【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
810 猟奇王の朝儀【王都】
この日、珍しく王宮の大広間を緊迫感が包んでいた。
国王ルードルフの拝謁による朝儀が開かれることになったのだ。
新たに近衛軍団長となったエルゲンは、近衛軍の象徴でもあるきらびやかな具足を身につけたまま席に立った。すでに、宰相以下の各大臣や重臣、そして、軍団以上の将軍たちも入っている。
もっとも、その顔ぶれは数箇月前に比べて、すっかりと様変わりしていた。
もともとの宰相でもあったフォックス卿以下、主立つ大貴族たちは王都を逃亡して残っていないし、知行はないものの権威だけは高かったあの二公爵も、すでに処刑されていない。
王妃アネルザ、王太女イザベラも不在であるし、ここに居並ぶのは、この半月ほどのあいだに、立て続けに重臣や大将軍に任命された中小貴族たちばかりだ。
ただ、名目だけは中小貴族ではなく、すでに重臣への任用の下令と同時に伯爵以上への
もちろん、エルゲンもそのひとりである。
一介の子爵だったが、大将軍となって近衛団長から王都軍全軍の指揮をとることになった前近衛軍団長から指揮を継ぐことになったときに、侯爵に任じられたのだ。
新たな領土も王領の中から与えられている。
まだ、知行地は見ることもできないが、とにかく、エルゲンもいまや、上級貴族でもある。
そんな大盤振る舞いをしてくれたルードルフ王には、感謝しかない。
本当は、王都を脱走した領土持ちの貴族とは違い、ここにいる者たちは王都以外に頼る土地などない逃げることのできなかった下級貴族や下級軍人たちばかりなのだが、いきなり国王から重臣などに取り立てられたときには、逃げ遅れてよかったと心の底から思った。
とかく、評判の悪い国王ではあるが、エルゲンたちにとっては忠誠を誓うに値する相手だ。
これまで、無能ばかりが重臣を牛耳っていたハロンドール王宮であったが、やっと日の当たる時がやって来たのだと感じている。
おそらく、大なり小なり、ほかの者も同じように考えていると思う。
新米ばかりの重臣会議であるが、士気は高い。
我らたちが、偉大なるルードルフ王を支えるのだという自負もすでにある。
とにかく、エルゲンだけでなく、ここにいる全員には、ルードルフ王に対する心からの忠義しかない。頭に霧がかかったようにぼんやりとした心地とともに、王に真剣に仕えるという以外のことをどうしても思考することができないのである。
よくはわからないが、まるで術でもかけられたかのように……。
まあ、どうでもいいことではあるが……。
いずれにしても、このところ、ルードルフ王の勅令は、後宮の女官長となったテレーズ女伯爵を通じて伝えられるのがもっぱらであり、王自らの言葉で命令や指示を家臣に与えようというのは、本当に久しぶりのことだと思う。
いや、もともと、
いやがうえにも、緊張感が覆う。
「国王陛下の出座です」
これもまた新たに宰相になったハロルド公が告げた。
ハロルド公というのは、王都ハロルドの行政を司る役職であり、以前は失脚したキシダイン公が任命され、キシダイン公失脚後は、王太女のイザベラ殿下が兼任をしていた。
それが、イザベラ殿下のノール行きにより、一時的に空位になっていたハロルド公が突然に王都に残留していた彼に与えられたというわけだ。
彼もまた、もともと辛うじて上級役人でしかなかった王都在住の知行無し伯爵だったが、あっという間に文官最高位でハロルド公爵位である。
ほかの者も、この十日あまりで立て続けに付与された人事勅令により、高位高官に任用された者たちであり、そうやって、いまの王宮態勢が整えられたというわけだ。
空席になっていた玉座の場所の空間が揺れる。
王宮内で国王ただひとり許されている『移動術』でルードルフ王が現れるのだ。このハロンドール王宮内には、魔道封じの結界が張り巡らされており、王家から付与される宝具なしでは魔道を発揮することは不可能になっている。移動術など、国王がしている腕輪でしか魔道封じを無効化できない。
本来は、国王のそばから片時も離れることを許されない近衛であるが、これもまた国王の命令により、後宮の警護は許されていないし、そもそも、国王の居場所さえ近衛は教えられていない。
その腕輪の宝具と、これもまた国王のみが許されている特殊な護符により、後宮から直接にここにルードルフ王が転移してくるというわけである。
とにかく、エルゲンはほかの者とともに、直立したままただ頭をさげた。
