
「時期尚早だという顔をしているな」
「まあな。ハロンドールは腐ってはいても大国だぞ、アーサー。まずは三公国を統合して力をつける。あの王国との
「三公国はひとつになる。まだ、正式回答ではないが、デセオのイザヤ大公からは、すでにタリオに従うという答えをもらっている。デセオ公国は、ロームの支配者に従うそうだ」
「そうなのか?」
「ただし、一度一対一で話をしたいという申し出はあるがな。いずれにせよ、半年後にカロリックを正式併合するときには、俺はタリオ大公としてではなく、ローム王国として併合するつもりだ。そのときには、デセオは無条件に、新ローム王国に参加するそうだ」
「ローム王国か」
ランスロットは驚いている。
「事実上、すでにロームはひとつにまとまる。だとすれば、次の標的があの老いた国であることは明白だ。いまや、あの王国では西で辺境候の叛乱があり、南で賊徒の大乱だ。王都は王都で国王の狂乱により、国王の統治能力は失われている。まさに、機が熟したという状況だ」
アーサーはハロンドールの状況について説明した。
膨大な間者や工作員を扱うタリオは、ハロンドール王国内の貴族たちの動向をかなり把握している。
謀略正面については、ランスロットはほとんどに無関与なので、アーサーの詳しい説明に対し、幾度も頷く仕草をする。
「人にも歴史にも、“とき”というものがある。いま、時代が動きつつあるのだ。俺は、その動きを見て、全身全霊で、いまこそ“とき”だと確信してる」
「ときか……。だが、大義名分がないぞ。“とき”がいまだというだけでは、ハロンドール侵攻などという大ばくちには承認しにくいな。俺はともかく、民衆も兵も納得するような理由が欲しいところだなあ」
ランスロットは肩を竦めた。
どちらかというと、現時点でのハロンドール侵攻には積極的ではない感じだ。ローム三公国はおろか、ハロンドールはもちろん、エルニアまでも統一し、この大陸の唯一王になるというアーサーの野心を知っているはずなので、ランスロットが及び腰なのは、アーサーには意外だった。
「大義名分ならあるさ」
アーサーは言った。
「どんな?」
「俺は愛する公妃であるエルザをハロンドール王国にさらわれて戻された。そのエルザは王国内で強要され、受けたくはない離縁を強要されているのだ。俺は、妻を取り戻すためにハロンドールに侵攻をする。あのルードルフ王の兇王政治には多くの王国の民が苦しんでいる。それも救う。そんな感じで大義名分を鳴らす。うまく喧伝すれば、いい感じになるだろう」
「エルザ殿をさらわれた? だけど、あれは、アーサーが自ら……。あっ、もしかしたら、実際のところ、それが狙いでエルザ殿を一度王国に戻したのか?」
「考えていたことは色々ある。イザベラを口説いてこいと命じたのは事実だけど、失敗したとしても、いくらも使い道があった。実際にエルザは、俺の公妃のままハロンドール国内に入って戻ってこないのだから、ハロンドール王の陰謀で誘拐されたのだとしても、不自然な話ではないさ」
アーサーはにやりと微笑んだ。