【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
ガヤの港に着いた。
エルザは、船というものには初めて乗ったが、気分が悪くなるということはなかった。しかし、アネルザはそうはいかなかったようだ。
船室から甲板にあがってきたときには、まだ蒼い顔をしていた。
ただ、足下はしっかりとしていた。
「ふふ、人間族というのは不便なものだねえ。ちょっとばかり船が揺れたくらいで、あんなに気分が悪くなるんだから」
ケイラ=ハイエルがからかうように、アネルザに声をかけた。
下船を待っている船の甲板の上である。
エルザたちは、荷と荷の間の隙間に立っていた。三人とも頭をフードで覆うマントを身につけている。
そもそも、エルザたちが乗船してきたのは、荷を運ぶ貨物船であり、それに乗り込ませてもらって、やってきたのだ。
そして、すぐに降りないのは、荷おろしを優先させているうちに、人足にやつしたケイラの手の者が散り、周辺の安全を確認しているからだそうである。また、司令部にしている館に寝泊まりしているイザベラやロウに連絡を入れるそうだ。
なにしろ、いきなり決定した王妃アネルザの南部行きだけに、その連絡の報せと、エルザやアネルザのガヤの到着はほとんど同時くらいらしい。従って、まだ連絡が届いていない可能性が高く、それも待ってから下船をすると伝えられている。
「おかげさまでね……。一生分の嘔吐を一日の船旅でさせてもらったさ。まあ、だけど、ポーションを飲んだからね。気分は悪くない。問題ないよ」
アネルザが肩を竦めた。
「へーえ、船酔いに効くポーションなんてあるの?」
ケイラが首を傾げた。
「そんなものあるものかい。あったら、最初から飲んでる。だけど、船酔いの原因の揺れがなくなったからね。そうなれば、その場の身体の調子さえ戻せばなんとかなるんだ。それで低級の毒消しの薬液で、なんとかすっきりしたよ」
「船酔いに毒消し? そんなものが効くの、アネルザ?」
「効くだろう。常識じゃないかい」
「そんな常識は知らないわね。そもそも、船の揺れ程度で身体の調子を悪くするエルフ族はいないんだから」
ケイラがけらけらと笑う。
本当に、この女性があのエルフ王室の裏世界を牛耳るケイラ=ハイエルなのかと疑うくらいの屈託のない笑い声だ。
とにかく、このふたりは、会ったばかりのはずなのに、本当に仲がいい。
エルザには理解できない。
同じ男の愛人だというのが、これほどまでに、他人であり、敵対関係もあるはずの違う王宮同士の者の心を結びつけたりするものなのだろうか。
「まあ、そういうことでは、エルザさんは、エルフ族に近いのかもね。あなたも初めての船だったんでしょう?」
ケイラがエルザに顔を向ける。
「まあ、体質なのかもしれません……。ところで、王妃様のことは呼び捨てなのに、わたしのことが“さん”付けなんて……。どうか、わたしも呼び捨てでお願いします」
エルザは言った。
「じゃあ、そうするわ、エルザ」
ケイラがフードの中の顔を綻ばせた。
しばらく、そのまま船の甲板の上で立って待っていた。
すぐに大勢の人足たちが乗り入れてきて、慌ただしく荷が港側に運びおろされ始める。
ケイラの話では、荷の大半は、穀物や塩、そして保存のきく食料らしい。
農民たちの大叛乱だっただけに、このクロイツ領の秩序の回復が目下の重要施策である。そのため、食料の供給を絶やさないために、まずは大量の食料が運び込まれるのだそうだ。
一度乱を起こした農民たちは、飢えれば再び暴れる可能性がある。
それを防ぐために、十分な食料があることを示すのだ。船からおろされた食料の荷は、そのまま多量に準備されている荷馬車に載せられていっている。これをあちこちの村落に運び込ませようということなのだろう。
貨物船は、この船だけでなく、十数隻の船団になっていて、これだけでも乱が終わったばかりのクロイツ領を飢えさせないだけの十分の量があるかもしれない。
なかなかによく考えていると思った。
そして、この船団が戻るときに載せられるのは、農民たちから取りあげた大量の武器だそうだ。
こっちについては、まだ乱が鎮圧されて数日にしかすぎないので、武装解除は進んでいないらしく、載せる方の荷の集まりはそれほどでもない。
いずれにしても、この食料の船団そのものは、賊徒との決戦の前から準備されていたもののようなので、つまりは誰かが先を見越して手配をさせていたということになる。
そういう行政的なセンスがあるのは、誰なのだろう。
イザベラ?
