【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
夜が明け始めていた。
それとともに、甲板で飛び交う船員たちの声も慌ただしくなった。案内役をしてくれているケイラ=ハイエルによれば、夜明け頃にクロイツ領の港であるガヤに到着するということだったので、おそらく、そろそろ目的地に近いのだと思う。
だから、船員たちが忙しくなったのだろう。
エルザは、やっと闇が溶けて、薄い影のような陸地を眺めながら、ぼんやりと波と風の音を聞いていた。
船が波にぶつかる音と揺れはかなり激しい。
おそらくかなりの速度でハロンドールの東側の内海を進み続けているに違いない。
「ここにいたのかい、エルザ殿下。王妃は船酔いで死にかけてるみたいだけど、あんたは元気そうだ」
背中側から声がかけられたので、エルザは 甲板の側面デッキの手摺りを掴んだまま、顔だけを後ろに向けた。
ケイラ=ハイエルだ。
エルザも同じだが、目立たないように顔を隠すフード付きのマントを身体に覆わせている。しかし、フードを被っていても、彼女の妖艶な色香と美しい顔はあまり隠せてはいない。
これで、
「殿下はやめてください、ケイラ様。ただの出戻り王女で、しかも、生母は平民です。殿下などと呼ばれるような立場ではありませんわ」
エルザは苦笑した。
「出戻りとはいっても、正規の離縁は成立していないんだろう? だったら、公妃殿下じゃないかい。それとも、第二王女様かい」
ケイラ=ハイエルがエルザと並ぶように、甲板の手摺りの前に立つ。エルザは再び、陸側を眺める体勢に戻る。
「いまのわたしは、王妃様の居候のようなものです。なにしろ、ハロンドールに存在していはいけない立場ですから。だから、王女でも、ましてや、公妃ではありません。なんにもないただのエルザです」
エルザは笑った。
「そうかい。だったら、なにもないただのエルザさん。船はほぼ予定通りだそうだよ。完全に夜が明ける時期には、ガヤの港町に着く。イザベラ殿下は、司令部にしている城郭の中心部の館にいる。お兄ちゃんたちも一緒だと思うよ」
ケイラは言った。
彼女が“お兄ちゃん”と呼ぶのは、あのロウのことだ。
このケイラ=ハイエルが長寿で知られるエルフ族の中でも最も長命な王族のひとりであり、エルフ族の裏社会の闇の歴史を知り尽くしているという重要人物であるのは承知している。
あのガドニエル王女ですら、このケイラには頭があがらないそうだ。
それくらいの貴人なのだ。
そのケイラ=ハイエルが、どういうわけで、一介の人間族のロウ=ボルグを“お兄ちゃん”などと呼ぶのかは見当もつかない。
そもそも、ケイラ=ハイエルというのは、人間族嫌いのエルフ族の中でも、その筆頭だというのは有名な話である。そのケイラが王侯貴族の出身でもない、一介の人間族と親しくするのは、本来はあり得ないことのはずなのだ。
だが、とにかく、このケイラがロウという男に特別な感情を抱いているということだけはよくわかる。
わかるのだ。
しかも、ケイラは、自分はロウの命令で、ハロンドールの王都に潜入したのだと嬉しそうに語った。
命令をされたのが、心の底から嬉しいらしい。
本当にわからない。
また、ケイラだけではない。女王たちまでもなのだ――。
イザベラとアンの子の父であり、王妃アネルザまで愛人にしたというのさえ、信じられないのに、そのロウという男は、冒険者としてのクエストでエルフ族の国であるナタルの大森林を訪問し、女王とエルフ王国の危機を救ったことで、あの閉鎖的で人間族を軽んじる傾向のあるエルフ族たちから英雄認定を受け、それが縁なのか、エルフ族の女王であるガドニエルを虜にし、さらに、目の前のケイラ、そして、長く行方不明であったが、ロウとともに、エルフ王国の危機に駆けつけて戻った副女王こと、ラザニエルまでロウに夢中になっているというのだ。