「頭をあげよ」
ルードルフ王の声は、いつもより、かすかに高いように思えた。
もっとも、“いつもの”王の声を熟知しているほど、エルゲンも王と親しい地位にあったわけではない。
拝謁など、近衛軍団長と侯爵に陞爵するときの式典といまの二回でしかない。
周囲の気配に合わせて顔をあげて、ルードルフ王に注目する。
この広間にただひとり腰掛けているルードルフ王は、なぜか、人の首ほどの大きさの布袋を抱えていた。なにが入っているのかわからないが、その袋の中に細い鎖が伸びていて、鎖の一端はルードルフ王が手首に嵌めている金属の腕輪に繋がっていた。
大事そうに両手で抱えているが、あれはなんだろうと、ちょっとだけエルゲンは思った。
さらに、腕輪の嵌まっているルードルフ王の手には、小さな金属の玉が二つ握られている。玉座についたルードルフ王は、その球体を手の中で弄ぶように動かし続けてもいる。
「さて、まずもって、ここにお前たちを集めたのは、余が驚いてしまった知らせがあったからだ。南部クロイツ領の農民叛乱のことは知っておるな」
ルードルフ王が静かな口調で言った。
その表情は微笑むわけでもなく、険しいわけでもなく無表情だ。だから、エルゲンもどう反応すべきかわからなかった。
ただ、近衛軍団長の任命式のときもそうだったが、ルードルフ王の声を聞くと、なぜか、心に霞みがかかったような気分になり、少し思考が遮られるような錯覚に陥る心地になる。
もちろん、ルードルフ王が偉大であるために起きる威圧のようなものだと思うが、やはり、ルードルフ王は素晴らしい。
我らが尊敬する国王陛下だ。
それはともかく、クロイツ領で起こっている叛乱のことは、無論知っている。まだ、賊徒の支配範囲が侯爵領を越えることがないので、王都住民を動揺させるほどのことにはなっていないが、、鎮圧に向かった南部直轄軍が苦戦しているという情報が届いており、なんらかの新たな対処をすべきではないかというのは、新たに重臣となった者たちの中でも話はしていた。
まあ、これといった対応策については具体化できなかったが……。
「そのクロイツ領の農民叛乱が鎮圧されたそうだ。賊徒頭領のドピィという男も死亡。主立つ者はことごとく首を刎ねられたということだ。昨日のことらしいがな」
ルードルフ王が相変わらずの平坦な口調で続ける。
「おう、それは素晴らしい──」
声をあげたのは、新宰相のハロルド公だ。
ほかの者も一斉に歓声をあげた。
しかし、突然に、それを誰かが机を叩く大きな音が阻んだ。
ルードルフ王が玉座の手摺りを握りこぶしで叩いたのだとわかった、全員がしんと黙り込む。
「人間ども……。いや、農民どもの叛乱などどうでもいい。どうでもいいのだ。しかし、余が驚いたのは、それを成し遂げたのが、我が娘である王太女のイザベラだということだ。イザベラがかの地で賊徒対処に当たっていた南部直轄軍を指揮に入れ、賊徒鎮圧を成し遂げたということだ。だが、イザベラはノールの離宮にて謹慎をさせていたはずだ。そのイザベラがなぜ、南部にいる。なぜ、南部直轄軍の指揮をする。誰か答えよ──」
ルードルフ王が怒鳴った。
すぐに口を開く者はいない。
エルゲン自身も、イザベラ王太女が南部に向かっていたということはおろか、賊徒が鎮圧されたという事実も知らなかったのだ。
こういったことを総括する役目は宰相だと思うが、そんな情報は宰相も握っていなかったと思う。
どうやって、ルードルフ王が報告を得たのかわからないが、少なくとも、南部賊徒の動乱の状況変移など王宮内で話題になることもなかった。
見ると、新宰相もまた、驚愕するとともに顔を蒼くしている。
顔色を変えているのは、ルードルフ王が怒っているということがわかったからだろう。
エルゲンも不思議な力に押しつけられたような気分になり、ただただ恐怖で思考か停止してしまっている。
ここまで国王の言葉や感情に一喜一憂してしまうのは不可思議だと思わなくもないが、いまは、ただ、ルードルフ王の怒りが怖くてたまらない。
「余の知らぬところで勝手に離宮を抜け出し、勝手に余の直轄軍を動かす。これは謀反と言っていいだろう」
ルードルフ王が苛立ちの様子とともに、握っていた金属の球を乱暴に玉座に手摺りに繰り返しぶつけ始めた。
その瞬間、ルードルフ王が抱えている袋から呻き声のような音が発生するとともに、突然に袋が揺れたのがわかった。
一瞬、エルゲンは首を傾げそうになった。
だが、ルードルフ王がすっと立ちあがったので、思念は消滅する。