それとも、あのヴァージニアといかいう侍女長?
まさか、ロウという男が……?
いずれにしても、正直にいえば、妬みのような気持ちになった。流通にしろ、行政にしろ、王家に生まれて教育を受け、自分だったらこうするのにとか、あるいは、ああするのにとか、それとも、無駄だと思うような施策や、不合理なやり方に接したりしては、その都度、苛立ちのようなものを感じ続けてきた。
しかし、平民出の生母から生まれた王女に、政治に関与させてもらえるような立場が与えられるわけもなく、結局、王家からエルザに与えられたのは、政略の駒としてタリオ公国へ嫁ぐことだった。
それでもなお、実は期待もしていた。
だが、そこでもまた、エルザが心から好きな
ああ、思い出したら、嫌な気分になってきた……。
「どうかしたかい、エルザ? おかしな顔をしてるよ」
すると、アネルザが声をかけてきた。
「い、いえ、なんでもありません」
エルザは首を横に振った。
しばらくして、船を降りることになった。
すでに馬車が待っていて、馬車の前には、イライジャとミウとユイナが待っていた。
三人とも、一度、王都のロウの屋敷でで会っているので面識はある。
この三人に加えて、マーズという大柄の闘女あがりの娘と獣人戦士のイットの五人がロウというリーダーの指示で王都に現れ、結局、彼女たちはそのまま離宮に向かって、イザベラと接触し、そのまま、この南部地方のクロイツ領に向かっていったのだ。
王都に入る情報によれば、大変な騒乱だったようであり、心配もしたが、こうやって無事にしている姿を見るとほっとする。
「おう、お前たち、無事なようだね。そして、感謝するよ。イザベラを助けてくれて。みんな無事かい?」
馬車の前に辿り着くと、アネルザが彼女たちに抱擁をする仕草をする。
「無事といえば無事なのかもしれないわねえ。だけど、賊徒たちの大軍に包囲されて死にそうになって、このミウなんて、賊徒にさらわれて拷問を受けたりして……。まあ、そういうことを総じて、最終的には無事といえるかもしれないわねえ」
横から口を挟んだのは、褐色エルフ娘のユイナだ。
相変わらず、傍若無人な態度で、逆に、ちょっとほっとしてしまう。
「拷問を? 本当かい、ミウ?」
びっくりした声をあげたのはケイラだ。
「とっても意地悪な目に遭いました。だけど、一番可哀想なのはシャングリアさんです。戦場で磔にされて、犯されそうになったりして……」
「はああ?」
アネルザだ。
エルザも驚いた。
それは無事の範疇なのか?
「まあ、話はゆっくりと……。とにかく馬車にどうぞ。中でお待ちですよ」
イライジャが話を遮り、馬車への乗車を促した。
「ああ、そうだね」
アネルザが頷く。
かなりの大きな馬車であり、十人は乗れるような大きなものである。
ミウが馬車の扉を開く。また、イライジャが馭者をするようであり、そのまま馭者台に向かうみたいだ。
馬車の中に入る。
驚いたことに、そこには王太女のイザベラが腰掛けて待っていた。
「えっ?」
エルザは思わず声をあげた。
「こんなところで、なにをしてるんだい、イザベラ?」
エルザに続いて、馬車の中に入ってきたアネルザも声をあげる。
「せめて出迎えをな。だが、表に出ると目立つということで、馬車の中で座ったままなのは許して欲しい……。ケイラ殿、ご苦労様でした。ロウがお待ちかねだ。しかし、まさか王妃殿下を連れてくるとは思わなかった。ロウも驚いていたぞ。そして、王妃殿下、エルザ、久しぶりだ。なんとか生きのびた。みんなのおかげでな」
馬車の中のイザベラが座ったまま頭をさげる。
イザベラも、ケイラ=ハイエルとは随分と親しいみたいだ。
「ほらほら、さっさと乗ってよ。後ろが詰まってるわよ。さっさと戻れって、あいつが言っていたでしょう。また、お仕置きされるんだから、乗ってよ──」
馬車の外から怒鳴ったのはユイナだ。
