【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
移動術で跳躍した場所に着いた瞬間に地面が揺れた。
考えることなしに、粘性体で壁を作る。
その壁の両側に衝撃が加わり、我に返ると、作ったばかりの粘性体の壁に十数本の細い槍が刺さっていた。
後宮と呼ばれる廊下の両側から飛び出してきたみたいだ。
廊下の壁には燭台の火が灯っているが、数が少ないので薄暗い。それでも、一郎たちに向かってきた刃先が間近でとまっているのがはっきりと見える。
一郎はぞっとして、背中に冷たいものを感じた。
「ロウ様──」
エリカが一郎に覆い被さるように抱きついてきた。
だが、すでに刃物は阻まれている。
一郎の粘性体は、見えないくらいに薄くもできるし、あるかないかわからないくらいに柔軟にもできる。逆に分厚い壁にして、どこまでも固くすることも可能だ。もともと、女を簡単に拘束するための術なのだが、繰り返し術をこなしているうちに、そんなこともできるようになった。
いまは、ありったけの力を込めて固くした。
それがよかったのだろう。
しかし、それでも、両側から貫いてきた刃は粘性体の壁のほとんどを貫いている。あとほんのちょっと薄いか、柔らかければ、そのまま一郎たちは串刺しになっていたに違いない。
「大丈夫だ。スクルドも無事か?」
一郎はほっとして、エリカの柔らかい乳房を布越しに感じながら、エリカの背中を軽くさすってやった。
「は、はい。も、申しわけありません。お、おかしな場所に跳躍先を結んでしまって」
横にいるスクルドだ。いつも人を食ったように飄々としているスクルドが心なしか顔が蒼くなっている。
いきなりのことで肝が冷えたのだろう。
手を伸ばして、スクルドの腰を抱いて引き寄せてやる。すると、身体が震えていた。
一郎は、淫魔術でスクルドの心の中に干渉し、膨れあがりかけている恐怖や不安というような線を抑えてやった。
スクルドの震えがとまり、平静を取り戻したのがわかる。
一郎はエリカとスクルドの身体を離した。
「すごいよ、ご主人様。素敵いい──。それに比べれば、お前たちはなんだ──。ご主人様が狙われれば、お前らが壁になって先に当たれ。にもかかわらず、ご主人様に助けられるなんて──」
一郎の胸からひょいと顔を出したのは、クグルスだ。
「ほ、本当です。不甲斐ないことで……」
エリカも項垂れている。
一郎は苦笑して、エリカの頭をぽんぽんと叩く。
「いつも戦闘では守られてばかりの俺だけど、俺が役に立てたなら嬉しいさ。だけど、もう一度できるわけじゃない。次からは守ってくれ。どうやら、この後宮は罠でいっぱいみたいだ」
「もちろんです」
エリカの顔が引き締まり、女戦士の顔になる。
一郎の前にすっと移動して、剣を抜いた。
「みんなを出すぞ」
一郎は亜空間に待機をしてもらっていた者を出現させる。
スカンダの韋駄天の術で音速移動できるのは、スカンダの小さな身体に抱きつくか、手を握るかができる人数に限られているのだ。だから、表に出ていたのは、一郎とエリカとスクルドにした。
エリカは一郎の直接の護衛役で、スクルドは魔道が制限されるこの王宮内への潜入に必要だ。スクルドは王宮のみならず、王都にかかる魔道制限のほぼ全部を無効化し、さらにそれを隠すことまでできるのだ。
残りの者については、一郎の亜空間に入ることで同行したというわけだ。
「ご主人様──」
「ああ、ご主人様」
「ご主人様、みなさん、大丈夫ですか──」
コゼ、ガドニエル、イットだ。
「だけど、後宮にこんな仕掛けが?」
唖然とした言葉とともに溜息をついたのは王妃アネルザだ。
潜入ということにかけては、一郎以上に役には立たないが、この中で曲がりなりも、後宮のことを知っているのはアネルザだけだ。
道案内が必要だ。
「このばかスクルド──。ご主人様をなんて危険な目に遭わせるのよ──。罠の先に跳躍するなんて」
憤慨したのはコゼだ。
「申しわけありませんわ」
珍しくスクルドが素直に謝る。
「慎重に進もう。スクルドだって、罠の存在までは跳躍前にはわからないだろう。跳躍術や縮地術は使わない方がいいだろうね」
一郎の言葉に全員が頷く。一郎自身は魔道遣いではないが、さすがに、魔道の種類はわかってきている。移動術も縮地術も一瞬にして離れた場所に移動をする術だ。
