【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
804 凱旋将軍の要求
「いや、それでも、無理だな」
ランスロットはしばらく考えるような表情をしたが、やがて、あっさりとした口調で言った。
「無理だと?」
それはアーサーの望む答えではなかったので、アーサーは少しばかりむっとした。だが、それで怒りに我を忘れることだけはない。
そもそも、アーサーとはまったく違う性質であるものの、このランスロットの軍事的才能については、アーサーも十分に評価している。
いや、アーサーとは違うからこそ、ランスロットを重用しているといってよい。単に昔馴染みというだけで腹心にしているわけじゃないのだ。
軍事的な意見については、もっとも信頼している部下である。
「聞こう」
アーサーはそれだけを言った。
「まだ、“とき”じゃない。それが答えだな」
すると、ランスロットがワインを口にしながら言った。
今度こそ、ちょっとばかり驚いた。
ハロンドールに侵攻するのは、まさにいまが“とき”だと告げたアーサーに対し、まるで皮肉のようなランスロットの物言いだ。
従来のランスロットにしては、珍しく粗雑な反応である。
思わず、顔が険しくなりそうになるのをアーサーは必死に平静を装う。
「あの王国の王都は狂乱状態だ。それでも、時勢ではないというのか? それに加えて、辺境侯の叛旗と賊徒の乱だ。貴族もばらばら。民衆も王を見放している。まさに絶好の機会だ」
「軍事的な視点で語れば、まず、ローム側からハロンドールに侵攻する回廊は限られている。そのほとんどはナタル森林を経由するルートになる。隊商や少人数の傭兵団程度の自由通行は認められているが、ハロンドールに侵攻するともなると、大軍の侵攻ルートの確保が必要だ。だが、あの国はタリオがハロンドールに侵攻したりすれば、すぐに森林を封鎖してしまうだろう。後方を遮断された俺たちは、国境沿いの一戦をしているあいだに退路を失い、それで戦いは終わる」
ランスロットが肩を竦めた。
「エルフ族はこれまで、一度も他国の争いに介入したことなどない。今回も中立を保つはずだ」
「そんなことは自分でも思ってないだろう、アーサー? あのロウの英雄式典を見たはずだ。ガドニエル女王は必ず中立を保たない。絶対だ。それとも、俺の知らない女王工作を?」
ランスロットの言葉に、アーサーはますます苦虫を潰したような気持ちになった。
あのロウ=ボルグが英雄認定をされた光景は、女王家の魔道映像によって大陸中に流れており、もちろん、アーサーも見ている。
その映像の中で、ガドニエル女王はよりにもよって、英雄認定をしたロウと堂々を口づけをして見せたのだ。
誰が見ても、ガドニエルとロウが恋人関係にあることは明白であり、百年近くも世に出なかった伝承のエルフ女王の信じられないほどの美貌と艶香のこともあり、すでにふたりをモデルにした戯曲や吟遊詩も次々に発表されていると耳にする。
ロウの身体には、一滴の青い血も流れていないが、だからこそ、世界最高に高貴なエルフ族女王と一介の冒険者の恋というのが物語的なのだ。
百歳を超えているエルフ女王がただの人間に恋をするなどあり得ず、ちょっとばかりの気紛れであることはわかっているものの、まったく面白くない。
ガドニエル女王の相手となれば、アーサーこそ相応しいはずなのだ。
「まあ、打診はしてはいるがな」
アーサーはそう言うしかなかった。
いまは、ガドニエルへの婚姻は諦め、これもまた突然に世に出た姉のラザアニエル王女に絞っているところだ。
しかし、そもそも、あのエルフ族は、排他的でずっと最小限度の外交しかしていなかった。
タリオとしても、まずは外交関係を構築するところから開始しているという段階である。
「エルフ族は脅す。邪魔をすれば、敵として侵攻すると恫喝する。軍事力ではこちらが上だ。魔道を封じる武器もこっちには多数ある。エルフ族との戦いとなれば、こちらに分がある」
「いや、俺の見るところ、五分五分というところじゃないかな。ナタル森林はエルフ族の庭だ。それに、恫喝には恫喝で返すだろう。エルフ族との関係を崩せば、クリスタル石の輸出制限で対抗される。エルフ族を敵にした状態で、ハロンドール侵攻などあり得ないよ」