「ふふふ、相変わらず元気だな、ユイナ。ところで、わたしがやってくることは、ロウも知っているんだろうね」
アネルザが訊ねた。
そのあいだに、全員の乗車が終わる。
すぐに馬車は進み出した。
「知っている……。といっても、たったいまの話だがな。とりあえず、わたしが出迎えにきたということだ。なにせ、ほかの者とは違って、大して役に立たん。みんなが忙しそうにしているのに、これといって、役目がないのはわたしくらいのものだ」
イザベラが笑った。
「役目がなくて、結構じゃないのよ。あいつも人使いが荒いんだから。復興なんだかしらないけど、明日の朝までに生活魔道具を大量に作るように命令されているし。そのうえで、出迎えにも行けって、わたしも暇にしたいっていうのよ」
文句のようなことを口にしたのは、ミウとともに前側の座席に腰掛けているユイナだ。どうでもいいけど、前にも会ったときもそうだったが、これだけの王族たちの前で、かなりの悪舌だ。
確かに、関心するほどだ。
「ふふふ、そんなこと言って、護衛として命令されたのは、あたしだったのに、わざわざ、心配してついてきてくれたのですよね。ありがとうございます、ユイナさん」
すると、ミウが口を挟んだ。
「ふん、あんたも、魔道馬鹿の直弟子のくせに、とろくさいところがあるからね。前回もあっさりと賊徒にさらわれたりして……。とてもじゃないけど、ひとりにさせられないわよ。とにかく、わたしと離れんじゃないのよ──。いいわね、ミウ」
「はい、ユイナさん」
ミウがにこにこしながら言った。
「それにしても、その身重の身体で戦場に出るなんて、心配なんてものじゃなかったよ。体調はいいのかい?」
アネルザがイザベラに訊ねた。
イザベラとアネルザは真ん中に席に並んで座っている。
エルザは、ケイラとともに最後尾に腰掛けていた。
「心配ない、王妃殿下。母子ともに順調らしい。丈夫な子だ……。それに、毎日、精を飲んでいるしな。おかげで、身体の調子もいいのだ」
毎日、せいを飲む──? “せい”って、精?
もしかして、聞き間違いか?
エルザは首を傾げた。
「ああ、お兄ちゃんの精液ね──。ふふ、毎日、飲んでるの? それもお兄ちゃんの命令?」
すると、ケイラが面白そうに口を挟んだ。
やっぱり、精液のこと──?
妊婦なのに?
エルザは唖然とした。
だが、冗談を話している感じではない。
そもそも、王族が語る話題でもないだろうが……。
「なに言ってんのよ、王太女。精を飲むと胎教にいいだなんて、あいつのでまかせにきまってんでしょう。しかも、毎回、後ろ手に手枷を嵌めて、フェラをするんでしょう? いいかげんに騙されているって、わかんないの?」
ユイナだ。
手枷──?
フェラ──?
エルザは耳を疑ってしまった。
「いや、ユイナ、最初はわたしも騙されていると思っていた。しかし、実際に身体にいいのだ。自分でもわかる。お腹の中の子だけでなくて、わたしも体調もいい。肌の艶からして違う。とにかくわかる」
「ほう、確かにいい肌になったな。よかった、元気そうで」
アネルザだ。
にこにこと笑っている感じだ。
いや、おかしいだろう。
妊婦が毎日、セックスをするなど問題ないのか?
「わたしのときも、毎日、愛し合ったわ。お兄ちゃんとのセックスが赤ちゃんを元気にするのは本当のことよ。毎日、精を飲ましてもらったらいいわ。上からも下からもね」
すると、ケイラも口を挟む。
エルザは絶句してしまった。
そもそも、ケイラの物言いは、まるで、ロウとの子を産んだことがあるような口ぶりだ。
そんなはずはないのに……。
そもそも、なんという破廉恥な……。
「へえ、知りませんでした。だったら、いつか、あたしもロウ様のお子を妊娠することになったら、毎日、愛してもらいたいです。いっぱい、いっぱい精も飲みます」
ミウだ。
「だ、か、ら、そんなわけないでしょう──」
ユイナが呆れたように怒鳴った。
エルザは、黙ったまま大いに頷いた。