便利で使い勝手のいい術ではあるが、いまのように飛翔先でいきなり罠に嵌まるということもあり得る。
「アネルザは俺の隣だ。ところで、ここがどこだかわかるか?」
一郎はアネルザを引き寄せた。
ちょっと顔が赤い。
ガヤの城郭でやった焦燥責めの影響だろう。発散することをさせてもらえなかった巨大な欲情がアネルザをいまだに襲い続けているのだ。
ただ、この王都に入ってからは、それが行動に影響しない程度には、身体を調整してあげている。
その分のぶり返しは、戦闘終了とともにまとめてアネルザに襲いかかる仕掛けではあるが、いまはほぼまとものはずだ。
「あ、ああ……。後宮の一階だ。東側の端だね……。この辺りは……」
アネルザが周囲を見渡しながら説明した。
いきなり、王宮内の後宮に飛び込んだ一郎たちだが、いまのところ周囲はひっそりとしている。
……というよりも、まるで人の気配を感じない。
魔眼でも引っかかるものはない。つまりは、一郎が魔眼で感じられる範囲には誰もいないということだ。
もっとも、素通りしてきたが、隣接する「奴隷宮」という場所には大勢の人間の人間の気配があり、知覚できるだけでも、妖魔たちや彼らに囚われている人間族の女たちのステータスが読み込めた。
人間族の女たちの大半は若い貴族令嬢であり、サキが園遊会とやらでかき集めた一郎の性奴隷候補ということだろう。
まったく、とんでもないことを……。
それはともかく、元来、「後宮」というのは国王ルードルフが性欲を発散する場所であり、「奴隷宮」は王妃アネルザが性奴隷たちを集めていた離宮なのだ。それを利用して、ラポルタという妖魔……、もともとはサキのやったことらしいが……、そいつは、奴隷宮側に貴族令嬢たちを集めて監禁し、後宮側にサキをはじめミランダやベルズを捕らえているということらしい。
ここまでは、事前情報だ。
まあ、それ自体がミランダたちを罠にかけるために流した情報だと考えられるので、絶対とは言い切れないが……。
いずれにしても、こっち側の後宮に、これほどまでに、人の気配がいないのは不気味ではある。
ただ、都合はいいだろう。
できるだけ隠密に進み、運がよければ、ラポルタとやらに見つかる前に、先に三人の監禁場所に辿り着けるかもしれない。
まあ、それも、実際には望み薄か……。
罠の発動とともに、どこかに合図を知らせる仕掛けくらいはあるだろうし……。
だが、罠があっても、進むしかない。
「よし、アネルザ、真ん中側に向かってくれ。そして、地下方向だ」
一郎は指示した。
「どうして、そっちに?」
エリカだ。
一郎は肩を竦めた。
「ただの勘だ。おそらく、この後宮内には罠が張り巡らせてあると思うぞ。歩けばいくらでも罠に当たりそうだ。だが、つまりは、それだけラポルタという女妖魔が侵入者を怖がっているということさ。臆病者はなるべく奥に奥にと逃げ込む。そして、地下だ。まあ、それだけだ」
「だったら、ご主人様の勘に従おうよ、エリカ。誰か、異存のある者はいる?」
コゼだ。
「そうねえ……。ガドかスクルド、なにか感じる? 鑑定術とかで、人が隠れていたり、監禁されている場所とか……」
エリカがガドニエルとスクルドを見た。
しかし、ふたりは首を横に振る。
「役に立たないわねえ、あんたら。スクルドはいきなり、ご主人様を危険な目に遭わせるし」
コゼが皮肉を言った。
「ごめんなさい」
「や、役に立ちますわよ、わたしは──。それで、ご主人様に、ご褒美に可愛がってもらうのです」
鼻息を荒くしたのは、ガドニエルの方だ。
一郎は笑った。
「だったら、一番活躍してくれた者には、ポリネシアンセックスのご褒美だ。約束する」
「ぽ……ぽりねし……。あのう、なんでしょう、それ?」
ガドニエルが訊ねた。
「あっ、あれですか……」
一方で、エリカが顔を赤くして相好をちょっと崩した。
思い出したのだろう。
この中で、実際に一郎と「ポリネシアンセックス」を体感したのはエリカだけだ。
「ポリネシアンセックス」というのは、この世界にはない性行為のやり方であり、以前の世界の知識だ。
本来は数日間、愛撫だけをして気分を作るのだが、とにかく、性急ではなく静かにゆっくりと前戯を続け、さらに性行為のときには密着して結合をするだけにして、律動などをしないというセックスの方法だ。そして、ひたすらお互いに触れ合うだけのことを継続する。そうやって、気が昂ぶるのを待つのだ。