ルードルフ王が、袋を抱えたままゆっくりと居並ぶ重臣たちの方向に歩き始めた、
やがて、新宰相の前に立ち止まった。
「イザベラの離宮出立の報告は受けておらんかった。お前は知っておったか、余が新たに任命したハロルド公よ」
「ぞ、存じませんでした。申し訳ありませんでした、陛下」
ルードルフ王の前で、彼は項垂れて震えた。
その彼の前で、さらにルードルフ王が口を開く。
「ならば、これは知っておるか? 夕べ、余は王妃の居場所を探させた。王妃アネルザは王都の監獄塔におるはずだが、実はそこにはおらん。ノールの離宮におったのだ。その王妃も行方不明だそうだ。お前は、それを知っておったか? あるいは、王妃アネルザのいまの居場所を承知しておるか? どうだ?」
エルゲンはまたもや驚愕した。
王妃アネルザが監獄塔にいないというのも初耳だが、実はノールの離宮にいたこと、そして、いまは行方不明ということなど、寝耳に水の話ばかりだ。
一体全体どういうことなのだろう。
「そ、それも知りませんでした、偉大なる国王陛下。ただちに、調査を……」
「無用だ。知らなかったということは、お前が無能だということだ」
次の瞬間、突然にルードルフ王が剣を抜いて一閃させた。
新宰相の首が飛び、鮮血が噴き出す。
「うわっ」
「ひいいっ」
「ひゃあああ」
首のなくなった死骸が床に音を立てて倒れると同時に、全員の絶叫が広間に轟いた。
「黙れええ──」
しかし、ルードルフ王の一喝が落ちると、再び広間が静かになる。
血だまりの横でルードルフ王が呆然としている重臣たちを見回し、やがて、その視線がエルゲンで止まった。
「エルゲンだったな。お前を近衛団長を兼務した新たな宰相とハロルド公に任じる。まずは、王都を囲む各関門を閉鎖せよ。移動術の跳躍門とやらもな。すべて、閉鎖するのだ。王都そのものもな。すべての城門を閉じよ。それが終わったら、イザベラと同行したライスの三族を処刑して首を晒せ。謀反人としてな」
ライスというのは、離宮に向かったイザベラ王太女たちの護衛に任じていたい小将軍であり、護衛というが実際にはイザベラ王太女の監視だったのは、エルゲンももちろん認識していた。
イザベラ王太女が離宮から脱したということは、確かに、ライスが監視任務を放棄したのだろう。だから、謀反人なのか。
とにかく、慌てて、エルゲンは頷いた。
「しょ、承知しました、へ、陛下──。命に代えましても、ご命令は……」
「お前たちのつまらぬ命などいらん──。だが、無能な人間族なりに、できることをやれ。王都を囲む各街道の関門と王都城門の閉鎖はすぐにせよ。言うまでもないが、王都の警備もな。関門を勝手に軍で移動する者は、誰だあろうと謀反人である。お前ら王軍の総力をあげて阻止せよ──。お前ら羽虫でも、肉壁くらいはできよう。余の役に立て──」
「はっ、偉大なる、国王陛下──」
ルードルフ王の言葉は辛辣な侮蔑そのものだが怒りはない。いや、本当は少しだけ流石にむっとした気がしたが、そんな悪感情は瞬時になぜか霧散した。
いまは、ただただこの国王に忠誠を尽くしたいという気持ちだけだ。
「よかろう。では余は後宮に戻る……。さて……。では、行くか、サキ様……」
頭をさげたままだったエルゲンに、ルードルフ王の声が届いた。
だが、“サキ様”?
思わず、顔をあげた。
すると、血しぶきがかかったらしい指をあの小さな金属球とともに舌で舐めるルードルフ王が視界に映った。
これまでの不機嫌さが嘘のように、愉しそうで好色そうな笑みが国王の顔に浮かんでいる。
「んんんっ」
今度ははっきりとした女のくぐもった嬌声のような音がルードルフ王の抱えていた袋から聞こえてきた。
「おや、どうしました? 恥ずかしい声をお上げになって。そんなに性感帯を感じる脳の一部に感覚を繋げている“性感球”を刺激されるのが嬉しいですか。では、さらに感覚を倍にしてさしあげましょう。そして、こうです」
ルードルフ王が球体のひとつをひょいと自分の口の中に放り込み、それを口に中で激しく転がしだした。
「んぐうううっ、んぶううっ、やめよおおっ、んぎいい」
袋の中から響き渡ったのは明確な女の声だ。
エルビンは驚愕した。
だが、疑念を晴らすいとまもなかった。
ルードルフ王が腕をさっとひと振りして、空間の揺らぎとともに、国王の姿はその場から消えてしまったからだ。
後には、呆然としているエルゲンをはじめ重臣たちと近衛兵──。そして、死んだ新宰相の死体と漂いはじめた血の香りだけがそこに残った。