他ならない、このケイラ自身が、そう嬉々として語った。
そんな話はとても信じられないが、このケイラが本当に愛おしそうに、ロウのことを語る表情に接していると、ロウがエルフ女王国の王族たちをことごとく寝取ってきたというのが事実かもしれないと信じるしかない。
あのアネルザやイザベラのような気むずかしい者たちまで恋人にし、あれだけ心酔もさせていることを考えると、やはり、希代の女たらしなのかもしれない。
いずれにしても、このケイラ=ハイエルというエルフ族の女長老が、ロウに使役している屋敷妖精の管理している通称「幽霊屋敷」を訪問してきたのは数日前のことだ。
それは、まったく突然ことであり、そして、エルザはびっくりしてしまった。
なにしろ、ルードルフ王とその女官長のテレーズが放った捕縛の軍により、エルザたちは幽霊屋敷に逃げ込んで逗留することになったのだが、その不思議な屋敷妖精は、不可思議な魔道で、エルザたちが隠れている幽霊屋敷そのものを焼け焦げた廃墟のように見える幻術をかけ、余人がまったく近づけないように強力な結界を結んでいたのだ。
それにも関わらず、突然に訪れてきた初対面のはずの、このケイラ=ハイエルを屋敷妖精は簡単に受け入れ、勝手に幻術を解いて、屋敷内に入り込ませてしまったのだ。
屋敷妖精に言わせれば、ロウの支配が及んでいる相手であり、それを感じたので、すぐに一時的に幻術を説いて受け入れたのだそうだ。
エルザには、よくわからない。
とにかく、いきなりやって来たエルフ族の女性だが、その突然の訪問者がエルフ族の女長老と称されるケイラ=ハイエルだと自己紹介をしたことで、エルザはさらに仰天した。
エルフ族のケイラ=ハイエルといえば、エルフ族女王の親族頭にあたる人物というだけでなく、実は王家を陰で支える重鎮中の重鎮だと言われている女性だからだ。
とても信じられなかったが、アネルザは過去に一度、このケイラに合ったことがあるらしく、間違いなく、エルフ族の女長老のケイラ=ハイエルだと断定した。
その彼女が、そのときには、誰も供ひとりつけずに、単独で訪問をしてきたのだ。
エルザは唖然としたものだった。
しかも、ケイラがやって来たのは、アネルザやアンたちに会うためであり、どうやって居場所を掴んだのか見当もつかないのだが、彼女の独自の情報網で、エルザたちがその幽霊屋敷にいることを探し当て、それで接触をしてきたようだ。
ケイラは、ハロンドール王都にまとまった諜者を入り込ませ、ロウの命令で状況把握をしようとしていたみたいだ。
その過程で、アネルザやアンがノールの離宮ではなく、ひそかに王都に戻り、さらに、ロウの屋敷にいることまで探り当てて、そして、接触をしてきたということのようだった。
それからの展開も、エルザの理解の範疇の外だった。
親しくもなく、むしろ、極度の人間族嫌いだという話もあるエルフ王家の女長老など、敵に近い存在だといっていい。
それにも関わらず、アネルザは、このケイラが自分もロウの女だと告げたことで、心からの信頼をケイラに寄せ、いまの王宮のことをはじめとして、国家の秘密にしなければならないことをすべてケイラに喋ったのだ。
屋敷妖精もそうなのだが、どうして、ロウの愛人だということの一点だけで、お互いに、あそこまで信頼しきれるのかわからない。
だが、ロウという男に、どうやって抱かれたか……横で聞いているエルザからすれば、愛されるというよりは、侮蔑され、恥辱を受け、苛められたとしか聞きようがなかったのだが……。とにかく、ロウという男にどうやって抱かれたかという話でふたりはとんでもなく盛りあがり、一夜にして、長年の親友のような間柄になってしまった。