やがて、波がやってくる。小さいがずっと続く波だ。ふたりで愛を感じながら、いつしかやってくる溶けるようなエクスタシーを堪能するのである。
一郎も知識では持っていたが、あんなにも心地よいものとは知らなかった。
心がひとつに、快感が融合し合うのがわかるのだ。
一郎は簡単に説明した。
すると、女たちの目の色が変わった気がした。
「あのう、前をあたしが行きます。罠の感知はいくらでもやりましたし、やらされました。得意です」
ぼそりと発言したのはイットだ。
いつもは黙って指示に従うことが多いので、自分から意見を出すのは珍しい。
「なに言ってんのよ、このむっつり。ご主人様のパーティで、
コゼが言い返す。
「いえ、今日はあたしが……」
「あたしって、言ってんでしょう──」
「やめなさい──。ふたりで前に出なさい──」
すると、エリカがぴしゃりと言った。
そして、ほかの者を見渡す。
「コゼとイットが前──。王妃様はロウ様にぴったりとついてください。わたしが前を守ります。ガドがそのすぐ後ろ。スクルドは最後尾よ。後ろから罠が発動する場合もあるわ。そのときは、なんでもいいから、ロウ様たちを守って──」
さらに指示を飛ばす。
一郎も頷いた。
「お任せください。後ろからなんて、誰にも、どんなものでも防ぎますわ。問題ありません──」
スクルドも息巻いた。
すると、横でアネルザが笑った。
「ふふふ、緊張感がないねえ……。お前たちはいつもこんなかい? それにしても、女の鼻の前に人参をぶらさげるのが上手なもんだよ」
そして、言った。
一郎は頭を掻いた。
「そんなつもりはなかったけどねえ……。まあ、緊張しすぎるのよりはいいだろうさ」
そのときだった。
ガドニエルがにこにこしながら、一郎の前に出てきた。
「あのう、さっき言われましたが、この建物の中心側に向かうのですよね? 王妃殿、中心側とはどちらですか?」
ガドニエルだ。
アネルザがちょっと怪訝そうな顔をした。
「真ん中がどっちって……。まあ、こっちですけど、ここは逃亡避けに、迷路になっていて、結構、複雑で……。あれっ?」
アネルザがガドニエルに応じたが、ガドニエルは最後まで聞いていなかった。
こっちが中心の方向だとアネルザが教えた方向に身体を向けている。それだけでなく、両手をかざして、その前に光の壁のようなものを作っている。
しかも、その光がどんどんと輝きだし、色も橙色から、赤に、そして、青色になり、真っ白になった。
そこまであっという間だ。
「待って、ガド──。待ちなさい──」
エリカの悲鳴のような声が響く。
そのときには、大音響とともに、ガドニエルから衝撃波が飛んでいた。
壁という壁を突き抜けて、凄まじい熱風と土埃を作りながら、衝撃波が突き抜けた。
気がつくと、横の壁に大穴が空いていて、それがどこまでも続き、遠くの後宮の反対側の壁にまで到達している。
穴の続く先には、後宮を囲む庭園とその向こうの青空が見えた。
「な、なんてことするのよ、ガド──」
エリカが怒鳴った。
「潜入作戦って、言われてるでしょう──。あんた、正気?」
コゼも怒っている。
「ど、どうして……。だって、お役に立とうと……。罠がいっぱいって……。それよりも、全部壊してしまった方がみなさんお喜びかと……。ご主人様も、わたしをお認めに……」
いきなり叱られてガドニエルもたじろいでいる。
「全部、壊してしまうのも、ひとつの手ではあったけどな……。だけど、これで俺たちが潜入しているのが完全にばれたな」
一郎は苦笑した。
「こうなったら、作戦変更よ。敵がやってくる前に突き抜けるわよ」
エリカだ。
「王宮どころか、王都中に、いまの音が聞こえただろうね。一般兵の接近を禁じている後宮だけど、さすがに王兵も来ると思うよ」
アネルザが言った。
そのときだった。
視界の前の空間が揺れるのがわかった。
「いっぱい来そうだよ」
一郎の胸の中にいるクグルスが声をあげた。
「おいでなすったわ」
「結構、早いわね」
コゼとエリカが身構えている。ほかの者もだ。
そして、さっきの空間に、いきなり十数人の王兵が出現した。女兵が多いが男兵もいる。しかし、人間族に見えるが全員妖魔だ。
後ろにも……。
「全員が妖魔族だ。強いぞ」
一郎は叫んだ。
「行きます──」
指に長い爪を出したイットが飛び出す。
「エリカ、前をよろしく──」
ほぼ同時に、コゼも後ろ側の敵に向かって跳んだ。