ランスロットは断言する口調だ。
アーサーは歯噛みした。
ランスロットの言葉が正しいのはわかっているのだ。しかし、認めたくない。アーサーは、以前、ハロンドールの王都でロウから味わわされた恥辱を忘れたことはない。
あの男は一介の冒険者でありながら、アーサーが婚姻の相手として狙っていたアン王女やイザベラ王女を、それを知っていながら目の前で破廉恥行為を見せつけたのである。
そのロウが、今度はエルフ女王までものにしたというのは、やっぱり心情的に受け入れられないのだ。
「だったら、そのままハロンドールの王都まで一気に落とすまでだ。後方を遮断されたところで、糧食はハロンドールに求めればいい」
「略奪をしながら王都に? それこそ、分裂しかけているあの国を団結させるだけだ。そもそも、あの国の辺境候工作も失敗したのだろう? 今回侵攻しても、とても勝ち目があるとは思えない」
ランスロットは言った。
ここまではっきりと否定されては、アーサーも面白くはなかったが、だが、自分の考えるハロンドール侵攻計画に、かなりの無理があるのは、アーサー自身わかっている。
本当はそれを認めたくなかっただけだ。
アーサーは大きく嘆息した。
「無理か」
「無理だな」
ランスロットは言い切った。
「わかった」
アーサーは諦めた。
怒りを抑える。
ランスロットの主張のとおりだ。
あの大国に対して、一か八かの侵攻などあり得ない。
迷って相談した時点で、無理なのだ。
ランスロットの言葉が正しい。
「もっとも、ある条件が揃えば、無理が無理ではなくなるが……」
だが、ランスロットが不意に言葉を加えた。
「なんだ、条件とは?」
アーサーはランスロットに強く視線を向ける。
「あのロウを味方につけることだよ、アーサー。あの男は別にハロンドールの王族でもなければ、貴族でもない。もともと、一介の冒険者であり、流浪の男のはずだ。だったら、利で誘えばいい。あの男をこちらに引き入れれば、エルフ女王を味方にできるのではないか?」
ランスロットが言った。
これには、さすがにアーサーもびっくりした。
「俺があの男と組めと? あり得ん──。そもそも、認めたくはないが、お前も知っているとおり、イザベラ王女の腹の子の父はあいつだ。そのロウがタリオに味方するはずがない」
「そうか? やり方次第ではなくはないと思うぞ。王女の王配としては、あのロウの出自は低すぎる。古い国だから反対する者も多いだろう。つけ込む隙もあると思う。それに、ハロンドール王都は激動している。どういうように転ぶかも不明だ。ロウを引き込むつもりで工作をする価値はあると考えるけど」
「い、や、だ。俺があの男の組むなど冗談ではない」
アーサーは怒鳴った。
「ならば、もう少し時勢を待つしかない」
ランスロットの言葉に、渋々アーサーは頷いた。
しばらく、黙々とふたりで酒を飲む。
それにしても……。
アーサーはふと疑念を抱いた。
ランスロットというのは、こんな男だったか?
良くも悪くも、真っ直ぐで正直だというのがランスロットである。まあ善人だ。だから、軍事的才能はあるものの、ずっと謀略には向かないと思っていた。
しかし、そのランスロットがロウを味方に引き入れとなどという提案をするのか?
そういえば、このランスロットが調略めいたことを口にしたのは初めてではないか?
「……ところで、別の話をしたい」
そのとき、不意に、ランスロットが姿勢を正す仕草をした。
アーサーは思念をやめた。
「おっ、なんだ、改まって?」
「頼みがあるのだ、アーサー」
「頼みとは?」
「褒賞だ」
「褒賞? ああ、カロリック侵攻の褒賞ということか? もちろんだ。なにが欲しい? 俺とお前の仲だ。大抵のものは応じてやるぞ」
アーサーは気持ちを切り替えた。
そもそも、これまでランスロットがタリオのために尽くした功績は数々ある。しかし、ただの一度も、自分から褒賞を強請ったことなどなかったのだ。
珍しいことだけに、ランスロットがなにを欲しがるのか、すごく興味が沸いた。
「公妃エリザベート殿を俺に欲しい。俺に下賜してもらいたい」
ランスロットは事も無げに言った。
「はああ──?」
アーサーは思わず声をあげてしまった。