そして、多くのことを喋ったうえで、アネルザはミランダとベルズだけでなく、サキという寵姫が王宮に捕らえられているという窮状を告げ、ロウに助けを求めたいので、どうか、ロウのいる場所にすぐに連れて行って欲しいと頭をさげたのである。
ケイラは承知し、すぐに王都を出立することになった。
それが、二日前のことだ。
王都だけでなく、王都周辺をルードルフ王が派遣した軍隊が蟻一匹通さぬ勢いで厳重な警戒をしている。
それを出し抜いて、王都周辺から脱出ということだ。その助けをアネルザは、ケイラに求めたのだ。
ケイラはすぐに応諾し、そういうことになった。
アネルザは、ケイラと、ケイラの連れてきた手の者だけに守られて、単身でロウのところに向かうことになったのだ。
そして、これに強引に同行を強請ったのがエルザだ。
とにかく、自分もつれて行けと、しつこく強請った。
アネルザは、この幽霊屋敷に隠れていた方が安全だと言って渋ったが、最終的には同意した。
そして、翌朝には出発した。
ケイラが使ったという移動術の隠し経路というのを辿って河に辿りつき、さらに海洋に出て、船を使って海を進んできた。
そうやって、いまエルザはこのケイラと、そして、船室にいるアネルザととにも、王国南部のクロイツ領までやってきたという次第である。
ともかく、エルザが強引に王妃アネルザのクロイツ領行きに同行することにしたのは、なによりもロウという男に対する好奇心だ。
あのアネルザが英雄の器だと褒めちぎるロウが本当に、それほどの男なのか。
まさに英雄というのは真実か──。
あるいは、とんでもない詐欺師の色事師にすぎないのか──。
是非、自分の目で確かめたい。
正直にいえば、いまのところ、ロウという男にいい印象はない。
あのキシダインを相手にしたことを聞く限り、行動力も責任感も頭の良さもとても素晴らしいし、エルフ王家の危機を救った実力は本物だろう。
評判も抜群にいいというのはわかるのだが、本音をいえば、エルザは女にもてる色男というのが苦手なのだだ。
それは、あのアーサーですっかりとこりごりになっている。
女をとっかえひっかえする男に、親しみなど感じることはできない。嫌なのだ。
だが、アネルザは、とにかく、一度ロウに抱かれて、愛人になれと勧めてしつこい。
実のところ、愛人になどなるのは気が進まない。
ただ一度見極めてやりたいという気持ちはある。
だから、強引に同行してきたのだ。
「そして、もうひとついい知らせね。どうやら、クロイツ領で続いていた賊徒の叛乱は終わったそうよ。お兄ちゃんたちの活躍でね。さすがは、お兄ちゃんよ。賊徒の長は、お兄ちゃんの指揮する隊に包囲され、炎の中に飛び込んで自殺。主要幹部と賊徒となっていた農民たちもずべて処断されるか降伏をして、民衆反乱は完全に終わったそうよ。鳥を使った伝言が手の者から届いたわ、よかったわね」
ケイラが言った。
「えっ、本当……? あっ、いえ、本当ですか?」
思わず軽口の口調で訊ね返してしまって、エルザは慌てて言い直した。
だが、ケイラはくすりと笑った。
「ざっくばらんでいいわ。ここまで来れば、問題ないと思うけど、一応、お忍びの旅だしね、気楽な友人同士に見えた方がいいしねえ。まあ、あんたも、お兄ちゃんの女になるんだろうし、お兄ちゃんの愛人ならば、わたしだけでなく、エルフ族王家のすべてを使って助けるわ。だったら、家族のようなものだしね」
しかし、ケイラの言葉にどう応じていいか、エルザも困ってしまう。
実際のところ、ロウの女にはなるつもりはない、
だが、それは口にはしない方がいいのだろう。
ケイラ=ハイエルといえば、あまり表には出ないが、長い歴史を持つエルフ王家の闇組織を牛耳る存在なのだという。
エルザがロウの愛人候補者ということで、すっかりと心を許してくれているみたいだが、ひと言でも、そのつもりはないということを仄めかした途端、この親しげな態度が豹変されても困る。
なによりも、アネルザもエルザも、周りをケイラとケイラの手の者に囲まれて、ほかに誰も周りにいない。
このケイラの気を損ねたら、たちまちにエルザたちは殺されるかもしれないのだ。
「あ、ありがとうございます」
エルザはとりあえず、それだけを言った。
「いいのよ。さっきも言ったけど、お兄ちゃんの恋人は、わたしの大切な家族なんだから。心配しなくていいわ。エルフ王家はハロンドール王家の味方よ。いえ、王家でなく、あなたたちをね」
ケイラは親しげに微笑んでいる。
エルザはこっそりと溜息をついた。
気は進まないが、エルザの立場としては、そのロウという男に一度は抱かれるべきだろうか。ロウ自身はともかく、ロウの持っている人脈は、調べれば調べるほど凄まじい。
なによりも、ロウに身体を許すだけで、ロウが握っている女王侯貴族、女傑たちの助力が手に入るのだ。
いまの王家としては、エルフ族王家の協力というのは、喉から手が出るほどに欲しい。
アネルザからすれば、まさに降って沸いた天の助けのようにも思えるだろう。
エルザひとりのことで、その状況を崩したくはない。
ロウという男が、エルフ族王家との橋渡し役を握っているのであれば、彼の機嫌を損ねるべきではない。
ロウがエルザなどを求めるの知らないが、もしも、求められれば、一度くらいは股を開くべきか……。
まあいいか……。
エルザは思考を巡らした。
王家のためだ。
我慢するか……。
だが、アネルザやケイラ=ハイエルの会話によれば、かなり、特殊な女の抱き方をする男らしい。
気持ちよくないのに、気持ちのいい芝居をするのは、アーサーとのことで慣れたが、アネルザたちの口にしたやり方で抱かれたときに、うまい演技ができるかどうかは知らない。
正直自信はない。
自慰以外に達したことなどないが、うまくできるだろうか。
あの男は、とにかく簡単だったが、エルザの小芝居など、ロウという男に通用する気はしない。
どうなることか……。
ちょっと愉しみであったはずであり、だからこそ、無理矢理に同行したのだが、その機会がいざ近づくと、ちょっと怖くなったかもしれない。
考えれば考えるほど、なによりも、アネルザたちが受けていたような抱き方をされて、演技ができる気がしなくなってきた。
不安だ。
「ロウ様に会えるのが愉しみですね」
しかし、それを表には出せない。
とりあえず、エルザはケイラに語りかけた。
「ふふ、いいのよ、心にもないことを言わなくても」
すると、ケイラが言った。
エルザは戸惑った。
「えっ、心にもないことって……」
「あなたは、お兄ちゃんに抱かれたいとは思っていない……。わかるのよ。なにしろ、わたしはケイラ=ハイエルなのよ。あなたの子供の頃どころか、ご先祖様が生きていた時代から、王族として権謀術数の波の中で生きていたんだから……」
「えっ?」
思わず、ケイラを見た。
だが、それで言葉に詰まってしまう。
ケイラは微笑んでいたが、実は目元がまったく笑っていないことにやっと気がついたのだ。
「だけどいいのよ……。なにしろ、お兄ちゃんは、そういうのが好物なんだから……。あなたは嫌がっていいし、心では抵抗していいのよ……。だけど、お兄ちゃんにかかれば、嫌がっても無理矢理にいうことをきかされるし、心で抵抗しても、結局従わされてしまう……。そして、お兄ちゃんはそういうのが好きなの……。ふふ……」
ケイラは笑い声を声に出した。
エルザはなぜか、ちょっとぞっとしてしまった。